一目惚れ、という言葉がある。
今の世の中、その言葉は様々なことに使われがちだ。その大多数が恋愛に当たるのだが、絵画や陶芸、音楽など芸術や、舞台や演劇、映画などの相手に訴えかけるもの。
そして「バエぇぇえ〜〜!!」である。
「これ超エモいんだけど!?ヤバくない!?上がらない!?つか上がるんだけど!激エモなんですけどぉ〜〜!!」
映え(ばえ)とは、動詞「映える」が連濁化、連用形名詞化した言葉で、「見映え、あるいは見栄えの良さ」を意味する俗語。
またこれをさらに動詞化し直した、映える(ばえる)といった形でも使用されたりしなかったり……。
ちょうど待ち合わせの場所にあるカフェで女子高生たちがパシャパシャと運ばれてきた糖度天元突破な甘菓子向けて夢中でスマホのシャッターをきっている。
というか……その、何だあれは?
食パン一斤の上に生クリームとアイスと果物が盛りだくさんのやつなんだが、あれが最近の流行りなのか?……おい、よく見ると三色団子もトッピングされてるぞ。三色団子ってトッピング材料だっけ?ショートケーキの苺的な?まるまる1串刺さってるって中々狂気の沙汰だぞ?
甘菓子でいうなら和菓子が好みではあるが、ああいうふうにしてまで食べたいとは思えない。
やはり見栄え重視が今の世の中の風潮なのだろうか。
中身がなくても、刹那の瞬きで無くなるものでも、見栄えがあれば皆注目してスマホを向けてシャッターをきるのだろうか。映えは文化……栄えは真理……栄えこそ栄光の架橋……。
「しーちゃん、おまた……なに難しい顔してるの」
もう少しでバエ〜文化の真理に辿り着けそうなところで待ち合わせ相手が買い物袋をぶら下げて戻ってきた。気弱そうな顔してるくせに俺にだけは口達者なコイツは昔からの馴染みである。
「うるせぇーな、わっちゃん。面相描きしてるならお前の方が百倍難しい顔してるだろーが」
「考えないと失礼じゃん」
おおん、茶化したつもりで言ったんだが……あ、これはアレだ。ガチの目だ。コイツの頭師への情熱はガチだから間違いないわ。
「……俺、お前のそういうブレないとこ、割と好きだわ」
「え……なに……気持ち悪いんだけど」
「マジで引くのやめろよ、へこむぞ」
静かに一歩半横に距離を取る幼馴染の行動にショックを受けるフリをするものの、10年近い付き合い故か、軽く受け流されて話題を変えられる。
「しーちゃんは今日も打ち込み?」
「いや、金具廻は大体終わったから金物のデザインする。というわけでお前ん家いくわ」
「えー」
露骨に嫌な顔すんじゃん、ウケる。
ただし我が望みのため、媚びぬ、引かぬ、顧ぬぅ!
「頼むよ、わっちゃん〜〜!家でやってるとおやっさんがアレコレ口出してくるからさぁ〜〜」
心の中の聖帝が泣くような言い分で幼馴染に縋り付いて頼み込む。デザイン画一枚見つかっただけで、赤筆で赤ペン先生される気持ちがお前にわかるか!?
ウチのおやっさんもお前んとこみたいに優しいおじいちゃんがよかった!割とダメな時は「ダメだなぁこりゃあ、気が乗ってねぇ」とバッサリとダメ出しされて氏ぬけど!
「……まぁ、別にいいけど部屋をボツデザインの紙で汚さないでよ?片付けるの俺なんだから」
「マジで助かる!んで、今日の飯は?」
「ご飯も食べてくのぉ?……まぁ予想してたけど」
そう言って一人分多めに買った袋を見せる我が幼馴染。さすがである。これが世に言うエモいなのだろう。知らんけど。
「久々にわっちゃんの唐揚げが食べたいなぁ」
「じいちゃんいるから脂っこいの禁止」
えー、お前の和食も好きだけど我高一の思春期男子ぞ?脂っこいのを食べても許される黄金の時代ぞ?ラーメン、ハンバーグ、肉巻きおにぎり!
しかし残念、今日の幼馴染の献立は春の山菜を生かした天ぷらと鱈の西京焼き、そして豆腐とわかめの味噌汁と、ほうれん草のおひたしのようだ。うむ、実に健康的である。
「じゃあ夜食にピザ頼むわ、割り勘でいいぞ」
「なんで俺も食べる前提なの!?」
「花の高校一年なんだから食わなきゃ損々!」
「そう言って太っても知らないからね」
そう言いつつ、こないだ俺が頼んだピザ⚪︎ットをきっちり半分食ったじゃねぇか。え、晩御飯ご馳走してるからチャラ?そうですね!お前の財源はおウチ、俺の財源はお小遣い!その差に大きな違いがあるのを無視すれば完璧な言い分すねぇ〜〜!!あ、目を逸らしやがってこのやろ!
「……と言いつつも、夜中にふと訪れる食欲に負ける新菜であった」
「勝手にモノローグつけないでくれる?」
そんなやりとりをしつつ、俺と幼馴染である……五条 新菜は帰り道をゆく。
五条新菜の幼馴染。
それが、俺こと、竹崎 志信(しのぶ)であった。
◇
五条 新菜と竹崎 志信の出会いは、漫画やアニメのように劇的で感動的でロマンチックなものでは…………なかった。
それは新菜が祖父である五条 薫に引き取られてしばらくの頃だった。商工会議所に出向いた祖父について来た新菜は、会議所の広間で一人ポツンとソファに座って待っていた。
ただ座って待っているのもつまらなかったのか、手頃な場所にあったボールペンとメモ帳で、祖父がやっている面相描きを見よう見まねで真似てみる。
何度も書く。何度も、何度も、何度も。
でも全然出来ていない。祖父の家で初めて見た、体の内側を掻き混ぜられるような衝撃を味わった……あの「奇麗」には程遠い出来だ。
描けば描くほど、まだ幼い新菜の顔は小難しくなっていった。
うんうん唸りながらも筆代わりに持つボールペンの手は緩まない。何枚もメモ帳を消費しながら面相書きを続けていく。
「あ……」
ふと、めくったメモが終わりを迎えたことに気がついた。
自分の前にあるローテーブルには面を描き続けたメモ帳が散乱している。無我夢中だった!周りの人に気を遣わないで。途端に我に返ってアワアワと散乱したメモ帳を集めようとした時だった。
「いいじゃん。これ」
ローテーブルの反対側まで達していた一枚のメモ紙を幼い手が拾い上げた。思わず顔を上げる。そこには当時の新菜と同じ歳くらいの男の子がいつの間にか座っていた。
「女の人……の顔だろ?これ」
まっすぐとした目だ。
突き抜けるような視線に、新菜は思わず視線を下に下げて、小さく頷く。そこで脳裏に最近あった嫌な思いがフラッシュバックした。
『なんでわっちゃん……男の子のくせに……女の子の人形が好きなのよ!……気持ち悪い!』
『わっちゃんなんて……大っ嫌い!!』
祖父に引き取られて、初めて出来た友達に言われた言葉。それはまだ幼い新菜の心には大きすぎる傷を負わせた。
自分の奇麗だと思ったもの、心を揺さぶるようなものを全否定されるダメージは、他人からは想像もできないものだ。
それを負ってまだ日が浅い。
目の前の男の子も同じだろうか?
気持ち悪いと言うのだろうか?
男の子が女の子の人形が好きなのは間違っていると言うのだろうか?
自分の、奇麗だと思ったものは間違いだと突きつけてくるのだろうか……。
「いいじゃんか、すげぇうめぇじゃん。マジすげぇよ!」
「え……」
返って来た言葉に思わず絶句する。
目の前の彼はメモ帳を大事そうに机に置くと、隣に置いてあるカバンを漁り、一冊のノートを新菜に出して来た。それはどこにでも売ってそうな自由帳だった。けれど、一随分と使い込まれていることが目見てわかった。
差し出して来た相手とノートの間で視線を彷徨わせていると、「いいから見てくれ」とノートを開いて見せられる。一体何が描かれ……。
「わぁ……ぁ……」
そこには、いくつもの花があった。
色とりどりの花……というわけではない。
後で知った言葉を使うなら……家紋。
菊やたんぽぽ、バラや桜……様々な花が規則正しい図形の中に納められている。ページをめくると次にあったのは動物のスケッチ。さらにめくると何かの構造体のスケッチ……そして、店で見たことがあるものも描かれていた。
「兜……」
「ウチの叔父さん、甲冑師なんだ」
ちょうど会議室で話し込んでてさ、と続ける男の子も、新菜と同じく会議が終わるのを待つ身だったようだ。新菜は再び自由帳に目を向ける。びっしりと描かれた家紋や兜のデザイン。それを見るだけで何となくわかった。
彼も……同じなんだと。
「ねぇ」
「ん?」
自然に話しかけることができた。喉につっかえる何かもない。『気持ち悪い』なんて言葉が遥か後ろへと吹っ飛んでいくのがわかった。拒絶される恐怖からではなく、熱意に似た何かで震える喉から、静かに言葉が溢れた。
「君も、将来の夢が……あるの?」
「もちろん」
即答だった。
目の前にいる男の子は新菜が返したノートを手に取って、それを掲げた。商工会議所に設けられたシャンデリアのような照明の燐光がキラキラと瞬いて見開いたその目を艶やかに輝かせる。その光景、その瞬間が、新菜の幼い日の1ページに焼きついた。
「俺は叔父を超える甲冑師になる!」
彼も、同じだった。幼い頃に両親を亡くし、途方に暮れる中……たった一人の肉親である叔父が引き取ってくれた。何もわからないまま連れてこられた場所は、物言わぬ鎧達が鎮座する場所。
竹崎武具甲冑。
埼玉県さいたま市岩槻区にある五条人形店と並ぶ老舗の店で、市内の剣道部が使う竹刀や防具はもちろん、五月人形としても有名な兜や鎧を手がける店であり、彼が目にしたのは叔父が手がけた鎧の一つだった。
「俺は、俺の作った甲冑を見た奴に思わせたいんだ!〝なんて綺麗な兜だ〟ってな!」
深い紅。鮮やかな金。純白の縅毛。そして色とりどりの絵韋。その全てが彼の心を揺さぶった。彼の心を殴り起こした。暴力的な美がそこにあり、それこそが一目惚れだと思えてならない。
夜だというのに月明かりが鎧を照らし、その神秘さをより際立たせる。
そこにあったものこそが、綺麗なものだった。
いつか。
いつの日か。
この綺麗を形作れる叔父を超え、見たものの魂を震わせるものを作りたい。
それが、彼の夢になった。
「うん……うん!俺も!俺も思わせたい!」
初めて出会った同種。
初めて邂逅した同族。
共にある種の美に魅了され、絆され、堪らず魅惑された者たち。まるで取り憑かれたように、その美の終着地にのめり込む職人の芽。
新菜は気がつけば、目の前の男の子の手を握りしめていた。同じ……でも、明確に違う「きれい」を自分の手で生み出すことき執念を燃やす同志に出会えたこと。その事実は認識しなくとも、新菜には確信があった。
彼なら、その言葉を現実にする。
そして願わくば、その現実にする才が自分にもあるようにと言い聞かすように。
「奇麗な雛人形って!俺の描いた雛人形を見て、そう思って貰いたい!……じいちゃんのような、頭師になりたい!」
普段出さないような大声。驚いた新菜と竹崎の師たちが慌てて降りてくると、二人の若き職人の芽が、互いに高め合おうと手を取り合っている光景が広がっていた。
新菜を前にニッと笑って、甲冑師を志す少年は自分の名を口にする。
「俺の名前は、竹崎 志信(しのぶ)。お前は?」
「五条 新菜!」
即答する新菜に、志信は己の手を差し出す。
「そうか!新菜は頭師!俺は甲冑師!一緒になれるように頑張ろうぜ!」
「……ッ!うん!!」
その出会いは、漫画やアニメのように劇的で感動的でロマンチックなものではない。
けれど、確かに、二人の今後の人生に大きな足跡を残す出会いであったことは、間違いなかった……。