よう実RTA 特殊トロフィー最速取得チャート 作:KKKK
堀北side
もうすぐ兄さんが卒業してしまう……だというのに私は未だに心の踏ん切りがつかないでいた。
ずっとすれ違ったままで過ごしていたのだから仕方がないのだけれど、ここぞという時に何もできない自分自身が嫌になる。普段、あれだけクラスメイトたちにはこうあるべきだと偉そうに説教しながらも、私自身は理想には程遠いあり方をしている。
今すぐ動くべきだ、けれどまた拒絶されるのは怖い……そんな自問自答を繰り返しているだけで、きっと何も変わらない。
一年生最後の特別試験も終わって、卒業まで本当に秒読みの段階だ。それでも最初の一歩を踏み込もうとするとどうしても心が震えてしまう。
あるいは、もしかしたら……私は誰かに背中を押して欲しいのかもしれない。
「ふふん、もしかしてボディソープ変えた?」
「あ、うん、一美ちゃんと同じ奴なんだよね。おススメしてくれた奴、気に入っちゃって」
「いいよねぇこれ、自然な匂いっていうかさ、人工的で科学的な香りも嫌いじゃないんだけどさ、やっぱ自然派な訳よ私はさ」
そんな私の悩みなど知らないとばかりに、同じ生徒会に所属する一之瀬さんと零膳さんはいつものようにイチャイチャとした時間を過ごしていた。
「ん~、やっぱ良い匂いだねぇ……私色に染まって来たって感じで凄く良い」
「もう、何それ……あ、ダメだよ、ん……髪、撫でちゃダメ……堀北さんが見てるよ」
「触れたい時に触れる、一体なにがダメなのさ」
「……」
私の凍えるような視線を受けても零膳さんはビクともしない。それどころか生徒会室のソファーの上で隣に座った一之瀬さんの腰へと手を伸ばして引き寄せる始末……乱れているわね。
「貴女たち、ここが生徒会室だとわかっているのかしら?」
「うん、勿論知ってるよ。でも大丈夫じゃない? ここって監視カメラもないしねぇ」
「だとしても、もう少し生徒会長としての立場を自覚して頂戴。貴女は言わば、この学校の顔なのよ」
「いやいや、ずっと厳しい顔で睨みつけるような生徒会長なんて柄じゃないさ。やるべきことは最短かつ効率的に、そして暇な時は全力でだらけきる、メリハリって大事だよねぇ……ほら、今日の仕事はもうとっくに終わってる訳だしね」
確かに今日の分の仕事はもう終わっているけれども、だからってこうもイチャイチャと人前で……いえ、そもそも、この二人はもしかしてそういう関係なのかしら?
色々と零膳さんには噂があるけれど、女性好きという話は本当みたいね。いえ、今更という気もするわね。
「ねぇ帆波~、今日の放課後って暇? お泊り会しようよ、お泊り会」
「特別試験の打ち上げをクラスでやるから、その後なら大丈夫だけど……またお泊り会するの?」
「勿論、楽しい楽しいお泊り会をね。他の人も時間があれば来るってさ」
「そ、そっか……うん、わかったよ」
少し顔を赤くして照れた様子で一之瀬さんは頷く……まぁ、他人事なのだし、私がとやかく言うことではないわね。
そう、今はこのだらけきった生徒会よりも、私自身の悩みを解決しなくてはならない。
「悩みがあるのかね若人よ」
どうするべきか、こうあるべきか、いつまでたっても終わらない自問自答を続けていると、さっきまで一之瀬さんとイチャイチャしていた零膳さんがいつの間にか私の隣の席に座っていた。
どうやら一之瀬さんはクラスの打ち上げがあるから先に帰ってしまったらしい。
「なにかしら、その口調とキャラは」
「いや、なんとなく、悩んでいる若者を導く師匠キャラを演じてるだけ、特に深い意味はないさ……それで、何を悩んでいるのかな?」
「別に悩んでなどいないわ」
「嘘だね、前にも言ったと思うけど、人間ってそこにいるだけで色々な情報を発しているから、嘘をつく時はもっと自然体を心掛けないとダメだよ……ん~、当ててあげよっか、もうすぐ卒業するお兄さんのことでしょ?」
「はぁ……心を読むのを止めて欲しいのだけれど」
「読心術なんて大層なもんじゃないさ。言っただろ、そこに立っているだけで、色々なことがわかるってさ……よく観察すれば言葉にしなくても簡単に思っていることは伝わるもんだよ」
ずずっと、椅子を引いてこちらに身を寄せてくる零膳さん……相変わらずこの子はパーソナルスペースの概念が無いわね。
あまり近くに寄られると、その、良い匂いが強まるから困るのだけれど……ただでさえ、少し離れた位置にいるだけで頭がフラフラしてくるのだから、こうも近寄られると困るのよね。
「それで、鈴音さんはどうしたいのさ」
「気軽に名前で呼ばないで……いえ、もういいわ」
気安く接してくる零膳さんはいつの間にか私のことを名前で呼ぶようになっていた。隙あらば身を寄せてくるし、なんだったら生徒会の後に遊びに誘われた際には腕を組んできたりもする。
私はそういう距離感に忌避がある人間だった筈なのだけれど……この子にそうされると不思議と嫌じゃないのよね。人の内側に入ってくるのは上手い人だと生徒会に入ってから知ったことね。
「お兄さん、もう卒業しちゃうねぇ……声くらいはかけた方が良いんじゃない? 私は二人の間に何があったのかはしらないけど、卒業しちゃったらもうしばらくは会えないわけだしさ」
「そんなことはわかっているわ」
「いいや、わかってない」
少しだけ零膳さんの言葉に力が入る。言葉や感情の強弱を使い分けるのが上手い人だと知ったのも、生徒会に入ってからだったわね。
普段、どこか飄々としているのに、こういう時だけしっかりとした声色になるのだから、きっと意図して演じ分けているのでしょう。
「本当にわかっているのならば、危機感があるのならば、君は既に行動をしている筈だ……でもそうしない、本当の意味で焦れていない。だらける時は盛大にだらける、そしてやると決めたら全力でやる、私はそう言ったよね? 君は今、どっちつかずの状態で右往左往している訳だ……いやはや、人生に余裕のある人は時間の使い方がなんとも贅沢だ」
皮肉たっぷりな言い方に少しだけ眉が吊り上がる……けれど、正論を言われているので、何も言い返せない。
ここまで言われてもなお視線を下げるだけの私に、零膳さんは盛大に溜息を吐く。
「もう仕方がないなぁ、そんなに背中を押して欲しいのならば、そう言えばいいのに」
「そんなことは一度も言ってないわよ」
「でも内心ではそう思ってるでしょ?」
「前にも言ったわね、自然と心を読むのは止めて欲しいのだけれど」
「不器用な君が悪いのさ、そういう所は兄妹なんだねぇ……はいはい、わかったよ、ここは私が人肌脱いで盛大に背中を押してやろうじゃないか」
そう言って零膳さんは椅子から立ち上がって強引に私の腕を引っ張ってきた……相変わらず強引で、だというのに拒否感を抱かせないという、よくわからない人ね。
「どこへ行くのかしら?」
「私の部屋、その長い髪を短く整えようか」
「何故、そんなことをする必要がないわよ」
「あ~……そっか、知らないんだ、お兄さんって別に長い髪が好きな訳じゃないらしいよ」
「……なんですって?」
「遠回りご苦労さん、無意味だったねぇ」
う、嘘よ、嘘だと言ってよバー……じゃなくて兄さん。
零膳さんから発せられる良い匂いから頭がフラフラするのではなく、純粋に金槌で殴られたかのような衝撃が頭の中に広がっていく……ここまで髪を伸ばしたというのに、何もかも意味がなかったなんてね。
思っていた以上の衝撃に前後不覚になりそうな所をなんとか耐えている内に、気が付けば零膳さんに手を引かれて彼女の部屋へとたどり着く。
すると彼女は部屋の真ん中に置かれていたテーブルを雑に隅へ押しのけると、空いたスペースにシートを引いてその上に椅子を置いて見せる。
「はい、どうぞ」
「何をするつもりなのかしら?」
「お兄さん、別に長い髪が好きじゃないって言ったでしょ。ならいっそ気分転換と新たな一歩の為に、断髪といこうじゃないか。心機一転って奴だよ」
こちらの返事など期待していないのだろう。彼女はこれまた強引に椅子に座らせると、やはり強引に私の肩にシーツを巻いてテルテル坊主のような姿へと変えてしまう。
「まぁまぁ任せなさい。同じ事務所のアイドルの子なんかの髪を整えた経験もあるんだよこっちは。プロとまではいかずとも、流行もちゃんと抑えて綺麗にするさ」
本当に強引ね……しかし流されるままに椅子に座って気が付けばテルテル坊主になっている辺り、私も心機一転が必要だという考えはあるのかもしれない。
背中を押して欲しいと、そんな思いを彼女に悟らせてしまったのでしょうね。
とても慣れた手つきで櫛と鋏を操り、霧吹きで少し髪を湿らしてから零膳さんは椅子に座る私の背後に立つ。
「う~ん、長くて綺麗な髪だなぁ、切るのがもったいないけど。新しい鈴音さんを私が生み出すと考えると興奮と優越感がある……そう言えば事務所のアイドルの散髪する時も同じ感覚だったなぁ、まさかここに来て新しい性癖を自覚するとは」
「どうでもいいから、やるのならばさっさとやりなさい」
テルテル坊主な状態なので抵抗することもできない。新しい一歩を踏み出す為のきっかけが欲しかった私は、もうこれも良い機会だと割り切るしかないのだから。
「まぁ、お兄さんのことはそこまで心配しなくても大丈夫さ」
「何を根拠にそんなことを言っているのよ」
「根拠ならあるとも、私が鈴音さんを知っているって根拠がね。前にも言ったかもしれないけど、君に足りないのは自分を信じる心って奴、つまりは自信だよ」
チョキチョキと、鋏が髪を整える音を耳元で聞きながら、その合間を縫うように届く零膳さんの声を聴いていると、それだけで心が落ち着いていくのがわかる。ストレスを感じさせない、寧ろ緩和してくるその声はとても心地が良い。
確か、ネットニュースか何かで以前に知ったのだけれど、彼女が発売したASMRだったかしら? よくわからないけれど、音声販売をしたら英語版と日本語版の総売り上げが数億円を超えたとかなんとかで、その金額を寄付したとかテレビで取り上げられていたわね。
耳に心地いい声色だというのはよくわかる、背後に立たれて話しかけられるだけで、安心感に包まれるのだから。
「……自信、ね」
「そうとも、結局何をするにしても全てはそこからさ。私ならそれができるって自分をまず信じないと、視野が狭まっちゃうものだから……まぁ、行き過ぎて南雲先輩みたいになっちゃうのも考えものだけど、自信を持つってことは大事だよ」
「貴女の言う通り、私にはそれが足りていないのでしょうね……ずっと、兄さんの背中ばかり追いかけて、自分がどうあるべきか、どうするべきかを軽視していたのだから」
「なんだ、わかってるんじゃないか。地に足つけるって自信を持つのと同じくらい大切だよねぇ」
座っている私の背後に立つ零膳さんは、鋏で私の髪を弄びながら鼻歌を奏でてご機嫌な様子だ。
「君はもっと自信を持つべきなのさ、私が好きな君はきっとこんなことでウジウジしないだろうし、自分がどうあるべきかをきっちりわかっている子だから」
彼女は私の何を知っているのだろうかと疑問もあるのだけれど、そんな私の内心をまたもや見透かしてか、背後にいた零膳さんは私の前へと移動してくる。
自然と見つめあう形になるのだけれど、穏やかにほほ笑む彼女を見ていると自然と頬が熱くなるのがわかった。
「自分が信じられないのなら、私を信じてみればいいさ。君を信じている私をね……これってなんのセリフだったかな?」
よくわからないことを言いながらも、零膳さんは白魚のような指先をこちらへ伸ばしてきた。そして掬い取るかのような仕草で私の両頬へと手を添えてくる。
テルテル坊主な状態の私はそれに抵抗できず、両頬にも手が添えられているので視線を逸らすこともできないままだ。
「大丈夫、不安なら何度だって言ってあげる、君ならそれができると私が保証しよう……自分に自信が持てなくても、私がそれをできると確信しているから、何も問題はないのさ」
クスクスと、性別を超越した魅惑的な笑顔を前にして頬だけでなく全身が熱くなっていくのがわかってしまう……ドロドロと思考が蕩けていくのだけれど、テルテル坊主な上に両頬も拘束されてしまっていて、この熱や照れの逃げ場がどこにもない状態は……正直に言わせてもらうと、居心地が悪いのよね。
なんというか、この子と出会ってから定期的に見るようになった下品な夢の内容と重なってしまうから、とても困る。
だって、夢の内容と同じならこの後は……。
「ふふん、嫌だったら避けてもいいよ」
そう言って零膳さんは魅惑的な表情のまま前かがみになると、そのまま椅子に座っていた私の唇を奪おうとするのだった。
「よくそんなこと言えたわね、動けない状態にしておいて」
せめてもの抵抗として私はそう悪態をつくのだけれど、ゆっくりと迫ってくる彼女の唇をさして抵抗することなく受け入れてしまう……夢で何度も見た光景であり、経験だったけど、夢とは比べられないほどに体が熱くなり柔らかな感触を感じ取れてしまう。
「ん、んん……あ、ちゅ」
抵抗しようと思えばできたのだけれど、そうはしなかった……それが答えなのでしょうね。一之瀬さんとのイチャイチャを見せつけられて、内心では羨ましがっていたことも、きっと見透かされている。
ドロドロと思考が蕩けていって、幸福感が全身に広がっていく。全ては唇から伝わってくる柔らかな感触によって。
啄むようなキスを繰り返すだけで、これまでの人生の全てが塗り替えられていくような衝撃が広がっていくかのようだ。
「はいここまで……続きは、お兄さんとちゃんと仲直りできたらかな」
「……そ、そう、わかったわ」
「ふふん、君ならできるさ、他の誰でもない私が保証しよう……よし、じゃあちゃんと髪整えて、お兄さんに一発かまして、帰ってきたらもっとすっごいことしてあげるね」
蠱惑的にほほ笑んでウインクをする零膳さんにそう言われて背中を押されると、さっきまで胸にあった不安感が綺麗さっぱり消えていることを自覚することになる。
彼女から感じる期待が背中を押してくれる、せめてこの思いを裏切りたくないと感じさせてくれるのは、そういう魅力を彼女が持っているからなのでしょうね。
すこしだけ気分が晴れた気もする、足元ばかり見ているのではなく、未来への期待と興奮で行動しようと思うだけで、体は軽くなるものなのだと私は初めてしるのだった。
せめて胸を張って兄の前に立とう、この子が信じてくれる私なら、それくらいのことはできるのだから。