月曜の学校。
新菜にとって、その始まりの日は割と陰鬱なものであった。二日前の土曜日は面相書きの練習がいっぱいできるとテンションが上向きだったのに、筆が乗って遅くまで没頭した結果、寝起きは最悪、手は汚れてるし、髪の毛はボサボサだった。
でそうになるあくびを噛み殺して歩き慣れた通学路を行く。花の高校一年生とは思えないくたびれ姿だ。黙ってれば一年生じゃなくて二年、三年くらいの貫禄があるんじゃなかろうか。
それに加えて朝食の時に祖父から言われた言葉が新菜の体に突き刺さっていた。
『おめぇ、馴染みの志信はいいだろうが、高校で友達できたか?』
あぁ、うん、そうだね、できたできたと吹き出した味噌汁を啜って適当に誤魔化した新菜。ごめん、じいちゃん、正直に言えば高校に入ってもしーちゃん以外の友達できてないです。
そもそも新菜にとって普通の友達がわからなかった。普通って何?夕方に河原で素手で殴り合って友情を深めるやつ?いや、これは志信に無理くり見せられた昔のアニメのやつだ。ロストグラウンドでファーストでブリッドのやつだ。
頭を振って幼馴染に侵食されそうなイメージを外に追い出す。よく見る光景といえば、「昨日のテレビのなになにが面白かったよなぁ〜」とか、「最近のアイドルがどうとか〜」なのだが、残念、新菜はテレビをじっくり見ない。なぜかって?その時間は面相書きに打ち込んでいるからである。
ちなみにニュースに関しては祖父の新聞を見ている。うん、実に堅い。
「おーっす!わっちゃん」
ボスっと背後から脇腹をチョップされて思わずたじろぐ。反射で振り返った先にはニカっといつもの様子で笑う幼馴染、志信が立っていた。
「お、おはよう、しーちゃん」
リアクション薄ぅい、と文句を言いつつ隣を歩く志信。しばらく歩いてから、普段は割と騒がしい志信が神妙な顔で新菜に問いかけた。
「まぁーた辛気臭ぇ顔してたぞ、なんかあったん?」
「いや、とくには……べつに……」
あははは、と適当に誤魔化す。最近はめっきり見なくなった過去の記憶を辿る夢。あれを上回る出来事があったというのに、それでも尚、新菜の胸に居座って離れない、胸が痛くなる夢……。
〝気持ち悪い〟
聞こえるはずのない声に、痛まなくても良い胸の奥がギュッと締め付けられる。一度言われた鋭利な言葉の刃は、いつもこうやって、突然に、ふとした時に胸に突き刺さって、思い出させてくる。
前を向きつつも顔を顰める新菜の横顔を見て、志信は小さくため息をついた。
「……わっちゃんがそういう時に限ってなんか嫌なことがあるパターンが多いんだよねぇ」
「?しーちゃん、何か言った?」
「なんでもない」
互いに日々、研鑽する仲だ。十年も顔を突き合わせてれば何となく察することもある。そんな言葉を胸に留めながら、新菜を連れて志信は高校へと急いだ。
ちなみに新菜は一年五組、志信は一年二組である。
◇
どうも、高校デビューを見事に失敗した竹崎です。
割と地元中学出身の生徒で固まってるのか、すでにグループができてる中で、何も考えずに新菜と同じ高校を選んだ過去の俺を恨んだよね!入学時点で祝⭐︎高校ウェーイとかふざけたLINEグループ立ち上げて、そっとリストの隅にいる気まずさがわかるか?通知はオフにしてるから実質ダメージはゼロだけど、こないだチラッと見ると未読500とかになってた。ウケる。
誰にも声をかけられずに教室を抜け出した俺はそのまま五組の教室へ。
今時、一〜五組まであるマンモス高とか珍しい、とか思っていたけど、蓋を開けてみればクラス人数減らして、組みを増やして勉強の進捗に遅れが出ないように対策してるんだってさ。
おかげであまり目立たずに五組の教室にも顔を出せる。
「おつー、飯食おうぜ」
俺がそう声をかけると、机に弁当箱乗っけて一人ポツンと座っていた新菜が笑顔を見せて駆け寄ってくる。犬か貴様は。
新菜を迎えて食堂を目指して歩き始める二人の姿を教室のドアから覗き込むように見つめる女子グループがひとつ……。
「ねぇ、あの人誰?」
「あぁ、たしか2組の……誰だっけ」
影の薄い二人を見てそう呟く彼女らが、かの有名な喜多川グループのメンバーだと新菜に紹介されて仰天するのは、もう少し後の話であった。
「入学してしばらく経つけど、俺たち誰にも覚えられてないなぁ」
「そうだねぇ〜」
学食で中華そば半炒飯セット450円という破格の価格設定の飯を食いながら、目の前で自炊した弁当を食べ終えた新菜にそう言うが、当の本人はあまり気にしてない様子だった。
あれ〜?新菜のじっちゃんが「アイツに志信以外の友達がいるか心配でよぉ〜」と言われて、そのことを今朝言われたかと思ってたんだがアテが外れたか?あとじっちゃん、その言葉はやめて、俺にも効くから。
「あー、うーん、わっちゃんはそれでいいの?」
「え、いや、良いか悪いかで言えばダメだけど……」
「ダメなんかい」
「でも、俺もしーちゃんも部活とかやる暇無いし、友達と遊びに行くより、家に帰って練習してる方が多いでしょ?」
まぁな!おかげで小学、中学と修学旅行、俺とわっちゃんの二人旅状態だったからな!周りは色付き始めた奴らがカップルだデートだのほざいてる中、俺たち二人は宿泊先の部屋でひたすら面相書きと金物のデザイン画描いてたからな。
見回りに来た先生が怒るどころかドン引きしてたの今でもはっきり覚えてるぞ。すません、色々心配してもらったのに。強く生きて。
「まぁ、わっちゃんも面相書き修羅場ってる時もあるし、俺に至っては成形に入ると一週間か二週間は工房籠るしなぁ」
「もう工房の手伝いさせてもらってるの?」
「見習い見習い。本職さんと比べるとまだまだ。けど割と重宝されるよ。俺、PC使えるから」
え、そうなの?と聞いてくる新菜にスマホに保存した鎧の簡単な3Dモデルを見せる。
「うわ、これしーちゃんが作ったの?」
「ざっくりだし中身空っぽだけどな。やっぱりこれ有ると無いとで、お客さんの反応全然違うわ」
甲冑の金物は基本的に叩いて角や曲面を出していくが、近年はこう言った3D設計ソフトがフリーでゴロゴロ転がってる。上手く使えば、完成まで二次元絵しかなかった甲冑を3D化して依頼者に見せることができる。
ただ、より精密なやつを作ろうとすれば有料ソフトになるし、有料ソフトはサブスクが基本で月10万超えがザラ。本格導入となると、我が竹崎武具甲冑の晩飯が半年もやし炒めになることが必至なのだ。
俺は昼は中華そばと半炒飯セットが食いたいので、フリーソフトで何とかしてる。
「まぁ角度の計算とか図面引く時にソフト使えば時短になるしな」
「なるほど……」
興味津々に見る新菜に、今度ダウンロードできるサイトと、使い方まとめた資料渡すわというと満面の笑みで感謝を伝えられた。へへ、よせやい照れるじゃねぇか。
そんなやりとりをしてると昼休み終了前を告げる予鈴が鳴り響いた。
「やべ、そろそろ昼終わる。わっちゃん今日はどうする?」
「俺は今日はまっすぐ帰って練習かな」
今日であと100は仕上げたいんだよね、と平然という新菜。こいつ狂ってるぜ。俺も帰ってから仕上げた金物の研磨をやるわけだが。頑張れば日付変わる頃には終わってるだろ。ふふふ、俺も狂ってるぜ。
じゃあ今日は帰りは適当にと告げて、俺は新菜と別れる。こいつとは別に帰りは待ち合わせていない。お互い帰宅部みたいなもんだから、帰る時間になると下足室から正門の途中でエンカウントするのだ。だから別段待ち合わせる必要がない。
しかし、その日は新菜と一緒に帰ることはなかった。
なんでも、同じクラスのやつに掃除当番を頼まれたらしい。
ふざけんなファ○クッ!
新菜を顎で使って良いのは綺麗な彼女(未定)か、幼馴染の俺だけなんだよっ!
そう言いつつも、俺も新菜と同じぼっちなので文句を言うどころか、押し付けた奴が誰かすら判別つかなかったのだった……。