『さあクラシック初戦、皐月賞のファンファーレです――――こんなにも盛り上がる、ファンのボルテージ。久々ですね』
『そうですね、スタート時間が近づくと天気も良くなってきました』
『中山の2000のコースはどう見ますか』
『スタートしてから1コーナーまで少し距離があるので、そこまでの位置取りがポイントでしょうか』
『果たしてサトノダイヤモンド11番、そして3番のツウカア。そして16番のジュニア王者リオンディーズ。3強と言われてはいますが、この三人の位置取りがどうなるか――――今、ここまで3戦3勝のサトノダイヤモンドがゲートイン』
『―――――今、スタートしました! 三強の位置取りは―――サトノダイヤモンドがやや前! リオンディーズ前に行く、ツウカアは後方から!』
――――――――――――――
強風を嫌ってか、レースの緊張と合わせて神経質になった子がゲートインを嫌がる。
そんな中でもほどよい緊張が身体を包んでいた。
――――1番人気。
これまでの走りが一番に支持されているという、嬉しさ。独特の緊張感。
これに勝てばサトノ家のジンクスを破れるという思い――――勝たなければ、どこか思いつめたようなトレーナーさんに応えられないという想い。
一生に一度しかないクラシックレース。その初戦。
(大丈夫。私は、このためにずっと頑張ってきたんだもの)
GⅠ級の一流ウマ娘たちと練習を積み重ねて来た。
アンクルを使った辛い、投げ出したくなるトレーニングにも耐えてきた。
相手は、強い。3強と呼ばれるライバルに加えて、例年なら主役と言われるだけの役者がそろっているとされる。
トレーナーさんが気にしていたのは、ツウカアとディヴィニティー。どちらも後方から来るだろうと言うトレーナーさんの予想。
ハイペース、後方からの追い上げ、そして抜け出す時の紛れ。懸念事項も頭に入っている。大丈夫、勝てる―――。
『―――――今、スタートしました! 三強の位置取りは―――サトノダイヤモンドがやや前! リオンディーズ前に行く、ツウカアは後方から!』
スタートはうまくいき、前に出る子たちに引きずられないようにある程度抑える。
1コーナー時点で先団がやや多く、ペースが早くなるのを感じつつ中団に控える。
(やっぱり予想よりもマークが多い――――包まれないようにしないと)
一番人気であり、他の子にとっても一度しかないクラシック。
飲み込まれそうな気迫はしかし、普段から一緒に走らされているライスシャワーさんやキングヘイローさん達一流のウマ娘には及ばない。
冷静に、包まれないように距離のロスを覚悟でやや外を回る。
『さあリオンディーズが単独の二番手! サトノダイヤモンドが中団! ツウカア後方! 前半1000メートルを通過してタイムは58秒4! さあ3強のポジションは分かれました。そして早くもリオンディーズ先頭で最終コーナーを回る!』
(大丈夫、キタちゃんの逃げの方がずっと怖い。十分追い越せる――――)
現シニア級の菊花賞ウマ娘と比べるのはアレかもしれないけれど。
このペースなら前方は持たないはず。持ったらもう全力で走るしかないけれど。注意すべきは――――後方!
やや速いペース、不気味に脚を溜めているツウカアとディヴィニティー。
でも先に抜け出して、十分な脚があれば押し切れる。それだけのスタミナも、スピードも、私とトレーナーさんは準備してきたから――――!
(――――いける!)
蹄鉄が大地を抉り、一気に加速する。
マックイーンさんのロングスパートと、トウカイテイオーさん直伝の抜け出し。再現度は高くないけれど、合わせれば十二分に強力な武器になると、トレーナーさんにも認めてもらった加速。
「っ、負けるかああ!」
先頭のリオンディーズを、外から追うエアスピネル。その更に外から差し切ろうとするが必死なのは向こうも同じ。抜かれまいと粘るエアスピネルだが、まだあと200メートルほどある。十分に差し切れる――――。
「――――きゃあっ!?」
「――――――――え」
瞬間、内にいたリオンディーズがヨレた。
激突されそうになったエアスピネルがなんとか避けようとして――――外にいた私に接触。押し出されるように外によろけて失速する。
『ヨレたリオンディーズ、避けたエアスピネルとサトノダイヤモンドが接触! ―――――外から! 外からディヴィニティー!』
激しい衝撃に息が詰まりながらも、辛うじて転倒せずに持ちこたえる。
怪我は――――きっと大丈夫。まだ、走れる。走らないと―――。
けれど、外からディヴィニティーが飛び出してくる。
どうにか加速しなおして―――ダメ、体勢を立て直さないと――――どうやって追いつけば――――この速度、体勢、エアスピネルを避けてからなんとか―――こんな、こんなことで――――。
『―――――ツウカアはどうか!? ディヴィニティー先頭! ディヴィニティーが一気に先頭に躍り出る!』
実況の声が、観客席の悲鳴が、どこか遠くのことのように聞こえる。
乱れた呼吸が戻らない。脚が、重い。
『―――――サトノ家はGⅠ勝てないからな』
――――嫌だ。嫌。私は、必ず――――。
『いいんだよ、ダイヤ。勝てなくたっていいんだ』
―――――違う。そんな、優しいけれど哀しそうな顔のお父さまを見たいんじゃない。
『いいのよ、無事に帰ってきてくれれば』
―――――お母さまの、喜ぶ顔がみたいのに―――。
でも、浮かぶのは諦めたような顔ばかり。
それはそうだ、サトノ家は、GⅠに勝てたことがないのだから。
―――――もう、ダメなの?
なんとか2着には、そんな想いに縋って――――。
何もかも遠く離れたような、思考の闇の中で。
それでも不思議とその声ははっきりと聞こえた。
「―――――ダイヤ! サトノダイヤモンド!」
「走れぇええええ!」
いつだって、結果を知っているから――――いつだって冷静で。どこか冷めていた。
トウカイテイオーの復活の時も、楽しそうに応援していたけれど―――それでも、勝つと知っているからこその落ち着きがあって。
ライスシャワーさんの時も大喜びしていたけれど、それでも。
声を枯らして、必死に叫ぶのは。きっと初めて見た。
GⅠに勝つまで名前は呼ばないなんて、言っていたのに。
絶対に勝て、とばかりに盛大に叫んでいた。
「――――ダイヤちゃん! いっけぇええええ!」
キタちゃんが声を張り上げて叫んでいる。
「頑張って、まだ差し切れる!」
ライスシャワーさんが、声を振り絞って叫んでいる。
「根性です! ――――つべこべ考えずに走りなさい!」
ミホノブルボンさんが、イメージにないくらいの強い口調で叫ぶ。
「まだ負けてない!」
「これは勝ちの途中!」
よく見知った二人の男性も。
「さあ、かっ飛ばすのよ!」
「一流の、サトノ家の走りを見せつけてやりなさい!」
「がんばれ~!」
マルゼンスキーさん、キングヘイローさん、ハルウララさん。
練習に来てくれたみんな。
「――――ぅ、ぁあああああっ!」
温かなものが、想いを感じる。
諦めかけた脚に力が宿る―――。
『――――内からサトノダイヤモンド! 先頭に躍り出たディヴィニティーを猛追! 更に後方からツウカア! あと100!』
脚が軽い―――呼吸は嘘みたいに楽になった。
後は、絶対に差し切る――――!
「―――――差し切れ、ダイヤーーーッ!」
声に押されるように、並んだ瞬間――――そこが、ゴールだった。
『先頭ディヴィニティー! サトノダイヤモンドが一気に並びかける―――! ツウカア届かないか! ディヴィニティー先頭! ディヴィニティー! サトノダイヤモンド――――
――』
『これは―――――外ディヴィニティーか、内サトノダイヤモンドか!? 全く分かりません! ほぼ同時にゴールしたように見えました――――写真判定! 決着は写真判定です!』
僅かに乱れた息を整えて、1着を争ったディヴィニティーと目を合わせる。互いに不安が色濃く出た表情で、なんとなく笑い合って握手する。ヨレと接触で謝罪に来た子たちとも気にしないよう謝罪を受け入れて。
今までのどんな時より長く感じた数分間の後――――表示されたのは、1着11番だった。
『――――出ました。1着は11番サトノダイヤモンド! 無敗の皐月賞ウマ娘の誕生です!』
――――歓声が爆発した。
熱に押されるように、観客席にいたトレーナーさんに抱き着く。
嫌がられるか、はたまた避けられないかという不安に反して、しっかりと抱き返されて少しだけ動揺する。
「――――よくやったな、ダイヤ。サトノ家の悲願、果たせたじゃないか」
「……ありがとう、ございますっ! トレーナーさんのお陰です!」
そのまま惜しむように、ゆっくりと離れ――――。
ると見せかけて跳びついて。
むぎゅりと胸が当たるのも気にせず。いつか、ライスシャワーさんがしたのと反対の頬にそっと唇を寄せた。
―――――憧れていたキスの味は、トレーナーさんが泣いていたのか、ちょっとしょっぱかった。
「な、な、な――――」
「―――――私の
観客席は阿鼻叫喚になった。
たった一つの迷いを捨てて、鉄のジンクス叩いて砕く。
サトイモーンがやらねば誰がやる―――。
サトノダイヤモンドが(ジンクスを)砕けたら。
あるいは、ジンクスを砕いたダイヤがハジケる物語。
そんなわけで本編完結で、エピローグになります。
ダイヤルート、ライスルートがあるのですがどっちを先に書くかアンケートにてご協力ください。どっちも書きますが、票数が多いと気合が入ります。
どっちから書く?
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サトノダイヤモンド
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ライスシャワー