よう実RTA 決闘者チャート 作:KKKK
綾小路SIDE
「あの時、ガラスの向こうでチェスを行う貴方を見た時に、とても寂しい方だと思ったんです」
向かい合う坂柳がそういってチェスの駒を動かす。オレが思っていたよりも慎重でバランスの取れた采配だった。
もっと攻撃的で、緩急もつけない怒涛の攻めを想像していただけに、面白いと思ってしまう。
「父は悲しそうにしていました。あの場所も、あの場所で育つ子供たちも……それを見た時から、私の中に生まれたのは否定の感情でした」
「そうか」
こちらもまたチェスの駒を動かす。戦況はまだまだ均衡しているが、挨拶代わりのように少しだけ大胆に。
「人工の天才なんて作れはしない、無駄なことなんだと、子供ながら私はそう思いました。それを証明すれば父の憂いも無くなるのではと」
「今もそう思っているのか?」
「半分は、そうかもしれませんね」
「どういうことだ?」
「人工の天才は本物の天才には敵わない……同時に、生まれながらの天才というだけでは本物足りえない。結局の所、数字を誇って拘った所で意味はありません。チェスがどれだけ達者でも、テストで何度百点を取っても、だからどうしたで終わってしまうではありませんか」
「数字に拘る意味はないか。あの場所にいる大人たちに聞かせてやりたい言葉ではあるな」
数字を神とした連中に、そんなものはなんの意味もないんだといった所できっと意味はないんだろうがな。
「そう考えるとあの場所はなんとも無駄なことをしていると思えませんか? カタログスペックだけを追い求めて重要な何かを忘れてしまっているのではと……ロボットを作るのと、人を育てるのでは異なる話ですよ。それが求められる方向性もね」
「まぁ、人工の天才を量産するなんていうのはタダの建前だからな」
「おや、そうなんですか?」
「本気になってる奴もいるが、あの男にとっては政界へ返り咲くための唯一の希望でありカードなんだ。逆に言えばそれが達成できるならホワイトルームにこだわることもないんだろう。将来的な手駒を増やせる程度の考えはあるんだろうが」
「あぁ、なるほど。でも権力を追い求める方がアキレス腱をわざわざ増やすのもどうかと思いますけどね……なんと言いますか、とても間抜けに見えてしまいます」
「確かにな、間抜けな話ではある。いつかどこかで会ったら言ってやってくれ。ツッコミ所ばかりだからいつまでも無職のニートなんだと」
「ふふふ、ご自身で言ってあげてください」
また坂柳が駒を動かす。こちらの手を確かめるように。
鋭い手でもあると思う。ただ攻め一辺倒ではないこともわかる。少なくともあの場所で相手をした誰よりも鋭い打ち手であることは間違いないんだろう。
「お前も少し印象が変わったな。いや雰囲気が変わったと言うべきか」
「そうですか?」
「あぁ、体育祭の後に会った時はもっと見境のない狂犬みたいな印象だったからな」
「えっと……私はそこまで愚かではないと思うのですが」
「いや、人がもがき苦しんでいるのを見ながら茶をしばくタイプの人間だと認識していたから……」
「綾小路君、いくらなんでも失礼では? 私は南雲先輩ではないんですよ」
いや、実際にあっち側の人間だとオレは今でも思っている……そんな言葉は飲み込んでおいた方がいいんだろう。オレもその辺はもう学習している。
「そうだな、あそこまで軽率ではないか」
そういうことにしておこう。誰かを誹謗中傷してニコニコしてそうとか思っても言葉にしてはいけないのだ。デリカシーという奴だなこれは。
少し丸くなった……いや、視野が広がった坂柳をここは立てておこう。
「話を変えようか、お前はこの特別試験が終わった後はどうするつもりだ? 本剛に協力するのか?」
「……ふむ、そうですね。悩みどころではありますが」
そうだ、オレたちはこうして呑気に話しているが今は特別試験の真っただ中だ。
対戦するクラス同士で競技を出し合い白星を多く稼いだ方が勝利となる「十種目試験」は、今現在オレたちのクラスが既に四勝しており勝ちが確定している状況だった。
既に勝利は確定しているがルール上は最後の種目までやる必要があったので、こうして競技の一つであるチェスをオレたちは打ち合っている。
司令塔である本剛もこちらに口を出すつもりはないのか、装着したインカムからは何も伝わってこない。それは坂柳クラスの司令塔である葛城も同様なのか、オレたちは競技が行われる空き教室でのんびりとチェスを打っている。
そもそも干渉するつもりもないのだろう。開始と同時に「好きにしろ」とだけ伝えてきて、後はもううんともすんとも言わなかったので、オレはもうマイクもインカムも外してしまっている。
それは坂柳も同様で、葛城のことなど知ったことかとばかりにマイクもインカムも外してしまっている……だからこそこうして踏み込んだ話もできるのだが。
あの月城とかいう速攻で排除された何がしたかったのかよくわからない軽率な男がいれば、もしかしたら試験が不利になるように介入してきたのかもしれないが、そんなこともなさそうなので気楽なものだ。
相手が馬鹿で助かった。そんなことを思いながら特別試験に挑めるのだから楽な話である。
「そもそもお前は司令塔として試験に挑むものだと思っていたんだがな」
「それも考えましたけど、ほぼ負け戦ですからね。それならば綾小路君とこうして直接打ち合える機会を優先すべきかと」
だから葛城が司令塔になっているのか。敗戦の責任を押し付けた……いや、今の本剛クラスの戦力を考えれば確かに負け戦濃厚だから誰も責めはしないか。
もうオレたちの学年では「アイツらやばい」が共通認識になっているからな。須藤でさえテストで平均85点を記録しているのに、それで満足せずに100点を取れないことにむせび泣くクラスである。パワフルドリンクも蔓延してきているし、山内だけが唯一の常識人だ。
ガンギマリの目で毎週土曜の放課後に行う研究会は他クラスからは異様に見えるだろう。あれだけ努力されればもう戦わずして勝利を諦める雰囲気になるのも仕方がないのかもしれない。
或いは坂柳の中ではもう結論が出ているのかもしれないな。クラス間闘争よりも優先すべきことがあるのだと。
「いっそ本剛君をお手伝いするのも悪くはないと思ったんですよ。勿論、一応はクラスのリーダーなので表だってそうだとクラスメイトには言えませんけどね」
「この特別試験は、ある意味では良いタイミングだということか」
「えぇ、説得する材料にはなるでしょう……クラスポイントによるAクラス奪取ではなく、プライベートポイントによるAクラス入りを目指すという説得にね」
「そうか、ならオレも勝たないとな、言い訳の余地を無くす為に」
こちらとしても本剛がやろうとしていることが本当に達成できるのか見てみたいからな。
「ふふ、できますか? 私は既に慢心を捨てていますよ」
「そうらしいな……確かにお前は、オレにはない経験を持っている」
このギャンブル狂いの坂柳は本剛に負けに負けたドブネズミ。地面を舐めることが快感になりつつある末期患者だ……しかしその積み上げた敗北という経験はオレにはないものである。
ホワイトルームでは終ぞ経験することのなかったそれを坂柳は持っている。だとすればオレを上回ることだって十分にあり得るだろう。知らないというのは未知、未知というのは脅威、そしてオレはまだそれを知らない。
「だが負けはしない、この試験が始まる前に本剛からお前の情報や癖は提供してもらったからな」
「なるほど、それは楽しみですね」
ニヤッと、不敵な笑みを浮かべた坂柳は、地面を舐め尽くしたが故の開き直りを力にしてチェスの駒を動かしていく。
「お前の戦略も、癖も、方針も、本剛から受け取っている」
「それだけでは不足でしょう……私は敗北する度に強くなっているのですから」
カッコいいこと言ってるけど、お前は負けに負けたドブネズミだ。
「……オレがただそれだけで安心すると? しっかりと奥の手を用意している」
「……奥の手?」
「こいつだ」
確かに本剛から情報を受け取っただけではまだまだ不安要素が大きいだろう。だがそれだけで安心するほどオレは間抜けじゃない。
ポケットの中から取り出したのはパワフルドリンク、それもただのパワフルドリンクではなくEXを冠した特別な奴だ。
こいつを飲めば、疲労も眠気も吹っ飛び有り余るほどの活力と集中力を得られるのだ。クラスで愛飲している奴が多いことからオレも試しに飲んでみたが、つい嵌ってしまったんだよな。
「うッ……ぐッ……これだ、最高にハイって気分になる……オレは、自由だッ」
パワフルドリンクEXを飲んだ瞬間に腹を中心に全身に熱が広がっていく。それが頭に達した瞬間に俺はこれまでにないほどの解放感と自由を得る。
ホワイトルーム? 父親? もうどうでもいい、そんなことはどうでもいいんだ。
「いくぞ坂柳、オレが勝ったらお前には本剛に協力してもらう」
「いいでしょう、言い訳の余地を無くしてみせてください」
そしてオレたちはチェスを打ち合う。誰にも邪魔されず、誰の思惑でもなく、ただ勝利を求めて。
堀北SIDE
一年最後の特別試験が終わってようやく私たちは一息つくことができた……ということもなく、勢いそのままにAクラスでの卒業が確定した兄さんクラスと戦うことになってしまった。
競技はクラス対抗リレー……クラス全員で競い合う競技ね。三年Bクラスがテスト勝負で大差で完敗したことから運動競技にしたのかしら。
こちらには本剛君や高円寺君、須藤君や綾小路君など、突出した運動能力を持った人たちはしっかりいるけれど、それは兄さんのクラスだって変わらない。
こちらには百点満点の戦力が数人いるけれど50点の戦力も多い。けれど兄さんクラスはおそらく80点を取れる人が基本となっている。だからこのクラスリレーの勝負はまだまだ不透明ね。
「本剛君」
「なんだ?」
グラウンドに集まった兄さんのクラスと私たちのクラスは入念な準備運動をしている。そんな中で本剛君は座禅を組んで祈りを捧げているのだけれど、そんな彼に私はこんな提案をした。
「あちらのクラスのアンカーは兄さんだそうよ」
「だろうな、最も頼りになる戦力に最も大切な役目を任せる……当然の戦略だ」
「事前の打ち合わせ通り貴方がアンカーになるのよね?」
「そのつもりだ」
「……」
「前にも言ったかもしれないが、伝えたいことがあるのならばハッキリと言葉にしろ。プレゼンは熱意が大切だ」
「そう、なら言わせてもらうわね……アンカーを私に譲って欲しいの」
「理由は?」
「私情よ」
この人相手に下手な言い訳は無意味。だから私は本音だけ包み隠さず伝えるのだった。
「フッ……堂々と言い切ったな」
何が面白かったのかはわからないけど、本剛君は祈りを止めて表情を緩めた。
「ふむ、戦略的には間違いそのものだが……お前なら勝てるとでも?」
「……私が兄さんに勝てるとは言えないわね」
そんなことは、とても当たり前のことだ。ずっとその背中を追い求めて来たのに一向に追いつけないのだから。
「なのにアンカーをしたいか……我儘なことだな」
「えぇ、だから……断ってもいいのよ」
すると本剛君は今度は柔軟体操を初めてこう言った。
「……今のお前には任せられないな」
「そう、それならそれで構わないわ……我儘を言っている自覚はあるから」
「戯け、諦めが良いのは美徳でもあり欠点でもあるぞ……良いか、お前がやるべきことは右往左往している自分を、その矛盾を主張することじゃない」
柔軟運動を終えて彼は私を見つめて来る。相変わらず全てを見通すかのような眼差しだ。
「誇れ……お前は強い」
「え?」
「勝てるとか勝てないとか、そういう話などするなということだ……それでなんだ、勝てないけど私にアンカーを任せてとまた言うつもりか?」
「えぇ……確かに言葉を間違えていたわね」
確かに彼の言う通りだ。勝てないけどアンカーを任せてなんて言うべきじゃなかったわね。
言葉はもっと単純でいい。私は難しく考えすぎていただけだ。
「兄さんに勝ちたいから私にアンカーを任せなさい」
「フハハハッ、よくぞ言った、それでいい。だが忘れるなよ、憧れだけでは届きはしない……それを理解して挑むがいい」
「いいの?」
「構わん……負けたとしても俺が死ぬだけだからな」
どういう意味だろうか? 仮に負けてもクラスポイントは失わないけれど……いえ、プライベートポイントを失えば死んだも同然という意味かしらね。
アンカー役をもぎ取ったことから私は最後に兄さんと競い合うことになった。おそらく同じタイミングで走り出せば戦いにもならないのでリードがあることが好ましいけれど……。
クラス対抗リレーの一番手は佐倉さん、兄さんのクラスは陸上部の三年生ね。茶柱先生がスタートピストルを轟かせると同時に走り出していい勝負を見せてくれる。
佐倉さんの運動能力はお世辞にも高いものではないけれど、それを差し引いても流石は三年生のAクラスと言った所かしら。離されてリードを作られていくけれどそれは計算通り。最初に運動能力に不安のある人を固めたのだから当然とも言うべき結果ね。
兄さんクラスはこちらとは違って運動能力の良し悪しをバランスよく配置しているのがわかる。
こちらの本領は中盤から後半……博士君が運んだバトンを須藤君が受け取った瞬間に一気にリードを縮めていくことになった。
須藤君から小野寺さん、そして連続して運動能力が高い人が次々とグラウンドを疾走していき、序盤に作られたリードを縮めていくのがわかる。
高円寺君に渡った段階でリードは完全になくなり、綾小路君が遂に追い越してそれだけに留まらずリードを広げて、本剛君が無事にバトンを受け取った。
「お前がアンカーか?」
「はい、兄さん」
「本剛の奴が来ると思っていたんだがな」
そしてアンカー役である私と兄さんがグラウンドのスタート地点に立つ。こうやって話すのはいつぶりかしら。
「兄さんはどうして勝負を受けたんですか?」
「クラス全体に不完全燃焼感があったからな……それに、いやなんでもない。それよりも何故アンカーなんだ?」
「無理を言ってアンカー役を譲ってもらいました」
「ほう」
バトンが本剛君に渡ってリードを広げていく。相手は運動部のエースだという話だけれどまるで意に介していないわね。
「何故だ?」
「……」
誇れ、お前は強い。彼がさっき言った言葉を思い出すと、胸の奥に熱が宿るような感覚が生まれていく。
「兄さんに振り向いて貰いたい、認めてもらいたい……そう思ってずっと頑張ってきました」
「だろうな、だがそれは――」
「はい、もうわかっています……憧れだけじゃ届かないと」
すると眼鏡の向こうにある兄さんの瞳が瞠目するのがわかった。
そんな顔を見るのも、随分と久しぶりな気がするわね。
「兄さん、私、生徒会長としてやりたいことができたんです」
「それはなんだ?」
「一人でも多くの生徒をAクラスに上げたい、上げる機会を増やしたい……傲慢に聞こえるかもしれませんが、それが今の目標なんです」
「そうか……困難な道だな。それは俺にもできなかったことだ」
「はい、だから挑みます」
きっとそれは最高の実力の証明になる。もし私たちの学年にいる人たち全てがAクラスになれるのならば、そんな夢物語みたいなバカげた目標に大真面目に挑む人を私は知っている。
傲慢で、偉そうで、自分勝手な人だけど、彼ならばと思えてしまう時点で、私も覚悟を決めた。
それが生徒会長としての目標、私がこの学園でやるべきこと、証明すべきこと。
それを兄さんに伝えると、本当に久しぶりに、それこそ思い出せないくらいに記憶の片隅に追いやられてしまった、兄さんの穏やかに微笑む顔が見れたように思えた。
「そうか、励むといい……応援している」
「はい」
本剛君がこちらに走って来る。大きなリードを作ってバトンを渡してくれるだろう。
だから私は、自分の出番が来る前にポケットの中からパワフルドリンクを取り出す。
ただのパワフルドリンクではない、これはパワフルドリンクEXだ。
蓋を開けて中身を一気に飲み干すと、お腹を中心に熱が広がっていって体が軽くなるのがわかる。
私は、自由だ。
眠気も倦怠感も疲労も全て吹っ飛ぶ。最近ではこれを愛飲する人も多くなってきたから争奪戦が起こるのよね。
龍園君が早めに買い占めて高額で転売しようとしている噂もあるくらいに人気のドリンクとなっている。当然私も愛飲している。兄さんと戦う上でこれを使わない手はないもの。
身体が軽い、今ならば人生で一番速く走れる。それを証明するように私は本剛君からバトンを受け取って走り出す。
大きなリードがあったけれど、それで安心できるような兄さんじゃない。必ず追い付いて来る。だから私はただ全力で走り抜けるだけだ。
背中越しに兄さんが近づいて来るのがわかる。それはすぐに肩越しの距離になって、リードが埋められていくのがわかった。
あぁ、けれど、私は今この瞬間に人生で一番強くこう思っている。
負けたくない、この人を超えたいと。
きっと人生で最も速いだろう疾走は、とても心地いいものだった。