ヤンデレ咲さん ポンコツ咲ちゃん   作:乾き塩

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咲、母になる

 

「須賀くんって、流れ星みたいよね」

 

 夏のインターハイも終わり、清澄麻雀部は本人には内緒で京太郎への指導を中心に動き始めていた。いつもより麻雀を打つ時間が長くなった事に疑問を持っていたが、そこは咲たちがうまく納得させた。

 そんなある日、咲は引退した久と共に買い出しに来ていた。引退後もちょくちょく顔を出す久は、買い出しや京太郎の指導などを手伝っている。

 久はあくまでも補佐として立ち回っている。今日の買い出しもまた、当番である咲の手伝いという名目でついてきていた。

 その道中、久が話を切り出した。その表現に言い得て妙だと納得する反面、見過ごせないとも思ってしまった。

 

「部ちょ…………久先輩。それだと、最終的に燃え尽きちゃいますよ」

 

「須賀くんの事だから、そのまま地上に落下しそうじゃない? で、貴重な流れ星をめぐって争奪戦が繰り広げられる。どこかで見た構図よね?」

 

「それだと、流れ星じゃなくて隕石じゃないですか。他に何かあったんじゃないですか?」

 

 言いたい事は分かる。スペックの高い京太郎は、意図して遠ざけようとしない限りは異性を引き寄せる。異性愛者(ノーマル)はもちろん、同性愛者(レズ)であっても惹きつけてしまうほどだ。

 総合的な能力や人格面を考慮すれば、その価値は測り知れない。研究対象やコレクションなど、さまざまな面から高い希少価値を持つ隕石に例えたのも納得できる。

 しかし高価で希少な物なら他にもある。有名な美術品や宝石など、それらの方がイメージはしやすい。

 そんな中、久が持ち出したのは流れ星という単語だ。隕石と言いたかったにしても、あえてそれを選んだ理由までは分からなかった。

 

「そうは言っても、他に思いつかないのよね。価値があって、願いを叶えてくれるものって流れ星くらいでしょ?」

 

「そんな大袈裟な…………」

 

 咲が苦笑する。覚えがあるが、それは咲しか知り得ない事だ。それ以外となると、細々とした頼み事くらいだ。

 優希のタコスやまこの実家の手伝い。細々としたものとは言い辛いところもあるが、逆に言えばそれくらいしか思いつかない。

 願いを叶えるというのは、表現としても大袈裟なように思えた。

 とはいえ竹井久という人物についてよく知る咲は、彼女の分析を完全には否定しなかった。苦笑はしたものの、久に向ける視線は暗にその続きを促している。

 

「そうね。彼の行動だけを考えれば、大袈裟な表現だとは思うのよ? 彼の厚意に甘えてる私が言えた義理もないのだけど」

 

「あっ、自覚はあるんですね」

 

「本当の意味で自覚したのは、最近だけどね」

 

 あっけらかんと言い放った久に、咲が疑問符を浮かべる。皮肉のつもりで言ったのだが、思いがけない答えが返ってきた。

 久が厚意に甘えているのは前々から知っていたし、なんなら甘やかしすぎないようにと京太郎に進言もした。

 それでも京太郎は雑用を続けた。久個人の為だけでなく、大会に出場する咲たちを支えたいと言われては強く出られなかった。

 あの時の優しい言葉と恥ずかしげに笑む京太郎の姿を思い出すだけで、顔がにやけてしまう。反面、諸悪の根源とも言える久に対して恨みにも似た感情を抱き始めていた。

 感情が視線に現れ、チクチクと刺すような視線が久に向けられる。視線を軽く流した久は、まあまあと咲を宥める。

 

「私が、須賀くんの厚意に甘えていたのは事実よ。ただその理由が、最近になって分かってきたのよ」

 

「理由、ですか」

 

 いつもの掴みどころのない雰囲気が霧散する。

 深い理由がある。それも久にとっては麻雀と同等か、それ以上の理由。ここからは真剣に耳を傾けなくてはいけない。久という人物を今まで以上に知り、京太郎の所有物として管理する為には必須とも言える内容になりそうだった。

 どう説明するか考えてたのだろう。一分ほど沈黙していた久は、自身の身の上話を切り出した。

 

「私の両親が、両方とも母親だというのは話したわよね?」

 

「はい。おおまかにですが、顛末までは聞いてます」

 

「まあ、つまりはそういう事よ。縁のなかった父親という存在を、須賀くんに重ね合わせてるの。わがままを言って、それを聞いてくれるならよし。だめでも、怒られるからそれはそれでよし。というわけ」

 

 我ながら子供っぽい理由だとは思う。同時に、早いうちに自覚できてよかったとも思えた。

 もし自覚のないまま、あの状態を続けていたら。ただ雑用を任せるだけならともかく、エスカレートしてしまえばどうなっていたか分からない。

 最悪、京太郎が麻雀部を離れていたかもしれない。その可能性は、久が顔を青くするには十分なものだった。

 

「ミュンヒハウゼン症候群、みたいなものですか」

 

「むしろ、そのものかもしれないわね。大会の事を考えると、否定できないもの」

 

 ミュンヒハウゼン症候群。

 病気や怪我を偽って周りの気を引こうとする精神疾患の一つ。咲が知る限り、久が仮病を使った事はない。なので、みたいなものという表現にとどめていた。

 しかし他ならぬ久がそれを否定する。咲に見せつけるように、完治した右手を振ってみせた。

 夏の大会の最中、試合があるからという理由から骨が折れた右手は医者にも診せなかった。しかし今思うと、京太郎たちに心配して欲しいという思いがあったのかもしれない。

 もしくは無茶をするな。と怒られたかったのかもしれない。雑用を任せていた理由が理由なだけに、あり得ない話ではなかった。

 何かと理由をつけて、京太郎に甘えようとしている。それを自覚したのは、京太郎を好きになって少し経ってからの事だった。

 

「それでふと思ったのよ。もしかしたら私は、父親ではなく、親からの愛に飢えていたんじゃないかって」

 

「………………」

 

 本当のご両親は? とは聞けなかった。かつて聞いた、久の両親の離婚。そのきっかけは、片方の母親が交通事故に遭ったからと聞いている。しかしその内容は、事故が起こる前から両親の仲が円満ではなかったともとれた。

 実際のところ、どうだったかは分からない。久本人から無理やり聞き出すわけにもいかず、咲の推測にとどまっている。

 それでも咲の予想通りなら、久にも何かしらの影響があっただろう。

 嫌悪や引け目などの後ろ暗い感情。実の子供に向けるべきではない感情が向けられていても、不思議ではない。そうでなかったとしても、久の認識では両親から愛情を与えられていなかった。そう感じるだけの何かがあったのは、今の発言から読み取れた。

 

「…………それで、願いを叶える。ですか」

 

「ええ。須賀くんは、咲を連れてきてくれた。そして無意識下の願いすら叶えてくれた。彼にその気はなくても、私は救われたのよ」

 

 咲がいなければ全国大会で優勝どころか、出場すらできなかった。雑用に専念してくれたおかげで、練習時間も十分に確保できた。

 最初に京太郎が入部した時は男子である事に肩を落としたが、その評価はとっくに覆っている。

 全国優勝、陰の立役者。その存在が明るみに出れば、他校どころかプロからも狙われかねない。おかげで公的な場では礼を言えていないが、その分、控室などの周りの目がない場所では深い感謝を示していた。

 京太郎は気恥ずかしそうに大した事はしていないと言っていたが、自分の行動が認められて嬉しそうでもあった。

 

「それなら、私も…………」

 

「ふふ、母親も連れて来てくれるなんて。いい父親よね」

 

「…………ん?」

 

 本人にそのつもりがないまま、願いを叶えてもらったのは自分も同じ。そう頷こうとした咲の肯定は、久の呟きで途絶えてしまった。

 はて、聞き間違いだろうか。

 そんな疑問を抱いて久を見る。今までを振り返って話していたせいで、久は自分の世界に浸っているようだった。

 今の発言も、意図したものではないのだろう。心中の呟きがつい口に出てしまった。そんな様子だった。

 呟いた事にすら気付いていない久は、咲を見つめると楽しそうに笑む。

 

「これからもよろしくね、お母さん。いえ、マ・マ♡」

 

「んんんんんんんんん?????????」

 

 聞き間違いだ。そうに違いない。そうあって欲しい。

 縋るように否定しようとするが、耳に残った声がそれを許さない。大声で言われたわけでも、声が響くような場所でもない。

 それでもその言葉は咲の耳から離れず、目を背けたくなるような現実を見せつけてくる。

 久は親からの愛に飢えていたと言っていた。それはつまり、母親からの愛。つまりは誰かから母性を与えられ、それを心地よく感じたという事。

 その相手が他でもない咲自身だと気付く。言われてみれば、久をあまり甘やかさないようにと言う姿は、母親と重なるものがある。

 そうでなくても、咲は京太郎を支えるように立ち回っていた。それを見ていた久が、咲に対してどのような思いを抱くのかなど考えるまでもない。

 もちろん、こんな大きな子供を産んだ覚えはない。そもそも子供を産んだ経験もない。

 京太郎を父親のようだと認める人物に、母親と呼ばれるのは嫌ではない。むしろ好ましいはずなのだが、このシチュエーションは耐え難いものがあった。

 ここは問いただすべきだろうか。そう自問して、すぐに否定する。

 ごめんごめんと、いつもの調子で謝られるならそれでいい。しかし万が一にでも開き直って、部室や買い出しの最中にママ呼ばわりされては、たまったものではない。

 ここは慎重にならなくてはならない。地雷を踏み抜かず、なおかつ違和感を抱かない程度に会話の方向を変えて現実に引き戻す。

 やれるはずだ。そう自分に言い聞かせて、咲は困難なミッションに挑んだ。

 

 ────────

 

『拝啓、京ちゃん。

 私たちの子供は立派に育っています。

 立派すぎて、母親を追い抜き、私たちを上回る成長速度を見せています。

 この子が将来どんな子になるのか、今から楽しみです』

 

「ママ、さっきから遠い目をしてるけど、どうかしたの?」

 

「…………いいえ。なんでもありません。それと、外でママ呼びはやめてください」

 

 (敗北者)に現実逃避は許されなかった。

 半ば正気を失っていたとはいえ、駆け引きで咲に負ける久ではない。

 途中で咲の意図に気付き、自分の行いに羞恥で顔を赤くしながらも開き直ってしまった。少しだけ恥ずかしそうにしながらも、咲をママと呼ぶ。恥ずかしいくらいならやめればいいのに。というのが、咲の本音だった。

 もはやママと呼ぶのを止めるのは不可能。諦めた咲は、せめて部室などの人目のつかない場所でのみ呼ぶように求める。

 

「いいじゃない。減るもんじゃあるまいし」

 

「私の何かが減るんです。それに私や先輩ならともかく、京ちゃんに変な噂が立ったらどうするんですか?」

 

「外堀が埋まってラッキー☆かしら。…………うそうそ。冗談だから。その手を止めなさい」

 

 両手で何かを包み込み、親指を押し込む咲の動作に不安を覚えた。その視線が久の目に向けられたまま固定されているのは、偶然でも何でもないだろう。

 咲なら本気でやる。そんな凄みに気圧され、前言を撤回する。

 

「これくらいの冗談、正妻なら笑って流すくらいできないと苦労するわよ?」

 

「年上の女の子にパパと呼ばせる倒錯した性癖があると誤解されるような冗談を、これくらいで流せるほど、肝は太くありませんよ」

 

「そうかしら。少し考えれば、冗談と分かりそうなものだけど」

 

「鵜呑みにしそうな人がいるから言ってるんです。姉帯さんとか神代さんが、京ちゃんをパパと呼び始めたらどうするんですか?」

 

「あら、楽しそうでいいじゃない♪」

 

「…………そろそろ怒りますよ?」

 

 暖簾に腕押し。糠に釘。久に問答。

 手応えのないやりとりに、咲はため息をついた。

 怒ると告げられた久は、楽しそうに言葉だけの悲鳴を上げて先に行ってしまった。久が麻雀部の前部長で、先輩である事には変わりない。のらりくらりと追求を躱す姿は、いつもの久らしくはある。

 しかし咲をママと呼んだ事で吹っ切れたのか、その言動はいつもの彼女よりも幼く感じられた。

 

「…………拗らせてるなあ」

 

 ペアレンタルコンプレックス、と言えばいいのか。親からの愛情を求める久の姿を、痛々しく思ってしまう。

 今まで自分たちが見ていたのは、誰にも甘えようともせずに周りを引っ張っていく久の姿だ。たまに子供のような悪戯をする事もあったが、あれこそが本来の久なのかもしれない。

 そんな久に初めてできた頼れる相手。それが京太郎だった。もしこの出会いがなかったら、どうなっていたのか。

 他に頼れる相手が現れたのか。ロクでもない相手に引っ掛かっていたのか。何も手に入れられずに壊れていたのか。

 どれもあり得ると思えるくらいには、愛情というものに執着しているように思える。そういう意味では、久はこれ以上にないくらい幸運なのだろう。壊れたり、寄生虫の巣窟になる事なく、京太郎に拾ってもらえたのだから。

 だからといって、京太郎や咲を親に見立てて甘えるのは別の意味で痛々しい。今はまだギリギリ許せる範疇ではある。しかしこれがより悪化して、ガラガラや哺乳瓶を持ってくるようなら、きつめのお仕置きを用意する必要がある。

 いい加減にしろよ、ペアコン。そう言ってやりたかった。

 

「いい加減にしろよ、ペアコン…………あ」

 

 訂正、言ってしまった

 

 

 

 

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