今日は学校に編入する日だった。第四の使徒戦から療養を過ごす時間は、行政や中学校に提出する書類の手続きに充てた。予め用意してもらった書類で手続きを済ませ、国が用意しているから不都合は生じていない。いかに偽装されても国が認めればどうとでもなった。
そうして、中学校に向かう。霧島マナ中尉も一緒だった。お互いに義務教育を全うしなければならない。戦略自衛隊で教育を受けても、中学校で社会性を身に付けるべきだ。戦略自衛隊は軍隊だから世の中とズレている。僕たちが世の中に放りだされても、普通に生きていける術を学べと命令された。
「ほら、行くよ~」
「うん、今行くから」
マナは嬉しそうだ。
あんなに活発で疲れないか心配になるぐらいに。
今日からシンジと一緒に学校へ行く。戦略自衛隊で学んだから不要というのは許されなかった。少年少女の青春を取り戻すと大層なことでも、シンジと一緒に過ごせるなら嬉しい。
でも、私の任務はNERVを探って、シンジを守ることにあった。最初はライバルで競争した私は完膚なきまで負けている。全ての面において、到底かなわないと思い知らされた。ジェット・アローンの改装計画まで出すんだよ。シンジの頭脳明晰に勝てる。こんなことを思わない方が良いぐらいだ。
シンジは、暗い過去を抱えている。そして、尋常じゃない努力を重ねた。父と母が事実上の離婚状態でも、この世にいる私なんて比べられない。シンジは、お母さんを事故で亡くして記憶すら持たない上に実の父親から捨てられた。そんなことが許されていいのか怒りに震える。シンジは過去を振り返らない。そのために訓練と勉強に精を出した。
その様子は私に目指すべき背中でしかない。
そして、いつしか、シンジを想うようになった。この世界が残酷で救いがなかろうと、シンジだけは幸せになって欲しい。神や天使なんていない世界でも抗いたかった。
とある日に上層部から知らされる。願いを叶える器がNERVにあると教えられた。私は諜報員として、NERVを探りに探ってやる覚悟を抱いた。シンジの実の父が頂点に立つNERVからシンジを守り切るんだって刻んでいる。絶対にシンジのことは渡さないからね。
腰に隠し持っている拳銃は玩具じゃない。
私の覚悟が込められているんだ。
「マナ?」
「ごめん。忘れ物がないか考えてた」
「あぁ、大丈夫だよ。僕がチェックリストを見た限りはね」
それこそ大丈夫だよ。
私が守るから。
僕達は編入する中学校のクラスの教室に立った。男女混合のクラスで皆の視線が集中している。学生服に緩みが無いようにピシッと着るのは職業柄だった。今まで培ってきた家事のスキルで新品同様に維持しよう。
「はい。それじゃ、自己紹介を」
「僕から。えっと、碇シンジです。趣味は料理で再生肉の美味しい食べ方とか研究しています」
「霧島マナです。シンジとは幼馴染で一緒に暮らしてま~す」
これで男子の大半が落胆の色を表示した。長く一緒にいると、どうも分からなくなる。マナは活発な幼馴染として、男子から人気が出てもおかしくなかった。ちなみに、僕たちは戦略自衛隊の寮から出ている。今はアパートの一室を借りて生活した。あくまでも、戦略自衛隊の秘密任務だからお給料が送られる。これで家賃やガス、光熱費、生活費を賄った。
「2人はそれぞれ…今空いているのは」
担任のお爺ちゃん先生がクラスを見回した。
そして、ちょうど空きが作れそうな机を発見する。
「碇は式波の席の隣だな。霧島は綾波の席の隣にしようか。ちょうど空いているからね」
「わかりました」
「了解です」
ふと自分の席の方を見ると、式波と呼ばれる女子がキッと睨んでいた。僕も長らく戦略自衛隊に身を置いている。我ながら、洞察力はヘタな軍人より磨き上げられた。彼女はNERVのエヴァのパイロットに間違いない。漂わせる空気というか、勘が「彼女は一度会ったことがあるよ」と教えた。ただ、周囲のクラスメイトに悟られると不都合が生じかねない。
(首を微かに横に振る)
(眉をあげて返した)
(頷きで返答する)
この後は、事務的な会話を経て授業に入った。高度にデジタル化された世界で授業はノートパソコンを使用する。ただ、僕はアナログな人間なので、適度に小さなノートブックに記録を残した。人類は本を通じて知識を残してきた歴史がある。紙に記すアナログは、案外馬鹿に出来ないと思った。
そんな授業中でチャットやメールで質問が飛び交う。僕とマナに雪崩のように寄せられた。マナはのらりくらり躱して、女子のクラスメイトが援護する。見事に男子をシャットアウトするが、僕は男子なので、女子からの標的にもなってしまった。
こればかりは頑張るしかない。
『碇君はロボットに乗っているの?』
『ロボット?なんのこと?僕は昨日まで役所で手続きしていたよ。そこで避難命令が出たから、ずっと、地下シェルターにいた』
『本当に?』
『本当も何も、ロボットなんて知らないんだ』
このように色々と疑われている。確かに、編入のタイミングが良すぎた。怪しまれて当然だし、この中学校はNERV関係者のご子息やご息女が通う。僕やマナが関係者候補にリストアップされることは予想された。
そして、午前中の授業が終わり、お昼休みになった。
お弁当でも食べようかの時である。
「さて、僕は面会に行ってくるよ」
「例の子?」
「そう。マナも綾波さんと話して…」
「うん、そうする。気を付けてね」
朝の時間で申し合わせた事を果たしに行こうか。
おにぎりを抱えて中学校の屋上へ向かう。携行性に優れるおにぎりは、戦略自衛隊の時から、訓練所に昼食や閑職に持参した。マナには好みの具材を詰めたおにぎりを渡している。多分だけど、マナだったら綾波レイさんと仲良くなれる。おにぎりを頬張っていると、後ろから気配を感じた。一生懸命に消している割には漏れている。これは僕らと同じ軍隊上がりじゃないとできない芸当だ。
「ここでいいかな。アスカ」
「いきなり、呼び捨てとは、良い度胸じゃない」
「だって、会ったことあるじゃん。一緒に使徒と戦った…」
急に蹴りが飛んできたのを回避した。戦略自衛隊では格闘の訓練を積んでいる。護身程度には嗜んだ。
「やっぱり、軍隊上がりね」
「酷いなぁ。おにぎりが崩れちゃう。ホロホロにしているんだよ」
おにぎりは程よくホロホロにしている。絶妙な力加減は難しくても、試してみる価値はあるんだ。おにぎり片手にアスカと呼び捨てにしたことは、一度会ったことがあるからが大きい。他にも、相手の性質を汲み取り、中身を引き出す薪餌にしてみた。
「戦略自衛隊の人間がどうしてココにいるのかしら」
「それを言うなら、NERVのエヴァ・パイロットが中学校にいるのかな」
「質問に答えなさい。ちゃんと言わないと、あんたが戦略自衛隊って、言いふらすわよ」
「怖いなぁ。その答えとしては、単純に義務教育を終えるためなんだ。せめて、中学校を卒業しないと、憲法を守れないからさ」
彼女は一筋縄ではいかない。使徒戦で共闘した時から、凄腕のパイロットだと理解した。同時に自分の技術に絶対の自信を持っていることも分かる。NERVが使徒戦の主導権を握り、「自分達だけしかできない」みたいに考えても悪くない。プロフェッショナルは、尊重されるべきなんだ。僕は自分にできないことを専業にするプロフェッショナルを尊敬している。
「戦略自衛隊に学校はあるものじゃない?」
「それは高等教育になるんだ。中学校は無い」
これは嘘じゃなくて本当のことだった。戦略自衛隊の学校は、大学校と高等学院しかない。せめて、義務教育を貫徹することが要求された。僕とマナは極々稀な例外中の例外なことに理解を求めたい。
「そう。じゃ、あたしも答えてあげる。あたしはNERVのエヴァンゲリオン弐号機パイロット。式波・アスカ・ラングレーよ」
「改めて、僕は戦略自衛隊の特別大尉の碇シンジだよ」
この日が本当の人生の始まりだった。
続く