『――――ああ、またダメだったのか』
『サトノはGⅠを勝てない、そういう運命なのかな』
『今度こそは、勝ってくれるかと思ったんだけどなぁ』
――――くやしかった。
サトノ家のウマ娘たちが―――スタッフが、トレーナーが、お父さまがお母さまがお爺さまお婆さまが、どれだけ悔しい思いをしているか―――。
それを、運命なんて言葉で終わらせたくなかった。
『――――ただ一度でいい。どうかサトノに栄光を』
『いいのよ。勝てなくてもいい、ただ元気に走り抜けてくれるだけで――――』
いつも優しくて、誰よりも頼りになるお父さまが苦しむ姿を見た。
厳しくも優しいお母さまが、どこか諦めたような色を宿していることに気づいてしまった。
(――――わたしが、がんばらなきゃ)
サトノの至宝、サトノダイヤモンド。
悲しい
『この子なら、あるいは―――』
誰かが言った。
幼少期でも明らかなポテンシャル、レースへの情熱、年齢に似合わぬ知性。
この子なら、サトノダイヤモンドならばあるいは、サトノ家にGⅠ勝利をもたらしてくれるのではないか――――。そんな静かな、けれども確かな期待を、彼女もまた感じ取っていた。
『――――メジロマックイーンだ! メジロ家が再び春の天皇賞を勝利!』
だからこそ、憧れだった。
なかなか勝利できず、それでもメジロ家のステイヤーとして期待され、菊花賞と春の天皇賞の勝利という最高の形で応えた。マックイーンさんが。
だから――――。
「いや、マックイーンは確かに強いけど勝つのはライスシャワーだね。スイーツ食べ放題を賭けてもいい」
「――――ぜっっったいマックイーンさんが勝ちます! それで初の三連覇です!」
………この人とは、ぜったい相容れない!
黒髪黒目、ごく平凡な容姿のお兄さん。顔立ちは優しそうなのに意地悪な人だ! と、熱狂的なマックイーンのファンであるところのダイヤは思った。
「あわわわわ。お、落ち着いてダイヤちゃん」
「お前も落ち着け。どうした急に」
「そうだ、お前らしくないぞ」
「止めないでキタちゃん! だってこの人が!」
「……む。いやすまん。菊花賞のライスの扱いに正直納得できてなくてイラついてた」
「あっ……」
素直に謝られると、それは確かに……と自省できる素直なダイヤであった。
別にダイヤは菊花賞の時は特に関係ないのだが。
「メジロマックイーンは確かに強い。歴代最強ステイヤーと言ってもいい。だけど、それに勝つためだけに調整してきたライスシャワーは怖いぞ」
「―――それでもマックイーンさんは勝ちます!」
「そして更に俺は勝利を盤石な物にするべくライスシャワー応援団を結成した」
「ええっ!?」
「うそぉっ!?」
「ライスちゃーん! がんばってー!」
「ファイトです」
「さあテンション、アゲアゲでいくわよ~!」
「いっけー、マチタン! あとライスー!」
「なんでアタシまで連れてこられたんだろう……ああもう、頑張れ二人ともー!」
ハルウララ、ミホノブルボンらを筆頭に有名ウマ娘たちがずらり。
更に日頃のライスシャワーの不幸っぷりを知っている商店街の人やら何やら、とにかく応援に来てくれるように声をかけまくった。
菊花賞でのあんまりな仕打ちに義憤に駆られた人も多く、マックイーンには劣るにせよそれなりの規模の応援団が結成されていた。
「そ、そんな……応援団なんて……そんな手がっ、で、でもマックイーンさんは負けませんから!」
「応援団は考えてなかったね、ダイヤちゃん…」
負けた……。
サトノダイヤモンド、初の敗北を悟った瞬間だった。
でも、どうして応援団なんて――――。
そんな疑問が解消される前に、レースは始まった。
メジロマックイーンを真正面から打ち破るライスシャワー。沢山の夢が散って、それに負けじと歓声を上げる一団があって。
祝福の声にどこか驚いたような、安堵したような―――誰よりも泣きそうな顔で、でも誰よりも幸せそうにそれに応えるライスシャワーを見て、青年は号泣していた。
「――――俺は、運命を変えたよ」
不思議な言葉だった。
自分も泣きそうだったのに、それより号泣しているヤバい人がいるせいで妙に冷静だった。
その後もたびたびその人に会った。
「一年ぶりのレースでも、怪我を三度繰り返しても―――それでも帝王は勝つよ」
テイオーさんが復活した有マ記念でも展開を読み切っていたし、実はすごい人なのかなと思ったらただのトレーナー志望の学生さん(留年中)だったり。
そう、知っている人だったのだ。
――――だから、模擬レースを見に来たのに何も言いに来なかったり。
更にトレーナーを決めるための面接を開いても無視してきたり。
ならマックイーンさんが開いてくれたカジュアルパーティになら、と思ったのに――――。
「え、えーっと……ダイヤちゃん?」
「………………あっ、ごめんキタちゃん。どうかした?」
「え、えっとね……。あっ、そうだ! よくレース見に来てたお兄さんなんだけど、ちょうどさっき外で会って――――」
「……へぇ、キタちゃんには会いに来たんですね…?」
私も共通の知り合いなのに…。
というか模擬レースを観て何か言いたそうな顔だけしておいて何も言わないなんて、仮にも一緒にレースで盛り上がった仲なのにひどいのでは?
そんな気持ちが出ていたのか、キタちゃんは意外そうな顔で言った。
「そういえば、ダイヤちゃんがそんなに拗ねるのって珍しいよね」
「……――――そう、かな?」
そうかもしれない。
でも―――。
「もしキタちゃんに無視されたら、もっと拗ねちゃうかも」
「ええっ、そんなことしないよー!」
そう、キタちゃんよりはずっと……どうでもいいとは言わないけど、大事なわけじゃない。ヘンな人、というのが適切で。
そう、ただちょっとカチンとくる人が、失礼なことをしてきたから気になっただけ。
あの人の思う『運命』って何だったのか――――それを変えてどう思ったのか、なんて。そんなことが少しばかり気になっただけ。
きっと、そうだ――――。
―――――――――――――――
――――20XX年、地球のゲーセンはSE〇Aによって支配されていた――――。
あらゆる経済競争が合理化されるこの資本主義の時代。
科学の力では解決できない、
そう、ぱかプチによってSE〇Aはゲーセンを支配した。
世はまさに、大ぱかプチ時代!
というわけで持ち歩いていたライスシャワーのぱかプチを取り出し、トレセン学園で遭遇した野生のライスシャワーにサインペンと共に差し出す。
「――――サイン下さい」
「ふぇええっ!? ……あ、あれ……もしかして、お兄さま?」
「え?」
「ひゃっ!? ご、ごめんなさい、なんでもないの……!」
「えと、その……サインだよね! あ、でもライスがサインなんてしたらこの子も不幸にしちゃうかも……」
「サイン貰えると物凄く幸せだからできれば下さい」
「う、うん! その、ライスのなんかで良ければ……」
「ありがとう……」
「ううん、ライスこそ……いつも応援、ありがとう。お兄さま」
「?」
もしかして菊花賞とか春天とか宝塚記念とか応援に行ったことに気づかれているのだろうか。
いや流石に認知されてるわけないよな…。
そんなわけでライスシャワーにお礼を言って別れ。
これでも俺も新人トレーナーの端くれ。一応メジロ家のカジュアルパーティとやらにお邪魔しようかという思いが無くもない。
けどメジロ家ってメジロブライト以降は長距離レースが廃れていく影響直撃するし……という“知識”由来のとんでもなく失礼なことを考えつつ回避の方向。
思えばこの“知識”も便利なもので、勝ったのに祝福されなくて涙するライスシャワーとか、夢破れるトウカイテイオーとか、悲しみしかない映像を寄越してくるので打破するための手段も講じることができた。
さすがに長距離レースが廃れるのはどうにもならなさそうだけど。
ちょっとしたきっかけで知り合ったキタサンブラックとサトノダイヤモンドは気にならなくはないが、二人ともGⅠの栄冠を掴めるみたいなので俺みたいなのが何かする必要もないだろう。
ダービーで『お前落鉄するZE☆ もっと腕にシルバー巻くとかさ!』くらいのアドバイスはしてもいいかもだが。
まあそんなことしたらマカ……マカライト鉱石みたいな名前のウマが悲しみそうなので、できればほどほどに重賞勝てそうなウマ娘を担当してほどほどに良い感じに仕事したい。
しかし、なんだ――――あのおっぱい凶器では?
レースで周囲の当たりの強さに戸惑っていたとか、掛かりそうになってたとか、まあ気になるところは無きにしも非ずだが――――あのおっぱい見てると視線が吸い寄せられそうになるのでマトモにサトノダイヤモンドを見られないのである。
トレーナーは教師なので、ウマ娘のおっぱいを見るようじゃ失格なのだ。
できれば同期のクソ可愛い桐生院トレーナーとかとお近づきになりたい。生徒に手を出すようじゃ犯罪者。なのでサトノダイヤモンドには近づかない。
「うーん完璧な作戦」
「あれ、お兄さん? こんなところで何してるんですか? もうパーティ始まってますよ?」
「お、キタちゃん」
「はい、キタサンブラックです!」
制服姿のキタちゃんは胸元に穴とかないし、なんというかヤの人に迫られそうな恐怖のお陰で特にアレな気持ちにならないので安心できる。
「ダイヤちゃんも会いたそうにしてましたし、一緒に行きましょう!」
「えぇー……。いや、俺はいいや。なんというか合わせる顔ないし……」
「? ダイヤちゃんと喧嘩でもしたんですか…?」
「喧嘩しかしてない気もするけど……ライバルだからあんまり近づきたくない的な?」
「なるほど……じゃあ仕方ないですね! あ、そういえばダイヤちゃんが模擬レースで走りにくかったって言ってたんですけど、アドバイスとかありますか?」
「いやライバルに聞くか?」
「あたしなら、はい」
「うーん。……じゃあもっと世間にもまれろ箱入りお嬢様。掛かってやんのって伝えてくれ」
このくらいならいいかなー。
そんな風に思いながら答えた。答えてしまった。
………
……
…
「――――採用です」
翌日。
制服姿でトレーナー室に乗り込んできたサトノダイヤモンドに、申請書を突き出された。
「辞退します」
「………」
「………」
笑顔で見つめ合う。
ちょっと青筋立ってるような気がする。ハハッ、ウケる。そんな風に現実逃避してみるが、現状は変わらず。
「理由を、聞かせていただけますか? 私の資質に不足がありますか?」
「いや、無いけど……でもほらアレだよ。むしろお前を負かす側に立ちたい的な」
「私はサトノの栄光のためなら、毒を飲み干して皿まで食らう覚悟があります」
「毒扱いかぁ」
「運命を変えた―――貴方がそう言った、あの宝塚記念――――いつだって勝ちウマを当てていた貴方が、あの時だけは必死だった。祈っていた」
「心の中ではいつも祈ってるけど」
「貴方は、運命を知っているから――――私が、勝てないから……だから、嫌なのですか」
ずっとずっと、強いお嬢様だと思っていた。
それはきっと、間違ってはいなかっただろう。どこまでも純粋な輝きを宿すダイヤモンド。磨かれれば至高の宝石となる原石。
そして俺は、自分の知識を軽く見ていた。
ライスシャワーの勝利を、トウカイテイオーの復活を、予想できないはずの、絶対はないレースを当て続けた俺が“選ばない”ということが――――ただでさえ重すぎる重圧に晒されていた女の子にとって、どういう意味に見えるのか。
泣いていた。
何よりも固くて、綺麗で。でも本当は衝撃には弱いダイヤモンド。
ひび割れて、涙を流す少女を見て初めて、俺は自分の愚かしさを自覚した。
遊び半分で、この子の心を傷つけた罪を知った。
「……違うさ。君は、運命を変える必要なんてない。だから、俺なんて必要ないってだけの話だ」
「………それでも、今の私に一番に必要と思えるのは――――貴方です」
ダイヤちゃんの背後、扉の向こうに笑顔のキタちゃんがいた。目が笑っていなかった。「断ったら東京湾に沈めますね」と言ってる気がする。
「わかったよ。なら、君が運命を変えるその時まで―――俺が、君のトレーナーだ」
「――――…はいっ」
みんなも二次小説書いて♡
特にスズカさんの二次小説書いて♡