のんきなエルフとくたびれオオカミ   作:ターキィ

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97.女神ローナ

 

 ステラたちが脱出した後、エロ城は崩れ去った。イエユナやその家族、場内にいた兵士たちは崩落に飲まれてしまった。彼らが奪った命と尊厳の数を考えれば、報いとも言える帰結であった。ステラたちの元へ、ジロとハーメリアも合流する。

 

「無事だったか」

「ジロさん! ……じゃあ、掛け金払いますよ」

「お兄が負けるわけねーって言ったろ」

 

 ステラは渋々ナムヒに金貨を渡す。彼が無事に戻ってくるか掛けていた。

 

「お前ら……」

「ま、まあ、なんとかなって良かったじゃん! それより女神を探さないと」

 

 アカネがジロを窘めていたところ、突如城の瓦礫の中から光の玉が飛び出した!

 

「稀人も、大悪党も、どいつもこいつも役に立たぬ……」

 

 光は女神ローナの姿へと変わった。彼女は瓦礫の上に胡座をかいて座り込むと、彼らを睨んだ。

 

「世界を繋げばもっと面白く出来るのに、邪魔ばかりする」

「面白くない」

「面白い」

「面白くない」

「面白い!」

「子供かあんたら!」

 

 ローナとジロの言い争いと呼ぶのも烏滸がましい口喧嘩が終わると、ローナは雄弁と語り始めた。

 

「だが、礼を言おう。この城の下敷きになった魂が私が顕現する力をくれた。5時間24分は持つ、それだけあれば十分だ」

「いやに具体的な時間だ」

「そして、きさらぎの鏡から離れてくれてありがとう。お陰で容易に盗み出せた。怖いのは神霊の類ぶっ殺し武器だけだからね」

 

 彼女が指を鳴らすと、その手の上にはきさらぎの鏡が現れた。そして鏡は光を放ち、女神ローナを照らす。一見して何も起こりはしなかったのだが、彼女はもはや魔力を使って顕現する必要はなくなった。

 

「おお、凄い! 何年ぶりのこの世界か!」

「あいつ、鏡持ってはしゃいでるだけに見えるな」

「よしなよ」

 

 ナムヒにはそう見えたとしても、大いなる脅威である。嗜虐心の強い厄介な世界の管理者が、今やその力全てを振るえるようになったのだ。

 

「さて、遊んでやろう。勇者(ゆうじゃ)たちよ。私は女神ローナ、この世界の創造主であり、管理者である」

 

 それからは一瞬であった。飛びかかったナムヒもエルヴィンも見えない力で地面に叩きつけられ、アカネも魔力を無効化され何も出来ずに瓦礫の上に横たわる事となり、ステラは無視されて心を病み部屋に引きこもりがちになり、そしてジロだけが立っていた。

 

「お前の苦労をずっと見ていたぞ、本当によく頑張ったな?」

「……」

 

 ジロは絶望を感じていた。彼女が指を振れば、彼女の思うがままに事が運ぶ。それはさながら、チートコードやコンソールコマンドを使ってゲームを遊んでいるようなものであった。

 

「お前の前でみんな殺してやろうと思ったけど、そういえばお前は既に経験済みだったわね? 痛めつけ甲斐のない」

 

 彼女はこの世界の所有者でありながら、荒らし・嫌がらせ・混乱の元の権化でもあった。ジロの方へと歩みを進めると、彼は刀で斬り掛かる、しかしながらそれは衣服にさえ傷一つつけることが出来なかった。

 

「やはりアレが必要か」

 

 ジロは、エルヴィンの傍らに落ちている両手剣を手にする機会を伺っていた。とはいえ、ローナはそんなことは見透かしている。見透かした上でどういたぶってやろうかと考えていた。

 

「んっ?」

 

 彼女は素早く腕を動かし、彼女目掛けて飛んできた宙空の矢を手に掴む。飛んできた方側を見れば、漆黒の鎧を着込み手に弓を持つエルフが立っていた。

 

「仕損じたか」

 

 ジロはその鎧に見覚えがあった。ステラの故郷の部族チェヘマの特殊兵"黒軍"の装備である。そして、兜を被っているので顔は見えないがかつてのエルフの森で出会ったフニャディ・カタリンその人であった。彼女は再び弓を構えて矢を番える。しかし、ローナが手を払う仕草をすると彼女の身体は吹き飛ばされたかのように宙に浮いた。

 

「ぐわっ!?」

 

 女神たるローナの攻撃には対処のしようがなかった。それはまるで対象者の身体を直接動かしているようなものである。だが違和感を覚えた彼女は、握ったままであった矢を地面に落とす。その手のひらは酷い発疹が出来ていた。

 

「あっ、痒い!」

 

 その矢は神霊の類ぶっ殺し武器の一つであった。ローナや稀人たちの動向を追っていたエルフたちがこのような武器を持っていないはずがなかったのである。彼女は怒り、カタリンの身体を浮遊させると何度も地面に叩きつけ始める。

 

「このクソエルフが〜〜〜」

 

 カタリンは小さくうめき声を上げていたが、次第にそれもなくなっていった。しかしその隙にジロは両手剣を手に取っており、ローナに斬り掛かる。袈裟斬りに振り下ろされたその剣は彼女の身体にしっかりと傷を残した。

 

「ぐっ……痒い……! 痛くはないけど痒い!」

 

 確かに痛くも痒くも無いという言い回しはあるけど、と思いつつジロはもう一太刀を浴びせようとする。だが今度は躱されてしまう。

 

「被造物の分際で、調子に乗りやがって……」

「お前を親とした覚えはない」

「言ったはずよね、私が創造主であり、管理者であると。この世界に生を受けた以上、その魂は私の管理下に置かれる」

 

 そうしてもはやいたぶる気も失せたのか、ジロに向かって手のひらを向け、念じる。しかしながら、何も起こらない。

 

「あれ?」

「?」

 

 首を傾げながらもローナは念じる。だが何かが起こる気配は何も無い。近付いてみたり、ジロに直接触れてみたり、服を脱いでみてもらったりと色々と試すも全くの梨の礫である。そうしてしばらく考え込むと、なにか心当たりでもあったかのようにハッと彼の顔を見た。

 

「いや待て、どうして、お前は名前が……」

 

 この世界の魂は、名付けによって識別される。ローナもそうやって管理していた。彼女に魂の名前を知られれば、彼女の思うがままに動かすことが出来る。だがジロにそれは通用しなかった。彼の魂に名前はつけられていなかったからだ。

 

「……そうか、そうだった。『俺達』は『こいつ』に名前をつけていなかったな」

 

 ジロは一度死に、その魂は産まれぬままに死んだ子のものを受け継いでいた。この世界に生を受ける前の無名の魂であった。名前がないものは、管理の対象として選ぶことは出来ない! ……事もないが、ものぐさな彼女にとっては少々面倒であり、長らく使っていなかったこともあってか咄嗟に思い出すことが出来なくなっていた。彼は困惑する彼女目掛け矢継ぎ早に両手剣を振り下ろした。一太刀ごとに彼女の身体は維持できなくなっていき、その像が透けていく。

 

「や、やめろっ」

 

 焦った彼女にはどうすることも出来ずにただ後退るだけである。少し冷静になれば、容易に対抗策は思いついたのだろうが。

 

「あぁ、魔力が消えていく……私のおもちゃが、おもちゃ箱が……私から離れていく……」

「お前はその"おもちゃ"を壊しすぎた。次からはもっと優しく遊ぶことだな。尤も次なんてないだろうが」

「許さん、お前だけは……」

 

 しかし、彼女はジロに最後の力を振り絞って飛びかかる。掴まれた途端に、どういうわけかジロの身体も彼女と同じように薄くなり、消え始めた。そしてこれまたどういうわけなのか体が動かず、振り払えなくなっていた。

 

「道連れだ」

「俺だけで許してくれるなら、お供するぞお嬢さん」

「少しは悔しそうにしろ!」

 

 内心はどうであれ、ジロは余裕ぶって見せた。その方がカッコイイと思ったからである。だがその時、凄まじい速さで飛んでくる物体があった。

 

「ぎょわっ!」

 

 それはジロの後頭部にへばりついた。小さな神龍ハーメリアである。

 

「どこに隠れてたんだ」

「ステラの荷物! あいつに弓で飛ばされたの!」

 

 細かい説明は口にせず、彼女はジロに魔力を送り込む。すると彼の体は少し動くようになった。そして、ローナを突き飛ばす事が出来た。

 

「く、くそが~~~~~!!」

「ご同伴できずに残念だ」

「あ……」

 

 そうして、女神ローナは光の粒となって消えた。彼女は再び気の遠くなるような時間の退屈を味わうことになる、もっと優しくしていれば、と思ってももう遅かった。

 




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