──都内某所にて
パラリ、パラリと紙の擦れる音が響く。呪術師として仕事をした報酬である金銭。それをこうして仕事終わりにゆっくりと数えることは、彼女にとって至福の時間だった。
彼女の名は冥冥。高専卒業後どこにも所属せず、フリーで依頼を受けてはその報酬で生計を立てている1級術師である。まぁ、彼女は生きるために必要な金銭以上に、自らの趣味であることが大きいのだが。
「ふふふ、今回もまあまあ稼げたね。あまり気乗りのしない依頼だったけど、金払いは良かったよ。ねぇ、憂憂?」
「はい!姉様の言う通りです!!!」
憂憂と呼ばれた少年は首がもげるかのような勢いで冥冥の言葉を全肯定する。彼にとっては姉様が全てなのだ。
冥冥は稼いだことで上機嫌。憂憂は上機嫌な冥冥を見て大満足。いつも通りの風景だったが、そこに冥冥の持つプライベートの携帯電話が割り込むように鳴り響いた。憂憂は愛する姉様の手を煩わせまいと、いの一番に電話を取り、冥冥へと渡す。
「お電話です!姉様!!」
……知らない番号だね。こっちの連絡先はあまり人に教えてないのだけれど。
「ありがとう、憂憂。────はい、こちら冥冥。」
『冥冥1級術師……で間違いないか?』
「あっているよ。で?どちら様かな?」
『申し遅れた。禪院明だ。用件だが……個人的に依頼をしたい。』
予想もしなかった人物からの連絡に驚く冥冥だったが、そんな様子を微塵も感じさせないのは流石というべきか。
禪院明……禪院家の次期当主にして、日本に3人しかいない特級術師の1人。現呪術界にて最強の一角とも呼ばれる彼が、1級術師である自分に依頼?
「一応、この番号はプライベート用なんだけれどね。それで、何を頼むのかな?」
『人探しだ。詳細は──』
「いや、良いよ。会って話そう。今いる場所だとセキュリティに不安があるからね。場所はどうしようか。」
『そうだな、東京の呪術高専で大丈夫か?卒業生だとは聞いている。』
「構わないよ。この後すぐで良いかな?時間が惜しいからね。」
『あぁ、では待っている。』
ピッ、と電話を切った後すぐに冥冥はここを引き払う準備を始めた。
……特級術師、禪院明。彼とコネクションを作っておくことは私にとっても大きなメリットだ。多少無理してでも依頼は受けておくべきだろう。それに内容は今のところ人探し。成程確かに、私の術式ならば適任だ。
「姉様、どうだったのですか?」
「これから高専に行くよ、憂憂。凄いクライアントと待ち合わせがあるからね。」
「はい!姉様!!!」
程なくして準備を終えた冥冥らは、呪術高専東京校へと向かうのだった。
***
さて、高専に着いたけど……凄いね。大きな気配が分かりやすく感じられる。これを辿っていけば彼に会えるのかな?確かに場所の指定はしていなかったが……。
「ちょっと力技過ぎるねぇ。」
事前に細かい場所を相談すれば良かったと思いながらも、気配を辿って歩き始める。暫く歩くと、そこには壁にもたれかかる男がいた。
光を呑み込むような漆黒の髪に、どこか遠くを見つめる真紅の瞳。鋭くも整った顔立ち。黒を基調としたシンプルな着流しを着ていながらも確認出来る鍛え上げられた肉体は、ただそこにいるだけで確かな存在感を放っている。
「やぁ、君が禪院明君かな?」
「あぁ、僕が禪院明だ。すまない、細かい場所の指定を忘れていた。式神たちに向かわせても良かったが、ここでは登録されていない術式では警報が鳴るらしい。試すような真似になって申し訳ない。」
これに驚いたのは冥冥だ。御三家の術師、それもあの男尊女卑で有名な禪院家の者である。禪院明についてそこまで悪い噂は聞いたことが無いものの、こんな風に挨拶されるとは思わなかった。歳の割にしっかりしている。
「それはこちらも同じだ、構わないよ。それにしても、やけに丁寧だね?女の術師相手に。」
「……ウチの印象悪すぎないか?いや、そんなものか……。あんなカス共と一緒にしないで欲しいな。今回は僕が頼む側だ。それに……しっかりと鍛え上げているだろう?」
にやり、と口角を上げながら肉体を舐め回すように見られる。性欲を一切感じない視線であることが逆に気持ち悪かった。前言撤回。流石は五条君の友達と言ったところかな。
「ちょっと!姉様になんて視線を向けるのですか!!」
「……彼は?」
「弟の憂憂だよ。私の仕事道具のようなモノだと思ってくれ。」
「道具だなんて……あぁ!そんな姉様も素敵!!」
キラキラと音が聞こえてくるような表情で2人だけの世界に入りそうな冥冥と憂憂を見て多少気が削がれるも、本題である依頼の話をするべくなんとか明は話を切り出した。
「あー、そろそろ本題に入らせて貰う。依頼したいのは人探し。禪院甚爾を探して欲しい。」
「ふむ。禪院甚爾……その名前は裏社会では有名だよ。『術師殺し』とも呼ばれているね。」
「あの人には昔世話になった。ウチを出ていって以来行方は分からなかったが……話したいことが出来たんだ。僕だけでは虱潰しに探すのも時間がかかる。」
「そこで私に話が来たということだね?なら禪院君、君はいくら出せるんだい?」
「そうだな……前金で1000万、発見報酬でもう1000万はどうだ?」
明には元々の禪院家次期当主としての資産と、呪霊狩りの報酬として莫大な資金が手元にあった。使う武装も自らの術式由来の八握剣のみであるため、呪具に使う金も必要ない。出費のほとんどが食費であるため、その程度では全く財布が傷まないのである。
「へぇ、太っ腹だね。流石は次期当主様だ。それで良いよ。じゃあ口座の情報は送っとくからそっちによろしく。彼は有名人だから、見た目とかの情報は特に要らないよ。」
「分かった。見つけたら連絡を頼む。」
「こっちも一つ頼んでも良いかな?」
取引はこれで終わり……と思った矢先に冥冥より声が掛かる。
「君を『最強』の一角と見込んでのお願いだ。私の術を受けてみてくれないかい?」
断る理由など何処にも無かった。
***
冥冥の頼みを快諾した明は早速高専の中庭へと向かった。事前に術式の使用許可は取っている。
てっきり依頼の話をしたら解散かと思ったら、冥冥は僕に渾身の一撃を受けて欲しいらしい。普通に闘っても良いのでは?とも提案したが断られてしまった。少し残念だ。
全身に呪力を滾らせ、昂るままに告げる。
「ははは、いつでも良いぞ。僕に術式の試し撃ちをしたいとは。面白い。」
……彼、やはり呪術のこととなると少し性格が変わるのかな?まあ気分良く受けてくれるのであればその方が良いけどね。
「じゃあ遠慮なく。『私の術式は黒鳥操術。名前の通り、烏を操る術式でね。視界の共有なども出来る。中々に便利な術式ではあるんだけど、戦闘向きの術式ではなくてね。私も弱い術式であるとは自覚しているよ。』」
「術式の開示か。それで?続きはあるのだろう?」
「『だけどどんな術式も使い方次第。私は使役する烏に自死の縛りを課すことによって烏たちの内包する呪力制限を消し去ることに成功した。』これはそうした試行錯誤の末に辿り着いた、私の最高の一撃さ。」
冥冥の横を滞空していた1匹の烏から先程までとは比べ物にならない呪力が溢れ出す!
『
自死の縛りを課されることで解放された莫大な呪力を纏い、烏が明へと豪速で突き進む。
しかし、迎え撃つ禪院明もまた、無限の呪力を誇る怪物である。
「術式反転『影降ろし』満象+円鹿+虎葬」
明が術式を起動。選んだのは術式反転による肉体の強化。満象による超質量の肉体をベースに、反転術式を司る円鹿と脅威的な身体能力を誇る虎葬を混ぜ合わせる。更に両手に呪力強化を施した上で真っ向から烏を受け止める。
着弾。轟音。
拮抗はせず、明に激突した烏は自らの生み出した突撃のエネルギーと衝突の際の圧力に耐えられずに跡形も残らず消滅した。
衝撃により巻き上げられた砂埃が晴れた先に映ったのは、数メートル程移動させられた明の姿。
「惜しかったな。素晴らしい技だったが……まだまだ貫かれる訳にはいかないさ。満象によって超質量を誇った僕の体を動かしただけでも十分だ。」
「……自信はあったんだけどね。せめて腕の1本くらいはもっていけると思ってたよ。」
残念そうな素振りを見せる冥冥。予想以上の威力に上機嫌になった明はそのまま冥冥、憂憂らと夕食を共にして解散するのであった。しっかり全額明が払ったことは言うまでもないだろう。
なんか冥冥パートが長くなってしまった。次こそは禪院ブートキャンプ書くぞー。