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投射呪法のからくりを見抜いた禪院真希によるカウンターに自ら突っ込む形となり、顔半分が陥没するほどのダメージを負いながらも禪院直哉は生きていた。瀕死の身体を引きずって禪院家の敷地にたどり着き、真希への憎悪を募らせ復讐を誓う中、その背に包丁をもつ瀕死の真希の母親が歩み寄ってきた。
真希によって負わされたダメージにより体が動かず、呪力を練ることすらできない直哉に回避するすべはなく、その背に凶刃が突き立てられた。
「~~~ざっけんなや!! (……呪力が練れん!!) ドブカス……がぁ!!」
必死に抗おうとする直哉であったが包丁は致命的な部位を貫いており、全身から力が抜け、意識すら消えようとしていた。
「(俺は…死ぬんか? あんな偽物に負けて…? こんな
薄れゆく意識の中、直哉は圧縮された時間の中で走馬灯を見ていた。
物心ついた時から天才として、禪院家次期当主として持て囃され無邪気に自分は天才だと信じていたあの時。禪院甚爾を一目見て感じとってしまった生物としての格の違い。そして、その神秘的なまでの強さに強烈な憧れを抱いた。
禪院甚爾を一族の恥として蔑んでいる者たちを見て、雑魚の罪は強さを知らないことだと知った。そう、禪院家において、誰一人として禪院甚爾という男を理解できていなかったのだ。
「(それは俺やって例外ではない…か)」
学生時代、同じ御三家の当主と次期当主として五条悟と出会ったとき、再び生物としての格の違いを味わうこととなった。
「(悟君は本物やった。間違いなく、あっち側の人間やった……)」
禪院直哉という人間は、歴史は浅いとはいえど強力な相伝の術式を持ち、禪院家の中でも天才と称されるほどの才能もあった。そしてなにより、禪院甚爾を見たあの日から、鍛錬だけはただの一度も怠ったことはなかった。それでも五条悟を前に感じたのは、十年近く前に禪院甚爾を見た時と何ら変わらない生物としての格の違い。
直哉は昔と比べてはるかに強くなったはずだったが、それでもなお彼らが立つ領域にはこれっぽっちも近づけてはいなかった。
「(それでも、俺はアッチ側に立つと決めたんや)」
それから十年近く経ったが、結局彼らの領域に足を踏み入れることが叶わなかった。走馬灯はあっという間に進んでいき、現在に近づくにつれて直哉の命に終わりが迫っていた。走馬灯の最後に映し出されたのは、顔を陥没させ地面にめり込んだ直哉を見下ろす真希。そこで、走馬灯にノイズが走った。
「(……は?)」
直哉には、見下ろす真希の背後に一瞬ではあるが禪院甚爾の姿がダブって見えていた。天与の肉体を得た真希がいずれ禪院甚爾に並ぶ可能性。それは、直哉にとって許されないものであった。
「(ざけんなや、ざけんなやざけんなやざけんなやざけんなや!!!)」
強烈な憎しみと、それを上回るほどの圧倒的な怒り。高みとの差を突き付けられながらもただ一人諦めず、20年近く高みを目指し続け努力するその腐りきった性根からは信じられない異常なまでの執念の持ち主の死に際の怒りの爆発は、一人の人間が生み出したとは到底思えない規模の負の感情の嵐となり、負の感情を糧に生成された呪力が直哉の体中を蹂躙していった。
「(オマエやない!!)」
既に直哉の体内では収まりきらず、外に零れてもなお生成され続ける呪力。このまま直哉が死ねば強力な呪霊が誕生するのは間違いないと確信できるほどの負の感情だった。
ーーーーーーバチッ
偶然。それは本当にただの偶然だった。直哉の体内で無秩序に荒れ狂っていた呪力が奇跡的に掛け合わさり、ほんの一瞬、反転術式とは到底呼べる規模ではなかったが、確かに正のエネルギーを生み出した。そして、直哉の執念と研磨し続けられた才能はその一瞬の出来事を見逃さなかった。
「そこに立つんは俺や!!!!」
死に際で掴んだ呪力の核心。全身から蒸気をあげながら、直哉が立ち上がる。顔の陥没、背の刺し傷、荒れ狂う呪力によって破壊された肉体すべてが反転術式で回復していた。
「くっくっくっ。甚爾君、今なら理解できるで。そっか、こんな気持ちやったんやな」
直哉の身体に宿る呪力量は明らかに増えており、乙骨ほどの規格外ではないがかなりの呪力量になっていた。これは、身体で荒れ狂っていた呪力が反転術式で身体を修復する際にある程度定着したことによる偶発的な出来事であった。
「とりあえず、真希ちゃんにお礼しに行かなあかんな」
圧倒的なまでの全能感に包まれながら、直哉は真希の母親の死体の髪を掴んで引きずりながら歩き出した。
ーーー呪術師の成長曲線は、必ずしも緩やかじゃない。 確かな土壌、一握りのセンスと想像力。 あとは些細なきっかけで、人は変わる。
この日、羂索さえ想定しえないところで、もう一人の最強が産声を上げた。
ーーーーーー
真希は直哉に勝利し自身の母親をも殺害した後、真衣の遺体を取りに一度戻り、遺体を担ぎながら忌庫等へ通じる通路を外に向けて歩いていた。
「真衣…ひとまずここは終わったよ」
真希の瞳に涙はなく、強い意志だけがそこに宿っていた。外に出て、禪院家の敷地の外へ出ようと歩き出した直後、突如として飛来した自身の母親の死体を前に真希は足を止めた。
「さっきぶりやね、真希ちゃん。おかげさまで俺も来たで、こっち側」
「直哉!!」
真希は先ほど殺したはずの直哉が異常なまでの存在感を放ちながら現れたことに驚いたが、その理由に一つだけ心当たりがあり、確実にとどめを刺さなかったことを後悔した。
「まさか、反転術式!! チッ、ツメがあまかったか」
「そうや、その通りやで。でも、俺んこと殺しかけたのは真希ちゃんのお母さんやで」
「!! ……なんで」
真希は真衣の遺体を下ろし戦闘態勢に入りながらも動揺し思わず母親の死体を見るが、直哉がかなりの勢いで地面に叩きつけたため、その死体は見るも無残なものに変わっていた。
「あれ? 動揺してるん? まぁ、どうでもええんやけどな」
何が楽しいのか、直哉はニタニタと笑みを浮かべてやたらと上機嫌であり、いつもの罵倒すら鳴りを潜めていた。
「随分と楽しそうだな、直哉。もう一回叩きのめして、次は確実に殺してやるよ」
真希は先ほどとは気配が違う直哉を警戒しながらも、真衣の忘れ形見である釈魂刀のレプリカを構えた。
「今はただひたすらに気分がええねん。でも、せっかくやし、昔みたいにまたイジメたるで」
直哉は構えることすらせず、無造作に真希に歩み寄る。二人の距離が縮まり、直哉が真希の間合いに踏み込んだ瞬間、真希が動いた。
「それはさすがに舐めすぎだろっ……!?」
直哉の頭へ向け振り下ろされた切っ先は、その額を捕らえる直前に空を切った。
「舐めとるのはそっちやろ、トロすぎへん?」
「っ!?」
真希は高速で振り返りながら背後の直哉へ刀を振ろうとするが、振り向いた瞬間、全身を衝撃が貫き吹き飛ばされた。高速で吹き飛ばされている最中だというのに、ドンッと音を立てて追いついてきた直哉が蹴りを放ったのが真希の目に移り、両腕でガードするも地面に叩きつけられることとなる。
「(なんで初速から音速超えてんだよ!! )」
度重なるダメージに少しふらつきながらも立ち上がった真希の前に、投射呪法による加速の継続すらせずに直哉は降り立つ。
「さすがに頑丈やね」
二人は奇しくも先ほどと同じ採掘場跡地へと戻ってきていた。そして、直哉が20mほど距離をとり駆け出す姿勢を取るのと同時に、真希はカウンターを狙い刀を構えた。
「さっきのお返しや。今度は正面からぶち抜いたる」
ーーーーーー
爆音とともに、周囲に衝撃波を巻き散らかしながら急激に加速した直哉と真希の距離が一瞬にしてゼロになり、凄まじい衝撃が周囲に走ると同時に砂埃が舞った。その砂埃が晴れたとき、
「ーーーゲホッ」
真希は地面にめり込みながら血を吐き、明らかに重大なダメージを負っていた。
「さすがにあの速度はこっちも腕が痛うなるね」
僅か20m、それだけの距離で直哉の速度はマッハ3に到達していた。呪力で強化、投射呪法である程度物理法則を無視してるとはいえ、生身でその速度で殴るのはかなりの反動があったのか直哉は腕を振るいながら苦笑していたが、その顔はすぐにニタニタとした笑みへと変わった。
「にしても。こんなんに俺、一度負けたん?」
「なんか懐かしいわ。子供ができひんこと、大人は当たり前のようにできるやん? いざ、自分が大人になると、できひんかった時のことなんて思い出されへん。今、そんな感じや」
「クックッ、お前が大人だったことがあんのかよ」
「どうやろ、真衣ちゃんに聞いてみよか」
直哉の言葉が真希の怒りに触れたのか、真希は鋭く睨みつけながら身体を起こすと同時に蹴りを放った。
「ククッ、怖い怖い」
直哉はそれを余裕で飛びのいて躱したが、ふと気がついたような表情をしながら真希に向けてゆっくりと無造作に距離を詰め始めた。
「どうにも今までの癖が抜けへんね。もう真希ちゃんじゃ俺に触れることすら出来んのに」
意図を掴めず警戒する真希であったが、直哉は無警戒に真希の間合いまで踏み込んできた。
「どないしたん? 俺を斬らんと、真衣ちゃんは犬死やで」
心底楽しそうに真希を嘲笑する直哉に対し、真希は神速の斬撃で答えた。
ーーーーーーザンッ!!
鮮血が舞った。肩口から脇腹まで続く深い刀傷を負い、地面へと崩れ落ちる。
「ーーーなに、が」
倒れこみ呆然と呟く真希を前に、直哉は先ほどと何一つ変わらない無防備な姿で立っていた。
「術式反転や。悟君がやっとるのは知っとるやろ?」
真希の頭を踏み躙りながら、直哉は自身の行った行動の種明かしを始めた。
「悟君の無下限呪術の術式反転は引き寄せる力の反対、弾く力や。なら、投射呪法の反対はなんやと思う?」
「正解は、反射や。あらゆる力を跳ね返す力、呪力消費はちと多いけど、悟君と似たようにほぼすべての攻撃を無効化できるんやで。それに、反射で発生する力を応用すれば今まで出来んかった瞬間的な加速も可能や。無下限にも十種にも引けを取らんええ能力やろ……って、もう聞いておらんか」
話し終えた直哉は、満足げに真希の頭から足を下した。
「その傷やとさすがに死ぬやろ。ほな、さよならやね、
直哉は既に真希の生死などどうでもよかったが、既に意識を失っている真希を適当に蹴り飛ばした。
「こっからどないしようか。禪院家は俺が生きとるし、恵くんさえ殺せばどうとでもなる。でも、どこに居るかわからんしなぁ……。きな臭いことにもなっとるようやし、とりあえず情報集めなあかんな」
直哉はひとまず禪院家へ戻りそこから情報を集める手段を考えるつもりだったが、禪院家についたとき、真衣の遺体に縋り付き泣いている西宮を見つけた。
「……真衣ちゃん!! だから私は…行くなって……!!」
「お、丁度ええやん、あの子に聞こか」
初めは警戒し拒絶していた西宮だったが、真衣を直接手にかけたのは禪院扇だという事実、用意周到な敵と比較して明らかに後手に回り戦力が不足している自陣の現状、そしてなにより、今まさに死にかけている真希が倒れているであろう場所の情報と引き換えに、直哉に自分が把握している呪術界の現状を話したのだった。
禪院真希は西宮桃による早期発見、家入硝子の尽力、天与の肉体の強靭な生命力によって一命を取り留めたが、一月以上昏睡状態から目覚めることはなかった。
そして、その日禪院家に不在だった”炳”6名、”灯”9名、”躯倶留隊”21名は災禍に見舞われることは無く、禪院家の立て直しに駆り出されることとなる。