幕間の物語-変わるモノ、変わらないモノー   作:館凪 悠

3 / 5
3話.遺跡

 

 翌朝──。

 早朝、とはいかないまでも、フリーレン基準で言えばかなりの早い時間帯。

 ヒンメルたち勇者一行は、件の遺跡の前に立っていた。

 

「結局、何の情報も得られなかったな」

「いいじゃないか、ワクワクしてきた」

 

 まるで遠足に来た子供のように目を輝かせるヒンメルに、アイゼンが「ああ」と頷く。

 アイゼンの表情は読めない。

 酒の入っていないハイターは自然体で、そしてフリーレンは眠そうだった。

 

「……じゃあ、結界を解くよ」

 

 あくびをかみ殺して、フリーレンが言う。

 彼女は両手軽く開いて、胸の前に上げると、静かに目を閉じた。

 両掌の間から光が溢れたかと思うと──

 パリン

 薄いガラスが割れるような、高く細い音と共に、結界が割れた。

 結界を構築していた魔力の残滓が、木漏れ日に反射して、宝石の粒のように輝き、消えていく。

 その結界が割れ行くさまを誇らしげに見ながら、ヒンメルが言った。

 

「よし、行こうか」

 

 そう言って、意気勇んで遺跡に入ったのは、二時間ほど前だろうか。

 外の見えない屋内というのは、時間の感覚が鈍くなってしまって仕方がない。

 遺跡の石壁に反響する足音が四つ。

 眠たそうなフリーレン。

 普段通りのアイゼン。

 しょんぼりとしたヒンメル。

 呆れ顔のハイター。

 勇者ヒンメルの一行だった。

 

「迷宮だって、思ったのに……! 楽しみにしてたのに……!」

 

 目に涙さえ滲ませながら、口惜しさを口にするヒンメルに、

 

「だから言ったでしょ、遺跡(・・)だって」

 

 本日何度目かのあくびをして、フリーレンが言う。

 

「そもそも、井戸っていう生活に直結する遺跡に、罠とか障害とかを仕掛ける必要がある?」

 

 遺跡の入り口からここまで、勇者パーティーの障害になるようなものとは到底遭遇していなかった。

 せいぜいが、細く入り組んだ道程に、遺跡の防衛兼管理用のゴーレム数体と──

 

「その割に、何故かミミックはいましたけどね」

 

 道端に落ちる宝箱に擬態したミミック。

 

「フリーレン、先ほどのあなたの理論であれば、生活に直結する遺跡に、宝箱なんて置かないですよね?」

「生活に直結するような、伝説級の魔導書が置いてあるかもしれないでしょ」

 

 けろりとして言うフリーレンに、三人はミミックに頭から噛みつかれて『暗いよー! 怖いよー!』と騒いでいた彼女を思い出して、小さくため息を吐いた。

 

「……まあ、たまにはこういった、のんびりした冒険もいいもんだ」

「さっきまで涙目で愚痴をこぼしていた勇者はどこの誰でしたっけ? 切り替え早すぎません?」

 

 真顔のハイターによる、至極真っ当な指摘に、ヒンメルは笑みを浮かべて応える。

 

「せっかくの冒険なのに、楽しまないのは損じゃないか」

「……まったく。ヒンメルは孤児院の頃から何も変わっていませんね」

「そうだね」

 

 ヒンメルは当たり前のように頷いて、

 

「僕はきっと、これからもずっと僕のままだからね」

 

 そう言ってから、「それにしても」と彼は周囲の壁や天井を見て首を傾げた。

 

「なんかさっきよりもジメジメしてない?」

 

 彼の言う通り、周囲の壁にはうっすらと水滴が浮かんでおり、足元に目を落とせば、壁との隙間に苔の生えているのが見える。

 さらに言えば、この遺跡に入った時よりも、勇者一行の靴音が、湿ってくぐもったように聞こえなくもない。

 まるで、水辺にある迷宮に潜った時のことを思い出させるような、そんな雰囲気。

 

「フリーレン、もしかして僕たちは、いつの間にかかなりの深さまで来てしまったのか? この山の水源があるほど深くまで」

「この山の地下水脈はもっと深いところだよ。まだ村の井戸の方が水脈に近いと思う。でも……」

 

 フリーレンは少し考えるように黙ってから、再び口を開く。

 

井戸の水源(・・・・・)は近いのかもしれない」

「おや、何かわかったのかい?」

 

 ヒンメルの問いに、多分ね、とフリーレンが頷く。

 

「昔──統一王朝の時代の中期まで、山を中心に暮らす、石材加工が得意な人たちがいてね。〝山の民〟って呼んでたかな」

「……〝山の民〟ですか。知らない名前ですね」

 

 僧侶として、様々な過去の文献を読んだことのあるハイターが首を傾げる。

 それに対して、フリーレンは淡々と「そうだろうね」と頷いた。

 

「何かを遺すというより、自分たちの信仰を大切にしながら、慎ましやかに暮らしていた人たちだからね。ただ、技術力は高くて、その技術はあちこちの遺跡や迷宮の建設に使われているはずだよ」

「つまりは、この遺跡も、その〝山の民〟によるものだと?」

「多分ね」

 

 そこまで話を聞いていたアイゼンが、髭を撫でながらフリーレンに訊ねた。

 

「ということは、あの村人たちは〝山の民〟ということか?」

 

 その問いに、フリーレンは小さく肩を竦めて「さあ」と答えた。

 

「可能性は低いんじゃないかな。この遺跡のことを何も知らないみたいだったし、そもそも〝山の民〟は、魔族に滅ぼされているからね」

「そうか」

 

 アイゼンの頷きに合わせて、

 

 カツン──

 

 一層強く、靴音が響く。

 

「着いたみたいだね。ここがその水源だよ」

 

 そう言ったフリーレンの声が、響く。

 それに続いて、一行の息を呑む音が響いた。

 今までの狭い道中とは異なり、そこは広々とした空間だった。

 山の地中にあるというには似つかわしくない、真四角に切り抜かれた空間。一辺が二十メートルは下らないだろう。

 この空間を形作る年季の入った涅色の岩壁は、どれもが同じ長さ、高さで切りそろえられており、それが天井も床も、綺麗に敷き詰められている。ただ、空気孔だろうか、所々に高さはさほどない横長の穴が開いているのが見て取れた。

 無機質であるというのに、荘厳さを感じさせる。

 そんな空間だった。

 

「…………これは、凄いな」

 

 ようやく口を開いたヒンメルが、ありきたりな感想を零す。

 

「ああ」

 

 とアイゼンがいつも通りに頷き、

 

「…………」

 

 ハイターは未だ言葉を発せないでいた。

 フリーレンは特に感動した様子もなく、何気なくその部屋へと踏み入った。

 カツン、カツン、と固い靴音が響く。

 ハイターがフリーレンの後を追いながら尋ねる。

 

「水源と言いましたが、どういうことなんですか?」

「水道だよ。ここに水を貯めて、ほら、壁にいくつか穴が開いているでしょ。あの穴の先は地下水路になっていて、あの穴のどれかが、村の井戸までつながっているんだと思うよ」

 

 なるほど、とヒンメルが頷く声が室内に響く。

 

「ため池と水路を石で作るとこうなるのか」

「そうだね。今は失われた技術だ」

 

 フリーレンの言葉に、アイゼンがううむと唸る。

 しかし、とハイターが床に目を落として言う。

 

「フリーレン、もうここには、水はないようですが……」

 

 その指摘に、フリーレンは

 

「そうだね、今はもうないみたいだね」

 

 と何かを探すように床を眺めながら言った。

 ヒンメルが首を傾げて言う。

 

「今はということは、前はあったのか。……例えば昔はその〝水が出る魔法〟がここにかかっていたけど、その効果が切れてしまったとか?」

「いや、もっと簡単な話だよ」

 

 ヒンメルの推察をばっさりと切り捨てて、フリーレンは何かを見つけると、床からそれを拾い上げた。

 

「? なんだい、それは?」

 

 彼女が拾い上げたそれを、ヒンメルが手に取ると、首を傾げた。

 それは、床や壁と同じような石でできた球体だった。

 表面にはなにやら細かく紋様が掘られているようだが、球体が黒ずんでいるために、はっきりと判別することは出来そうにない。

 捩じったり捻ったりしてみても、それが何なのか、ヒンメルにはわからない。

 

「……これは、どういうものなんだ?」

「魔道具だよ」

 

 フリーレンが、ヒンメルから両手でその球体を受け取りながら言う。

「魔力は残っているから、多分この間の地鳴りで、設置してあった場所から外れちゃったんだろうね」

 

「しかし感慨深いですね。統一王朝期よりも前の時代にかけられた魔法が、今の時代になってもその力を残しているとは」

「そうだね。古いものはどんどんなくなってしまうからね」

 

 そう言いながら、フリーレンは部屋の中心へ向かって歩き出した。

 ハイターがさらに言葉を続ける。

 

「ヘタをすると、この遺跡に関わった魔法使いは、かの大魔法使いフランメに比肩する実力の持ち主だったのかもしれませんね。……私も、かく在りたいものです」

「いや、それはないね」

 

 想像の中で、無名の大魔法使いに思いを馳せるハイターを、フリーレンが淡々と切り捨てる。

 少し詰まらなそうにハイターが口を尖らせ、何故ですか、と反論を試みる。

 

「その石に刻まれているのは、難易度が高いとあなたが言っていた〝水が出る魔法〟でしょう? 確かにフランメの大結界は素晴らしいものですが──」

「だから、もっと簡単な話なんだって」

 

 そう言って、フリーレンは「ここだね」と足を止めた。

 ちょうど部屋の中心。

 石材と石材の隙間。

 ちょうどその球体が嵌まりそうな、小さなくぼみがあった。

 フリーレンはそのくぼみに、手に持った魔道具を無造作に置いた。

 石が石に当たる硬い音が、石の部屋に反響する。

 次いで、その球体に刻まれた紋様が、淡い青色の輝きを放った。

 

「なんだ!?」

 

 真っ先に声を上げたのは、アイゼンだった。

 部屋に反響する、低い音。

 山が唸っているような、そんな振動。

 予測していたのか、フリーレンが「やっぱりね」と呟いた。

 

「どういうことです!?」

 

 悲鳴を上げるハイターに、やはりフリーレンが淡々と応える。

 

「言ったでしょ。水は出すよりも操る方が楽だって」

「っ! なるほどね!」

 

 ようやくフリーレンの予測を理解したヒンメルが、苦笑を漏らす。

 つまり、あの魔道具にかけられていたのは──。

 

「〝下にある水を上に持ち上げる魔法〟。初歩的な魔法だから、やっぱりすごいのはこの遺跡を作った〝山の民〟だと思うよ」

 

 フリーレンが言い終わる瞬間を見計らったように、床に張られた石材の隙間のあちこちから、勢いよく水が噴き出した。

 ここが太陽の下であれば、その水は太陽光に煌めいて、美しい噴水のように映ったかもしれない。

 しかし、ここは太陽光の届かない地下である。

 風情もなにもない、どころか──。

 

「なあフリーレン」

「何?」

「この部屋って、ため池みたいなものなんだよな?」

「正確に言えば遺跡全体が、だね。入り組んだ通路の先に、細長い穴が開いているところがいくつかあったでしょ? 先の水路はもう潰れてるだろうけどね」

「……ふっ」

 

 ヒンメルがうつむいて、小さく笑う。

 もはや、笑うしかないだろう。

 既に水は、ヒンメルたちのひざ下辺りまで溜まってきていた。

 

「ハイター! アイゼンを頼む! 撤収だ!」

 

 言うが早いか、ヒンメルはフリーレンを担ぐと踵を返して一目散に駆け出したのだった。

 




お読みいただきありがとうございます。

次話は月曜の20:24に投稿予定です。
そのシーンまでの前置きが少し長くなってしまいましたが、書きたかったシーンですのでよろしければお付き合いくださいませ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。