遠路はるばる帰国を果たした職員がいるらしい。南極のベタニアベースで特務を終えて帰国して直ちにNERV本部を訪れた。なんとも、ベタニアベースに派遣されるとは、相当の切れ味を有するに違いない。
「お約束の『ネブカドネザルの鍵』です。予備の1本ですが、何とか確保しました」
「確認した。よくやってくれた」
「それじゃ、俺は自由な時間を頂戴します。久し振りに帰ってきたもんですから」
「あぁ、ご苦労だった」
報告自体はあっさりと終わる。司令官の部屋には、碇ゲンドウ司令と冬月コウゾウ副司令という、いつものコンビが残される。例の職員に対し暫くの自由を認めたが、色々とクセのある人物なのか、冬月副司令は警戒を促した。
「本当に自由にしていいのか? 手綱は握っておくに越したことはないが」
「分かっている。だが、これでいい。シナリオは我々の物へ舵を切っている」
碇ゲンドウのサングラスが室内照明を反射して光った。
「本物の神を拵えようというわけか」
「そうだ。初号機の覚醒を急がなければならない」
「おいおい。お前の息子は戦略自衛隊の身なんだ。ようやく、NERVへ引き入れたが、まだまだ、半身に過ぎない。どうやって、初号機に乗せるつもりなんだ。戦自はジェット・アローン二号機の完成を急いでいる」
その職員は男性であり、名前は「加持リョウジ」という。
いったい、彼は何者なんだ。
「第三の使徒はエヴァ仮設伍号機により殲滅された。これでサード・インパクトの心配が一つ無くなった」
「それを私に話して、問題ないのですか?」
「俺は政府ひいては国連の犬も兼ねている。碇司令はこのぐらい理解している」
第三新東京市の中心部にあるファストフード店にいた。特務を携えて働いた地では普通の食生活を送っていたらしい。ファストフードのようなジャンキーな食事を希望した。ファストフードも悪くないが、肉は再生肉のため、物足りなさが否めない。
「それより、俺も聞きたいな…」
「彼の事は私も分からないことが多いです」
「先手を打たないで欲しいな」
2人向け席の片側に座っている。彼の対面には少女を置いた。傍から見れば父親と娘だが、全くの血の繋がりは持たない。不純性と疑われそうだが、れっきとした、取引のために接触している。
「碇司令の実子が戦略自衛隊にいるとは驚きだった。しかも、エヴァに対抗するジェット・アローンなんてね」
「彼の選んだことですが、正直言って、私も信じられないことです。ただ、シンジの復讐心は…」
「父親への復讐のためか。だが、碇司令は只者じゃないぞ。隣に立つ冬月副司令も静かな怪物だな」
水を補給して喉を潤した。勢いよく食べ過ぎると、食道が詰まりかける。水で押し流す加持と対面する少女は、健康志向でサラダのみを食している。ジャンクフード店でサラダとは矛盾かもしれないが、決して、悪い事ではなかった。
「彼は何者なんだい?」
「シンジはこの世を変貌させる。どのように行われるかはわかりません。きっと、碇シンジは世界を変える」
「世界を滅ぼすことも?」
本人が不在なところで勝手に話されている。あいにく、彼は草津温泉に湯治で療養の身だった。NERVのアスカ、レイと一緒と聞いても、特に怒りの感情は覚えなかった。
「会ってみたいね。シンジ君に…」
「NERVはどうするつもりですか。戦略自衛隊としても、家族としても、好き勝手されては堪りません。それに人類補完計画も気になります」
「おいおい、あまり大人を問い詰めないでくれ。俺は南極に行っていた。だから、日本の事はあずかり知らない。人類補完計画についても、俺が知りたいぐらいだ」
「やっぱり、ダメですか」
「子どもが知らない方が良い事もある。俺が言うのもなんだが、霧島マナ中尉は首を突っ込まない方が幸せになれるよ」
この言葉に怒りを覚えたが、店内には他のお客さんがいる。
思春期の反抗期でも自制心は携える。
戦いの場において、冷静を欠いた者から斃れるのだ。
「シンジを諦めろってことですか」
「捉え方は君次第だ。しかし、シンジ君は君が思っている以上だろう。この世界の鍵にされている。運命を定められた子供さ」
「私にも武器はありますよ」
彼女の言う武器が女性の武器なのか、戦略自衛隊仕込みの武器なのか、将又は両方なのかもしれない。加持リョウジは飄々とした人物であるが、物事の核心を掴む時は、誰よりも真剣な眼差しに変わった。霧島マナは、世界を揺るがす人間として見定められていることを理解する。上官に叩き込まれた肝を据えた態度を押し立てる。
「はぁ…わかった。俺の方から情報は流すことにしよう。ただし」
「はい」
「俺の自分勝手な私的にやるから、そこは頭の隅に置いてくれ。政府や国連、戦自、NERVがどうだは関係ない。俺の願いもあってシンジ君を頼むよ」
「ありがとうございます」
捉えどころのない人物だろうと、硬い芯は持っている。硬い芯が原動力となって世界を突き動かした。もっとも、世界を希望で包み込むことがあれば、破滅で破壊し尽くすこともあり得る。世界を激しく動かした者達は、硬い芯を糧に行動した。
「彼は幸せ者だな。若い女の子に好かれている」
「私が言うことは憚られますが、シンジは良い男だと思います。そんじょそこらの男とは違います」
「精一杯に守ってあげないとな。強い男には必ず弱点があるもんだ。一匹狼で過ごせる人間は、ほんの一握りだろうよ。俺みたいな碌でもない男にしないように守ってあげろ」
席を立って彼女に「これで好きな物でも食べな」と数千円を渡した。それからファストフード店を出る。店の前の大通りは車と自転車、歩行者が行き来した。使徒が出現しない限りは、平和で穏やかな生活を営むことができるが、使徒が出現すると戦場に一変している。
「予め仕組まれたサード・インパクトは、シンジ君によって引き起こされる」
「久し振りなのに、自分から来ない男ってのは嫌ね~」
「今更のことだろ。昔から俺はこういう人間なんだ」
大人の女性と大人の男性の職員は、昔馴染みの腐れ縁のようだ。両者が立つ場所は、NERVの誇る巨人の鎮座する一大区画である。目の前に巨人が立っているのを排することは不可能であり、久方ぶりの再会の話題は巨人に移行して当然だ。
「こいつがエヴァシリーズの栄えある初号機か。厳つい見た目だな」
「主なきエヴァだけどね。自律戦闘システムが完成したら、有人運用から無人運用に切り替える」
「パイロットを奪取しないのか?」
巨人は紫色を基調としたカラーリングの塗装が施された。自機の周囲に放出する威圧感は他を圧倒している。もちろん、現在はシャットダウンされ、かつ拘束に磔にされた。パイロットも不在である以上、動くことはあり得ない。
「システムが完成したらパイロットは不要。それが碇司令の方針です」
「実の息子を奪われたままでか。公私混同を排したと見ておこう」
この巨人は最初期型のエヴァンゲリオン初号機に間違いなかった。本来は、碇ゲンドウ司令の息子である碇シンジが乗る。しかし、彼が姿を現したと思えば、なんと戦略自衛隊にあった。さらに、エヴァのライバルと自称するジェット・アローンのパイロットになっている。
想定外に次ぐ想定外だった。
したがって、エヴァ初号機は長らく空席を余儀なくされる。この問題を解決することも含めて自律戦闘システムが構築された。パイロットを危険に曝す非人道性を鑑みて、無人運用を模索し、自律戦闘のダミーシステムを開発する。ダミーシステムは、実動試験で問題が無ければ、エヴァ初号機を優先して搭載した。完全な無人運用を開始する予定が組まれている。
「限りなく神に近いエヴァンゲリオン。主なき今に何を思うんだ」
続く
療養から復帰した碇シンジ大尉
大破したジェット・アローン一号機の廃棄処分に立ち会った
彼が見つめる先でジェット・アローンは赤い海に沈められる
「死の海に沈めることになったのは僕の責任だよ。今までありがとう」
そして、彼は最愛の母の墓参りに向かった
次回 「心の中に」
「大人になれシンジ」