「秤君!!」
「西宮……!?」
シャルルと会話していた秤の前に、西宮が降り立った。
「ごめん!! すぐ本題、100点取った!?」
急いでいる様子の西宮に、片腕を失っている秤は余裕そうな様子で肯定する。そして、西宮は追加する予定の①~④のルールに関して、③を後回しにし、④を優先するように順番の変更を要求した。
「あ? ④の前には必須だろ。ここにもヤバいやついたぜ?」
「特別一級術師の禪院直哉って知ってる? そいつが協力してくれるらしいんだけど、結界を素通りできるの。だから、冥さんの弟と協力すれば③は解決する]
「ほー、そんな便利な術式持ちがいたのかよ。にしても、なんか当たり強くね?」
西宮は秤に、直哉によって真希が重傷を終わされ、傷は癒えたものの現在も意識が戻っていないことを告げた。
「あ? なんでそんなやつと協力してんだよ」
「仕方ないじゃない、こっちの戦力が足りなすぎるのよ。それに……」
「それに何だよ」
西宮は、覚醒してハイになっていたことで容赦なく呪力を放出していた直哉の圧を思い出し身震いした。
「あれは、化け物よ……」
11月14日 岩手県御所湖結界
「思ったより厄介な状況なっとるやん。それにしても、やっぱ恵君のこと黙っといたらよかったな。全く信用されてへんわ」
西宮桃から情報を聞き、自身も死滅回遊に参加し手伝うことを告げた直哉だったが、真衣が死に、真希は瀕死の重傷、さらに伏黒恵を殺そうとしていたことが知られていたので全くと言っていいほど信用されず、敵ではないが味方とも言えない扱いを受けていた。
「仕方あらへんな、とりあえずは最低限味方とは認識してもらわんとあかんわ」
直哉は事情が変わったため恵に対する殺意はもうないと嘘の説明したが信じてもらえず、恵がどのコロニーに向かったかすら教えてもらえていない。そのため、まずは最低限の信頼を得る為に、コロニーの攻撃的な術師や呪霊の排除を行っていた。
「(死滅回遊、どさくさに紛れて恵君を殺すには持ってこいの場や。出来れば悟君の封印が解かれる前に始末したいんやけど、この調子じゃ間に合うかわからへんな)」
直哉は思案しながらも高速で移動し、目に留まった呪霊を瞬く間に殲滅していった。
「とりあえず、雑魚ばっかやし速攻で終わらせて今日はもう終いや」
直哉は術式反転である反射を用いて結界を弾くことで各結界を自由に出入りすることに成功していた。そして、直哉はここに来るまでに、東京第一、東京第二、仙台結界を除く7つの結界のうち、既に2つの結界に赴いており、さすがに呪力の消費が無視できないほどの量になってきていた。そのため、この結界内の術師や呪霊の排除を終えたら休憩し、残りの結界には明日赴くつもりでいた。
「雑魚がいくら群れても意味無いで」
直哉が立ち止まると、戦闘音に引き寄せられたのか周囲の森から等級の低い呪霊が大量に押し寄せてきた。
「ククッ、今の俺ならこんな使い方も出来るんや!!」
直哉が腕を振り払うと、投射呪法の応用によりその腕の軌道上の空気が固定されていき、瞬く間に全方位に広がった。そして、直哉が目の前の固定された空気を殴ると、
ーーーボバババババババッ!!!
周囲の固定されていた空気が連鎖的に爆ぜ、直哉を中心として放射状に大爆発が巻き起こった。
「なかなかええ感じの威力やな」
砂埃が晴れると、周囲の呪霊はすべて払われ、直哉が立っている場所以外の地面は大きく抉れてしまっていた。直哉は今の音でさらに呪霊が寄ってこないかと思いその場に留まっていたが、それ以上呪霊が現れることは無かった。
「集まってきいひんし、もうええか」
周辺の呪霊はあらかた狩りつくしたと判断した直哉は、町中に移動して術師を探すことにした。
「んー、誰もおらへんな」
投射呪法を駆使して高速で駆け抜け瞬く間に市街地にたどり着いた直哉は、術師をあぶり出すため敢えて堂々と姿をさらして歩いていた。しかし、術師に襲撃されることは無く、それどころか周囲に呪霊の気配すら確認できなかった。それは、既にこの付近での戦闘は決着がついており、既に誰もいないか、その戦闘での勝者がどこかに潜んでいる可能性を示していた。
「どちら様ですの?」
直哉は通り過ぎようとしていたカフェの中から聞こえてきた声に足を止めた。そしてカフェの中を見ると、全体が黒い目が特徴的であり、ブロンドの髪をくるくると巻き、リボンやフリルのついた服を着たお嬢様然とした女が優雅に茶を嗜んでいた。
「ここら辺の奴らやったんはアンタやな?」
直哉は眼前の女に一級術師相当の実力があると感じつつ、それでもなお自身にとっては全く脅威にならないと判断していた。
「質問に質問で答えないで下さいまし。まぁ、確かにやったのは私ですが」
女はティーカップを置いて立ち上がり、優雅に店から歩み出てきた。
「別に俺が誰やって関係ないやろ。せや、さっきルールの追加があったやろ? 点数よこして今後も大人しくしてるっちゅうなら見逃したるで」
「あら、殺さなくてよろしいんですの? 随分と甘いんですわね」
女は、完全に見下しながら話す直哉に苛ついた様子で煽るように言い返した。
「俺も甘い思っとるで? でも、好感度稼ぎ中やから仕方ないんや。それに、点貰った方が効率ええしな」
高専サイドとしては攻撃的な術師以外は積極的に狩ることはしない方針のため、直哉も一応それに合わせて行動していた。
「何はともあれ、お断りですわ。羂索が主催ですし、点をとっておくに越したことはありませんもの。……そうですわね、せっかくですので、点をくれるのでしたら殺さないで差し上げますわ」
そう言い、道路まで移動した女は全身に呪力を滾らせながら構えをとり臨戦態勢に入った。それを見た直哉は不敵に笑いながら呪力を薄く纏い、構えることすらしなかった。
「格の違いっちゅうもんを教えたる。泣いて謝れば許したるで」
「泣くのはそちらでしてよ!!」
女のくるくると巻かれた髪の幾つかの中心が回転して円錐状に硬化し、小手調べと言わんばかりに直哉に向けて射出された。しかし、いずれも直哉に触れる直前に向きを変え、射出した本人に牙を剝く。
「っ!! (跳ね返したんですの!? なかなか厄介な術式ですわ。跳ね返す条件を探りたいとこですが……)」
女は自身に迫る弾丸を飛び退いて躱し、着地するや否や直哉に向けて駆け出しながら先ほどと同様に形成した弾丸を様々な方向にばら撒いた。
「いきますわよ!!」
女の片腕にはロールしていた髪が伸びて巻き付いており、その先端は鋭い刃物のように研ぎ澄まされていた。そして、直哉に猛然と殴り掛かるが、衝撃が反射され腕に殴った分の力が返ってくる結果に終わる。
「(っ、術式による近接攻撃も素手による攻撃もダメですか)」
「これならどうですの!!」
女が先ほど無作為にばら撒いたように見えた弾丸は大きく軌道を変え、直哉の上下左右あらゆる方向から降り注いだ。
「無駄やで」
しかし、直哉に触れる瞬間全ての弾丸は軌道を変え、女に向けて撃ち返された。
「くっ!! (死角すら関係なしに跳ね返した!?)」
女は眼前に迫る弾丸を術式を解除することでやり過ごし、すかさず直哉から距離をとった。
この時、直哉は領域対策である落花の情を応用し、戦闘開始時から薄く纏ってある自身の呪力に触れた攻撃を自動的に術式反転によって反射するようにしていた。
「(恐らくあの方の術式は攻撃の反射……。マズイですわ。術式の相性が悪すぎますわ。仮に全方位反射出来るとして、物量で削るか、あるいは返しきれない威力をぶつければ何とかなりそうですが、私の術式では無理ですわね)」
「どないしたん? まさかもう手詰まりなったん? まだ一歩も動いでへんで、俺」
ニタニタと煽る直哉であったが、女は苦笑いをするしかなかった。
「なかなか厄介な術式をお持ちのようで」
女は呪力を高め、髪に弾丸を形成して戦闘を続けるふりをした。
「(屈辱ですが、ここは引くべきでしょう。死滅回遊はまだ始まったばかり、無理に戦う必要はありませんもの)」
再度、女の髪で形成された弾丸が射出されるが、その軌道は直哉を狙っておらず、周囲に止められていた車を貫くことで爆発を起こし、それを目くらましに女は後ろへ疾走し、建物の屋根へと飛び上がった。
「ククッ、俺から逃げられるって思っとるん?」
「んなっ!? 速っ」
女が屋根へ向けて飛んでいる最中、投射呪法によって加速した直哉が瞬間的に眼前に現れ鋭い蹴りを放った。
「ぐっ、なんですの今の速度は! あなたの術式は反射ではないんですの!?」
辛うじで腕でのガードが間に合った女は、地面に叩きつけられながらも即座に飛び起き、直哉に鋭い視線を向けた。
「さぁて、なんやろね。思うたよりつまらんし、もう終わらせたるわ。ほな、腹に呪力集中させといた方ええで」
そう言って女の視界から直哉が掻き消えた瞬間女の本能がけたたましく警鐘を鳴らし、意識するよりも先に腹に全呪力を集中させていた。そして次の瞬間、直哉の容赦ない拳が女の鳩尾へと突き刺さった。
「あぐっ!? うあ゛っ…んぐっ…ゲホッ…うぐ……」
膝から崩れ落ち、腹を抑えながら倒れ伏した女は、蹲りながら嘔吐するのを必死に耐えていた。
「なんや、ガードしたうえで一撃とか弱すぎひん? よう今まで術師やって来れたね」
「んぎっ」
直哉は蹲る女に蹴りを入れたが、女は呻き声を上げる以上のことは出来なかった。直哉はそんな女を椅子代わりにして腰を下ろして話しかける。
「まぁ、ええわ。どないする? 雑魚やし、ポイントくれるなら見逃したるで。あぁ、あと、この後も大人しくしといてな。もっかい殺しにくんの面倒やし」
呻くだけで返事をしない女に対し直哉はため息をついた。
「はぁ、返事がないちゅうことは殺してもええってことやな。点は勿体ないけど正直俺はどうでもええし」
「ま、待って! わかった、わかりましたわ! 点は差し上げますわ! コガネ!!」
心底どうでもよさそうな様子の直哉に、女は必死になって降伏を宣言し、直哉へ点数を譲渡した。
「最初からそう言えばええねん。おぉ、35点って、以外と集めてたんやな。よし、これでこの結界はもうええやろ」
コガネのリストを見るに、まだある程度点数を持っている術師はいるようだが、面倒になった直哉はこの結界での術師探しを終わりにすることにした。
「どないしようか。禪院の屋敷はまだ直っとらんし、俺の部屋だけでも直させるしかあらへんか」
「……あの、いつまで私に座っているつもりですの?」
呑気に寝泊まりするところをどうするかを考えていた直哉だったが、時間が経ちダメージが抜けてきた女が抗議の声をあげた。
「なんや、文句あるんかカス。せや、どうせこの辺に拠点あるんやろ。飯作れや。女なんやから出来るやろ」
「文句しかありませんわ! それに私、料理なんてできませんわ! 女を何だと思っているんですの!」
直哉の完全に見下した発言に勢いよく言い返した女だったが、直哉は想定の斜め下に突き抜けた言葉を返した。
「女なんて男を立ててなんぼやろ。三歩後ろを歩かれへん女は背中刺されて死んだらええ。ほんま、呪術師は碌な女おらんね」
「んなっ!? 現代はこんな思想がまかり通ってるんですの!? でも、受肉元の知識じゃそんなことは……。いえ、受肉元は一般人でした。まさか、現代の呪術師界隈ではこの思想が……!?」
女は直哉の発言に驚愕し、現代の呪術師たちに酷い風評被害が発生していたが直哉は特に気が付くことなく立ち上がった。
「座り心地悪いし料理も出来ひんって役に立たんカスやな」
「なんなんっですの!! 勝手に座っといてあんまりですわ!!」
騒いでいる女を無視し、半壊している禪院家は居心地が悪いので避けたかったが仕方ないと判断した直哉は憂々の術式で移動するために結界を出ることを決めた。
「……最後に一つよろしいですか?」
背を向け歩き出した直哉の背後から声かかった。
「もう用あらへんのやけど」
「今代にはあなた並みの術師が他にもおりますの?」
その問いに、直哉は思わず足を止めた。そして、禪院甚爾と五条悟の顔が脳裏をよぎり、
「二人、同じ領域にいる存在を知っとる。それだけや」
直哉はそう呟くと、そのまま去っていった。
「あのクラスが三人もですか。これは、早いところ身を隠した方がよさそうですわ……」
その二人のうち、片方は既に死亡し、もう片方は封印されていることを知らない女は、現代の術師に手に負えない相手が少なくとも三人いると判断して極力接触しないよう気をつけることに決めた。