よう実RTA 決闘者チャート 作:KKKK
堀北SIDE
「ごめんね堀北さん」
「気にしないで頂戴、聞いてしまった以上はね」
その話を私が聞いたのは全くの偶然だった。
体育祭が始まってクラスの動きは上々そのものであり、夏休みや九月ごろに本剛君に散々振り回されたからなのか、クラスメイトたちは次々と高順位を記録してポイントを積み重ねている。
私自身も体が軽くなっていることを自覚しており、思っていた以上に高順位を記録することができたと考えている。
悔しいけれど彼のおかげなのだろう。破天荒で自分勝手で傲慢な人だけれど……まぁ、一センチくらいは見習うべきところがあるのかもしれないわね。一欠片だけね。
このまま慢心せずに進んでしっかりと学年一位を記録する。Bクラスに落ちたことで士気が下がっている元Aクラス、龍園君たちとの集団競技で怪我人が出てしまったCクラスが相手なので、おそらくはこのまま行けば勝てる。
緊張してばかりだとそれはそれで疲れるので、私は学校が設置したウォーターサーバーで喉を潤していたのだけれど、その時に一之瀬さんと龍園君の会話を耳にしたのだ。
曰く、一之瀬さんクラスの生徒が龍園君クラスの生徒をワザと巻き込んで怪我を負わせたので、謝罪と賠償をしろと。
龍園君クラスはこの体育祭でかなり暴れまわっていた。事前の打ち合わせを蹴って歩調を合わせることもなく、本剛君もそれで良しとしたので私たち赤組は距離を置きながらも互いに邪魔をしないという共通認識を持って体育祭に挑んでいたわね。
それで実際に勝てているのだけれど、龍園君クラスの相手をする白組からしてみれば最悪と言えるのかもしれない。
個人競技ではそこまで露骨なことはしていなかったけど、棒倒しや騎馬戦のような乱戦で土埃も激しい競技が終わった後に特に一之瀬さんクラスは怪我人が大勢でたことを思い出す。
「接触の多い激しい競技だから仕方がない」そんな言い訳が通るくらいの怪我だったけど、その後の競技に影響が出るのは明らか。
それだけならば、私も赤組なのだから思う所はあっても仕方がないで済ましたのかもしれないけれど、流石に謝罪とポイントを要求する所まで行けば無視はできなかった。
きっかけは二百メートル走での一之瀬さんクラスの生徒と龍園君クラスの生徒の接触。そこで大怪我を負ったので謝罪とポイントを要求する現場を目撃して、私は悪手だと理解していながらも口を挟んでしまったのが今の状況ね。
無関係なのだから放置しておけ。そう言われれば何も言い返せないわね。
「それで、貴女はどうするつもりなの?」
「抗議するよ。だって私たちのクラスはそんなことは絶対にしていないから」
強い意志を感じさせる瞳で一之瀬さんはそう言うのだけれど、相手だって勝算があるから仕掛けてきているのは間違いない。
「気遣ってくれてありがとう堀北さん。でもこれは私たちと龍園君たちとの問題だから、関わるべきじゃないと思うんだ。勝手なことをしたら本剛君に怒られちゃうんじゃないかな」
確かに、何も反論もできない。実際にクラスのことを考えるならば私のしていることは軽率なのかもしれない。
「私なら大丈夫。ちゃんと対応すれば何も心配いらないだろうから」
「……そう」
こういう時、色々な思いが去来するのだけれど、それをハッキリとした言葉にできない自分が嫌になる。
「何をしているんだお前たち、もうすぐ昼休憩は終わるぞ」
どうすべきか悩んでいると、本剛君が姿を現して声をかけてくる。
「あ、本剛君」
「む、一之瀬か。堀北と一緒にいるとは珍しい組み合わせだな」
「うん? 確かに、そうかも」
本剛君は全てを見透かすような独特な眼差しを私たちに向けてきてこう言ってきた。
「それで、何か面倒ごとか?」
相変わらず人の内心が見えているのかと思える程に鋭い。
「一之瀬さんクラスが龍園君から謝罪と賠償を要求されていたのよ」
「ふむ、それで?」
「それでって……貴方ね」
「龍園たちの行動は俺たちのクラスにとって都合がいいだろう。こちらとは無関係の状況で相手の戦力を削っているんだからな。俺たちは俺たちの戦いに集中する。違うか?」
「……それは、そうだけれど」
「一之瀬も反論はないだろう?」
「うん、そうだね。その通りだよ」
二人がそう納得している。そして相変わらず私は内心にある考えやモヤモヤとした何かを言語化することができないままだった。
そんな私をまた本剛君は全てを見透かす眼差しで見つめて来る。
「それを理解した上でプレゼンしてみろ」
「……え?」
「何か言いたいことや考えがあるのだろう、ならば言ってみろ。プレゼンで大事なのはメリットの提示と熱意だ」
「あ、あの、本剛君? どうしたの突然」
一之瀬さんもそんな彼の対応に不審そうな顔をしている。彼女の中で彼はもっと冷徹で卑怯な人間だという評価があったのかもしれない。
「さっさと言え、何の為に口が付いていると思っているんだ」
「……なら言わせて貰うわ」
まだ胸のモヤモヤを言語化することはできないけれど、それでも複雑に絡み合った糸を解すように言葉にしていく。
「今回の一件、私たちにも責任があるんじゃないかしら。龍園君を放置した結果なのだから」
「そうは思わん、確かに俺たちと龍園は同じ赤組だが協力はしていない。お互いに邪魔をしないという距離感でそれぞれ動いているだけだ。一切の責任はない……それで?」
「では、調子づかせるべきではないと言いましょうか。こういった事に味を占められると今度は私たちのクラスが標的になることだってありえるもの」
「問題はない、俺がいるからな……それで?」
「……無人島試験で貴方は一之瀬さんクラスを騙したわね。それによって信頼関係が拗れたんじゃないかしら? 今後、何か交渉する時にそれが尾を引く可能性もあるわね」
「それは違う、騙した事実はない。相手のミスを誘う動きはしたがそれだけだ。一之瀬クラスの甘さと迂闊さが招いた敗北と言えるだろう……それで?」
「……貴方に良心はないの?」
「フッ……お前が他人の良心に訴えるとはな」
確かにそうね、私らしいとは言えないのかもしれない。
どう交渉しても彼は納得しないのではないか、何より余計なことをしているのが私だと言われれば何も言い返せないのが面倒ね。
「……」
「どうした、お手上げか?」
「……そうね」
「ならば次は熱意で話せ」
「……え?」
「上辺だけの言葉など不要だ、プレゼンで大切なのはメリットの提示と熱意の発露だ。ほら、言ってみろ」
そう言われた時に、私は胸の中にあるモヤモヤをようやく言語化することができたのだと思う。
「……気持ちが悪いわ。ああ言った手を打つ龍園君も、それを利用している私たちのクラスも、納得ができないのよ」
「ほう」
「だから、どうにかしたいの……はぁ、まるで子供ね、嫌だ嫌だと」
「……堀北さん」
一之瀬さんが心配するような視線で私と本剛君の間で視線を右往左往させているわね。自分の問題に他クラスを巻き込んだことに悩んでいるのかもしれない。
「ふむ、ではどうにかするか」
「……え?」
私は今日何度目かの「え?」をまた言ってしまった。
「貴方、龍園君クラスの動きは都合がいいから放置するんじゃないの?」
「そのつもりだったが、お前のプレゼンに納得したから動く。何かおかしなことを言っているか?」
「そ、そんなことはないけれど……急にどうしたの?」
「気持ちが悪いのだろう? そしてこれを機に無人島での一件で地に落ちたクラスの信頼を少しでも補強したい、龍園に釘を刺してもおきたい。理にかなっているし熱意も伝わった……見事なプレゼンだ」
「……あ、はい」
彼と会話をしているととても調子が崩れる。多分それはクラスのほぼ全員が思うことなんじゃないかしら。
「それで、具体的な手段は考えているのか?」
「それを言われると答えに窮してしまうのよ。自分から首を突っ込んで何をと思うかもしれないけれどね……なにか良い案はないかしら? 五月頃の須藤君の一件のように」
「構わん構わん、寧ろ感心しているぞ、お前が他者に頼ることを覚えたようでな。それでいい、ようやくだ」
「なんでも簡単にこなしてしまう貴方がそんなことを言うなんてね」
「確かに俺にとっては大抵のことが児戯に等しいが、残念なことに手は二つ、足も二つ、頭は一つしかないのでな。ならば四十人の集団で作業する方がずっと話が早いだろう。異論はあるか?」
なんでもこなす天才。そんな印象を嫉妬や呆れと共に抱いていたのだけれど、彼は私が思っていたよりもまともな相手なのかもしれない。今日初めてほんの少しだけれど本剛君の本質を理解できたような気がした。
「それでいい堀北、お前はそれでいいんだ……さて話を戻そうか、龍園を止めたいだったか、それくらいのことは任せておけ」
「えっと、本剛君? 本当に気にする必要はないんだよ? 私たちの問題なんだから」
「なんだ一之瀬、せっかく俺が対処してやると言っているのに袖にするつもりか? 愉快痛快な大逆転劇を特等席で見させてやると言ってるのに、贅沢な奴だなお前は」
「……え、えぇ~、私が批判されてるの?」
「龍園はこちらで対処しよう。代わりにお前は無人島での一件で俺を逆恨みするのは止めろ。勿論クラスの連中も同様だ。異論は?」
「う、うん」
「次に堀北。お前の無理な願いを叶えてやるんだ、俺の要求を聞いて貰おうか?」
「……またポイントでも寄こせと言いたいのかしら?」
「違う、アレはお前の選択肢と視野を広げる為の方便だ」
「なら……ま、まさか……この変態ッ」
「戯け、なんの妄想をしている。俺が抱きたいと思えるくらいに良い女になってから出直せ愚か者……こちらの要求は、お前には生徒会に入って貰おうというものだ。体育祭が終われば丁度新旧の入れ替えだからタイミングも良いだろう」
「生徒会って……無理よ、そんなの、に、兄さんが認める筈が」
「以前にも言っただろ。俺はそれができない者にやれとは言わん、だからやれ……一之瀬、お前には推薦をして欲しい。可能か?」
「そ、それは、大丈夫だと思うけど」
「ならばこれで話は終わりだ。俺は龍園を黙らせて来る」
そう言ってから本剛君は背を向けて早歩きで去っていく。その途中で何故か綾小路君に声をかけてから、そのまま二人はどこかへ歩いていこうとして……その途中で振り返る。
「それとそのうっとうしい長い髪をさっさと切れ。どうせお前のことだから兄の気を引こうとしているようだが、あの男は別に長髪の女を好んでいないぞ」
「ちょっと待ちなさい、どういうことよそれは……」
「面倒だから適当に答えたそうだぞ。以前にサウナででくわした時に猥談をしてな、その時に聞いた」
う、嘘でしょ? 嘘だと言ってよ兄さん……。
「ではな、これからもそのまま励め」
そして彼は綾小路君と一緒に去っていく。私は衝撃のあまりその場で立ち尽くす。
「なんていうか、本剛君って……私が思ってたよりも、えっと、味のある人なんだね。ちょっと印象変わっちゃったかも」
なんてことを一之瀬さんは隣で言っているけれど、私は衝撃が大きかったことからその場で灰になるのだった。
綾小路SIDE
体育祭は無事に完勝で幕を閉じた。
最後のリレーでアンカーの本剛が南雲との勝負を対等なものとする為にリードを放棄したのは流石に呆れたが、しっかり勝ったので結果オーライと言う奴なんだろう。
正直、南雲と本剛の戦いにクラスを巻き込むのはどうなんだと思わなくもないが、まぁ大量のポイントを得ているのは事実なので利益にはなっている。勝っても負けてもオレには関係がないからどこまでも観客気分だな。
オレにはクラスの運営や方針はあまり関係がないからな。あの白い部屋も父親もこの学校には手を出せないらしいから、卒業するまでゆったりと過ごすつもりではある。
なので本剛という存在はとても都合がよかった。オレが何もしなくても勝手に結果を手繰り寄せてくれるのだ、楽でいい。
しかし卒業までの三年間、ただ自堕落に過ごすのもアレなので、オレなりの目標として本剛を参考にして他者の育成に手を出している。その対象となっているのが軽井沢であった。
成果は、まぁこれから次第だろう。長い目で見る必要がありそうだしな。
そんなことを考えていると、オレの耳に地面を叩く小さな音が届く。どうやら呼び出し人がようやく現れたらしい。
体育祭が終わってすぐに誰かから呼び出しを受けたオレは今、特別棟に足を踏み入れて待機して少しソワソワしている。
何故なら体育祭マジックというものを耳にしたからだ。池や山内が言うにはああいったイベントで意外な活躍をすると告白されることがあるらしい。
あの白い部屋も父親の影響も届かないこの場所で三年間のモラトリアムを堪能するつもりのオレとしては、そういう所に憧れがないと言えば嘘になってしまうだろう。
せっかくの学生生活なんだ、どうせなら楽しむべきである。
だから体育祭が終わってすぐに呼び出されたことでオレはソワソワしている訳だ。遠くから近づいて来る杖を突いた小さな影を見て、ついにオレも高校デビューかと期待してしまったのは仕方がないことだろう。
また耳に杖が床を突く音が届く、やはりこの少女が呼び出し人であるらしい。
華奢な体、白い肌。
だというのに瞳に宿った意思は強く鋭い。
杖で体を支えながらもどこか凛とした雰囲気を放っており、ともすれば力強さすら感じるのかもしれない。
そんな少女が、揺らぐことのない意志と共に不敵な笑みを浮かべてこちらに向かってきていた。
オレは、知っている。この少女のことを知っている……。
「お久しぶりですね、綾小路清隆君」
「あ~、悪い、ちょっと先にメールだけ送ってもいいか?」
「どうぞ」
相変わらず不敵な笑みのまま少女は許可をくれた。なのでオレは龍園の端末に悪だくみの証拠となるものを送りつけて企みを阻止した。
「私は貴方のことを知っています」
「奇遇だな、オレもだ」
「おや、それは意外ですね。一方的なものだと思っていましたので」
「ギャンブル狂いの坂柳と言えば有名だからな」
「どんな呼ばれ方ですかそれはッ!! えぇッ、あれ、宿命の再会はどこに?」
間違いない、こいつはギャンブル狂いの坂柳だ。Aクラスの、いや、今はBクラスで葛城を追い落としてリーダーとなった女。そして本剛が運営している決闘部のカモリスト№2。
「いや、毎月一日に誰よりも早く決闘部に来てあっさり負けてポイントを奪われるって噂を聞いたからな」
「え? そんな噂が……そ、それは誤解ですね。私は別にギャンブルに嵌っている訳ではありませんので」
「そうなのか?」
「はい、アレは非常に高度な戦略的布石を打つ時間ですので、言わば勝利の為に楔を刺しこむようなもの……彼は気が付いていないでしょうけれどね、最後に笑うのは私だということを」
「……お、おう」
「こほん、改めて自己紹介を、私は坂柳有栖……貴方を深く理解するものです」
「ギャンブルに嵌らない方がいいぞ、きっとお前の為にならない」
「……」
「いいか、まだ自覚がないのかもしれないが、ギャンブル依存症というのはとても深刻な問題、病気であると言えるのかもしれない。まずは担任の先生と相談してから、必要ならばカウンセリングを受けるべきだとオレは思う」
「……」
「大丈夫だ、そういう奴は世の中には多いと聞く。お前は一人じゃない……だから一人で思い悩むのではなく、誰かに相談するんだ。フリーダイヤルの相談所があって――」
「ホワイトルーム」
オレの説得と善意をぶった切るように坂柳はそう言った。オレの過去を、その根底にある物を知っていると伝えるかのように。
「お久しぶりです綾小路君。8年と243日ぶりですね」
「ギャンブルには嵌るなよ、約束してくれ」
「そこに触れるのはもう止めなさい!!」
なんてことだ、オレの善意を踏みにじるなんて。
「こほん……いいですか綾小路君、私がこうして挨拶しているのは証明の為なのですよ」
「証明?」
「えぇ、偽物の天才は本物の天才には敵わないという証明をね」
「そうか……」
力強い光を宿した瞳が俺を見つめて来る。
「お前に、オレを葬れるのか」
そう尋ねると坂柳はやはり不敵な笑みを浮かべる。太々しくも、何かこいつならばと思ってしまうような凄みのある笑みだ。
だが、こいつは――。
「ギャンブル狂いのお前に」
「だからそこに触れないでくださいッ!?」
こいつがやるべきなのはまずカウンセリングを受けることだと思う。オレは素直にそう思うのだった。