よう実RTA 決闘者チャート   作:KKKK

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裏11

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神崎SIDE

 

 

 

 

 

 

「この度は、本当にご迷惑をおかけしました、心より謝罪します」

 

 そう言って一之瀬が深く深く、丁寧に頭を下げる。額を床に擦り付ける姿は完璧な土下座であった。

 

 そして一之瀬にそんな姿をさせているのは、他ならない俺たちである。

 

 混合合宿が終わって学校に帰るとすぐに審議が始まって、議論の余地なく俺たちは有罪となった。集団でイジメを企てたと言われれば……そうだな、何の反論もできない。

 

 俺と、白波たちは一カ月の停学処分。そして連帯責任としてクラスポイントでの賠償、それが処分内容であった。

 

 終わったな、全てが……ふたを開けてみれば混合合宿は勝負でも試合でも完敗してしまった。今になって思い返せばあまりにも稚拙で穴の多い作戦だったというのに、実行する前は何故か勝てると確信していたのだから笑い話にもならない。

 

 そしてその迂闊な行動の結果として、一之瀬は俺たちを引き連れて真っ先に堀北への謝罪を行った。

 

 そうだ、一之瀬に頭を下げさせているのは俺たちだ……こんなに間抜けな話もない。

 

 俺たちにできるのも同じことだけだろう。だから同じように額を床に擦り付けて頭を下げるのだった。もうここまで完敗すればプライドもなにもない、それ以外にできることもなかった。

 

 生徒会室で一斉に土下座をするという奇妙な光景である。だが今の俺たちにはそんな姿が相応しいのだろう。

 

 情けない話だ。クラスの為を思った結果がこれで、頭を下げる必要も無い一之瀬に頭を下げさせているのだから。

 

「はぁ……頭を上げなさい。別に恨んではいないわ。生徒会室で土下座なんてやめなさい、正直される方はあまりいい気分にはならないのよ」

 

 こちらの土下座を見て堀北は溜息を吐く。とてもやりづらそうな雰囲気がある。

 

「貴方たちの行動は、こちらにとって都合が良かったの」

 

「でも、そうだとしても、私は止めないと駄目だった……私が弱かったからこうなっちゃったんだ」

 

「……とりあえず頭を上げて。とてもやりづらいのだけれど」

 

 生徒会室の床に額を擦り付けていた俺たちはようやく頭を上げる。すると言葉の通り眉を曲げてとても接し辛そうにしている堀北がまた溜息を吐いた。

 

「本剛君、貴方からも何か言って貰えないかしら?」

 

 生徒会室には堀北が呼んだのか本剛の姿もある。相変わらずここではないどこか遠くを眺めるかのような独特の眼差しをこちらに向けていた。

 

「どうするべきか決めたのか?」

 

 そしてその視線は一之瀬に向けられて、そう問いかけてくる。

 

「うん、今回の一件はしっかり賠償して責任を取るよ」

 

「そんなことはどうでもいい、学校側が賠償を命じてそちらは受け入れたのだからそれで解決だ。俺が訊きたいのはお前がどうするのかということだ。合宿の時に言ったな、中途半端にフラフラするのだけは止めろと……それでどうするんだ?」

 

「……皆を守るよ、これは嘘じゃない。反省の言葉でもないし、でまかせでも誤魔化しやご機嫌取りでもない、私はそうするってもう決めた」

 

 すると独特の眼差しで一之瀬を見つめていた本剛は、何やら思案するような顔になる。

 

「私は……南雲先輩に過去のことで弱みを握られてたからって言い訳をして、皆を止められなかったんだ。でもそうじゃないって理解したよ。何を思われてどう言われようとも、もうそこだけはブレちゃダメなんだって気が付いた……かな」

 

 一之瀬の過去、万引きをしていたという告白はもう学校中に広がっているものだ。一之瀬自身がクラスメイトたちに自分の口で説明して、それを弱みとした南雲先輩に脅されて止められなかったことをだ。

 

 一之瀬は自分が弱かったから俺たちを止められなかったと頭を下げて……そこでようやく俺たちは本当の意味で互いを理解できていなかったことに気が付いたのだと思う。

 

 一之瀬にそれはできないからと、お前はお前のままでいいのだと、今思い返せば傲慢な発言であったのかもしれない。彼女の悩みや想いや立場など全て無視してそうするべきだと行動していたんだからな。

 

 俺は、俺たちは……もっと互いを理解できていると思っていたんだがな。

 

 学校では万引きの過去で話が持ちきりになっているのだが、クラスの皆はそれでも一之瀬を守ると決めた。本当の意味で本音を晒して話し合ったのはもしかしたら初めてかもしれない。

 

 噂の出所は一之瀬自身の説明でもあるが、二年生を中心に素早く広まったのでおそらくは南雲先輩が発信源でもあるのだろう……ミスをした俺たちへの報復のつもりなのだろうか。

 

 どちらにせよ、もうそれは弱みにはならない。今の一之瀬を見ればそれがよくわかった。

 

「もしまた同じことが起ころうとしたら必ず止めるから……私は皆を守る。どうかな?」

 

 

「ふむ、まぁ及第点と言ったところか……いっそもっと振りきれてしまえば楽だろうに、難儀な性格をしているようだな」

 

「本剛君ほどじゃないと思うな」

 

「なに? 俺はそこまで面倒な性格はしていないだろうに」

 

「そうでもないよ。すっごく遠回りに面倒見てくれる、意外に優しい人だって思ってるから」

 

「戯け」

 

 そんな言葉と共に本剛は溜息を吐く。そして独特の眼差しを俺へと向けて来る。

 

「神崎、一之瀬にここまで言わせたんだ、お前はどうするつもりなんだ?」

 

「……自主退学をしようと思っている、責任をとってな」

 

「戯け、お前はこれまでの話を聞いていなかったのか? 一之瀬が守ると覚悟を決めてるんだぞ、余計な面倒ごとを増やしてどうするつもりだ」

 

「……だが、そうする以外にない」

 

「駄目だよ、それだけは駄目……私が守りたい人たちの中に神崎君だっているんだからね」

 

「……一之瀬」

 

 あぁ、俺は本当に間抜けだったな。ここまで無力感に苛まれるのは人生で初めてだ。

 

「もし神崎君が責任を取りたいって思ってるのなら、クラスの力になって欲しいよ……堀北さんはどう思うかな」

 

「そうね、ここで退学になったらせっかく審議で酌量を求めたことも意味がなくなってしまうわ。余計な手間を増やさないで頂戴」

 

「そもそも貴様、一之瀬の過去が周囲に広まっている状況で退学してどうするのだ。せめて盾になってやることくらい言ってやれ」

 

「……そうだな」

 

 

 俺にはもうそうとしか言えなかった。

 

 

 被害者である堀北が審議で酌量を求めた結果、退学ではなく停学の処分となったんだったか……本当に、あれだけのことをしたというのにここまで配慮されると、いっそ清々しいほどの敗北感を覚えてしまう。

 

「ふむ、納得できないというのならば気の済むまで罪を償って貰おうか。一之瀬、神崎、お前たちにはこれから先、俺の事業に協力してもらいたい」

 

「事業? どういうこと、本剛君」

 

「あぁ、人手も協力者もまるで足りんのでな。丁度いい機会と言えばそうかもしれん」

 

「俺たちに何をさせるつもりだ?」

 

「安心しろ、そちらにも旨味のある話だ……俺は八億を貯めることをとりあえずの目標にしていてな、それに協力しろ」

 

「八億、だと?」

 

 何を言っているんだこの男は……そんなこと、出来るはずがないと思った段階で、そう言えばこいつは既に一億を超える額を稼いでいることを思い出す。

 

「もし八億貯まったら、お前たちに全部くれてやる」

 

「……」

 

「……」

 

 そんな言葉に俺と一之瀬は視線を結び合う。自分が聞いた言葉が信じられなかったからだろう。

 

「なんだその間抜け面は」

 

「いや、お前はもっと守銭奴で金の亡者であると思っていたからな」

 

「戯け、そんなものは俺の一面でしかない。そもそも金など俺が歩いているだけで勝手に増えていくものだ。重要なのはそれで何をするかだろうが」

 

「……」

 

 また黙ってしまった俺たちを見て、本剛は大きな溜息を吐く。

 

「神崎、貴様が己の無力さに打ちのめされていることはわかった……だがそんなことにはなんの興味も無い。一之瀬、そちらの土下座にも俺は何の価値も感じていない」

 

「う、うん」

 

「だが俺に奉仕するならば多少は愛でてやっても構わん」

 

「……え~と」

 

 一之瀬の視線が堀北に向かう。

 

「八億貯めるのを手伝ってくださいって彼は言っているのよ」

 

「なるほど」

 

 堀北の噛み砕いた説明にようやく納得することができた。

 

「まぁ嫌ならば構わん、どうせ最終的には全て俺が奪い去るだけなのだからな」

 

 相変わらずの偉そうな物言いであるが、こいつならばと納得できてしまうのは不思議である。

 

「本剛君、具体的には何をさせたいのかな?」

 

「ふむ、色々とあるが、一先ずは目の前に迫った生徒会長選挙だな。一之瀬、辞退しろ」

 

「で、でも、次の生徒会長は桐山先輩になると思うんだけど」

 

「問題はない、あの男はもう黙らしてある」

 

「そして私が辞退すれば自動的に堀北さんが生徒会長かぁ……うん、しょうがないかな」

 

「一之瀬、構わないのか?」

 

「仕方がないことだよ。それに私は過去のことで色々と騒がせちゃってるし、堀北さんの方が相応しいと思うよ」

 

 これも俺の責任ということだろう、本当にいらぬ面倒を起こしてしまったな。

 

「納得したのならばそれでいい、お前たちには今後もしっかりと働いてもらうからそのつもりでいろ」

 

「……一つ訊きたい」

 

「なんだ?」

 

「お前は、なにがしたい……いや、どこを目指しているんだ? 八億貯めてそれを手放すなど、正気ではないぞ」

 

「神崎、お前の物差し程度で俺を測れると思ってるから無様を晒すのだ……だがよかろう、わかりやすく噛み砕いて説明してやる、八億と言ったがそれは一つの目標でしかない、そこからまずは――――」

 

 そこから聞かされた本剛の戦略と展望に、俺と一之瀬はただ唖然とするしかなく、俺がこれまで抱えていた無力感なんてものが可愛く思えるほどに頭を抱えることになってしまう。

 

 そんなことを考える本剛も、実際にそれができてしまいそうな実績も、視野の広さも……最初から俺が敵う男ではなかったと思い知ることになった。

 

 そうか、俺は手を組む相手も戦う相手も間違ってしまったということか……本剛の作戦を聞いて、そう納得するのだった。

 

 これが本当の実力者ということなのかもしれない。南雲先輩と俺たちが手を組んだ所でどうこうできる男でもなかったということだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 綾小路SIDE

 

 

 

 

 

「おや、綾小路君、奇遇ですね」

 

 

 放課後の特別棟、人気が無く夕日が差し込む静謐な廊下に、杖が床を突く音が響く。

 

「坂柳……またギャンブルか?」

 

「いいえ、戦略的な布石を打っていただけです」

 

「それをギャンブルというんじゃないのか?」

 

「ギャンブルとは賭け事でしょう? 私は勉強代を払っているだけ……そう、決闘部の設立理念である生徒間の交流と研究のテーマに従っているだけですね。ギャンブルではありません、いいですね?」

 

「お、おぅ」

 

「こほん、そういう綾小路君は何故ここに?」

 

「本剛に雇われていてな、部室の片付けを手伝って欲しいそうだ」

 

「あぁ、そう言えば、あの部室は色々な対決に使う小道具で溢れていますからね」

 

 そこまで物で溢れているのか決闘部の部室は。色々な生徒が色々な方法で挑んでくるのだから自然なことなのかもしれないが、オレをわざわざ雇うほど散らかっているらしい。

 

「ふふ、それにしても、随分と人間らしい顔をされていますね」

 

「オレがか?」

 

「えぇ、私の知る貴方はもっと機械的で孤独な印象があったものですから」

 

「……そう言えばお前はホワイトルームを知っているんだったか」

 

「父と一緒に見学にいったことがあるんですよ。ガラスの向こうでチェスをしている貴方を見たのは今でも鮮明に思い出せます。綾小路君を否定するのは、あの場所を否定するのは、そして貴方の孤独を拭うのは私の使命だと思っていたんですが……どうやらこの学園でよい出会いに恵まれたようでなによりです」

 

「まぁ確かに、退屈はしないな。興味深い奴も多い」

 

「本剛君ですか?」

 

「あぁ」

 

「ふふ、なんだか妬けてしまいますね」

 

「お前はいつもギャンブルで燃えてるからな、焼けやすいんだろう」

 

「違います」

 

 そうだな、字が違うな。

 

 少しムスッとした顔をした坂柳は、話を戻すようにこう問いかけて来た。

 

「そうだ、せっかくなので訊いておきたかったんですけど。綾小路君は本剛君の目標をどこまで把握されていますか?」

 

「ある程度は察しているが……何故そんなことを知りたい?」

 

「動くのならば早い方がいいでしょうからね」

 

「それはどちらの意味でだ?」

 

「どちらとも言える、でしょうかね……今後負けるにせよ勝つにせよ、ね」

 

 坂柳クラスはつい先日に南雲の失脚によって崩壊した二年生のCBクラスを殲滅したんだったな。テストの平均点で勝った方がクラスポイントを総取りできる戦いを制した。

 

 これによって二年生は桐山率いるAクラス以外は全てクラスポイントが0になるという異常事態である。本剛がやりたい放題していることで一発逆転を夢見る者が多くなり、自主特別試験という価値観が広がったことで治安は崩壊してしまったな。

 

 もう逃げ切りに入っているAクラス以外は学校側の特別試験を大真面目にやる必要はなくなったということだ。それが良いことなのか悪いことなのか判断するのは難しいが、まぁ勝っている側にとっては良いことなんだろう。

 

「おそらくですが本剛君は学年末の特別試験で私たちに最終決戦を提案してくるでしょう」

 

「3年最後を待たずにか?」

 

「待つ必要がないといった所でしょうか。どうせ白黒つけるなら早い方が良いと言いそうじゃありませんか、彼は」

 

 確かに言いそうだな。チマチマとクラスポイントを削り合うなんて無駄の極みだと思ってそうでもある。

 

「どちらが勝つにせよ負けるにせよ、一度生まれてしまった流れは消せません……おそらくですが彼は……」

 

「あぁ、お前の推測通りだろうな」

 

「なるほど、無謀だとは思いますが……いえ、それができるならば確かに最高の実力の証明になるでしょうね」

 

「協力するつもりなのか?」

 

「さてどうでしょうね、言い訳のしようがないほどに敗北したその時にまた考えましょう……彼の事業を手伝うかどうかはね」

 

 不敵に微笑んだギャンブル狂いは、また杖を突いて歩き出そうとする。しかしその足先は止まってしまった。

 

「どうした?」

 

「いえ……見慣れない方がこちらにいらっしゃるようなので」

 

 そう言われて視線を廊下の向こうにやると、スーツを着た見慣れない男が特別棟の廊下を歩いているのが見えた。確かに見慣れない男ではある。

 

 年齢は初老の域だろうか、しかし歩く体幹は研ぎ澄まされており、スーツの下に隠された肉体の躍動を隠しきれてはいない。

 

 一目見ただけでわかる、強者だと。

 

「はじめまして、綾小路清隆君」

 

「……」

 

「おや、挨拶は無しですか? ホワイトルームでもそれくらいのことは教えている筈なんですけどねぇ」

 

 穏やかな笑みと共に爆弾を放り込んできたな。どうやらこの男はあっち側の人間であるらしい。

 

「綾小路君……お伝えしようと思っていたのですが、先日私の父が蟄居しました。代わりの理事が立てられたそうです」

 

「えぇ、その通り、その代理が私ですよ」

 

 坂柳の言葉に、やはり目の前の男は穏やかな笑みを崩さないままわかりやすく現状を教えてくれる。

 

 なるほど、この学園はあの男が介入できないと思っていたが、絶対ではないらしいな。

 

 だとすると厄介な話でしかない。ホワイトルームからの刺客が理事という立場に就くのはオレを退学させるにはとても動きやすいことだろう。

 

 それこそ、問答無用でありもしない証拠をでっちあげられたり、あるいは明らかに不利な試験や条件を盛り込んでくることだってできる……シンプルに厄介だ。

 

 さてどうするか、もしこの場で暴力的な手段に出られると、心疾患のある坂柳を守りながらということになる。それは避けたいが……。

 

 そんなことを考えていると、目の前の男は相変わらず穏やかな笑みを浮かべたままこちらに近づいて来る。一歩、また一歩と。

 

 

「おっと、自己紹介がまだでしたね。私は月城、まだ発表はされていませんが四月から正式に理事代行として着任します」

 

「そうか」

 

「挨拶代わりという訳ではありませんが、面白い特別試験を開催するつもりでもあるので、どうか楽しんでください……それとも、抵抗は止めて自主退学をしてくれますか? それならば私も楽なんですがねぇ」

 

「断る」

 

「自主退学の意思は無しと。では学校の制度に従って退学してもらうとしましょうか」

 

 制度か、それを自在に操れる相手が今後は立ちふさがって来るという訳だ。

 

 来年あたりにホワイトルーム出身の生徒が入学してくるくらいは想定していたが、まさか学校側の運営に刺客がいるとはな。

 

 さてどう対処すべきか、そう考えていると月城はこちらに近づいてきて、無造作に坂柳が体幹を預けていた杖を蹴り飛ばす。穏やかな笑みを浮かべたまま。

 

「――ッ」

 

 突然の蛮行に坂柳は小さな悲鳴を上げて体を崩してしまう。オレも咄嗟にその体を支えるのだが、月城はそんなオレにも攻撃を加えてきた。

 

 避け切れないな、坂柳を庇うしかないか。背中で受ければ尾を引くことはないだろう。

 

 判断は一瞬、坂柳を抱き込むようにして背中を見せると、無数の鈍痛が広がっていく。一度二度で収まらずたっぷりと殴りつけてくれたようだな。

 

「ふむ、聞いていたほど大したことはないようですね」

 

「仮にも理事なんだろ、こんな軽率なことをしていいのか?」

 

「問題ありませんよ。大人の権力者というのはね、子供では絶対に勝てない存在なんですから。監視カメラの映像をダミーに差し替えられるのが私の立場です」

 

「そうか……だが、第三者に見られているぞ」

 

「……はい?」

 

 ここは特別棟の外れ。放課後で人気もなく、おそらく月城もそんなことはわかっている筈だ。ここならば挨拶代わりに嫌がらせをしても目撃はされないと。

 

 しかし決闘部の部室のすぐ近くでこんなことをすれば、あの男が何もしない筈もなかった。

 

 

「ふむ、貴様は学園の理事らしいが、よくもまぁ平然と生徒に暴力を振るえるものだな」

 

 

 本剛防人。すぐ近くにある決闘部の部長が古い折り畳みケータイを録画モードにしながらこちらを撮影していることに、月城は気が付いていなかったらしい。

 

 監視カメラは掌握できても、アイツの持っているカメラまではどうしようもないだろうな。

 

「君は確か……あぁ、一年Aクラスの本剛君でしたか、いつから撮影を?」

 

「坂柳を蹴り倒そうとする少し前からだ」

 

「ふむ、わざわざ世間話をしていた所を撮影していたと?」

 

「俺は俺の庭に血の匂いをこびり付かせた獣が侵入していることに気が付かない程間抜けではない……貴様が特別棟に入って来た時から届いていたぞ、随分と物騒な匂いと気配がな。他者を殺すことを日常にしている男にしか纏えない匂いだ」

 

「……ふむ、それがわかっているのならば、その録画媒体を私に渡してもらいましょうか」

 

「何故?」

 

「説明が必要ですかね……そうしなければきっと後悔することになるからですよ」

 

「うん? 今のは脅しなのか?」

 

「そう聞こえませんでしたか?」

 

「いや、アリが滑稽に踊っているのかと思ってな。すまないが貴様程度に俺をどうにかできるとは思わないことだ。その歳まで血の匂いと縁を切れない生き方をしてきたのならば、彼我の戦力差くらいは測れるだろう」

 

 挑発であると同時に、それは確信であると本剛は思っているのかもしれない。少なくとも月城という存在に欠片も怯えてはいないようだな。相変わらず不敵な男である。

 

「疾く失せろ、みっともなく逃げ帰ることを許してやる。そしてさっさと俺の庭から消えろ、薄汚い獣め」

 

「やれやれまったく、子供というのは本当に怖い者知らずですねぇ……最後の警告です、それを渡しなさい」

 

「失せろ、今ならばまだ許してやる」

 

「そもそも君は私たちとなんの関係もないでしょうに、子供は子供らしく遊んでいなさい。決闘ごっこでもしながらね」

 

「関係ならばあるぞ、貴様が暴行を加えた綾小路と坂柳は俺の臣下だ。それすなわち俺の財ということだ。俺の財に手垢を付けておきながら逃げ帰ることを許すと言ってやっているのだぞ、どれほど贅沢なんだ貴様は」

 

 そんな物言いに月城は呆れかえって大きな溜息を吐くと、そのまま緩やかに本剛に接近していく。

 

 同時に、本剛はオレと坂柳に目で合図を送って来たので、どうやらこの状況を最大限に利用しろとのことらしい。

 

 当然ながらすぐさま端末を取り出して撮影モードにした。坂柳も意図を察したのか撮影を始める。本剛が録画した映像、そしてオレたちが録画する映像。既に詰みの段階だな。

 

 さらばだ月城、次があればその軽率な行動を改めた方がいいぞ。

 

 本剛は冷静に月城の動きを見極めて最初の一撃を敢えて受けた。そうやって被害者の立場を手に入れた瞬間に、纏っていた雰囲気を鋭くして一気に相手を追い詰める。

 

「威勢だけでは大人には勝てませんよ……ごッ!?」

 

 最初の一撃をすんなりと食らった本剛を見て月城は余裕の笑みを浮かべていたのだが、反撃はあまりにも素早く鋭いものであったらしい。

 

 そこから先は、戦いというよりかは流れ作業のように淀みなく計算された動作であった。

 

 まずはプロボクサーすら凌駕する拳打を一呼吸で無数に叩き込む。それで体幹を崩すと、小枝でも折るかのような感覚で月城の右膝を割り砕く。

 

「おごぉッ!?」

 

 子供扱いしていた相手が容赦なく自分の右膝を割り砕いたことで、ようやく月城の中から慢心が消えたように見えるが、もう遅いようだな。

 

「頭が高い……実るほどなんとやらだな」

 

 そして本剛は容赦なく左膝を蹴り砕く。月城は自分の体重を支えきれなくなり倒れ込んだ。それは土下座するかのような姿勢である。

 

「ほら頑張れ頑張れ……夕暮れがお前の痴態を晒してくれてるぞ」

 

 両足を砕かれた月城は激痛に藻掻き苦しむのだが、そんな相手に容赦なく本剛は踵を落とす。次は腕が割り砕かれた。

 

「ま、まって……ぐぉッ」

 

「一度は許しただろう、失せろと許可もしてやった、それでも挑んでくるというのならば叩き潰す……これはそんな風に驚くことでもなければ、首を傾げることでもないだろう」

 

 次に本剛は残っていた腕も蹴り砕く。流れるようなその動作は完全に流れ作業であった。

 

「やれやれ酷く脆いな……撫でただけでこうも壊れるとは」

 

 両手と両足を砕かれた月城はどうやら激痛のあまり意識を失ってしまったらしい。あれだけ強敵っぽい雰囲気を全開にしてきたというのに、あっけない幕切れである。

 

 やっぱりこいつがいると楽だなぁ。この学園に来てから何度も思ったことをオレはまた思うのだった。

 

「さて、こいつはこれで良いだろう。綾小路、坂柳、無事か?」

 

「あぁ、問題はない」

 

「私も大丈夫です……寧ろ、そちらの方の方が心配なんですが」

 

「問題は無かろう、手足の二、三本折れた所で人間は死なんよ」

 

「一応は救急車を呼んでおきましょうか。ついでに今回の件を学校側に訴えましょう」

 

 そんな坂柳の提案に本剛は何かを思いついたのかいやらしい笑みを浮かべる。

 

「おぉそうだな、どうにもこの学校はセキュリティ意識が薄い。以前にもあった佐倉のストーカーの件といい、痛みを伴わなければ改善できんらしい……どれ、学園のトップが心疾患の生徒を蹴り飛ばしたり、それを庇った生徒まで暴行した挙句、目撃者まで消そうとした殺人未遂の事実を反省してもらわなければな、勿論形あるもので」

 

 面白そうに笑う本剛は手足を折られて痙攣している月城の頭を撫でる。健気な飼い犬を褒めるかのように。

 

「つまらん男であったが、多少は役に立ちそうだな……褒めてつかわす」

 

 そして相変わらずの物言いである……なんというかアレだな、ここまでくると流石に月城に同情してしまうな。

 

 同時に感謝もしておこう。ありがとう月城、お前がいたから大量のポイントを得られそうだ。

 

 

 これで本剛の目標にもグッと近づいたことだろう。オレもまたいつの間にかこいつを手伝うことを当然のことのように思っているのだから、不思議な男である。

 

 

 

 

 

 

 

 

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