大星淡という少女は、咲にとってライバルと呼べる存在だった。
麻雀という競技に限った話ではない。
咲とは対極に位置する容姿や性格。僅かな間に京太郎との距離を詰め、多少のわがままも当たり前と受け止められる高いコミュニケーション能力。
そして
咲が想定していたよりも、計画に賛同する少女は多かった。
それだけ京太郎の魅力が大きいのもある。しかしそれ以外にも、それぞれが抱える事情も要因の一部となっていた。
京太郎への愛が強く、順位にこだわらずそばに置いてほしいと望むモノ。
身近に年頃の男子がいない為に、いい男子がいたら友人と共有すると以前から決めていたモノ。
自らの被虐趣味を満たす為、雑に扱われるのを好むモノなど。
一癖も二癖もある理由だが、教育の手間が省けるので多くを言うつもりはない。
多くの賛同を得られているとはいえ、反対する者がいないわけではない。
咲の勢力が大きすぎる為に、反対派の多くが水面下で動いているというのは聞いている。そんな中、淡だけは表立って計画に反対していた。
自分が京太郎を手に入れられると、本気で思っている身の程知らず。しかしそのポテンシャルは凄まじいものを秘めている。
こちらに引き込めば、頼もしい味方になるのは明らかだった。
ジャラジャラ…………
身動きをするたびに鎖が擦れる。その音に淡は不快そうに顔を顰めた。
右手に嵌められた枷からは鎖が伸び、簡素なパイプベッドに繋がれている。ベッドの上で横にならざるを得ない淡は、鎖を引っ張りなんとか抵抗を試みていた。
「そんな事しても無駄だよ。それくらい、分かるでしょ?」
「…………じゃあ、これ外してよ」
「それは出来ない相談かなあ。せっかくだから、色々とお話ししたいんだ」
部屋に入って来た咲を恨めしげに睨みつける。自分を監禁している人物に対する、真っ当な反応だった。
枷を外すように要求したが、元から期待なんてしていない。予想通りの返事を聞いて、淡の目がより鋭くなる。
淡からの刺すような視線を受けても、咲は気にも留めなかった。部屋の中央に座り、淡からは手が届かない位置を確保する。
「一応、確認しておくね。本当に京ちゃんを独り占めするつもりなの?」
「とーぜん! 頼まれてもないのに、周りを勝手に巻き込んでる迷惑な女に京太郎を渡すわけないじゃん!!」
「それは私も同じだよ。おつむの足りないワンちゃんを、京ちゃん1人に任せるつもりはないから」
「だいじょーぶ! 犬のお世話なら、私も手伝うから!!」
「…………そういうところだよ」
淡に皮肉は通じなかった。
深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。これと同じ空気を吸っていると思うと、それだけで不快感が湧き上がってくる。
永遠に京太郎の目につかないところに捨てようかと考え、なんとかその考えを振り払う。
長期戦は覚悟の上。それでダメなら捨てればいい。淡という逸材だからこそ、チャンスを多めに与えていた。
咲は自分が負けるとは微塵も思っていない。京太郎への愛の強さなら、誰にも負けない自信はある。
しかし淡の想いも認めるところではあった。咲ほどではないにしても、彼女のそれは所有物の中でも上位に入る。
前に京太郎の為なら麻雀も辞めるかと尋ねたところ、即断で肯定した彼女の言葉に嘘はなかった。
たがらこそ、そこに付け入る隙がある。淡の想いの大きさは弱点でもあった。
軽い挨拶を済ませた咲は、一度部屋の外に出る。そして丁寧に折り畳まれた掛け布団を両手で持ち、部屋の中へと戻って来た。
突然の奇行に淡が訝しげな目を向ける。一体何を? 疑問を口にするよりも前に、咲は両手に持った布団を放り投げた。
「わぷっ!? 急になに、する、の…………」
頭から布団を被った淡が驚きの声を上げる。慌てて顔を出し、抗議の声を上げる。しかしそれも、尻すぼみに小さくなっていった。
突然の事で反応が遅れたが、布団の残り香が鼻腔をくすぐる。その香りが何かを理解すると、次第に淡の表情が蕩けていった。
布団を掴んだまま、両手で自分の体を抱きしめる。布団を顔に押し付け、深く息を吸う。
さっきまでは不快でしかなかった鎖の音も、今は気にならなくなっていた。
「可愛いワンちゃんだね。ほら、ワンって鳴いてみてよ♪」
「ぜ、絶対に、やらないぃぃぃいい…………」
口では抵抗するものの、その言葉に力はこもっていない。
今の淡は怒りという感情を抱くことすら、困難になっていた。多幸感に包まれ、理性が溶け始めている。
咲の目がなければ、火照った身体を自らの手で慰めていただろう。
自覚のある淡は、なるべく強い否定を示そうと首を何度も横に振る。駄々をこねる子供のようにも見えるその仕草に、咲はただ笑みを浮かべるだけだった。
このままではまずい。なんとか布団からの脱出を試みるも、意思に反して体は布団を手放そうとしない。
自分の意思の弱さ。あるいは強さに苛立ちを覚え、一秒も経たないうちに霧散する。それほどまでに、この布団は強力なものだった。
今の淡は形だけの抵抗を続けているだけ。心までは完全に折れていないようだが、無力化には成功した。実害を被る事はないと判断し、淡の前に進み出てしゃがむ。
「私ね、淡ちゃんとは仲良くしたいの。京ちゃんを独り占めしたい気持ちは分かるし、その為の努力も否定するつもりはないんだ。でもこのままだと、淡ちゃんも処分しなくちゃいけないの。確かに、淡ちゃんはおバカさんな所はあるよ。けど、状況が分からないほど愚かでないのも知ってる。そうじゃなきゃ、白糸台で大将を任されるわけないもんね」
「そ、それでも、私は…………」
「その意気は立派だと思うよ。それこそ私から京ちゃんを奪い取れるとしたら、淡ちゃんだけだとは思うくらいに。でも勘違いしないでね。万が一、私から京ちゃんを奪ったとしても、京ちゃんを狙う害虫は他にも大勢いる。淡ちゃん一人で、京ちゃんを守り切れると本気で思ってるの?」
「あ、当たり前、じゃん…………! そもそも京太郎が浮気なんて…………!」
「しないだろうね。けど友達としての食事の誘いや、ちょっとした相談で二人きりで会いたいって言われたら断らない。京ちゃん鈍いから、自分が狙われているとも知らずに誘いに乗っちゃうよ? 複数人でなら交代で京ちゃんを守る事も出来るけど。淡ちゃん一人で、ずーっと京ちゃんに張り付いてるつもりなの? 京ちゃんの身だけを守るならそれもいいかもしれないけど、束縛されてるみたいで嫌だと思うなあ」
「………………」
淡が沈黙する。
布団のせいで鈍った判断力を働かせ、なんとか反論の言葉を搾り出しても言い切るよりも前に潰されてしまう。
咲の言葉に有無を言わせない迫力があったのもある。しかしそれ以上に、淡の心の奥にある不安を言い当てられたのが最大の理由だった。
本当は淡も理解している。既に勝敗は決しており、自分は負けた身である事。勝者は咲で、その結果は絶対に覆らない。
にも関わらず、当の咲はそれに気付かず自分が勝つ為に方々に手を回している。これが京太郎の好意に気付き、勝者の特権とばかりに付き合い始めれば諦めもついた。駄々をこねる子供のように、みっともない姿を晒して希望に縋り付く事もしなかっただろう。
「諦めろ。なんて、酷い事は言わないよ。諦めるくらいなら、死んだ方がマシ。そうだよね?」
「………………うん」
「ふふ、だから一緒に来て欲しいんだ。妥協する。って言えばいいのかな。それでも、耐え難いのは分かるよ。だから、チャンスをあげる。これからの人生全てを、京ちゃんに捧げてもらう。その代わり、私から京ちゃんを奪えると思ったらいつでも仕掛けていいよ。成功したら、私は二度と二人の前に姿を現さないから」
「へ…………?」
「だって、そうでしょ。奪われたって事は、私はもういらないもん。そんな女が京ちゃんの周りにいても、邪魔になるだけ。なら、捨てるしかないよね?」
「っ!! ふざけるなっ!!」
「ひゃあっ!?」
淡が布団を被ったまま咲を押し倒す。鎖が伸び切り、手錠が食い込むがどうでもよかった。
淡は聖人君子ではない。むしろ我儘な性格と言っても過言ではない。他人に対して、不満や嫌悪感を抱いた回数も少なくない。そんな彼女でも、この時以上に本気で人を殺したいと思った事はなかった。
人の気も知らないで。喉まで出かかった言葉を、歯を強く食いしばって飲み込む。
淡が渇望し、足掻き、手を伸ばそうと決して手にできないもの。それを持っている事に気付かないばかりか、仮の話とはいえ自分を不要なものと宣う。
怒りのままに右手を振り上げると、鎖が擦れる音と共に手が止まる。鎖を引きちぎれるわけもなく、右手を下げながらも左手を床につけて咲の顔を覗き込む。
「京ちゃん京ちゃん京ちゃんって京太郎の事を想ってる風に言うくせに何も分かってないじゃん!!!!!! 京太郎が好きなのは他でもない
左手を硬く握りしめて振り上げ、一息に振り下ろす。咲の顔目掛けて振り下ろされた拳は、当たる寸前で止まっていた。
肩を振るわせ、親の仇を見る目で咲を見下ろす。行き場のない怒りを発散するように腕を振るった淡は、目を固く閉じて怒りを抑え込むように強く拳を握り込む。
「殴ったら、京太郎に嫌われる…………」
淡を止めたのは僅かに残っていた良心などではない。あくまでも京太郎を中心とした利己的な考えによるものだった。
深く息を吸って怒りを鎮める。まだ怒りの種火とも言える感情が胸の奥に燻っているが、ひとまずは感情を抑え込む事に成功した。
頭が冷え、落ち着いたところで妙に咲が静かな事に気付く。疑問に思い再び視線を落とすと、そのあまりな光景に怒りの感情は完全に鎮火した。
「だ、だめだよ京ちゃん、こんなところで…………ふひひ…………」
「………………」
幸せそうな寝顔を浮かべる咲。狙ったかのようなタイミングでの寝言も相まって、すっかり毒気を抜かれてしまった。
恐らく淡が押し倒した際、被っていた布団────京太郎が使っている布団の匂いでトリップしていたのだろう。淡の激情に任せた訴えは、布団をキメた咲に届かなかったらしい。
あまりにも間抜けな咲の姿を目にし、一気に疲労感が襲ってくる。深いため息まで吐いた淡は、怒った事による疲労も相まって一気に眠くなり始めた。
「…………もういいや」
思考を放棄した淡が咲の隣に横になった。二人並んで、同じ掛け布団で眠る。思うところがないわけではない。こうしているだけでも、さっきと同じように殺意や怒りの感情が湧き上がってくる。
それでも今日まで激情を抑えられたのは、京太郎という存在が大きい。しかし同時に、友人くらいには思っている咲への感情も少なからず影響している。もし今日みたいに感情が爆発するような事があれば、他の事で発散するようにしよう。
意識が遠のいて曖昧となる中、淡はそんな事を考えていた。許せるものではないが、咲もわざとやっているわけではない。なら少しくらい多めに見てあげてもいい。少なくとも、友達を殴ったり傷つけたりするのは選択肢から外すように努力するつもりだった。
────仕返しはさせてもらうけど。
二人きりの告白と思いきや、物陰に隠れていた大勢に見られていた。定番だが精神的ダメージが大きい手法。これをなんとか実行できないかと考え、夢の世界へと旅立っていった。
ちなみに二人で寝ている姿は、後から様子を見に来た和によって撮影された。その写真は後日、京太郎や他の少女たちに見られる事になり、羞恥から顔を真っ赤にした淡と咲は、二人揃って和を追いかけ回した。
監禁ネタやりたいなー。と思いつつ、ここの咲ちゃんだと京太郎を監禁したところですぐに脱出されそうだったので予定変更。
部屋から出ようとする京太郎の腰にしがみついて、泣きながら、部屋にいて欲しいと懇願する姿を想像して思わず笑っちゃいました。