ユキグニサイクル~北の大地の戯言遣い~   作:桜三里

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栞 <死織> 1

 正義は勝つ

 勝った方が正義なのだから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「なぁいのすけ、お前って兄弟いるのか?」

 

 いつも通りの学食で、唐突にそう尋ねてきたのは潤だった。カレーうどんを食べながら喋らないでもらいたいものだ。汁が飛ぶ。

 初日の反省を生かし、現在ぼくは牛丼を食べている。Aランチは帰りに買い食いコースになってしまうのだから仕方ない。名雪ちゃんはよくAランチを勧めてくるが、その理由が完膚なきまでに分かっているのだから意図になど乗るものか。

 

「いるよ。妹が一人」

 

「へぇ。お前って長男って感じしないけどな」

 

 ならどんな感じがするのだろう。兄さん思いの三男だろうか。それとも自分が一番次男だろうか。

 

「あれ? いっくんって一人っ子じゃなかったっけ?」

 

 あ。よく考えればぼくは相沢祐一だった。

 頭に叩き込んだ相沢祐一のデータによれば、彼に兄弟はいない。早くも墓穴を掘ったかぼくは。

 

「妹といっても腹違いの種違いだからね」

 

「それ赤の他人って言わないか?」

 

 そうとも言う。

 

「潤は?」

 

「ああ、妹が二人いる。まぁ、ウチは親が離婚してるから、もう何年も会ってないけどな」

 

 なるほど。立ち入ったことは聞かない方が良さそうだ。何かしらの事情がありそうだし。

 

「いいなぁ、妹。わたしも欲しかったな」

 

「名雪ちゃんには兄か姉をお勧めするよ。でなきゃ立場が保てなさそうだ」

 

「ははは、言えてら」

 

「うー……もしかしてひどいこと言ってる?」

 

 もしかしなくても言っているわけだが。

 ただでさえ実年齢よりも幼く見えるうえ、精神年齢まで若干低いのだから姉という立場にはなれないだろう。

 

「そんなことないぜ?」

 

「でも、わたしだってお姉ちゃんって呼ばれたいよ。それでね、一緒に百花屋でイチゴサンデー食べるの」

 

「妹は水瀬ほどのイチゴジャンキーには育たないと思うけどな」

 

 けらけらと潤が笑う。そしてその首を、名雪ちゃんの若干右に向けて。

 ずっと、兄弟の話が始まってからずっと、口を開かなかった香里ちゃんへと向けた。

 

「美坂は兄弟いるのか?」

 

 何気ない話題。別に何の憚りもなく答えればいいだけの質問。

 香里ちゃんの表情へ微かに浮かんだのは、青ざめた拒絶。

 それに気付くほどに鋭い人間は、この中にいないだろうけれど。

 

「……いないわ」

 

「あれ? そうなのか? なんか美坂って出来のいいお姉さんって感じがするけど」

 

「一人っ子よ。あたしには妹なんていないわ」

 

 嘘だ。ぼくにだけ分かる、嘘。

 美坂香里には妹がいる。美坂栞という、間違いなく血の繋がった妹が。

 何故今それを、隠す必要があるのか。

 脳を回転させる。嘘の裏には、必ず理由がある。コインに必ず裏表があるように。嘘をつかなければならない理由が。

 妹がいるのに、いないと嘘をつかねばならない理由。

 その一、不仲である。一秒で棄却した。たかが兄弟仲が悪いだけで、存在を隠すようなことはあるまい。むしろこういった友人同士の場で、妹に対するうっぷんを晴らせば良いのだ。愚痴という形で。

 その二、人に紹介できないほどの醜女である。一秒で棄却した。栞ちゃんは中学生くらいに見えるものの、顔は相応に可愛らしい。香里ちゃんと並べても何の遜色もないだろう。むしろ二人並べば絵になるほどだ。

 その三、むしろ溺愛している。溺愛しているが故に、悪い虫がつかないように誰にも妹のことを教えない。どうにか納得いく理由にも思えたが、それならば名雪ちゃんが知らないのはおかしい。流布を防ぐためである、というのも考えてみたが、やはり存在を隠蔽する理由としては限りなく弱い。

 

 その四――。

 ぼくが栞ちゃんを知っているがゆえに、考えられること。

 妹が殺人鬼であるから、既に絶縁している。

 何の疑問も何の引っかかりもない、誰の非難も受けないであろう、完璧な推測だ。

 だが何故か、すっきりとはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「君とこうやって逢瀬を重ねるのも三度目か。いやいや結構、あまりの楽しさに嘲笑すら出るところだよ。僕はこれでも清楚な優等生で通っているんだ。そんな僕が昼休みに冴えない死んだ魚のような目をした先輩に呼び出されて愛を語らい合っていると知れば、本人無許可のファンクラブが黙っていないだろうね」

 

 日中涼は相変わらず、他人を貶して貶めて罵り卑下するサディスティックな口調でそう言った。

 これが愛を語らう逢い引きなのだとすれば、どれだけ歪んでいるというのだ。例え誰が聞いたとて、明らかにサディストの後輩にマゾヒストの先輩がいじめられているようにしか見えないだろう。

 ……あれ? よく考えればそれ、歪んだ愛の形だ。

 

 閑話休題。

 昼休み。ぼくはメールで日中涼を呼び出し、いつもの人気がない部室棟で対面していた。

 

「それで、どういった要件かな? 話題もなしにただ呼び出して雑談に興じたいというだけなら、君との間に立つフラグを錯覚せざるをえないわけだが」

 

 そんなもの錯覚するんじゃねぇ。

 

「……どうにも君との会話は苦手だ」

 

「それは僥倖。好意を裏返しにしか表現できない思春期の少年らしい行動に出ているのかな? そのあたり、君の感情を読むのも悪くないのだが、それは風情がないというものだ」

 

「……そろそろ本題に入らせてもらってもいいかな?」

 

 というか、ぶっちゃけて言えばもう帰りたい。

 

「冗長なお喋りに付き合うほど、ぼくは暇じゃないんだけど」

 

「暇じゃない、なんて敗者の戯言に過ぎない。時間の使い方が壊滅的に下手糞なだけさ。人間であるなら、少々の雑談に興じる程度の余裕は常に持ち合わせておくべきだね」

 

「あー、だったら付き合ってやるから存分にお喋りに興じてくれ」

 

「さぁ、早く本題を話してくれないか? 君と雑談に花咲かせるほど親しくはないつもりだ」

 

 もう、何も言うまい。

 ぼくをひたすら貶し謗り罵り笑うような相手と、長話をするほどマゾヒストではないつもりだ。

 

「……零崎、なんだけどね」

 

「ほう、もう尻尾を掴んだのかい? なんだ、少しも期待していなかったのになかなかいい仕事をするじゃないか。誉めてやってもいいが、まずは内容を聞こうか。何が分かったんだい?」

 

「百パーセントとは言わないけれど、ほぼ間違いなく零崎だろう人物は発見した」

 

 美坂栞。

 美坂香里の妹であり、風邪で長期に渡り学校を休んでいるという少女。

 零崎夜織の生んだ、次女。

 ぼくの知っている情報なんて、それくらいのものだけれど。

 

「その人物の名前は?」

 

「ノーコメント」

 

「その人物の特徴は?」

 

「ノーコメント」

 

「その人物と出会ったのはいつ?」

 

「ノーコメント」

 

 三連続の質問に、同じ答えを返す。オンラインゲームならそろそろ注意される頃合だが、これは限りなく現実(リアル)なため気にしないこととする。

 

「……無料で教えるつもりはない、ということか。なるほど、僕も気が急いていたようだ。まずは君の求める報酬とやらを聞いたうえで、もう一度質問させてもらうこととしようじゃないか」

 

「だったら、一つ教えて欲しいんだけれどね」

 

 日中涼を睨みつける。この話は最初から最後まで、徹頭徹尾戯言だ。

 ぼくにすら矛盾が見つかるのだ。日中涼が気付かないわけがない。

 つまり日中涼は、矛盾を知りながらにして調査を行っていたということ。

 それは何をどう好意的に考えても、裏に何かがあると見て間違いあるまい。

 

「ぼくには少しばかり親しい零崎がいてね。彼にいつか聞いたことがあるんだよ。零崎一賊は血の繋がりではなく、殺人鬼同士が組んだコミュニティのようなものである、とね。ぼくの親しい零崎の彼こそ、究極と呼ばれた殺人鬼と絶対と呼ばれた殺人鬼の間に生まれた殺人鬼であるけれど、他の者はそうでない」

 

 零崎は『生まれる者』でなく、『成る者』であるのだから。

 ただの一般市民が唐突に、『零崎に成る』ことだってありえるのだ。

 逆に言えば零崎の血を引く者であれ、『零崎に成る』ことがなければ、ただの一般市民でしかない。

 

「つまり、零崎の血を引く者、という考え方がそもそもおかしいわけだ。零崎に血の繋がりはない。つまりきみに、この町で起こった殺人を、零崎の仕業であると断定する理由がない」

 

 血の繋がりではなく、呼吸をするように人を殺す異常性が結んだ一賊、それが零崎。

 敵とするにも味方とするにも忌避される、最悪の殺し名。

 

「……」

 

 日中涼が押し黙る。饒舌な彼女が黙るということは、それだけぼくが核心を突いたと見て間違いないのだろうか。

 

「そこできみに聞きたい。きみはどういった経緯で、ここに零崎と成っている者がいると確信したのかな?」

 

「……なるほど。いやいや、君を見くびっていたようだよ戯言遣い。まさか君が、零崎一賊についてそこまで知っているとは思わなかった。いやいや僥倖。それでこそ、僕も舌戦ができるというものだ」

 

 押し黙っていた日中涼は、そう呟いて笑い始めた。とても楽しそうに。とても愉快そうに。

 嫌な予感が、背筋に汗となって流れ落ちる。

 

「……質問に、答えてもらおうか」

 

「その前に僕のターンからだろう?」

 

 ……一体、何を言っているのだろう。

 ターンとか訳の分からないことを言い出した。何を生贄に捧げて何を召喚するつもりだ。それとも二十五メートルプールで五十メートル自由形でもする時の半分地点で行う行為か。

 余談だが、水中で一回転するアレで鼻に水が入って軽くプール恐怖症になったのはいい思い出であったりする。今でもプールには入りたくないけれど。

 

「まさか戯言遣い、前回の会話を完全に忘れるほどのアメーバ脳味噌をしているわけでもあるまい。ん? ああ、なんだアメーバ脳味噌をしているのか。だったら仕方ない、説明をしてやるとするか」

 

 相変わらず、顔色で心を読むのはやめてほしい。切実に。

 

「前回の質問合戦(ディスカッション)は楽しかったのだがね、君は完全に忘却の彼方にあるらしい。だから教えてあげようじゃないか。僕たちは《害悪細菌(グリーングリーングリーン)》を真似て、ちょっとしたターン制の質問合戦(ディスカッション)を始めたわけさ。そして最後に、僕の質問を次回までに君が考えておくよう促して終わったのさ。戯言遣い」

 

 そういえば、そんな会話があったような気がする。

 日中涼の質問が、ひどく抽象的でありながらにしてひどく現実的な解答編をくれたような。

 そんな彼女の出した、最後の質問とは何だっただろうか。

 

「忘れたのなら仕方ない。本来ならば三角木馬の上で鞭を打たれても仕方のない罪ではあるが、僕は寛容だ。焼き土下座程度で済ませてやって構わない」

 

 どこの賭博黙示録だ。

 

「今、思考時間をくれてやることとしよう。制限は予鈴の鳴るまで、といったところか。さぁ質問だ。最高の答えを返してくれることを願うよ」

 

 彼女はそう前置きして、そして前回のように、ごく自然にごく必然のように、刹那の躊躇もなく微塵の遠慮もなく、しかし別に高圧な風にも特に傲岸な風にでもなく、見上げるように見下すようにすらりとさらりとまるで当たり前であるかのように言うことはなく、ひどく楽しそうに笑いながら嗤いながら歌うように軽やかに告げた。

 

「『奇跡』を起こすことのできる存在は、いると思うかい?」

 

 ぼくはどう答えるべきだったのだろう。

 ぼくは何と告げるべきだったのだろう。

 ぼくはなにをいうべきだったのだろう。

 

 衝動的に。本能的に。何の心構えもなく。何の意図も何の意思もなく。

 ただ、呟いた。

 

「――」

 

 日中涼は、ひどく楽しそうに笑った。

 ひどく可笑しそうに、ひどく愉快そうに、ひどくサディスティックに、嗤った。

 

「あはははははははははははははははははははははははは!!!!

 最高だ。最高すぎるよ戯言遣い。そうか。そんな答えがあったのか。ああ、とてもとてもとてもとてもとてもとても満足だ。君に全てを捧げてもいいと錯覚するほどの愉悦だ!」

 

 そんな風に、延々と嗤い続ける日中涼に、若干ながら呆れの溜息を覚える。

 そこまで面白いことを言った覚えはないのだが。何が彼女を刺激したのか、未だに笑い続けている。どうにもぼくとは、笑いの感覚が違うらしい。

 

「……で、ぼくは答えた。今度はきみの番だろう」

 

「ん。ああ……そういえばそんなことも言っていたな。はは、別に隠すようなことでもない。一言で答えの返せる質問さ。言い淀んだのは、何故僕のターンのはずなのに君から質問を受けているのか理不尽でたまらなかったからだよ。僕はイニシアチブを取られるのが大嫌いなんだ」

 

 自己中心的にも程がある。

 

「では答えよう。しっかりと耳を塞いで聞くといい」

 

 聞こえねぇよ。

 

「零崎を作ったのは、僕だからさ」

 

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