それは、ダイヤのクラシックレースもいち段落ついた頃のこと。
いつものように練習の手伝い―――のハズが、準備やらスポーツドリンクの用意やら、実質的にアシスタントトレーナーみたいなことをしてくれていたライスのある発言に思わず聞き返した。
「――――レースを辞める?」
「うん、ライスももう十分走ったから……お姉さまと話して、引退することにしたの」
「そっか。まあ十分頑張ってきたもんな」
「……えっと、それでね………」
……まあ、大体何の話から予測がつくのだが。
一度告白されて振った手前、どの面下げて話を振れるのかというところもあり。
そのままなあなあで流れるかと思ってたのだが。
「……お兄さまは――――ダイヤさんとのこと、どうするの……?」
いや本当に。
そこをどうするのかが一番の問題だ。
ダイヤのことが好きか嫌いかで言えば間違いなく好き、多分けっこう好きだが、中学生相手に恋とかそういうのは流石に無い。でもあれだけ好かれているのに、きっぱり振れるだけの決断力が無いのであった。
「………あいつはまだ、子どもだから。受け入れるわけにもいかないし、かといって他の子と~って言うのもなんかこう、不誠実なのかなって」
「やっぱり、お兄さまはお兄さまだ。困っている人、放っておけないもんね」
穏やかに笑っていたライスは、そう言って表情を真剣なものに変える。
「……じゃお兄さま、お願いがあるの」
「うん」
「ダイヤさんが卒業するまでの間――――ライスと、付き合って下さい」
「……いや、それは――――」
確かに卒業生なら、まあ在校生より圧倒的に問題は少ない。
でもクラシックレースは終わったとはいえ、ダイヤを担当しながら彼女……問題が起こる気しかしない。第一、そんな代わりみたいな――――。
「………お兄さまが、ライスのこと好きじゃないならいいの。諦めるから。でも―――でもね。ライスは、お兄さまのこと大好きだよ」
「菊花賞の後、春の天皇賞まで。本当に辛かったの。お兄さまがいなかったら、きっと走り抜けなかった。――――最後の、宝塚記念も」
本来なら、ライスシャワーが予後不良になった宝塚記念。
祈ることしかできなかった俺に、そんな価値が本当にあるとは思えなくて。担当トレーナーの手柄としか思っていなかったけれど。
ライスがそう言うなら、俺にも何かできたことがあったのかもしれない。
「ライスは、レースで誰かを笑顔にしたかったから。だから、私を笑顔にしてくれたお兄さまが、私にとってやっぱり一番大好きな人なの――――」
「――――だから、ライスにチャンスを下さい。必ず、お兄さまを差し切ってみせるから」
差し切られる気しかしないけども。
………ダイヤに、なんて言うかなぁ。
けれど、ついこの間実質振ってしまった推しにここまで言わせてしまって断れるわけもなく。
「………じゃあ、こちらこそお願いします。もし嫌になったらいつでも言ってくれていいからな?」
「―――――うんっ、ありがとう、お兄さま!」
―――――――――――――――――――
「ついてく、ついてく……」
というわけで、ライスはアシスタントトレーナーとして働きつつ絵本を描くことになった。
ついてくついてく言ってるが、実際は手を繋いでいるのでそんなにマークされてる感じはない。でも家までついてきた。
「―――ライス、ここで暮らすね!」
「いやテントは流石にちょっと……家に入って下さい」
庭にテント建てないで!?
ゆるキャンですか? でもその、ライスさん目からオーラ出てるしゆるくないよ。それもまた可愛いけど。
フクキタルにラッキーアイテムはテント、ラッキースポットが親しい人の庭と言われたらしい。フクキタルお前誰かの回し者じゃね…?
そもそもフクキタルの占いに誘われたのはサイレンススズカに呼び止められたかららしいが。………あの、先輩? もしかして俺嵌められてます?
「お、お兄さま! お背中おながししまひゅ!」
「ライスー!? 無茶するなライス!」
夜にはタオルを巻いただけのライスが真っ赤な顔で突撃してきたり。
「ひゃああ!?」
「ぐわあああ!?」
つるーん、と石鹸で滑ったライスがすっぽんぽんでダイブしてきたりとか。
「おはよう、お兄さま!」
朝から割烹着でパンを焼いてくれているライスがめちゃくちゃ可愛かったり。
「お兄さま、クッキー焼いてみたの……味見してもらってもいい?」
味見といいつつ沢山クッキー焼いてくれたり。
「今日もお疲れさま、お兄さま!」
今日も今日とてライスの作ってくれる和食が美味い――――はっ!?
いつの間にか胃をがっつりと掌握されている……だと。
職場が同じなので一緒に仕事に行き、ブルボンがマスター(トレーナー)にべっとりでトレーナーが困っている話とか、ウララとキングの心温まるエピソードとか、その日あった何気ない話をしながら通勤。
仕事を終えると、自主トレーニングをして待っていたライスと合流して帰宅。
ライスがご飯を作ってくれている間に、持ち帰ってきた仕事をこなし。
ご飯を食べて、お皿を洗いながら今日あった嬉しいことや、愚痴までいかないまでも困ったことなど話して。
いつの間にかすっかり一緒に入るようになってしまったお風呂に入り。
ライスの髪を乾かして、ブラッシングして。
「………そういえばお兄さま。今日はね、ライス不幸なことが一度もなかったの!」
「お、おう? そうなのか」
相変わらず赤信号には引っかかるのだが……まあライスがそう言うならそうなのだろう。
「うん! お兄さまのお陰で、ライス毎日幸せなんだ。ふやふやになっちゃいそう……」
正直なところ、ライスにそんなに言ってもらえるほどのことはしてあげられてないのだが。でも一人でいると長い赤信号も、二人でいれば気にならない。
気にしないでいるうちに、いつの間にか以前ほど――――全部の赤信号に引っかかるなんてことは無くなってきた気がする。
「赤信号さんも、ないとお兄さまとお話する時間がなくなっちゃうけど……でもお兄さま、早くついたらその分ライスとお話ししてくれるでしょう?」
「まあ、うん」
「ふえぇえ!? もうついちゃった……」とか涙目で言われて放置できるほど鬼にはなれない。赤信号に全部引っかかるつもりで出たら一度も引っかからないとかいう、幸運なんだけどある意味不幸な状態。
そう考えると本当に凄まじい不幸っぷりだが、ライスの気の持ちようが変わったからだろうか。
「お兄さまが居れば、ライス……幸せだよ」
「……ありがとな」
その日は、ライスが不意にDVDを見始めた。
何かと思えばライスの出走した菊花賞の映像で、ブルボンとのレースに胸躍らせて二人で「ペースが」だの「やっぱりここでブルボンさんが」だの「現役ライスも可愛い」だの、やいやい言いながら眺めていたのだが――――。
「いやー、やっぱりいいレースだったな」
「うん。今考えるとあの時のライス、まだペース配分とか完璧じゃなかったから………」
次はウイニングライブ――――そっとリモコンで飛ばして次の春の天皇賞に変えようとするのだが、ライスの小さな手に止められる。
「……ライス、お兄さまの応援がみたいの」
「若気の至りを!?」
「うん。だってすごくカッコ良かったから」
そうだろうか?
そうかなぁ……。そうこうしている内に映像は始まってしまい。赤一色の観客席に、一本だけ青いサイリウムが見える。そういえば最前列だったっけか。
ひどく安堵したように、儚げに微笑むライスに胸が締め付けられる。
「……これを見た時、思ったの。ライスのなりたかった―――しあわせの青いバラみたいだって」
「ねえ、お兄さま。見て」
一人では勇気が出せなくても。
必死に輝いている青いバラに勇気をもらったかのように、ぽつりぽつりと青い光が増えていく。
「嬉しかった――――ほんとうに、うれしかったの」
ライブが終わる時には、まばらではあったが確かに見える青い光。
先頭で必死にライスを応援していたから、全然気づいていなかったけれど。
「俺は、ライスに勇気をもらったんだ。怖くても、辛くても、頑張れる君に。周りと違っても、ステイヤーとして誰よりも輝いた君に。だから、俺にとってのしあわせの青いバラは、君だよ。ライスシャワー」
『――――歓喜と祝福の声になる日は必ず来ます。だって貴女は、ライスシャワーなんですから』
「ライス、なれたのかな。お兄さまの、しあわせの青いバラに」
場面が切り替わる。
マックイーンと応援を二分した(贔屓目)天皇賞春、マックイーンのファンの声も受け継ぎ、ビワハヤヒデと死闘を繰り広げた二度目の天皇賞春、最強のステイヤーとしての名声を不動のものとし、声援に後押しされて大記録を樹立した三度目の天皇賞春。
歓喜と祝福の声に包まれた宝塚記念。
「ああ。――――だって俺は今、ライスのお陰でしあわせだよ」
「――――うんっ」
そっと唇が触れ合い。
祝福の声に包まれながら、ライスシャワーは微笑んだ。
あとがき
完結です。
ここまでお付き合いくださりありがとうございました。
色々ありましたが、送る言葉はやはり一つでしょう。
うまぴょい♪ うまぴょい♪
嘘です
読者♡書いて♡