コスプレイベント。
そう言われてまずピンとくるのは年に2回行われているコミックマーケットだろう。同人誌、グッズ、そしてコスプレ。様々な媒体が跋扈する魑魅魍魎のビッグイベントであるそれに加え、サブカルチャーと呼ばれるイベントは日本各地で様々な形で行われている。同人即売会に至っては大型イベントは地方都市でも年に数回。オンリーイベントや細かなイベントを数えれば月に1回、多くて月に2回など普通にやっている。
じゃあコスプレイベントは?もちろん、全国各地津々浦々で行われています。有名どころで言えばacorta!とか、となコスとか、COSSAN、サーコス、すかコスなどなどなど……数えたらキリがないほどの主催者が企画するコスプレイベントが開催されている。
実は地方遊園地や、文化園、植物園などでもコスプレイベントを開催していたりするので、一昔前に比べてコスプレとはひっじょーーに身近なものとなっていたりするのだ。
「おおおおお、わっちゃん!わっちゃあーーん!」
そんな中、五条新菜は初夏の日差しが降り注ぐ豊島区立東池袋中央公園にいた。
サンシャイン広場から下に降りると緑豊かな公園があるこの場所が、本日開催されているコスプレイベントの開催地なのであった。いつも通りの和装の作業着を着た新菜は、着替えてヌル女の雫たんに変身した喜多川海夢の衣装着付け、調整、付き添いでやってきていたのだが、その彼のいる少し後ろの角では全身コスチュームに身を包んだ幼馴染が身を隠すようにイベント広場を覗き込んでいた。
新菜は小さく息を吐いて猛々しい衣装とは裏腹に初コスプレイベントにビビり倒している幼馴染に目を向ける。
「そんな隅に隠れてないで出てきたら?喜多川さんみたいに」
「無茶言うな!これ着て外に出るなんて想定してねぇーよ!?」
コスチュームの中の人。幼馴染の竹崎 志信は足をガクガク震わせながら新菜の言葉に抗議した。志信は体の線が細いので内部にプロテクターを仕込んである本格仕様なコスチュームは、普段の姿よりやや大きくしているはずなのだが、縮こまっているせいか、新菜には正義のヒーローが随分と小さく見えた。
「けど、しーちゃんが選んだ一張羅なんでしょ?」
「いや、これ最近作ったやつであの中で完成度そこそこ高かったから選んだだけであってな?」
「サイズ感ぴったりじゃーん!ばっちり似合ってるよ!ニチアサの顔!ウイングマン!」
カメラ撮影を終えて満足そうに戻っていた雫たん……もとい、喜多川さんのサムズアップにコスチュームとヘルメットを被った志信は頭を抱えて座り込んだ。
ちなみに志信が身につけているヒーローコスチュームは、日曜日の朝に放送される男児に人気な孤高のヒーロー、「翼翔戦士ウイングマン」の主人公、ウイングマン ビクトリースーツである。
宿敵の正体が生き別れた姉であり、姉を取り戻すために主人公が手にした所謂強化フォームであり、華麗な変身バンクと姉を救い出す王道なヒーロー像から放送後からしばらくの間、SNSのトレンドを独占するほどの人気があるスーツだ。
志信がウンウン悩んだ後、奥から引っ張り出したそれを見た喜多川さんが、無言で写メを連写していたのが新菜には印象的だった。
「あああああ顔出しだけは絶対にしたくない……!バレたら死ねる!」
「しーちゃん割と恥ずかしがり屋だもんね」
新菜と志信の付き合いは伊達ではない。志信は割と人見知りであり、仲良くならないと砕けた態度にはならないし、割と人付き合いのハードルが高いのだ。ちなみに心の中でウンウンと頷く新菜も人のことは言えなかった。
「ねぇ、わっちゃん変じゃない?どっかにほつれとかない?」
「更衣室でめちゃくちゃ確認したでしょ」
「でもだけどほらぁ!」
アグレッシブにカメラマンの前でポーズを決める喜多川さんとは違い、あーでもない、こーでもないとなかなか人前に出ようとしない志信。だが、身につけているコスチュームは「ウイングマン ビクトリースーツ」だ。しばらくトレンドを独占した強化スーツが目立たないはずもなく……。
「あー!ウイングマンだ!」
あ、と新菜が声を上げたと同時に近くにいたコスプレイヤーやカメラマンの視線が縮こまっている志信……というか、ウイングマンのコスチュームに注がれる。ヒュッとマスク越しに志信の息の飲む声が聞こえたが、状況は志信の退路を容易く絶った。わらわらとカメラマンやコスプレイヤーが集まってきて、ウイングマンの志信はあっという間に囲まれてしまった。
「すげぇ!しかも強化形態!?放送されてまだ一ヶ月くらいしか経ってないよね!?」
「めちゃくちゃクオリティ高いですね!どこで購入されたんですか?」
「さっきの雫たんのコスもやばかったけど、こっちもクオリティやば!変身ベルトもめっちゃ細かい!」
「あの写真撮っていいですか?ここら辺でガワコスしてる人珍しくて」
「あ、俺もいいですか?」
畳み掛けてくるような絨毯爆撃の言葉。仰け反りながら言葉を浴びた志信はしばらくフリーズした後。フルフルと震える腕を上げて、なんとかサムズアップをした。
「か、構わないですよ!?」
しかしヘルメット内にある彼の顔は氏んでいた。ぎこちなく広いスペースに移動するウイングマンの姿を見たその場にいる全員が即座に理解した。
(あ、見た目と違って中の人は緊張してるんだな)
(めちゃくちゃ動作が怪しい)
しかし、誰一人としてぎこちなく動くウイングマンの姿を馬鹿にしなかった。全員が無理をさせず、焦らせず、自然体にいれるよう配慮してくれる。オタクの文化は気遣いの文化でもあるのだ。当の本人は余裕がなさ過ぎてその事実に気付いていないようだが。
「じゃあ、ポーズお願いします!」
そう言われてぎこちなかった身体の動きが止まる。ポーズ?ポーズってなんだっけ?食べ物だっけ?頭の中は真っ白。自分に合わせて作ったコスチュームはであるが……そのコスチュームに袖を通すつもりはなかった。あくまでそれは「かっこいい」の理想形。甲冑がかっこいいと思ったように、テレビに映るヒーローもかっこいいと思った。だから作ろうと思った。かっこいいと思った自分の思う心のままに。
だから、自分がそうなるつもりなんて……。
「ねぇー!ウイングマンだよ!すごい!かっこいい!」
ふと、公園側の歩道を歩く子どもの声が耳に響いた。思わず視線を向ける。コスチュームのせいで視界は最悪のはずなのに、自分を指さして笑う少年の顔ははっきりと見えた。
「ウイングマーン!すごーい!かっこいい!すごいよ!ママ!」
買い物帰りの親子だろうか。お母さんに手を引かれながらもキラキラした目をする少年は言葉を連呼する。
「かっこいい」と。
不完全ながらも。納得していないながらも。出来上がった衣装を前にして……そう呟いた自分と同じように。
そして竹崎 志信は同時に理解した。
今この瞬間、このコスチュームに袖を通し、誰かの前にでた以上。自分自身が……このコスチュームを自在に動かす自分こそが……目指していた「かっこいい」の一つの形であると言うことを!
「悪を倒せと!人を救えと!誰かが俺を呼ぶ!」
いきなりの大声に心配そうに見ていた新菜がびっくりした表情になる。だが、そんなこと、ウイングマンが知る由もない。ビクトリースーツを身につける時の口上を大声で叫んだことで、カメラを構えていた目の前の男性が覗き込んでいたレンズから目を離した。
「天に羽ばたく戦士あり!翼翔戦士!ウイングマン!ビィクトリィーー!!スゥーーツ!!」
天を指差していた腕をババっと躍動させ、テレビで流れたヒーローと同じキレのある動きでポーズを決める。ビクトリーのところで溜め、そしてスーツでポーズをビシッと決めるのは劇中そのヒーローそのものだった。
マスク越しで見えないけれど、公園の外側から小さな男の子の歓声が聞こえたような気がした。
「「う、うぉおおお!すげぇー!!」」
ポーズを決めたあと、しばらく沈黙していた周りのオーディエンスがワァ!と歓声を上げる。パシャパシャと一眼レンズや、スマートフォンに備わるカメラのシャッター音が辺りから響く。ポーズを頼んでいた男性は一心不乱に決まったウイングマンの姿を写真に収めていく。その瞬間だけ、その広場にいた全員が見事な一体感に包まれていた。
「め、めっちゃキレキレのポージングだ!?」
「やっぱりガチオタだったか。ふふん、私の目に狂いはなかったぜ」
その様子を見ていた新菜は幼馴染の振り切り具合にアングリと口を開けて、雫たんのコスをする喜多川さんは自分の目に狂いがなかったことにウンウンと頷いていた。
見事な一体感を生み出したポージングから振り切ったのか、かっこいいに飲まれたのか、幼馴染の志信はそれから目が覚めたようにウイングマンらしい堂々とした態度へと変貌。ポーズを求められればピシリと決める劇中ポーズ。要望があれば口上までやってしまうサービス精神の鬼になっていた。
その様子をしばらく見た新菜は次に自分の手がけた衣装を着る喜多川さんに目を向ける。彼女も大勢のカメラマンやコスプレイヤーから声をかけられていて楽しそうにコスプレイベントを楽しんでいる。
(なんだか……いい気分だ)
穏やかな初夏の風が公園の木々を揺らす。喜多川さんが笑顔を見せる。ピシリとポーズを決める志信。
騒がし過ぎない空気感。気遣いを持った人たちによって生み出される雰囲気。今になって新菜は思う。
あぁ、この空気感を味わうのも悪くない、と。
(あぁ、ほんとに……)
頑張ってよかった。心からそう思う新菜。そんな新菜に笑顔で駆け寄ってくる喜多川さんと、ゼーゼー言う志信。
「わっちゃん!」
「ごじょーくん!」
「「服脱げそう!」」
「なんですって?」
この後、熱中症一歩手前(志信は無駄にキレのあるポーズを取りまくったから自業自得)になった二人を介護する新菜であった。