ユキグニサイクル~北の大地の戯言遣い~   作:桜三里

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雪の街 <往きの待ち> 9

 この事件は、必ずこの俺が解決してみせる。

 自己満足のために。

     

 

 

 

 

 

 

 

 

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 現実逃避がしたいなんて、思う日が来るとは思わなかった。

 ここのところトラブル続きで、もう何もする気にならない。いや、何もする気がないわけでもないのだが。何かしら動かないといけないなと思う程度には。

 ぶっちゃけ言って、もう関わりたくない。ただしぼくの変人奇人狂人を何故か引き寄せる体質上、件の零崎とは関わらずに済むとは思えない。

 

「……すっげえ逃げてえ」

 

 頭を掻きながら、ぼやいてみる。ぼくはただの一般人のはずなのに、どうしてこうもトラブルの種ばかり転がってくるのだろう。やっぱり気軽に哀川さんの依頼なんて受けるんじゃなかった。あの人から来る仕事なんて危険な事か命がけの事か犯罪ギリギリの事か人間の尊厳を失いそうな事しか存在しないと分かっていたはずなのに。

 そんな風に考えながら、ぼくは屋上にいた。

 時刻は午後一時十分。既に四限目が開始して十分経過。端的に言えばサボリだ。

 何故ここにいるのかと問われると、あまり誇って返せる言葉はない。部室棟からの帰り道で道に迷い、クラスの場所を忘れ、気づけば四限目が開始していただけのこと。四限目が始まっていて、それでノコノコと教室に入れるほどぼくの神経は太くない。

 一人で色々と考えたい事がある、というのも理由の一つではあるけれど。

 現状抱える最大の問題は、何より零崎一賊のことだ。疑問を挙げればキリがないけれど、最大の疑問を考えるとすれば『何故、殺人を事故死に変えることができたのか』ということ。

 

 零崎一賊は忌み嫌われている。疎まれている。関わりたくないと望む者が多数存在する。

 そんな彼らの殺人行為を、社会的に地位のある者が押さえつけて捻じ曲げた。そこが不可解であり不可思議であり不可能。ありえないがゆえの矛盾。

 警察権力ほどのものを押さえつけた、それだけの力を持ってして、零崎一賊と関わり合いになろうとする存在。

 匂宮であっても闇口であっても《殺し名七名》であっても。

 時宮であっても奇野であっても《呪い名六名》であっても。

 例えそれが《橙なる種》でも、手駒として使うような存在。

 どこか遠くで、狐の声が聞こえてきたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四限目をさぼったということは、五限目に出るのはあまり良い方策とは言えない。四限目が終わるまでひたすら思索を終えたのち、何気なくぼくは学校から出た。五限目が何だったのか忘れたが、別に大した教科でもあるまい。それに何より、これからするべきことがある。

 元《チーム》のメンバーに頼れないということは、つまり、玖渚には頼れないということ。ならば、玖渚くらいに権力を持ち、尚且つ全ての世界に繋がっている人に連絡を取らねばならない。そんな人は、比較的広いであろうぼくの交友関係でも数人しかヒットしないけれど。

 そうやってぼくは今、やっぱり商店街にいた。

 朝来た道の道程に、商店街は含まれていなかったと思う。ただし最大の問題として、ぼくはつい昨日玖渚に教えてもらった『商店街から水瀬家への帰り方』しか分からない。そのためにも、やはり商店街は寄らなければならない場所だということだ。

 そして商店街に来た以上、強制イベントとして出会いが存在するらしい。

 

「うぐぅ~~~~~~~っ! そこの人どいて~~~~~~っ!!」

 

 栗色の髪とダッフルコートが印象的な、十三、四と見られる少女。何故か背負ったリュックに天使の羽を真似た飾りがついている。いや、少女の見た目がどこかで見たような錯覚に陥るものであったとはいえ、この際これは関係なくぼくは危険だということだ。

 少女はまっすぐにぼくに突進してくる。仕方ない、何となくデジャヴを感じてしまうことはさておき、このままでは確実に、少女はぼくへと激突するだろう。ならば採る手段は三つに一つ。

 回避か防御か攻撃か。

 昨日までのぼくならば、ここで迷わず攻撃を選んでいたことだろう。だが、今日のぼくは一味違う。五限目をさぼってここにいる以上、結構な時間の余裕があるのだ。時間の余裕は心の余裕に繋がる。攻撃をすることはやめておいてあげよう。単純に女性に優しくしようと思わないあたり、ぼくはフェミニストだからね。

 では残る回避と防御。防御を選ぶということは、少なからずぼくにダメージが存在するということになるだろう。怪我をすることには慣れているとはいえ、わざわざ望んで痛い思いなどしたくない。

 かといって回避を選択したら、ぼくの人間的尊厳が危うい。

 避けるということは即ち道を譲ることになり、それは即ちぼくの敗北を意味する。つまり、

 

「ぐは……」

 

 考えてる間に、少女がぼくのみぞおちへと突っ込んできていた。

 小さな少女とはいえ、その勢いは十分。威力も十分。耐え切れずに後方へと転倒。それも最悪なことに、少女の負荷までぼくが背負うことになってしまった。これはまずい。人間クッションだ。

 

「う、うぐぅ……」

 

 ぼくがクッションになったため、少女にはあまりダメージはないらしい。かといってそれを喜べるほど、ぼくは紳士じゃねえ。

 

「ご、ごめんなさ……あ、昨日の?」

 

 昨日だか一昨日だか知らないけれど。

 

「突然だね。少し痛いよ。というか重いから早くどいてくれ」

 

「う、うぐぅ! ボク重くなんてないよっ!」

 

 どうやら女性に言ってはいけない言葉を言ってしまったらしい。

 かといって、早くどいてくれ、というお願いに対して形容詞の『軽い』を使用してはいけないだろう。日本語的にも、ぼくの言葉は正しいはずだ。きっとそうだ。謝るまい。

 少女がぼくの上から体を起こす。ようやっと戻ってきた自由に、ぼくも体を起こした。

 

「う、うぐぅ、こんな事してる場合じゃないよっ! 逃げようっ!」

 

 そして何故か、再び走り出す少女。

 ぼくの手をとって。

 

「……ぼくが一緒に逃げる必要はないと思うんだけど?」

 

 呟きも、走ることにより生じる風の音に遮られて、少女には届かない。

 本当に、何だかデジャヴを感じる状況だった。或いはぼくの壊滅的な記憶力が、彼女との邂逅を忘れているだけなのかもしれないけれど。とはいえ、ぼくもこの街に来て三日目。その間に出会った相手ならば、さすがのぼくでも覚えてるだろう。

 忘れているわけではない以上、この少女とは初対面のはずだ。

 少女に手を引かれて走りながら、「戯言だよな」と呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女と随分な時間を共に走って。

 ぼくと少女は、見覚えも見たこともない大通りにいた。街路樹が生えている通りは、ぼくが初日二日目と訪れたことのない場所。間違いなく初めて来た場所だと言えるだろう。

 

「はぁ……はぁ……。ここまで来れば、もう大丈夫だよ」

 

「ふーん」

 

 随分と息が上がっている少女の呟きに、短く返す。ぼくも慣れぬ雪道のため意外と疲れたのだが、それでもやせ我慢は男の生き様。戯言が言える程度には、疲れていないし。

 

「で、何でぼくが一緒に連れてこられてるのかな?」

 

「う、うぐぅ。逃げるのに必死だったからつい手を掴んじゃったんだよ……」

 

 逃げるのに必死なら、わざわざ荷物(ぼく)を掴んだりはしないと思うのだが。

 ぼくは乱暴に少女の手を離して、腕時計を見る。時刻は午後二時四十分。計算上、ゆうに十分以上は走り続けていたということか。

 

「何があったんだい? きみみたいに幼い少女が逃げるなんて、世の中は最近物騒だね」

 

「……うぐぅ? 昨日と一緒だよ」

 

 昨日と一緒、なんて言われても。

 

「ぼくが昨日のきみの行動を知るわけないだろう」

 

 当然のように、そう言ってみる。

 

「……へ?」

 

 少女の顔が疑問符で埋まる。あれ? もしかして、この娘はぼくのことを知ってるのか?

 

「えと……昨日のこと、覚えてない……の?」

 

「覚えてないも何も、きみとぼくとは初対面のはずだけれど」

 

「う、うぐぅ……」

 

 困った。どうやら、ぼくはこの少女と面識があるらしい。それはそれで問題などないのだが、ぼくは完全にこの少女のことを忘れている。呆れられても仕方ないか。

 

「えっと……昨日ね……」

 

 不意に、記憶が繋がった。

 栗色の髪。

 ダッフルコート。

 羽飾りのついたリュック。

 逃亡。

 たい焼き。

 うぐぅ。

 

「ああ――」

 

 だから、少しだけ悪いことをした気分になった。

 

「昨日のたい焼き盗みの少女だ」

 

「……今、思い出したの?」

 

「残念ながら、ぼくは対人記憶力が少々不出来なんだ」

 

 そういえばこんな風に、大学のクラスメイトの顔も忘れてしまっていたな。えーと、誰だっけ。いや、思い出せなくて当然なんだけど、忘れてた記憶を思い出してるんだから。

 

「ボク、月宮あゆだよ」

 

 別に名前を聞いたわけでもないのに、突然少女がそう名乗る。

 

「ふーん」

 

「うぐぅ。名前を名乗られたら名乗り返すのが礼儀だよ」

 

 そんな一方的なマナーを押し付けられても。

 

「残念ながらぼくは自分の本名を二人の人間にしか教えていないことを」

 

 あ、今ぼくって本名じゃないから、このポリシー意味ないや。

 

「んー……相沢、祐一?」

 

「なんで自分の名前なのに疑問系なの?」

 

 ちょっと自信がなかっただけ。

 

「相沢……祐一君? 祐一君なの……?」

 

 ちょっと待て。なんか名前を知ってるみたいだ。

 相沢祐一の七年前。もし、この少女がその時に会っている人間だったなら。

 

「祐一君なんだよねっ! ボクだよっ! あゆだよっ!」

 

 あゆだよ、とか言われても。じゃあぼくは何と返せばいいのだろう。「あゆ……なのか?」とかいかにも思い出したような台詞を吐けというのか。

 

「祐一君っ!」

 

 ばっ、という効果音でも出すかのように、少女が走り出す。ぼくに向かって。

 再び突進。また腹部がデンジャー。仕方ない。少女の突進する真正面に、肘を突き出した。

 

「うぐぅっ!」

 

 ろくな距離もなかった彼女の突進は、見事に鼻の位置へと肘がヒットした。

 

「う、うぐぅぅぅぅっ!!」

 

 すてーん、と転倒すると共に、鼻を押さえて転がりまわる。

 うわあ。痛そう。やったのはぼくだけどさ。

 あゆちゃんがやはり鼻を押さえて立ち上がり、そのまま再度ばたばたと走り回った。本当に痛そうだ。しかもさらに街路樹へと激突する。また鼻を打った。痛そうだ。ぶつかったせいか、積もっていた雪が落ちてきた。

 

「痛いよっ! 何するのっ! ひどいよっ! 殺人鬼だよっ! 人間失格だよっ!」

 

「木にぶつかったのはぼくのせいじゃないと思うんだけど」

 

「その前に肘で当てるだけでも十分外道だよっ!」

 

 外道とはまた、ひどいことを言われたものだ。

 

「うぐぅ……痛いよ~……鼻打ったよ~……」

 

「そりゃあ、あんな風にタックルされたら誰だって反撃するよ」

 

「タックルなんかじゃないよっ! 七年ぶりの再会に抱きつこうと思っただけだよっ!」

 

 あゆちゃんがこれでもかという程に、真っ赤な顔で反論する。

 

「うぐぅ……七年ぶりの再会で肘当てを食らわされたのなんてボクくらいだよ……」

 

 やったね、世界初だ。と言ったらキレられそうなので言わない。

 

「あ……」

 

 何か気づいたように、あゆちゃんがぼくの後ろを見やる。

 つられてぼくも、後ろを振り向く。

 あゆちゃんが激突した木からの落雪に埋まっている。

 一人の少女に出会った。

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