よう実RTA 決闘者チャート   作:KKKK

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裏10

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 堀北SIDE

 

 

 

 

 

 

「ご、ごめんなさい、堀北さん」

 

 

 そう言って一之瀬さんクラスの生徒が私が作っていた料理が入った鍋をひっくり返す。

 

 三学期が始まって最初の特別試験、混合合宿が始まったことでクラスどころか学年全体が慌ただしくなっている時、私には本剛君からとある役割を任された。

 

 そもそも彼はどこまで見えているのだろうか? 事前に撮影器具を用意して女子たちに配ったりしていたわね。カバンの中には他にもいろいろな道具も入っていたけれど、どこまで備えていたのかしら。

 

 南雲先輩の暗躍……まぁそれはわかる。あの人は本剛君に強い執着を向けているから何らかの形で干渉してくるであろうことは理解できる。

 

 だからこの混合合宿が始まる前に南雲先輩が暗躍していると言われれば納得はできる。けれどまさか一之瀬さんクラスがそれに協力するとは思わなかったわね。

 

 合宿が始まって私たちは男女に分かれて行動しているのだけれど、まるで図ったかのように一之瀬さんクラスの生徒が主体になったグループに声をかけられて……今、この状況なのよね。

 

 合宿中は毎日自分たちで食事を作るのだけれど、一之瀬さんクラスの生徒は毎回邪魔をしてくる。それ以外にも何かしらある度に妨害や邪魔を繰り返していて、正直心地いい環境でないのは確かでしょうね。

 

 何よりも呆れてしまうのは、私を妨害して追い込もうとしている彼女たちが良心を捨てきれていないということだ。

 

 申し訳なさそうにしながら今も朝食のお味噌汁が入った鍋をひっくり返されてしまった。

 

「はぁ……やるならもう少し徹底しなさい」

 

 思わず溜息が出てしまう。こんなことを言うのは絶対に間違っているのだけれど、もう少し龍園君クラスを見習うべきじゃないかしら。

 

 眉を下げながら、苦しそうな顔で妨害して、謝罪の言葉と共に邪魔をしてくるくらいならば、ケラケラ笑いながら開き直る方がまだマシでしょうに。

 

 中途半端な覚悟で、中途半端な意思で、中途半端な行動を繰り返す彼女たちに思わず溜息が出てしまった。

 

 普段の私ならば或いは毅然と立ち向かったのかもしれないけれど、今の役割は理解しているから黙っていることしかできない。

 

 チラッと視線を校舎の隅に向けてみると、そこには一昔前に廃れた折り畳み式のケータイ電話がこちらに向けられていて、この状況を撮影しているのがわかる。

 

 あれは松下さんね。あぁやって突きつける証拠集めをしているんでしょう。

 

 相手がわざわざ隙を晒してアキレス腱を丸出しにしているのだから、こっちは美味しく味わえば良い。そんなことを本剛君が言ったことでこの作戦が始まった。

 

 要は相手の弱みを集めてそれを理由に逆に相手を追い込もうという考えね。こちらが完全に被害者の立場であるし、わざわざ相手が弱みを晒してくれるのだから否とは言えないけれど……あんな顔で妨害されるとまるで私たちが悪者であるかのように思えてしまうのよね。

 

 苦しむぐらいならやらなければいい……一之瀬さんは今のクラスの現状をどう思っているのかしら。

 

「また貴女? 一体どれだけ足を引っ張れば気が済むのよ」

 

 次に現れたのは同じ大グループに所属する女子の先輩。おそらくは南雲先輩の息がかかった人でしょうね。さっきの一之瀬さんクラスの生徒たちの行動を見ていたというのに私を責めて来る。

 

「この事は先生に報告させてもらうから」

 

 この現場も撮影されていることに気が付いているのかしら? いえ、気が付いていないからこれだけ自信満々なのでしょうね。

 

 まぁこの人のことも一之瀬さんクラスの人たちのこともどうでもいい。私は上手くこの役目を演じなければならない。

 

 面倒な役目だとは思うけれどクラスポイントが増やせる可能性があるので否とは言えないわね。私は私でクラスに貢献しないといけないのだから。

 

 そこで私は本剛君の目的を思い出す。八億ポイントという途方もない目標を掲げる彼を。

 

 絶対に無理だと今でも思っているけれど……まぁ少しくらいは期待しても良いのかもしれないわね。可能性を感じさせられる場所まではきている。

 

 いつのまにか彼の目標を手伝うことに疑問を抱いていない自分に可笑しな気分になりながらも、私はひっくり返された鍋と零れたお味噌汁の処理をしていった。

 

「大丈夫ですか?」

 

 そんな私を手伝ってくれるのは決まって橘先輩ね。兄さんと同じクラスの人、噂では恋人だとかなんとか……その辺りのことはどうなんでしょうね、もしかして義姉さんと呼ぶ日が来るのかしら。

 

 いえ、でも生半可な気持ちで兄さんと恋仲になれるとは思わない方が良いでしょうね……ではなくて、今はそんなことを考えている場合ではないわね。

 

「はい、問題ありません。彼女たちの行動は全て計算通りなので」

 

「あはは、逞しいですね。でもちゃんと頼ってください、先輩ですから私は」

 

 本剛君からも橘先輩がフォローできる立ち位置を意識しろと言われている。さすがに部屋などでは難しいけどこういった全体行動の時は積極的に頼らせてもらいましょう。

 

 どうせこの屈辱的な時間は一週間後にひっくり返せることが確定している。それまでは雌伏しながら愚行を受け入れるつもりなので別に苦しくはない。

 

 そう思っているけれど、こちらを安心させるように橘先輩は微笑んでくれる……くッ、この程度で絆されたりはしないわよ、認めたりなんてッ!!

 

 いえ、だから冷静になりましょう、今は自分のことを考えないと。

 

 相変わらず事あるごとに妨害は起こるけれど、断頭台が近づいていることを理解しているのであくまで冷静に振る舞う。そうやって耐え凌いで一日が終わると本剛君へ報告をすることがこの合宿でのルーティンと化していた。

 

 

「首尾は?」

 

 

 合宿中に唯一男女が接触できる時間は夕食の時だけとなる。その時になると彼は決まって気配もなく私が使っている席の後ろにある椅子に座ってそう尋ねて来る。

 

「……正直、気が滅入るわね」

 

「ほう」

 

 夕食を食べながら思い出すのは妨害してくる一之瀬さんクラスの生徒たち。

 

「やるならやるでもっと吹っ切れて欲しいわね……申し訳なさそうに邪魔されると何とも言えない気分になるのよ」

 

「確かにな、そこは龍園クラスを見習うべきだろう」

 

 私は食堂に集まった生徒たちを見渡して同じグループの生徒たちを見つける。どうやらあちらも報告の途中のようで神崎君と同じ机を囲って食事をしていた。

 

「……一之瀬さんは今回の件をどう思っているのでしょうね」

 

「案外ノリノリかもしれんぞ。クラスの現状は当然悩んでいただろうからな」

 

「本気で言っているの?」

 

「どうだろうな、寧ろそれくらい吹っ切れた方が愛で甲斐があるのだが……だがまぁ、神崎が主導しているようだからその線はなさそうか」

 

「……」

 

「なんだ、体育祭の時のように同情しているのか?」

 

「いいえ、私たちに落ち度は一切ないもの。締めるべきところはしっかりと締める、それくらいのことはわかっている……でも不思議なのよ。彼女が何も言わないのが、クラスの一部の暴走だとしても、説得しそうなものだけど」

 

「さて、あの生徒会長とねんごろな関係なのかもしれんぞ。或いは弱みでも握られているのかもな。どちらにせよ、俺たちのやることは変わらん、違うか?」

 

「えぇ、わかっているわ」

 

 八億ポイント……本当に貯められるかどうかは今でもわからない。けれどやらない理由もないので今は手伝いましょう。

 

 いつのまにか彼を手伝うことに積極的になっている。最初は傲慢で自分勝手でイラつかせるだけの存在だったというのに……本当に不思議な人ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 綾小路SIDE

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅん、どうやら決着をつける時が来たようだねぇ」

 

 高円寺が湯気の中で立ち上がる。

 

「この俺と向かい合うか。よかろう、挑んでくるがいい」

 

 その先に立つのは同じく湯気で大切な部分を隠した本剛だった。

 

 三学期の幕開けと同時に始まった混合合宿の夜。普段とは異なりオレたちは共同生活をしており大浴場で一日の汗を流すことになるのだが、そんな状況故か誰かが始めた子供のような戦いは意図せず大きなものになっていた。

 

 誰の男の象徴が最も大きいのか……アイツか、それともこいつか、いやいや俺こそが。

 

 最初は須藤や葛城だったりが比べ合っていたのだが、そういった有象無象は龍園クラスの山田アルベルトが蹴散らしたことで下らない争いも落ち着くかと思われたのだが、そこに高円寺が顔を出したことでいよいよ混沌となった。

 

 高円寺の持つ男の象徴の出で立ちたるや、天を突かんとするバベルの塔の如く。これほどの物を見せられれば誰もかれも黙るしかない。

 

 そう思っていたのに奴の瞳は大浴場の一点へ向けられていたのだ。こいつには敵わないと誰もが倒れ伏す中で、ただ一人本剛だけはいつのもように威勢よく笑っていた。

 

 まさか、高円寺とやり合えるというのか?

 

「ごくりんこ」

 

 思わず喉を鳴らしてしまう。大浴場のど真ん中で向かい合う二人はさながら西部劇の決闘のようにも見える。緊張のあまり喉が鳴ってしまうのも仕方がないだろう。

 

「ご、ごくりんこ」

 

 どうやら喉を鳴らしているのはオレだけではないらしい。大浴場を見渡してみると多くの男子が高円寺と本剛の戦いを緊張と共に見守っているのがわかった。

 

 オレたちは今、百年先まで語り継がれる戦いを目の当たりにしているのかもしれない。

 

「ふむ、いや待て高円寺……どうやら役者が揃っていないらしい」

 

「おや、我々以外にこのステージに立てる者がいるとでも?」

 

「あぁ……さぁ綾小路、立つがいい」

 

 なん……だと? オレをこの戦いに巻き込むつもりなのか?

 

「バカなッ!? 綾小路もあちら側の住人だというのか!?」

 

 橋本が興奮したようにそう叫ぶと、ざわざわと大浴場が騒がしくなっていく……やめろ、オレを巻き込むんじゃない。

 

「お前らッ!! コールしてやれ、こいつは逃げようとしているぞ!!」

 

 龍園貴様、なんとしてでもオレを追い詰めたいらしいな。

 

 大浴場に広がり始める「ぬ~げッ、ぬ~げッ」というコール、絶対に逃がさんとばかりに入口も閉ざされてしまう。

 

「おやおや綾小路ボーイ。恥ずかしがらずともいいのだよ、ここに立つことは名誉なことなのだからねぇ」

 

「ふッ、そうとも、寧ろ堂々とその凶悪な物を見せつけてやればいい」

 

「……お前たちはもう少し恥じらいを持つべきだと思うがな」

 

 オレがそう言うと本剛と高円寺は同時に「フッ」と笑って見せる。

 

「完璧な私の肉体を晒すことに何を恥じる必要があるというのだね」

 

「全くだ、俺は俺の肉体に何一つとして恥じる所はない。故に堂々と振る舞うだけだ」

 

 こいつら実は似た者同士だな? いや、わかっていたことではあるんだが。

 

 不味いな逃げられそうにない……こういう時は正面突破しかないか。

 

 そう思ってオレは観念して湯船から立ち上がる。そして腰に巻いていたタオルを解き放つのだった。

 

「なんてこった綾小路の奴……ごくりんこッ」

 

 オレがオレの息子を晒した瞬間にまた誰かが緊張したように喉を鳴らす。

 

「ほほう、綾小路ボーイ……実にいい、その圧倒的な狂暴性、まさにTレックスと呼ぶに相応しいようだねぇ」

 

「フハハハ、いいぞ、ようやく場が温まって来たようだな……どれ、こちらも興が乗った、見せつけてやろう」

 

 相変わらず偉そうな物言いと共に本剛は湯気に包まれていた男の象徴をこの場にいた全員に見せつける……さすがと言うべきか雄々しく立派だ。高円寺が天を穿つバベルの塔ならば本剛のそれは大地を踏み均す巨獣と呼ぶべきなのかもしれない。

 

 なんて雄々しさ、男はかくあるべきと言うべきかもしれない。

 

 三つの怪物が並び立ちいよいよ場が混沌としてきた。周囲の男子たちも次元の違う戦いに右往左往するばかりだ。しかし逃げる者は一人もいない。歴史が変わる瞬間はここだと理解しているからだ。

 

「誰だッ!? いったい誰が一番なんだ!?」

 

「高円寺に一票、この存在感こそ最高に相応しい!!」

 

「いいや本剛だ、この雄々しさこそ最優、我ら男子が目指すべきところではあると海軍は思う!!」

 

「陸軍としては反対である。綾小路の狂暴性こそが最強であると考える所存!!」

 

 観客たちの意見も分かれているようだな。しかしそれだけ甲乙つけがたい戦いであるということなんだろう。

 

 最高、最優、最強、向かい合う三つの象徴をどれだけ見比べようとも誰にも結論は出せないままだな。

 

 

 このまま不時着させて帰るとしよう、そんなことを思った瞬間……オレの中にあるとある記憶が蘇ってしまう。

 

 

 「力のある者がそれを使わないのは愚か」……あの白い部屋で言われた言葉が何故かここで蘇る。

 

 

 あの男の言葉が、ホワイトルームで叩き込まれた価値観が、今ここでオレを動かす。

 

「お、おい見ろッ……綾小路の綾小路が、大きくッ!?」

 

「バカな、男子風呂だぞここ。一体何で興奮しているっていうんだ!!」

 

「アッー!」

 

 騒ぐ有象無象を気にするだけ無駄だ。そう、ホワイトルームで何度も言われたことだ。勝負とは、戦いとは、過程を無視して最後にオレが立っていればいい。全てを利用して最後に勝っていればいいのだと、その教えがオレを動かすんだ。

 

 

 堀北の蔑んでくる冷たい瞳が、愛理のスタイルが、波瑠加の胸が、惠の匂いが、クラスの女子たちの姿が、神室の腰つきが、坂柳の……坂柳は別にいいか。

 

 この学校に来てから知り合った様々な女子たちがオレに力を貸してくれる。それら全てを踏み台にしてオレは戦いに挑む。

 

 

 そう、どんな手を使おうとも、最後にオレが勝っていることが全てなんだ。

 

 

「グレィト、綾小路ボーイ。確かにTレックスはその狂暴性を発揮してこそと言えるだろう……そこまでされてしまえばこちらも抜かねば無作法だとも。見たまえ私のバベルの塔をッ!!」

 

 オレのTレックスに対抗するように高円寺もまたその存在感を高めていく。その高さはまさにバベルの塔。

 

 

「フハハハッ!! こやつめッ、奥の手の切り方を心得ているようだな!! その意気やよし!! よかろう、拝謁を許す……いざ仰ぎ見ろ、天の牡牛グガランナをッ!!」

 

 そして本剛もここで引くような男ではない。対抗するように存在感を高めていき、その姿はまさに天の牡牛グガランナ。

 

 Tレックス、バベルの塔、グガランナ、三つの象徴は決して負けじと向かい合い……そのあまりの熱量にビックバンが起こり、新しい宇宙が生まれて世界は終わりと始まりを迎えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 うん、オレはちょっと風呂場でのぼせて正気を失っていたのかもしれない。反省しようと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一之瀬SIDE

 

 

 

 

 

 

 

 ずっと迷っていた。

 

 耳元で木霊するのはお母さんの声、妹の泣き顔、そして過ちを犯してしまった私自身の泣き声。

 

 どうすればいいのだと悩んでも答えが出なくて、止めなきゃと思っても行動に移せなくて、だけどクラスメイトたちは私にこう言って来る。

 

 「一之瀬さんにできないことを私たちがするから」とか「お前はお前のままでいい」とか……白波さんや神崎君たちがそう言ってくる。

 

 南雲先輩が窮地に立たされている私たちのクラスを支援してくれるという期待が、本剛君の存在感による焦りが、何よりもこのままではいけないという漠然とした不安が、皆を暴走させているんだと思う。

 

 止めなきゃいけない、間違っているって……だけど私は、我が身可愛さに立ち止まってしまった。

 

 どうすればいいの? 私はクラスのリーダーで、皆を守らなきゃ駄目で、その責任があって……絶対に間違っているってわかってるのに、皆が「私の為に」って行動してくれている。

 

 グルグルと視界が回っている、前後不覚になりながらフラフラと覚束ない足取りのまま……何度も止めようとしたけれど、その度に南雲先輩の言った私の過去をウッカリばらすかもしれないという言葉が反響して……。

 

 

「うッ」

 

 

 胃の奥から込み上げてくる嘔吐感を何とか押し込む。いっそトイレに駆け込んだ方が楽になるかもしれない。

 

「気分が悪いのか?」

 

 そんな私に声をかけてきたのは、直視できない程に輝かしい存在感を放つ本剛君だった。

 

「だ、大丈夫……大丈夫だよ」

 

「戯け、その顔で大丈夫ということもないだろうが……はぁ、座れ」

 

 夕食時が終わった食堂はそろそろ人気が無くなってきている。後は消灯時間を待って寝るだけなんだけど、突然現れた本剛君がポケットの中からパワフルドリンクを取り出して押し付けて来る。

 

「飲んでおけ……飛ぶぞ」

 

「え、あ、ありがとう」

 

 激マズと噂されているドリンクだねこれ、最近は星ノ宮先生も飲んでいるのを偶に見かける。なんでも茶柱先生にお勧めされて飲んだら嵌ったとか。

 

「何を悩んでいる?」

 

 私にドリンクを押し付けてから彼は食堂の椅子に座ってそう言ってくる。こちらの全てを見透かす独特の視線のまま。

 

「……」

 

「はぁ……やるならば徹底しろ」

 

「え?」

 

「守ると決めたならば守り切れ、我が身が大事だと判断したならば絶対に隙を晒すな」

 

「あ、あの、本剛君?」

 

「どうあるにせよ、フラフラと右往左往するのだけはやめるべきだろうな。それは長のふるまいではない」

 

「……何もかも、お見通しなんだね」

 

「当たり前だ、俺は全てを見るが故に全てに結論を出せる。浅はかな企みも、お前のクラスの現状も、お前自身の状態もな」

 

「凄いね」

 

「なんだ、今更気が付いたのか」

 

 本当に凄い人だと思う。足元にも及ばない程に人として生きる領域が違う。それが本剛君だった。

 

「思うに貴様は、クラスの連中を慈しむことはしても、導くことはしなかった……違うか?」

 

「……えっと」

 

 何も言い返せなかった。

 

「その結果が今だ……こうあるべきだ、こうするべきだ、これこそが理想だ、そうやって導くことこそが誰かを率いる者に必要な力の一つと言えるだろう。それはつまりそうではない、それは間違っている、そんなことをするなと正す意味もある。理想と思いの共有は王たる者の基本だ」

 

「うん」

 

「ハッキリと言おうか、一之瀬、貴様はクラスの連中から舐められているんだ。大方こう言われたんだろう、お前はお前のままでいいとか、君の力になりたいとか、君にできないことをやるとか……戯けどもが、それは友情でも信頼でもないことに気が付いていないようだな」

 

「……」

 

 まるで見て来たかのように本剛君はこっちの全部を見透かしてくる。

 

「お前はお前の理想を、目指すべき未来を、同胞たちと共有できていなかった……つもりになっていただけだった。神崎や白波たちの暴走は、それが一之瀬にはできないことだと舐めてかかったが故だろう」

 

「ハッキリ言うんだね」

 

「貴様のクラスの誰も言わないだろうからな。アレらは信頼ではなく妄信している。完璧で優しくて気高いリーダー……そんな人が困っているから助けたい? 何故その前に話し合わない?」

 

 本剛君の呆れたような溜息が人気の無くなった食堂に広がっていく。

 

「慈しむだけの人間が誰かを率いるな……これからもクラスを引っ張っていくつもりならば、しっかりと導け。中途半端な行いだけは絶対にするな」

 

「本剛君って……なんだかんだで面倒見がいいよね」

 

「戯け、都合よく解釈するな」

 

 そう言って彼は食堂の椅子から立ち上がる。

 

「あのね、本剛君……私、万引きしたことがあるんだ」

 

「そうか」

 

「それだけ?」

 

「なんだ、もっと大袈裟に反応しろとでも? それとも代わりにこちらの過去を語れとでも? 生憎と世話になっている孤児院から子供を攫おうとした、ホワイトルームとかいうバカげた集団の手先を海に沈めたくらいのネタしかないぞ」

 

「そういう訳じゃないけど……え、海に沈めたって、冗談だよね?」

 

「当たり前だ、ユーモア溢れるだろう?」

 

「……あはは」

 

 この人は何もかも完璧だけど、冗談はそこまで上手くないのかもしれない……ちょっと欠点を発見したことで私は楽しい気分になった。

 

「俺は過去になどなんの興味も無い……悲劇のヒロインを気取ってないでさっさとやるべきことをやれ」

 

 それだけ言い残して彼は男子の宿舎へと歩いて行った。一人食堂に残された私は、いつの間にか無くなっていた嘔吐感を変に思いながらも、受け取ったパワフルドリンクを一気に飲み干す。

 

「ま、不味い……あ、でも、なんか良い気分かも」

 

 頭がすっきりしたらまずやるべきことをやろう。堀北さんに謝罪して、しっかり責任を取ってから、もう一度クラスの皆としっかり向き合わないといけない。

 

 私の過去も話して、それは違うって伝えて、進んで行かないと駄目だ。

 

 もっと、早く、そう決断すべきだったんだよね。

 

 本剛君のように迷わず進んで行けたならと思ってしまう弱い私は、ようやく前を見ることになる。

 

 

 まずは、本剛君たちに借りを返さないと。

 

 きっと南雲先輩は私の過去をばらそうとするかもしれないけど、私がそれを弱みだと思わなければいいだけだ。

 

 そして謝ろう、クラスの皆にも、何よりも堀北さんにも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 堀北学SIDE

 

 

 

 

 

 

「まさに奇想天外、いや規格外の戦略とでも言っておこうか本剛。俺の手を読める奴なんて一人もいないのさ、お前も堀北先輩もこっちの掌の上で踊っていたに過ぎない。必死になって試験を一位突破したみたいだな、ごくろうさん」

 

 南雲がとても楽しそうにそう言っている。合宿が終わって結果発表となり、そこで鈴音のいるグループが脱落して、グループの責任者が鈴音を道連れにした瞬間に南雲はとても楽しそうに手を叩き始めたのだ。

 

 ここまでくると憐れむしかないのかもしれない……本剛を意識するあまり視野が狭くなっているのだろう。

 

「おいおいどうしたんだ本剛、ショックのあまり言葉も無いか? だが悪いな、本物の強者って奴はこういうものなんだ、戦いが始まる前から全てを終わらせるものなのさ」

 

「ふむ、続けろ」

 

「説明しなくてもわかるだろ? 俺の狙いは最初からお前のクラスメイトなのさ」

 

「それはつまり、今回の件はお前が主導したということだな?」

 

「そうさ、まさに奇想天外、完全完璧な作戦ってことさ」

 

「よし、今の発言はこの場にいる全員が聞いたな。もう良いだろう」

 

 本剛が体育館に集まった全校生徒を見渡してから最後に俺を、正確には隣にいる橘を見つめて来る。

 

 わかっている、そういう契約だからな。

 

「異議あり。私は堀北鈴音さんが道連れで退学になることに異議があります。彼女は試験に真面目に挑んでいましたし、非難されるようなこともしていませんでした」

 

「橘先輩、それをどうやって証明するつもりですか?」

 

「証拠ならあります。そうですよね?」

 

「あぁ、ごまんとな」

 

 本剛が自分のクラスメイトを集めると次々と一昔前の折り畳みケータイ電話を差し出してきた。どうやらそれで撮影されているようだな。

 

「教諭陣も確認してくれ……こちらのクラスメイトが集団で暴行を受けている画像や動画もある」

 

「……は?」

 

 そこでようやく楽し気だった南雲の顔色が変わった。自分の作戦が看破されて利用されていることに気が付いたらしい。

 

 そして先生方が収められていた画像や動画を確認した結果、鈴音が道連れで退学になることはなくなるのだった。寧ろ責められるのは同じグループの生徒たちということになる。

 

 そしてここで終わりではなかった。

 

「丁度いい機会なので、学校側に今回の一件を集団でのイジメ案件であると訴えさせてもらおうか……因みに主犯格はそこの南雲だ。さっき自分でぺらぺらと自供してくれたのをこの場の全員が聞いただろう。客観的な証拠と橘先輩の主張もある。議論が必要か?」

 

「……は?」

 

 また南雲がか細い声を上げる。

 

「まぁ議論が必要だと言うのならば学校に帰ってから好きなだけやろうか。どうせ結果は変わらんだろうがな……さて、南雲の処遇は学校側に任せるとして、その前にだ」

 

 そこで本剛は右往左往している南雲に近づいていき、こう言うのだった。

 

 

「どうした、笑えよ南雲」

 

 

「……」

 

「笑えないのならば、誓約書通りポイントを払ってもらおうか」

 

「ま、待て……落ち着けよ、な?」

 

「払えるのか払えないのか、どっちなんだ?」

 

「……」

 

 払えないだろうな。体育祭で2000万を奪われた挙句、一之瀬グループの協力者救済の為にもまた2000万を払った筈だ。試験前の誓約書にある7900万のポイントを払えるはずもないだろう。

 

 必死に学年中から集めたポイントでも足りはしないか……そして足りない分は。

 

「有り金全部で足りないのならば、全てのクラスポイントで立て替える。そういう話だったな」

 

「……」

 

 遂に一言も発さなくなった南雲は、視線を移ろわせながら最後に俺を見つめて来た。

 

 すまない、こちらに出来ることは何もない。良い勉強代だと思うしかないだろう。

 

 南雲を止めて欲しいとは思っていたが、ここまで徹底的にやるとは俺も思わなかったんだ……あと、お前は少し軽率過ぎる。

 

 

 その後の話を少しするならば、学校に帰った後に審議が開かれて今回の件は重大なイジメだと判断され、南雲は生徒会長を降ろされることになり、協力者と一緒に追加で鈴音への賠償を課せられることになった。

 

 クラスポイントもプライベートポイントも全て失ったが……良い勉強代になったのだろう。

 

 いや、流石に相手が悪すぎたようだな……俺は少しだけ、南雲に同情するのだった。

 

 

 

 

 

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