「あぁ、もう何でこんなことになったかなぁ……」
僕は自嘲気味にため息をこぼす。
しかし、不思議と自分の選択に悔いはなかった。
目の前にあるのは六角形の装置――ガンプラバトルをするための装置、“バトルシステム”だ。
『Please set your GP-base』
バトルベースから誘導のための機械音が流れる。
僕はポケットからデータ端末――GPベースを取り出す。
――これに使うのは何年ぶりだろうか。
自然とGPベースを握りしめるのが強くなってしまう。
GPベースをバトルシステムにはめ込む。
すると、後ろから、
「頑張ってね! クチノキ君!」
と少女が僕に向かって励ましの言葉を送った。
僕はそれをチラリと見て、彼女に向かって小さく頭を下げる。
「準備は出来たか? 腰抜けクン」
目の前の金髪のガラの悪い男は、バカにするように僕に向かって喋りかけてくる。
僕はそれを無視して、鞄の中から家から持ってきたガンプラを取り出す。
「ごちゃごちゃ言ってないで、とっとと始めようよ」
僕は金髪の男に宣戦布告を行った。
窓から吹く、そよ風がとても心地よい。
まるで、神様が今日は昼寝をしなさいと言っているみたいだ。
僕――クチノキ・リオは、その言葉に甘えて、何に使うのかイマイチよく分からない国語辞典を枕に惰眠を謳歌しよう。
幸いにも国語の授業のトドロキ先生は眼鏡をかけたおじいちゃんで、生徒に甘い仏のような先生だ。
トドロキ先生の声は優しくて、眠くなる――言わば、入眠ボイスだった。
――これは、神様が僕に寝ろと言ってるんじゃないか。
僕は勝手にそう思い込み、寝る体勢に入る。
――明日から授業真面目に受けます。
まぁ、明日も同じように居眠りするんだろうけど。
そんな事を考えていたら、いつの間にか僕は深い眠りについてしまった。
「あの……」
声が聞こえる。
僕はふわぁ……という眠たげなあくび声を出しながら、まだ眠たげな眼を擦る。
「もう、HR終わっはの?」
顔も見ずに、寝起きの呂律のまわっていない声で、話しかけてきた生徒に問いかける。
「えっ? はい、20分ほど前に終わりましたよ」
可愛らしい声だ。
もしかしなくても、僕に話しかけているのは女子だろう。
しかし、僕に話しかけてくるような女子なんてそうそういない。
目を見開く。
そこには夕焼けの反射したクリーム色の艶のある長髪をなびかせながら、こちらを覗き込む美少女の姿があった。
「サトノ・ヒナさん?」
僕の寝ぼけた頭をフル回転させて出た言葉は、シンプルな疑問だった。
「私のことを知っていらしたんですね。嬉しいです」
とサトノさんは僕に向かってにこやかに微笑む。
ここで僕の脳裏に1つの疑問が浮かび上がる。
――何故、サトノさんのような高嶺の存在と僕は話しているんだ。
サトノさんと言えば、顔良し、成績良し、性格良し、家柄良しの完璧美少女だ。
この学年どころか学校全体で知らない人はいないんじゃないだろうか。
もしかすると、他校でも有名かもしれない。
風のうわさで聞いた話だが、彼女の父親は何かの会社の社長だった気がする。
それも相まって彼女はとても有名だった。
しかし、僕と彼女は全く接点がない。
そもそも喋ったのも今回が初めてだ。
「クチノキ・リオさんであってますよね」
サトノさんが不安げな顔で僕に尋ねる。
「あっ、はい。あってます……」
サトノさんの纏う雰囲気にあてられて、思わず敬語になってしまう。
「よかったぁ……。もし帰っていたり別の人だったら、どうしようって思いました」
サトノさんはホッとしたような顔で僕を見つめる。
すると、サトノさんは僕に顔を近づけた。
僕は思わずドキッとしてしまい、頬を赤らめてしまう。
サトノさんからは花のようないい香りがした。
「お願いがあるんです」
サトノさんは真剣な表情で僕の顔を見ていた。
少しの沈黙の後、サトノさんは意を決したように喋りだした。
「……私の代わりにガンプラバトルをしていただけませんか!」
「ごめんなさい、お断りします……」
僕は即答で彼女の申し出を断った。
十数分後、僕は何故か模型部の部室でサトノさんと二人きりになっていた。
「クチノキ君は紅茶好きですか? ちょうど美味しい茶菓子があるので一緒に食べましょう」
とサトノさんは、えらく上機嫌だった。
あの後、サトノさんは数分間あっけにとられていたが、
「きっと、ここじゃ話せないことなんですよね! では、誰もいない静かなところで一緒に話しましょう!」
とこの部屋に半ば無理矢理連れ込まれた。
断ろうとしたのだが、周りの目もあったこととサトノさんの勢いに負け、断るに断れなかった。
模型部の部室の中は綺麗に整理されており、サトノさんがいつも掃除をしているんだろうなと思った。
本人から聞いたところ、サトノさんは模型部の部長をしているらしい。
サトノさんが何か珍しい部活をしているというのは聞いたことがあったが、それがまさか模型部だとは思いもしなかった。
部屋には僕とサトノさん以外誰もいなかった。
サトノさん目当てで部員が結構いそうなものだが、誰一人いないということは何か事情があるのだろうか。
部屋を見渡すと、ザクやリック・ディアスなどの様々なガンプラが飾られていた。
どれもクオリティが高く、凄まじい完成度だった。
「これ全部サトノさんが作ったの?」
僕はサトノさんに尋ねた。すると、彼女は「はい!」と笑顔で答えた。
「どれもすごい完成度高いね。やっぱ、すごいやサトノさんは」
と僕が言うと、サトノさんは恥ずかしそうにモジモジとしていた。
その仕草は大変可愛らしかった。
「これだけガンプラを上手く作れるんだから僕なんかに頼ることも無いんじゃないの?」
と僕が聞くと、サトノさんは俯いて、「ダメなんです……」とこぼした。
「わたし作るのは好きなんですけど、ガンプラバトルになるとどうもダメなんです」
彼女は「変ですよね」と作ったような笑いを浮かべる。
「そんなことないよ。僕だってどちらかというとガンプラを作るより、戦わせるほうが
僕は落ち込んでいるサトノさんを励ますように話す。
柄にもないことをやっているなと自分でも思うが、目の前の悲しそうな女の子を見たら、居ても立っても居られなかった。
すると、サトノさんは僕を見てニッコリと笑い、
「優しいんですね、クチノキさんは」
と言った。
――その時のサトノさんの表情はまるで有名な絵画のように美しくて、僕は見とれてしまった。
ずっと、自分の顔を見ているのが気になったのか、サトノさんは、
「私の顔に何かついてますか?」
と聞いてきたので、慌ててそれ否定する。
そして、沈黙が部室をしばらく支配した。
「そう言えば、何で僕なんかにガンプラバトルしてって頼んできたの?」
空気を変えようと、サトノさんに問いかける。
サトノさんが「それは……」と口を開いたその時。
――ドンドンドン。
と扉を荒々しく叩く音が聞こえた。