ユキグニサイクル~北の大地の戯言遣い~   作:桜三里

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雪の街 <往きの待ち> 10

 ペンは剣よりも強し

 剣はペンよりも強し

     

 

 

 

 

 

 

 

 

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 言うなれば、その少女はとても『()()』だった。

 何がどう異質なのかと問われると、答えに窮することは間違いない。黒いボブカット。冬場にしては薄手の服に、肩からストールをかけている。肌は病的なまでの白。落雪に身体を半ばまで埋めて、呆然としている表情。

 何も奇妙なところなんてない。何も奇怪なところなんてない。何も奇異なるところなんてない。

 零崎人識のように顔面に刺青を施しているわけでもなく。匂宮兄妹のように拘束衣を身につけているわけでもなく。澪標姉妹のように僧伽梨を身に纏っているわけでもなく。

 普通で普通すぎる普通の異質。奇妙な奇怪すぎる奇異の普通。

 言いようのない不安が過る。逃げなければ。離れなければ。

 

「――戯言だ」

 

 不可解な不可思議。不理解な不安。そんなものに――負けてたまるか。

 

「あ、そ、その、ごめんねっ! ボクがぶつかっちゃったせいで……」

 

 あゆちゃんが少女に駆け寄り、その手を取って立ち上がるのを手伝う。

 

「あ……いえ、大丈夫です」

 

 少女が立ち上がり、身体についた雪を払い、改めてぼくとあゆちゃんを交互に見た。

 今だけは――悟られるな、察されるな。引っ込んでいろ震え。ぼくの不安を、感じ取られるな。

 

「……悪いね。大丈夫だったかい?」

 

 震えを止めて、恐怖を抑えて、不安を閉じて、ぼくは当然のようにそう言った。

 大丈夫、抑えられる程度の不安なら――問題ない。

 

「もうっ! 祐一君が悪いんだよっ! いきなりヒジ入れるなんて人間のクズだよっ!」

 

「いきなりタックルは人間のクズじゃないんだ?」

 

「だからタックルじゃないってばっ!」

 

 あゆちゃんが喚くのを、適当に制す。くすくす、と少女が笑った。

 

「仲がいいんですね」

 

「仲良しだよ。最近出会ったばかりのたい焼き盗み犯人と戯言遣いの関係程度にはね」

 

「うぐぅ。そのまんまだよ」

 

 あゆちゃんが不満そうに口を挟む。

 ぼくにもこの娘のような能天気さがあればいいのに。少女の異質を感じ取れないほどに鈍感ならば良かったのに。

 否――こんな能天気な鈍感であったなら、きっとぼくは既に死んでいるだろうけれど。

 

「それじゃ……私はこれで」

 

 少女が軽く一礼をして、きびすを返す。

 安心したような、そうでないようなどこか渦巻く不安。これが何を意味しているのかは分からないけれど。

 

「……ちょっと待って」

 

 無意識のうちに、無為式のうちに、ぼくは彼女を呼び止めた。

 

「はい?」

 

「二つ、答えてほしい」

 

 真摯に言う。目的は悟られてもいい。今は、この不安だけ解消したい。

 こうやってぼくは、いつもトラブルを背負う羽目になるというのに。

 

「――零崎、って名前に聞き覚えは?」

 

 この質問の回答いかんで、ぼくのこれからの人生が終止符を打つかどうか決まってしまう危険な賭けだけれど。

 それはないと踏んだ。

 

「ぜろ…さき……? 何ですか、それ」

 

「いや、知らないならいいんだ」

 

 とぼけているだけなのか、それとも本当に知らないのか。

 能面のような無表情からは、読み取れなかったけれど。

 

「じゃあ、悪いんだけど……ここから商店街へ戻る道を教えてもらえないかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三十分少々彷徨ったのち、ぼくとあゆちゃんは揃って商店街へと戻ることができた。

 あゆちゃんは歩きながらたい焼きを食べ続け、到着した現在には既に空になっていた。食欲旺盛な娘だ。ぼくも甘い物は結構好きな方だが、さすがにたい焼きばかり五個は少々無理がある。確かぼくは昨日、「二度と盗みなんてしないようにね」と言ったはずなのだが。

 

「ねぇ、祐一君」

 

 あゆちゃんが、ぼくをそう呼び止める。

 

「……悪いんだけど、その呼び方はやめてもらえないかな?」

 

「うぐぅ? 祐一君は祐一君だよ」

 

「相沢とも祐一とも呼ばれたくないんだ。ぼくを呼ぶときはニックネームで呼んでほしい。そうだね、きみのタイプだったら『いっくん』かな」

 

 勝手に決める。だって、この娘が「いの字」や「いっきー」などと呼ぶことはないと思うし。

 

「……うぐぅ。じゃあそう呼ぶよ」

 

「物分りが良くて助かるよ」

 

「でね、いっくん……七年前のこと、覚えてる?」

 

 ぐあ。この娘いきなり核心に触れやがった。

 ぼくは何と答えるべきなのだろう。あたかも覚えているかのように話を合わすか、はたまた忘れた振りをして説明を求めるか、もしくは別人であることを晒すか。当然三番は却下だ。

 先程は突然の少女の乱入で助かったが、今回はそうもいかない。新しいイベントが発生する気配はなさそうだし、新キャラの登場もなさそうだ。そして、あゆちゃんは完全にぼくの答えを待っている。

 

「……悪いんだけど、きみと出会った記憶すらないよ」

 

 忘れたことにした。これが多分、一番無難な選択肢だと思う。

 

「……そっか」

 

 くすくす、とあゆちゃんが小さく笑う。思い出を忘れてしまっている、というのに、何故微笑むのだろう。普通の女性は何かを忘れていると、結構怒るらしいのだが。例えば誕生日とか、約束とか。

 

「……いっくんは、変わっちゃったね。何だか昔よりも、大人っぽくなった気がするよ」

 

 というか別人なんだけどさ。

 

「七年前はもっと、元気な男の子だった気がするけど、七年も経つとやっぱり変わっちゃうんだね」

 

「そりゃあ、いつまでも子供じゃいられないしね」

 

 そう答えながら、振り返る。

 七年前のぼくは、どんな子供だっただろう。

 七年前。

 玖渚に出会っていない、玖渚を壊していない、ただの捻くれた子供だった。

 この頃のぼくは、よく覚えていない。

 よく覚えているのは。

 六年前。

 壊してしまった玖渚友から離れて、単身ヒューストンに留学した年。

 壊れてしまったあの娘から離れたかった。

 壊してしまったあの娘から離れたかった。

 離れれば変われると信じていた。願っていた。祈っていた。

 でも――ぼくはまだ、変われない。

 いつまでも捻くれた欠陥製品で、捻じ曲がった戯言遣いで、歪みきった傍観者のままだ。

 

「いっくん」

 

 あゆちゃんの呼びかけ。

 

「また会おうね」

 

 無垢な。無邪気な。無作為な。無実な。作り物ではない輝くような笑顔を見せて。

 

「ボクは、ここにいるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水瀬家に帰り着いてすぐに、ぼくは二階にある自室へと戻った。とにかく大急ぎだった。大至急だった。またもや例の狐面の言葉を借りれば、《縁が出来て》しまった。

 殺人鬼と、ぼくの縁。零崎と、ぼくの縁。

 携帯電話を開き、電話帳を確認。ぼくが完全に暗記している番号は玖渚のものだけなので、それ以外の人間については電話帳頼りだ。ろくな分類もしていない電話帳から目的の名前にカーソルを合わせ、そのまま通話ボタンを押す。

 アポなんてないけど、この際だ。関係ない。

 4コール目で、電話が繋がる。

 

「もしもぉーっしっ!?」

 

「ぼくです」

 

 声の後ろでは。

 幾度とない銃声。爆発音。ついでに断末魔の悲鳴や「撃て(ファイア)!」などの怒号。

 

「あぁん!? 聞こえねぇよいーたんっ! 悪ィけど今立て込んでてなっ! 三日後くらいにかけてくれっ!」

 

 どこの戦場に行ってるんだよ哀川さん。

 

「あまり大きな声では言えないんですが、お願いがあるんです」

 

「だッから聞こえねぇって言ってんだろっ! ちっ、おい! アルファ3とアルファ4にここは任せたぜっ! あと三十分かそこら保たせりゃ増援が来るからなっ! あたしは野暮用だっ!」

 

 後半を流暢な英語で喋ったのち、走る音。わざわざぼくのために移動してくれるらしい。相変わらず哀川さんはいい人だ。こんな風に邪魔して、次に会ったときが怖いけれど。

 

「……んで、何の用だ? いーたん」

 

 音の少ない場所に移動したのち、やや不機嫌そうな声音で哀川さんが言う。

 

「哀川さん、教えてほしいことがあるんです」

 

「あたしを名字で呼ぶな。あたしを名字で呼ぶのは《敵》だけだ」

 

 会話なんざちっとも繋がっちゃいねぇ。

 

「潤さん、教えてほしいことがあるんです」

 

「今度は何の厄介ごとだよ。今回の仕事については、何の裏もねぇはずだぜ?」

 

「別件なんです。とある綺麗な後輩に頼まれた調べ物なんですが……零崎一賊について」

 

 電話の向こうで、はぁぁぁぁと大きく溜息を吐く哀川さんがいた。

 

「どうしてこう、いーたんはトラブルにばっか縁があるのかねぇ……。何だよ一体。つっても、零崎一賊なんざほぼ全滅して生き残りは人識くれーだろ? そんな奴らの情報、知りたがる奴なんてのも珍しいな」

 

「確か……夜織です。零崎夜織」

 

 哀川さんは電話越しに、「へえ」と感嘆の声を漏らす。

 

「零崎夜織ね。珍しい名前を聞いたもんだ。『膨張泡壊(バブルガム・クライシス)』にして『十三人目の背徳』にして『イスカリオテ』のあいつがどうした? 二十三年前に一賊の二人を殺して逃げた、珍しい奴じゃねぇか」

 

「子供がいるらしいんです。それがどうやら、今回の高校に通っているらしいんですよ」

 

「ふーん……。ちょっと待てよ……ああ、あたしだ……ああ……」

 

 どうやら他の携帯電話で話しているらしく、後半の声はひどく遠い。忙しい人だ。

 

「へえ。あのちぃくんでも、正確に情報が掴めねぇ奴ってのがいるんだな」

 

 さっきの電話相手はちぃくんだったのか。

 

「ま、アイツのスペックはバカ高いっつったって今は檻ん中だ。わからねーこともそりゃあるわな。アイツ位のシーカーなら何人か知ってるけど、そのうちの一人に話を通しておいてやる。零崎夜織と、その周辺情報。それでいいな?」

 

「誰なんですか、それ」

 

「『千里総眼(テレスコープ)』。そう呼ばれてる奴さ。探索力はあたしが保証してやる。多分、殺し名の情報だったら小唄でも歯が立たねぇだろうな。ま、あの大泥棒は絶対に負けを認めやがらねぇけど」

 

 くくっ、と哀川さんの含み笑いが聞こえる。

 

「ま、今日の八時を超えてから、いーたんに情報が行き渡るように段取りしといてやるよ。ま、ちょっと待ってろ。忙しいから切る。あと二週間はかけてくんな」

 

 一方的にそう言って、哀川さんが電話を切る。

 何故八時なのかは分からないが、それが何かのルールなのだろう。別段大した感慨もなく、ぼくも電話を閉じた。

 どのように連絡が来るのか、それはまだ分からない。それでも、ぼくはただ、待てばいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕食が終わり、しばらくして名雪ちゃんが眼をこすりながら二階へと上がっていった。

 眠そうな名雪ちゃんが上がっていったということは、そろそろ時刻的には八時を超えている頃合か。ぼくも二階に上がるかどうかを悩みつつ、しかしぼくの状況いかんによって渡せないということもありえる。それは困る。だから一応携帯電話を携帯してはいるのだが、あまり大した意味もなさそうだ。

 結局一階でテレビを見ることにする。ここに『千里総眼(テレスコープ)』本人が現れたところで、秋子さんは別に驚きはしないだろう。ぼくが別人だということを、唯一知っている人物でもある。

 

「お待たせしました」

 

 唐突に突然に何の前触れもなく何の前置きもなく何の伏線もなく何の予告もなく。

 ぼくの前に数枚のレポート用紙が置かれる。

 秋子さんだった。

 

「……一体?」

 

「零崎夜織とその血族に関する情報ですけど?」

 

 当然のように、当たり前のように、あたかもぼくが知っているかのように、秋子さんがそう言う。

 まさか。まさか――

 

「あなたが……『千里総眼(テレスコープ)』……!」

 

「そんな大袈裟に驚かなくても」

 

 こんな近くにいたなんて。

 ってか哀川さん、別に隠さなくてもいいじゃん。いけず。

 ぼくは「ありがとうございます」とぞんざいに呟き、そのままレポート用紙を手に取った。

 1ページ目を開く。零崎夜織という存在について。

 2ページ目。零崎夜織の失踪後の動向について。

 3ページ目。零崎夜織の家族構成について――ここだ。

 

 零崎夜織、本名、島田遡夜。

 父・島田高次。母・島田妙子。次女として生まれる。

 偽名・零山夜葉として一般人に成りすます。その後、結婚。

 夫・美坂健一。

 長女・美坂香里。

 次女・美坂栞。

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