竹崎武具甲冑。
埼玉県さいたま市岩槻区にある五条人形店と並ぶ老舗の店であり、五条新菜の幼馴染である俺こと竹崎志信の住まいでもある。
一階は工房と住居スペース、二階はおやっさんと俺の自室があって、俺の自室には新菜もよく遊びに来るのだが、実はもう一部屋空き部屋がある。
廊下の奥にある部屋で、もともとは古くなった展示用の甲冑や飾りを保管する倉庫みたいな状態だったのだが、俺が金物の練習をしているのを見ておやっさんが自由に使っていいと許可をくれたため、ほとんど俺の作業部屋のような感じになっていた。
そして、その部屋の奥にパーテーションで仕切られたスペースがあって、その場所は今までおやっさんやよく面倒を見てくれる懇意の職人さんにしか見せたことがなかったのだが……。
「うわっはぁ〜〜⭐︎」
「あああああああ」
いま、幼馴染の新菜と、そんな新菜にコスプレ製作を依頼した喜多川海夢さんがやってきていた。
ずらりと並ぶのは色とりどりの〝コスチューム〟である。ニチアサの顔と呼ばれる戦隊モノやヒーローもの、端には女子ヒーロー系の変身グッズや小物も多数。購入したものか?いいや?全部手作りである。
「やっば!え、やっば!?なにこれ!?めちゃくちゃクオリティ高くね!?あ!これ知ってる!去年やってた戦隊シリーズのシルバー枠の人のコスチュームだよね?うわぁ!?武器まで精巧……え、これガチ金属でできてる奴なの?エグくね?」
「あああああああ」
テンションアゲアゲ?な喜多川さんがすげぇ目で俺の作ったアレコレを吟味していて、俺の隣では新菜がほぉーと声を漏らしながら作ったグッズの数々を見ていて、俺はそんな二人に見られた衝撃で奇声を上げるマシーンになってた。
いや、部屋とかにはちょこっと趣味で買ったグッズとかは置いてたんよ?それで適当にカモフラできるかなって思ってたら「こっちから濃厚な気配を感じる」と喜多川さんが作業部屋へ……そしてパーテーションの向こう側へと足を踏み入れたのだった。
こ、行動力ぅ!!
てゆーか濃厚な気配ってなんなの?新菜もお前、雇用主なんだから止めたりしろよ!遠慮してはいたけど止めずについてきてんじゃねぇよ!?
あ、そっちは見ないで喜多川さん!甲冑スキーだからニチアサの戦隊モノとかヒーローものは外せなかったけど、その延長先の女児アニメもチェックしてたことがバレちゃう!
「こっちは歴代キューキュアシリーズの変身グッズ!?え、やば!ちょう精巧!え、これフラワープリンセス烈!!の変身アイテムも!?おもちゃと雲泥の差じゃね!?やば!やばやばー!?」
ちなみにそれ全部スイッチの配線もしてるんで音もしっかり鳴ります。死んだ目でそう伝えると喜多川さんは嬉々としてスイッチを入れて元気にアイテムで遊び出した。高校生ギャルが女児向けアニメグッズで遊ぶとは……いい趣味をしてるじゃねぇか。
「これ、全部しーちゃんが作ったの?」
「おやっさんたちが使った材料の端材をもらって……まぁちょこちょこと……」
「ちょこちょこと作れるクオリティじゃないのでは!?」
宝物のようにアイテムを棚に戻した喜多川さんが俺と新菜のやりとりに思わずツッコミを入れる。そういえば新菜ってば、この秘密の作業ゾーンに入ったものの出来上がったものにぜんぜん驚いてなかったわ。そう聞くと新菜は当然というような顔で答えた。
「いや、しーちゃんならコレくらいワケないかと」
「まぁ五月人形の装飾金物と比べたらな。これも手慰めで作ったようなもんだし」
(職人怖っ)
さす新菜。頭師を目指している奴はいうことが違うぜー。フゥーッと不思議そうな顔をする新菜とハイタッチしている様子を見て、喜多川さんの顔には若干恐怖の色を浮かんでいたような気がする。
「けど竹ちゃん、武器屋さんなのにコスプレスーツも作れるんだねぇ」
「武具店な」
「けどすごいね、しーちゃん。このスーツの生地ってポリエステル?」
「おしい。ナイロン生地の厚みある奴だな。光沢ありとなしと色々種類はあるけど」
「ここ、二枚重ねになってるけど縫ってない……?なるほど、熱が籠るからここから逃げるように調整してるのか……あとこの縫い方も生地の継ぎ目が目立たないようにちゃんと工夫してる……」
付き合いのある呉服店から譲ってもらったマネキンに着せた戦隊モノのコスチュームの作りを見て新菜がブツブツと何か言ってる。喜多川さんは純粋に出来を見てテンション上がってたけど、こいつは技術面で目をきらめかせるタイプだからなぁ。
「あと、その衣装の作り方。全部わっちゃんのじっちゃんに教えてもらったやり方だな」
「え、いつの間に」
「夏休み地獄のデスロード」
「その節は大変お世話になりました」
思い出されるはまだ幼かった頃の夏休み。雛人形の衣装を作ることにどっぷり使った夏。その悪夢を思い出して新菜は顔を青くしてそう返す。いや、別に俺もいい経験させてもらったし、お互い様ってやつでは?まぁまじで死ぬかと思ったし、記憶がないのに綺麗に仕上がった衣装とかもいくつかあったし……うん、これ以上思い出すのはやめておこう。
「え、なに、そのネタ。幼馴染間でしか通じないやつ?」
「まぁ話せば長くなるからまた今度で……あの時に死ぬほど衣装作ったから、ちょっと挑戦しようかなーって思ったら……」
「こうなってたってワケかー、わかるわー」
腕を組んでウンウンと頷く喜多川さん。その様子に隣にいた新菜が首を傾げる。
「喜多川さん、わかるんですか?」
「わかるよ!私も「あとちょっとー!」ってヌル女見てたら気がついたら朝になってたとかしょっちゅうだもん!」
あのストロベリーなやつを見て朝を迎えるとか……ひょっとして喜多川さんもかなり性癖が拗れてそうな気がするんですがそれは。
「な、なるほど……けど、しーちゃん。こんなことやってるなら言ってくれたら良かったのに」
そう言って新菜は俺が作ったコスチュームの数々を眺めながらそう言う。この趣味は長年苦楽を共にした新菜にも言ってなかったものだ。まぁ言う機会も見せる機会もいくらでもあったのだが……。
「まぁー、その、なんだ。手慰めで作ってた奴だから。ほら、これとかちょっと形が歪だし。こことか塗りがまだまだ甘いから許されるならやり直したいし」
「oh、竹ちゃんって自己評価がかなり辛口なんだね」
「夢は甲冑師だからな。それに……」
「それに?」
「これ着て……見せびらかすの……恥ずかしいし」
「全然恥ずかしくなんてない!!」
バンっと喜多川さんが作業台を手を叩いて驚くほど声を荒げる。そんなに騒がなくてもと思って目を向けたが……喜多川さんの目には茶化すだとか、揶揄うとか、そんな邪な感情は一切籠もってなかった。まっすぐと、好きなものを好きだと言う力強さと……誠実さを感じさせる目をしていた。
「手慰めで作ったって言ってるけど!それでは語りきれないほど、この作品には愛が詰まってるよ!やばいよ!間違いないよ!」
この目を俺は知っている。
隣にいる新菜と初めて会った時。お互いになりたいものを語り合った時に、新菜の目に宿っていた同じものが、喜多川さんにも宿っていた。心の底から好きだと、憧れると胸を張って言えるものに対して向き合う目だ。
そんな目をする相手にごまかしは効かない。俺はしばらく黙ってから、息を吸い込む。
「お、俺は……」
「しーちゃん?」
心配そうにする幼馴染。新菜に見せる機会はいくらでもあった。明かす機会もいくらでもあった。なのに言わなかった。隠していた。それは恥ずかしいからとか、プライベートだからだとか、そんな理由なんかじゃない。
俺は新菜に目を向け、胸の内にあった言葉を吐き出す。
「これをわっちゃんに見せる時は、心からカッコいい!って言わせたかった!だから、自分で納得してから見せたかった!」
「しーちゃん……!」
「言えたじゃねぇか」
ニヤリと笑みを浮かべる喜多川さんの隣で新菜がすごいなんか、生暖かい目で俺を見てくる。あーやめろやめろ!だから「かっこいい!」と思ってもらえる前に言いたくなかったんだ!コンチクショウ!
新菜が雛人形の顔に一目惚れしたように、俺も叔父が作った兜に一目惚れした。かっこいいと造形美が合わさった完璧な存在。その感動を新菜にも味合わせたいと思って、納得できるまで続けていたのだが……まだまだ修行不足だ。なんだろう、今はとりあえず無性に金物の打ち込みがしたい。
「っし!じゃ、行こう!」
そんな打ちひしがれている俺などお構いなく喜多川さんは、ヌル女の雫たんコスが入った大きなキャリーケースを持って準備を始める。思わず新菜と顔を合わせて声を上げた。
「え、どこに?」
そういうと、喜多川さんはニマーと笑みを浮かべて親指で玄関に繋がる階段を指差す。
「コスを披露するに決まってんでしょ?一張羅を持ってね!」
え……。
「え、ええええ〜〜!?」
悲報、コスチューム作りの職人。オタJ Kと幼馴染に連れられ、コスプレイベントに出ることが決定した件について。