「それは間違いないでしょうね」
「はい、間違いありません。多くの衛星がNERV北米支部の完全消滅と黒い結界を確認しています。そして、エヴァの稼働試験中の事故が原因である。このように推定されました」
「いや~参ったわね。エヴァの安全性に疑問符が呈される」
NERVは使徒出現と互角かそれ以上の緊急事態に襲われた。日本は全くの平穏を享受するのに対し、北米は大地の一部が丸ごと消失する非常が発生した。消滅した大地はNERVの北米支部である。
全世界を分割する各地域にNERV支部が存在した。日本を便宜的にNERV本部と呼び、北アメリカのNERV北米支部、ヨーロッパのユーロNERVが代表的だろう。例外的に北極にはベタニア・ベースが設置される。
話題の北米支部はエヴァに関する実験を幅広く行い、特にS2機関をコピーする研究が有名だ。無限大のエネルギーを得られるS2機関をエヴァに搭載することで、エヴァを一切の制限なく動かすことができる。従来のアンビリカルケーブルの煩わしさ、及びケーブルを外した内部電源の制約を除去した。
まさに夢の動力源と言えよう。
「こういう時にジェット・アローンの存在がありがたく思えますね」
「そう、それよ。碇シンジ大尉はどこにいそう?」
「多分ですが、自宅にいるでしょう」
そのS2機関を用いた実験が北米支部の命脈を絶った。
北米支部所属のエヴァ肆号機の試験中に事故が発生している。その事故の詳細は不明だが、どの衛星も一様に凄まじい大爆発を捉えた。北米支部を超えた一帯は消滅した上に黒い結界が張られる。
NERV本部は衛星の緊急通報から事態を把握した。直ちにエヴァに関係する職員を招集する。本件の対応を考える会議に葛城ミサト、赤木リツコ、伊吹マヤ、その他オペレーターが集まった。
全員が徹夜を覚悟している。
アメリカ政府の動きは、政治の都合で入らなかった。しかし、緊急事態宣言を発して情報の漏れぬよう緘口令を敷いることは容易に読める。北米支部の全てを放棄してエヴァも自ら返上する。
そうなると、エヴァの安全性に疑問符が与えられた。NERVとエヴァは人類に有害な存在と刺されかねない。皮肉なことに、ライバルである戦略自衛隊のジェット・アローンに感謝したくなった。
「悪いんだけど、大尉とコンタクトを取れる?戦自のお偉いさんは後回しで」
「わかりました」
こんな時に使徒が出現されては、もう、とても、とても、堪ったもんじゃない。NERVはおいそれとエヴァを出撃させられない。NERVからの信頼も分厚いジェット・アローンしか出せなかった。戦略自衛隊への根回しは二の次である。今は碇シンジ大尉に対し、いつでも出撃できる心構えを要請せざるを得なかった。
「アメリカ政府はどうするのかしら」
「残りの参号機を押し付けてくるでしょ。使徒が出現する日本だから予備があると嬉しい。なんてね」
「恩着せがましいが最も似合うことよ」
NERV北米支部は参号機と肆号機の2機体制を組んでいた。肆号機の事故を契機に参号機を放棄するが、日本のNERV本部に穏便な譲渡が好ましい。日本は使徒出現の相次ぐ地域のため、予備機に参号機をプレゼントして喜んでもらいたかった。
なんとも要らないプレゼントである。
「バチカン条約があるのに」
「各国の利権が衝突しています」
「昔からそうよ。人類は内輪揉めしないと気が済まない生き物なの」
時差の都合で日本は深夜だ。各員の日中に言えないことが噴出している。
「碇大尉と連絡取れました! すでに自衛隊基地で待機しています」
「戦自も把握したみたい」
「眠い…」
碇シンジ大尉は眠さを懸命に耐えた。彼はジェット・アローンを眺められる待機所で文字通りの待機にある。今回の緊急事態は赤い太平洋を挟んだ北米で発生した。それ故に介入する隙が無く、彼は暇を持て余している。テーブルに眠気を吹き飛ばす用の缶コーヒーの空を積み上げた。
「シンジ大尉いるかい?」
「時田博士まで起きているんですか」
「そうなんだよ。二号機がJAリアクターで動くことも…」
「危険視された」
「そうなんだよ」
ジェット・アローンの責任者である時田シロウ博士が訪ねて来た。なぜ、時田博士まで起きているかの答えは二号機の特性に依る。二号機は『JAリアクター』と呼ばれる特殊な動力源を有した。N2リアクターを基にNERVからの技術供与をエッセンスに加えている。したがって、NERV系が僅かでもあるとすぐに危険視された。
時田博士もNERV職員同様に徹夜である。職員を総動員して点検に精を出した。ジェット・アローンの危険を洗いざらい探し、仮に危険と思われる点があると、即座に修正が求められる。戦略自衛隊は使徒出現に備える時間を点検に充当した。
「せっかくの『スーパー・ジェット・アローン計画』が遅れてしまう」
「超が付く程に重武装を施す計画ですよね。とことん、僕のわがままに付き合ってくれて、ありがとうございます」
時田博士は二号機の更なる改修計画を進めたい。そんな時に点検を差し込まれ、機嫌が悪かったが、命の恩人以上の大尉にはとても優しい。ちなみに、二号機の改修計画は『スーパー・ジェット・アローン計画』と呼ばれた。
碇シンジ大尉は一号機から武装の充実化を希望する。彼は使徒に実弾兵装が通用しないことを承知しており、使徒殲滅の主役をNERVのエヴァに譲ると、己は支援に徹した。
「二号機の高い汎用性を活かす。外装式の強化パーツによる充実化を予定した。すでに数個が完成して地下倉庫にしまっている。原則として、許可が下りない限りは勝手に持ち出せない。例外的に急迫不正の際は許してもらえる」
「いいですよ。その際は僕が勝手に持って行った。こうしてください」
「馬鹿を言わないでくれよ。向こうの大人と違って、私と少佐は真っ当な大人でありたい。そういうのは、大人が被るべきだ」
時田博士も漢らしかった。
ジェット・アローンを拵えた癖のある人物である。ただ、子どもを使役することを嫌った。シンジ大尉に向かう火の粉を被る。さらに、戦略自衛隊の子どもを活用した政治も真っ向から否定した。彼は立ち振る舞いから「ジェット・アローンに絶対の自信を有し、他人に褒めて欲しいだけのお子様」と誤解されがちなことが悔しい。
「それにしても、前のATフィールドはどうやったんだ? 私的に聞きたい」
「それが僕にも分からないんです。嘘でも何でもなく、本当に偶然としか答えられません」
「むぅ…原理が判明すればなぁ」
時田博士はATフィールドについて聞かれると、自信満々に「どうになかる」と答えた。しかし、実際は少年の起こした奇跡に誰よりも驚愕して究明に努める。あいにく、本人は「わからない」と答えるばかりだった。真相は不明のままである。今更になって、少年が平気で嘘をつくような人間とは思えなかった。
「あ、大尉に渡したい物があったんだ」
「何でしょうか?」
「大した物じゃないよ」
時田博士は彼に長型封筒を手渡す。
どうも、中身を確認したくなる。
「中を見てもいいですか」
「むしろ、見て欲しいよ」
「では」
ちゃんと伺いを立て許可を貰ってから中身を確認する。
何てことは無く、何の変哲もない、USBメモリーが数個入った。
「これは?」
「私の集大成を詰め込んでいる。私はいち早く責任を取らされて左遷されるだろう。私が知らぬ大地へ飛ばされる前に渡しておきたい。これを使ってジェット・アローンの強化に努めてほしいんだ」
「そんなことがありますか。時田博士なくして…」
「あり得るから困るんだよ。今は保険と思って、大事にしてくれると」
時田博士が碇シンジ大尉に渡したUSBメモリーの果たす役割はいかに。
続く