新菜が友達のコスプレ作りをカミングアウトして少し。
そろそろ中間テスト始まるなぁと考えながら、テスト勉強とデザイン画を描くために新菜の部屋に訪れると、我が幼馴染は血走った目で拵えた衣装の型紙と向き合ってた。
え、なに?どうしたの
思わず入り口で異様な気配を出す新菜を見て固まっていると、俺の気配に気づいたのか血走った目のままグリンと新菜が顔をこっちに向ける。うわぁ、急にこっち見んな!?
「締め切りが!!!やばい!!!」
その言葉を言い残して新菜は倒れた。
あ、これはアカンやつだ。
面相書きの時もそうだけどテンパると泣くまで行くのが新菜だからなぁ。俺はもってきた勉強道具や画材を脇に置き、倒れてビクンビクンとよくわからない動きをしている幼馴染の肩に手を置く。
「わっちゃん。気をしっかり持つんだ」
「し、しーちゃん……!けど、俺にはできないよ!中間テスト明けの土日に衣装を仕上げるなんて!まだ型紙から起こしてもないのに!」
「馬鹿野郎!」
ばーん!と弱音を吐く新菜をぶっ飛ばす。この程度の壁でしのごの言って何になるか!男なら覚悟を決めろ!命を燃やせ!
「思い出せ、わっちゃん!これまでヤバかったことを!」
「……!」
その時、新菜の脳裏にはこれまでの人生で体感したやばい記憶が通り過ぎる。
ヤバかったこと。ヤバかったこと。面相書きでじっちゃんにダメ出しされて絶望した顔の新菜。上の空で煮付けをダメにした時。指を裁断はさみで切って血がドバドバ出た時……。
はっと、新菜の顔が固まる。
あれはそう、新菜が中学の頃であった。夏休みの最中、納品分の衣装の準備が桁一つ間違えていたこと。そして衣装担当の職人さんがぎっくり腰をして、祖父と巻き込まれた志信と共に朝から晩まで衣装作りを強いられたことがあった。
納期まであと一週間の期間が新菜が初めて人生で「死ぬ」と思った瞬間でもあった。効率を優先した結果、朝から昼まで新菜、昼から夜まで祖父、夜から朝まで志信というローテーションを組んで衣装のデスマーチを……。
「わっちゃん?大丈夫か?すげぇ顔してるぞ」
「あ……うん、大丈夫だよ。そしてなんか、ごめんね、志信」
「え!?何!?急に名前呼びで謝ってきて何!?何を思い出した!?」
すんっとした顔で立ち直った新菜。あの頃の地獄と比べれば、中間テストとコス衣装くらいなんのそのである。祖父の全面バックアップと、なんだかんだでテスト勉強やら装飾品やらで手伝ってくれる志信の助けもあり、新菜は依頼されていたコスプレ衣装を、金曜日の夜に完成まで持っていったのだった。
◇
やり切った顔で「寝る」って言って布団に沈んだ新菜を見送った翌日。じっちゃんも商工会の付き合いで家を空けると聞いていた俺は、食べやすいおにぎりや温スープ、果物やらをスーパーで買って、五条人形店にやってきていた。
ヌル女については、俺も新菜に付き合って雫たんルートを二周ばかし付き合わされて、おかげで俺の中の二次女性のイメージが強烈な力で歪められてしまった。
そんな尊い犠牲もありながらも、細部にまでこだわった衣装が完成したと思う。渡すのは明日の夕方って言ってたから、とりあえず昼間に起きてくるであろう幼馴染を労って、依頼者が来る前に退散しようと思ってる。
依頼者の顔を見ないのかって?あのさ、ヌル女のPC版とアニメ版の円盤を渡してくる生粋の信者を目撃して俺はなんで言えばいい?依頼されたのが被服室とのことだったので、おそらく俺と新菜が通う学校の生徒……それも女子生徒のはずだ。シルエットからして、男装で着れるものじゃないし、サイズ表ぴったりに新菜が作った代物だ。
あれを身につける相手を知るのも、なんだかマナー違反というか……モラルに反すると言うべきか……とにもかくにも、俺は依頼者と変に絡むつもりはない。手伝いはしたが、あくまでぶっ倒れそうな新菜のために手伝ったのだから、俺がわざわざ会って話す必要もあるまい。
と、思っていた時期が俺にはありました。
「おーす、わっちゃん〜差し入れ持って……」
いつもように開いた玄関から入り、新菜の部屋にやってきた俺は、ノックもせずに部屋へと入ってしまった。部屋にはまだ爆睡する新菜がいると……たかを括っていた。
だから、玄関先にあった女物の靴を完全に見落としていたのだ。
襖を開けて目に飛びこんできたのは、完成した衣装を完全に着こなした……。
「ヌ、ヌル女2の黒江雫た……」
そこまで声が出て、すげぇ音を立てながら思わず襖を閉めた。しばらく経ってからノックが響き、襖が静かに開く。
「おつー、わー、わっちゃん、衣装完成したんだーすげぇークオリティー」
そこには顔面蒼白で目が泳ぎながらも、うわずった声で新菜が作った衣装を褒める幼馴染が立っていた。
「誤魔化しきれてないよ、しーちゃん!?」
こうして、竹崎志信は幼馴染にコスプレ衣装を依頼した相手との邂逅を果たしたのだった。
◇
「えー……紹介します。こちら、コス衣装を依頼してくれた喜多川さんです」
「ちょりっす!よろしくー!」
志信の突然の来訪でバレたと言うのに、いつも通りの喜多川さん……喜多川 海夢は、新菜にコスプレ衣装を依頼した人類で、そしてギャルである。新菜と同じクラスの人気者であり、その認知度はクラスだけに留まらず一年生や二年生にも影響を及ぼすほどだ。
話を聞くと雑誌のモデルなどもしているようだが、陽キャ陰キャなどの分け隔てなく他者を気遣える優しさも兼ね備えている。
とは思っていたけれど……突然来訪した幼馴染の志信にも嫌な顔ひとつせずに相手にしてくれるとは。いや、彼女もネットで調べてウチを特定して乗り込んでくるほどだったわ。それを思い出して、新菜は少し冷静になった。
「あー、うん。コス出来てテンションおかしくなってるのはわかるわ」
ニコニコ、ニヨニヨが止まらない雫たんコスを身につける喜多川にそう呟く志信を見て、新菜は改めて今日来訪した人物を紹介する。
「で、こっちが……」
「知ってるよ?竹崎くんでしょ?ごじょーくんと一緒にご飯食べてる」
「え、俺、認知されてたん?」
「もちもち〜!というか、ウチらの身内からは認知されてんじゃない?昼休みにいつもごじょーくん迎えにくるし」
新菜は基本的にお昼は志信と一緒に食べていた。それはコスプレ衣装作りを依頼されてからも変わらず、中間テスト期間も昼になったら志信がクラスまで迎えにきて、二人で食堂に向かうのが当たり前だったわけだ。
そんな様子を喜多川が見逃すわけもなかった。
「あー、割と目立つ行動してたわけね、俺」
「で、謎なんだけどごじょーくんと竹ちゃんってどんな関係?」
そこで喜多川、ギャルと陽キャらしいコミュ力の強さを発揮。いきなりな呼び方に志信も新菜も一瞬固まった。
(すでにあだ名……ギャルつぉい)
(たしかに竹崎って呼びにくいもんなぁ)
「俺はわっ……ごほん、五条とは小学校からの付き合い。まぁ幼馴染ってやつ」
そう完結に志信が説明すると、新菜が補足するように言葉を継ぎ足した。
「喜多川さん、竹崎武具甲冑って知ってます?」
「ん?確か剣道部の田中がなんか言ったような」
「たぶん、ウチの学校の剣道場にも竹刀や防具を卸してるはずです。志信の家はその竹崎武具甲冑なんですよ」
「おい、しれっと人の個人情報バラすな」
「え、マジ?武具とか作るマジのやつ?かっけぇー……私、日本刀とか作れる人まじ尊敬するわぁ」
キラキラした目で新菜の雛人形とは異なる造形物に興味を示す喜多川。たしかに竹崎武具甲冑には模造刀はあるけど、本職は鎧とか兜である。
「こどもの日に飾るやつ?」
そう言って喜多川が何かジェスチャーをしているけど、そのジェスチャー、明らかに鯉のぼりなんよ。
「ふーん、じゃあごじょーくん家は人形店で、竹ちゃん家は武具店なんだ」
「昔、商工会議所であったのが縁で、こいつは頭師。俺は甲冑師を目指して今は修行中って訳」
まぁダラダラ自分の話をしてもしょうがないので、志信は改めて喜多川が身につける「ヌル女」の雫たんコス衣装を眺める。
「しっかしよく仕上げたよな、これ」
志信が手伝ったのはあくまで小物だけ。衣装の大部分は新菜が手掛けていたし、全体像は三面図くらいでしか見てなかったので、実物を見ると作った手間もあって感動もひとしおだった。
「うん、死ぬ気で作ったから何とかなったよ」
「知ってる。オメー、テスト期間中も顔死んでたからな」
「あははは、その節はどうも……」
そう言って幼馴染っぽく話をする二人。そんな会話を聞いて、喜多川はふと言葉を投げた。
「ねね、竹ちゃんさ。ヌル女2知ってるの?」
「こいつが衣装研究してるの付き合ったから、メインルートと雫たんルートのグラフィックシーンから大体網羅してる」
「それもったいなくね!?貸すからやりなよ!1から!」
1から!?そう驚くと「いいですねぇ」と言う新菜。この時の新菜はすでに1と2も履修済みで、なんならヌル女のメインテーマもカラオケで歌えるほどであった。たぶん、そっち方向の性癖についてはかなり歪まされているのではないだろうか。
「ヌル女、内容は好きだけど、うーん。おやっさんにバレたらどうなるかわかんねぇからなぁ……」
「おやっさんって?」
「志信の叔父さんです。俺はじいちゃんと住んでますが、志信は叔父さんと住んでるんです」
そうなんだ、と言うが志信の叔父は現在も独身。甲冑師に人生のリソースを全振りした結果か、童貞として拗らせまくってるから……そんな相手にヌル女は劇薬すぎる。下手すればショック死まであるぞ。
志信は親族ながらも叔父のそう言った面の心配もしていたのだった。
「じゃあそれはまた次の機会〜本題は〜」
ニコニコしていた喜多川は、そこで一旦会話を区切って、見惚れるような流し目で志信を見据えた。
「竹ちゃん……アンタ、嗜んでるね」
その時、志信に電流走る。
「な、何のことでしょうか」
何かすごい嫌な予感を感じとったのか、志信の視線が左右へと彷徨う。その様子を見て、喜多川の疑念は……確信に変わった。
「ごじょーくんの目は騙せても、私の目は騙せないっしょ」
パンピーの目は誤魔化せても、私の目は誤魔化せないよ〜と言って、喜多川は志信が持っていたカバンを掴み、カバンの側面に付けられたストラップを摘む。それは元から付いていたものではない。志信が取り付けたストラップであった。
「これ!な〜んだ」
ニヨニヨとストラップを見せつける喜多川を不思議そうな目で見る新菜。そして僅かに震えて沈黙していた志信が小さく口を開いた。
「……です」
「なんだって〜?よく聞こえないなぁ〜」
「仮面ライダーファイズのキーホルダーですっっ!」
「言えたじゃねぇか」
仮面ライダー。その言葉は新菜もよく知っていた子供向け……近年では大人も楽しめるジャンルとなりつつある国民的な人気ヒーローシリーズであった。
「え、そうなの?」
「甲冑師の仕事をしてる以上、ニチアサの仮面ライダーと戦隊モノは外せなくてつい……」
「ほほぉ〜ということは魔法少女も?」
「た、多少は……」
「シオンたんは?」
「シオンたんしか勝たん」
そのやり取りで「ウェ〜イ」とハイタッチする志信と喜多川に、新菜は(何だかよくわからない言語が成立している)と若干恐怖を抱いていた。
そこから一旦喜多川はコス衣装から私服に着替えることに。もちろん、俺と新菜は部屋の外で待機である。
廊下で話を聞くと、なんでも手直しがあるようで、明日あるコスプレイベントに向けて修正をかけるようだ。ちなみに明日のイベントに参加すると決めたのは今日らしい。行動力の権化なのだろうか?
「んじゃ行こうぜ〜」
着替え終えた喜多川が鞄を持って部屋から出てきた。え、行くってどこに?
「え、どこに?イベントは明日じゃ?」
「は?違うっしょ」
「竹ちゃん家っしょ」
ビッと親指を立てる喜多川。少しの沈黙の後、新菜と志信は同じことを思った。
こ、こ、行動力ぅっ!?