その幼馴染は夢を見たい   作:紅乃 晴@小説アカ

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ジュジュ様降臨と衣装作成依頼

 

 

「――私に、二階堂シオンのブラックリリーの衣装を作って欲しいの」

 

乾 紗寿叶。彼女は、凛とした声音で切り出した。

その真剣さに、場の空気が一瞬で張り詰める。

 

「ブラックリリー?」

 

新菜が小首を傾げる。だが俺と喜多川さんは、その単語を聞いた瞬間、心臓が爆ぜた。

 

「し、シオンたんッ!?」

 

机に手をついて叫んでしまった。その反応に、待ってましたとばかりに喜多川さんが振り返る。

 

「知ってるのか、雷電!!」

 

鉄板のツッコミ。しかも妙に板についている。

新菜もハッと気づいたように目を見開いた。

 

「そうだ、前に見せてもらったアニメの……!」

 

「そそっ! フラワープリンセス烈!! のシオンたんだよ!」

 

喜多川さんの声は、すでに熱狂のボルテージに突入していた。両手を広げ、言葉に熱を込めながら、あの瞬間を再現するかのように語り始める。

 

「もともとはフラワープリンセスたちが花の力で世界を守るっていう、表向きは女児向け魔法少女アニメなの!でもね、戦いはほぼ肉弾戦!友情も恋愛もドロドロしてて……なのにキャラが可愛くて個性が強すぎるから、子供だけじゃなく大人までハマった神作品なんだよ!」

 

俺と新菜は圧倒される。

 

喜多川さんの熱気に合わせて、作品の映像が脳裏に蘇る。

 

「でね!その中でもシオンたんは、天才で生意気で、でもどこか報われなくてさ……!そんな子が戦いの中で、姉のネオンが敵に堕ちたのを知って……自分の心まで黒く染めて――」

 

バッと両手を広げる。

 

「ブラックリリーに堕ちていくシーン!あの、闇堕ちの瞬間!作画も演出も……ほんっっと鳥肌モンなんだってば!!」

 

その瞳は潤み、声は震えていた。

 

本当に、この人は“シオン”を推しているのだ。

 

(い、意外とちゃんと見てるのね……。原作も知らないのに、衣装やキャラが可愛いからっていう理由でコスしてるのかと思ってた)

 

乾さんは、驚きつつも、喜多川さんの熱弁を黙って聞き続けていた。ただの観客ではなく、まるで試されているかのような鋭い眼差しで。

 

「ちなみに、これがブラックリリーの衣装だよ!」

 

喜多川さんが勢いよくスマホを突き出した。

画面には、闇に咲き誇る黒百合……二階堂シオン、ブラックリリーの立ち絵。

 

「……っ!」

 

息が詰まる。

黒を基調としたドレスは妖艶で挑発的。

腰や胸元の金属装飾は美しく、まるで観る者を支配するかのような存在感を放っていた。

 

新菜が真剣な瞳で俺を見てきた。

 

「しーちゃん、どう?」

 

その問い。俺に意見を求めている。職人として。ならば職人として答えなければ無作法というもの……!

 

「金物系は……なんとかできそうだな。衣装の方は任せる。とりあえずデザインを引いて、一度すり合わせを……」

 

自然と、分析の言葉が口から出ていた。

だが、その瞬間。

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

乾さんの驚きを孕んだ鋭い声が場を切り裂いた。

 

「衣装は五条新菜が作ってるんじゃないの!?」

 

ピシッ、空気が張り詰める。

俺と新菜は一瞬顔を見合わせた。

 

新菜が静かに、はっきりと口を開く。

 

「衣装は俺がやります。金物の装飾品は、しーちゃん……志信が作ってるんです」

 

「……竹崎 志信」

 

乾さんの視線が俺に突き刺さる。まるで鎖に縛られるかのように全身が硬直する。その眼差しは俺の存在を値踏みし、剥き出しにするようで、息が詰まる。

 

「あなた……何者なの?」

 

何者って……ただの甲冑職人見習いで。

必死に言葉を探していたその瞬間。

 

「え、この人、ウイングマンの中の人で、あのコスチューム作った人だよ?」

 

爆弾。喜多川さんが、にやりと悪魔の笑みを浮かべながらサラリと言い放った。

 

「喜多川さぁぁぁあん!!!」

 

崩れ落ちた。

四つん這いになって拳を畳に叩きつける。

 

「なんで今バラすんだよぉお!!これが人間のやることかぁぁああ!!」

 

乾さんは目を丸くし、新菜はあわあわとし、そして喜多川さんだけが腹を抱えて涙が出るほど笑っていた。

 

「え、ちょっと待って。雫たんコスの隣でめちゃくちゃ目立ってたウイングマンって、貴方だったの?」

 

乾さんが、まるでUMAでも発見したかのような顔で問い詰めてくる。俺は視線を泳がせ、蚊の鳴くような声で否定した。

 

「ヒ、ヒトチガイデス……」

 

「は?」

 

その冷ややかワードに思わず「ヒェッ」ってカエルみたいな声が出たわ。すると乾さんはスマホを操作し、ドンッと突きつけてくる。

 

「こんだけお気に入り登録されて拡散されまくってて、言い逃れできると思ってるの?」

 

画面には、よりによって俺が全力で必殺ポーズを決めたウイングマン姿!

 

「いいね」も拡散も万単位で爆伸び中!

 

「イヤァアアアア!!俺の肖像権んんんんん!!!」

 

「マスク被ってるからセーフでしょ?」

 

とことん軽い調子の喜多川さん。

俺は涙目で噛みついた。

 

「今まさに中身バレかまされたんですが!?これ拡散されたら俺の人生エンドロール流れるやつだから!!」

 

その横で、新菜は、雫たん衣装がプチバズりしてて、誇らしそうに小さく笑っていた。

 

……クソッ、いいよなぁお前は!作り手側だから!じゃあ今度はお前がコスすっか!?ライダーならフル装備で衣装準備すっぞ!俺が全力で「変身ッ!」のSE流してやるからな!!

 

「まーまー、バレたもんはしょうがないっしょー!あ、ジュジュ様ー!竹ちゃん小物も超すっごいんだよー!見て見て!」

 

喜多川さんが別の写真を乾さんに見せると、乾さんの瞳が一瞬でキラッキラに輝いた。

 

「……っ!これ、シオンたんの特殊オープニングにしか出てこない限定仕様のパクト!?市販品!?どこで手に入れたのよ!?」

 

「ノンノン、これ竹ちゃんクオリティ☆」

 

それ、俺が作った小道具ぅぅうう!!!

 

「おい喜多川ぁ!いつの間にそんな写真を……」

 

「えー? 竹ちゃんが『何着てくか迷ってる』って衣装合わせでモゾモゾしてた時〜」

 

「ブッダシットォォ!!!」

 

俺、頭抱えて床に崩れ落ちる。乾さんは動画で発光ギミック入りのシーンまで見せられ、さらに瞳をキラッキラにしていた。

 

「……これ、まさか全部自作……? ギミックまで……?」

 

驚愕と、ほんのわずかな尊敬が混じった声が部屋に響く。笑い転げる喜多川さんの姿とは対照的に、乾さんの視線は鋭く、まるで俺を射抜くかのようだ。

 

胸の奥がざわつく。

完全に逃げ場なし。

 

「みなさん、夕食まだですよね。雨もひどいですし、軽く食べて帰りますか?」

 

その声を耳にしながら、俺の視界の片隅で、新菜は軽やかにエプロン姿で台所へ歩いていった。

 

俺は……置き去りだ。冷たい現実に打ちのめされる。「見捨てられた!」と心の中で大げさに絶叫する。

 

「お願い待て、わっちゃん!平常運転すぎぃ! ツッコミを俺だけに集中させるな!?」

 

「はいはーい!私、帰ってもご飯ないからガッツリ食べたい!」

 

喜多川さんの笑顔が眩しく光る。

 

最近、彼女はすっかり新菜の家で晩御飯を食べるルーティンを身につけたらしい。

 

……いや、俺も同じようなもんだ。

 

叔父さんも、新菜の祖父と同じく商工会に出向いているだろうし、このまま変えれば晩飯はカップ麺かレトルトのカレーか卵かけご飯で済ましてしまうだろう。

 

「右に同じく!」

 

なので、俺もつい声を上げてしまう。

 

「私は晩御飯があるから大じょ……」

 

乾さんが言いかけたその瞬間、かすかに可愛らしい“空腹の音”が響いた。

 

「わ、私じゃない……から!」

 

顔を真っ赤にして否定する乾さん。その直後、また同じ音が、今度は少し大きく響く。まるで部屋中に乾さんの小さな反抗を響かせるかのように。

 

「小腹が満たされる程度で作りますね」

 

その声は、柔らかく、穏やかで、どこか守ってあげたくなるような優しさを帯びていた。

 

俺と新菜は互いに目を合わせ、思わず微笑む。

 

乾さんの必死さがあまりに可愛らしくて、胸が熱くなる。

 

「〜〜〜! だから私じゃないってば!」

 

怒声とも悲鳴ともつかぬ声を上げる乾さんに、喜多川さんは一瞬で心を奪われたらしい。

 

躊躇いなく、乾さんに飛びついていた。

 

「ジュジュ様可愛い〜〜!」

 

「ええい!貴女は離れなさいっての!」

 

乾さんの必死な振る舞いと真剣な顔の可愛さに、喜多川さんはもう抗えない。二人のやりとりを見ているだけで、部屋全体が微笑みに包まれる。

 

その隣で、俺も新菜を手伝うために、台所へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

別に送らなくてもいいのに。

そう思った瞬間、竹崎志信の声が聞こえた。

 

「日も暮れてるし、女の子一人じゃ返せんでしょ」

 

女の子って……私、一つ上なんだけど。

 

「やっべ!先輩だった!さーせん!」

 

軽すぎるわ、こいつ……心の中で呟く。

でも、思わず口元が緩む。

街路灯に照らされた濡れたアスファルトの上、二人の影が細長く伸びる。雨上がりの匂いがふわりと漂う。足音だけが静かに、でも確かに互いの間に響いた。

 

「……五条新菜とは幼馴染なのね」

 

思わず口にしたその言葉に、自分でも少し驚く。竹崎はすぐに表情を緩めて、淡々と答える。

 

「まぁお互いに職人家系ですからね。なんやかんやで気がつけば10年くらいっす」

 

幼馴染……なるほど、長い付き合いか。

あの気やすさや距離感の近さも納得できる。

 

「……幼馴染ってどんな感じなの?」

「え?」

「よくあるじゃない。アニメとかでも幼馴染と色々あったりとか」

 

その言葉を口にした。なんだか……純粋に知りたい、二人の関係のことを。

 

目の前の竹崎は淡々と話しているけれど、私は自然と想像してしまう。放課後、一緒に笑ったり、ちょっと意地悪しあったり……そんな日常のささやかな瞬間を。

 

アニメみたいに派手な展開はなくても、二人だけの特別な時間があったんだろうな、と。

 

……なんだか、少しワクワクする。

 

「あー、なるほどぉ。そうっすねぇ。聞いても面白くない話ばっかりですよ?放課後に図書室占拠して面相描きや金具のデザインを書いて担任に怒られたり、課外学習で神社の飾りに夢中になって班行動から置いて行かれたり、開き直って観光して適当に見回したあと、二人揃って担任と保護者にしこたま怒られたりとか……」

 

……随分と面白い話ばっかりじゃない。

 

思わず口元が緩む。竹崎の口調は淡々としているのに、話の端々に二人の楽しげなやり取りや、少しの悪戯心が見え隠れしている。聞いているだけで、自然に笑いがこみ上げてくる。

 

私は肩の力を抜いて、耳をそばだてて聞く。どの場面も、まるで自分がその場にいるかのように鮮明で、心が軽くなる。笑いをこらえつつも、好奇心はどんどん膨らむ。

 

「課外学習時、目を離してはいけない生徒ワンツーフィニッシュしてたからね!」

 

言い切る竹崎に、思わず吹き出す。笑いながらも、彼の言葉ひとつひとつに引き込まれてしまう。

 

──二人だけの帰り道。

 

雨上がりの静かな街に、足音と笑い声が小さく響く。濡れたアスファルトに映る街灯の光が、竹崎の影を長く伸ばしている。私はただ、彼の話に純粋に夢中になっていた。

 

笑いながら思い出話を聞いているうちに、ふと気になったことがあった。

恥ずかしそうにしていたくせに、SNSの動画ではキレのあるポーズを決めていたあのウイングマンのコスチューム……。

 

「ねぇ……そういえば、貴方はなんであのコスチュームを作ったの?」

 

自然な流れで問いかける。竹崎の顔を見ると、いつもとは違う、真剣で澄んだ光を帯びた瞳が私を見返していた。

 

「カッコいいと思ったからです」

 

単純で、でも真っ直ぐな言葉。

思わず心臓がちょっと跳ねた。

 

「単純な話っすよ。カッコいいと思った。だからコスを作ったんです。まぁ自分で着るつもりはなかったんですけど」

 

その言葉の奥に、職人としての信念や理想があることを、私はすぐに感じ取った。

 

五条新菜にもあり、竹崎志信にもある――美しく、綺麗で、見る人の視線を奪うものを作りたいという思い。

 

納得は容易に得られなくても、追い求めずにはいられない理想。

 

「カッコいいと思ったものをカッコ悪いと思わせたくなかった。あれを着た以上、あの場で俺は確かにウイングマンだったんですよ。だから、俺は俺の思うカッコいいを貫いたんです」

 

その言葉に、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。

 

今まで……私は、竹崎を単に道楽や映えのためにコスプレしているだけの人だと決めつけていた。

 

それを思い込み、勝手に軽く見ていた自分の無知さが、恥ずかしくて、申し訳なくて、心に重くのしかかる。

 

でも、目の前の彼は、笑ったわけでも威圧したわけでもなく、ただ自分の思いを真剣に語っている。

 

見つめているだけで、胸が熱くなる。

 

純粋に、心から申し訳なく思う気持ちと、尊敬のような感情が入り混じる。

 

「なによ……それ」

 

小さく呟き、思わず頬を赤くする。

 

「ごめんなさいぃい、許してぇ」

 

嗚咽に近い声になってしまう。自分でも驚くほど、胸の奥がぎゅっと締めつけられるのを感じた。

 

「ええ、なぜに泣くパイセン!?」

 

竹崎の驚いた声が耳に届く。

 

この帰り道、私の心は静かに、でも確かに揺れていた。

 

“これからは、目の前の人の信じるものを軽々しく決めつけない――。”

 

そう心の中で誓いながら、私は彼の横を歩き続けるのだった。

 

 

 

 

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