人の為の物
称してそれを偽物という
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それはあまりにも、意外すぎる言葉だった。
匂宮雑技団における五人一体の『
零崎を作ったのは、日中涼であるという。
それが零崎の初代から全ての零崎に当てはめて言っているのか、それとも今回の目的である零崎に限ってのことなのかは分からない。だがどちらにせよ、それだけで日中涼がどれだけの技術を持っているのかが知れる。
例えるなら催眠術であるが、催眠術で人間を殺すことはできないらしい。催眠により自殺を行わせることや、催眠により殺人を犯させることは、人間に理性というものが存在する限りは不可能であるのだ。
だが日中涼の技術は、そんな人間のモラルとか理性とかそういった概念を一段飛ばしにして、『呼吸をするように人を殺す』人間を作り上げたというのか。
何なんだこの女は。何なんだこの化物は。
というか、お前が諸悪の根源じゃないか。
「……おっと、この言葉に対してもノーコメントを貫いてくれるのかい戯言遣い。そのスタンスは好むところではあるが、残念ながら僕は無言の人形を相手に会話をするような奇特な趣味を持ち合わせていないんだ。ゆえに、何かしらの反応は返してほしいものだね。それとも聞こえなかったかな? ならば繰り返すが、もう一度言わせてもらうこととしようじゃないか。零崎を作ったのは、僕だ」
ぼくは答えず、ただ日中涼を睨みつける。
戯言が――紡げない。
それもそうだ。
日中涼の言葉は、何もかもが戯言だ。
戯言に戯言を返したところで、それは永劫の繰り返しになるしかないのだから。
「おやおや。どうやら三度目は必要ないようだね。ならば君の疑問にでも答えさせてもらうこととしようじゃないか。僕は零崎の頭領から末端に至るまで、全ての零崎を作ったわけじゃないよ。偶然にも『一人目の究極』零崎零識の脳髄データを入手したから、新しい肉体にしようと思っていた少女にコピーペーストしただけさ。そして今回の零崎もまた僕の仕業ではない。何故なら僕の作った零崎は、零崎夜織だからさ」
『
呼吸をするように人を殺す、零崎一賊にして零崎一賊を殺した者。
それはあまりにも例外すぎる存在だが、そこに他者の介入があったと思えば、納得できないこともない。
人為的に作られた、零崎。
なんという、偽物。
「僕が零崎を探しているのは、ただ一つ。殺すためだ」
「……なんで、だ?」
そこまでして、ようやくぼくは口から言葉らしきものを発した。
口腔内がカラカラに乾いているのが分かった。何度、この女は僕を驚かせてくれるのだろう。
「お前が、零崎を作ったんだろう? だったら何故、お前が零崎を殺さなきゃならないんだ」
「ならば戯言遣い。以前も言ったと思うが、僕が新しい肉体にする相手とは何だ?」
日中涼が、新しい肉体にする相手。
――僕が書き換えられるのは、『心が壊れた人間』だけだ
――まともに処理能力のある脳髄相手にして喧嘩を売るほど愚かじゃない
つまり――心が壊れた、廃人しか操ることはできない。
「……まさか」
「ああ、その通りさ戯言遣い。この際だ、僕も胸襟を開こうじゃないか。勿論これは比喩的な意味合いにしか過ぎないがね。それとも君は後輩のバストを見ると興奮するかね?」
そんなもん、いちいち注釈しなくてもいい。
「君の思っている通り――零崎夜織は僕だ」
やはり、そうだったか。
むしろそうでなければ、説明ができない。
心が壊れた人間の、心を上書きすることができるのが日中涼のスキル。
だがいくら零崎零識の脳髄データを入手したからといって、零崎零識をそのまま作ることはあるまい。下地の人格は、間違いなく彼女自身になるはずなのだから。
つまり、零崎夜織とは。
零崎一賊の心を持ち、零崎一賊の武器を持ち、零崎一賊の嗜好を持つ、日中涼なのだ。
「……なるほど、な」
「他の肉体とは違い、零崎夜織には比較的自由を与えていたんだ。まぁ、零崎一賊自体は、そこまで閉鎖的な社会ではなかったがね。それでも外部と連絡を取るのは問題があろうと思って、自由にさせていた。それがまずかった」
はぁ、と身内の愚行を語るかのように、日中涼は額に手をやる。
「気付けば零崎の家族を殺して追われる身となり、しかも結婚までしている始末だ。僕と零崎の融合体は、どうやら割と一般人になるらしい。最悪なのは、その間に子供が生まれているということさ。ああ――想像するだけでも反吐が出る」
そこで日中涼は、ひどく不愉快そうに眉根を寄せて。
「僕の子供だ。僕の知らない男との間に生まれた、僕の知らない子供だ。そんな存在を――許せるはずがないだろう?」
ハハッ、と自嘲的に、吐き捨てた。
自分の知らない、自分の子供。
血の繋がりはなくとも、心の繋がりもなくとも。
彼女が――美坂香里が、美坂栞が、日中涼の娘であることには変わりない。
「だから、殺すんだ。僕の子供なんてものはいてはならない。存在すらも許されない」
そこでまるで、待ち詫びていたかのように、予鈴の音が響いた。
思いも寄らぬ話に、若干の混乱を覚えている。今は戻って、早めに頭を落ち着かせておかねば。
「……一つだけ、言っていいかな?」
だがそれでも、この唇は勝手にそう質問を紡いだ。
「きみと彼女の間には、血の繋がりも何もない。しかもきみより年上である以上、母親ですと名乗り出たところで頭を疑われるのがオチさ。そんな関係でありながら、きみは尚も彼女を『自分の娘』と呼ぶのかい?」
「当たり前だろう。僕の娘だ。それ以外に何だと言うんだ」
「彼女と、『天野美汐』は、他人だ」
「それがどうした? いいかい戯言遣い。僕は元《
とんとん、と自分の頭蓋を指して。
「僕の娘を他人と言うなら、僕にとってこの世界にいるあらゆる僕は、他人となってしまうのだよ」
さて、午後の平和な授業が始まったわけだが、無論のことながら集中できるはずがなかった。
考えるのは、日中涼のこと。香里ちゃんのこと。栞ちゃんのこと。これまでのこと。
考えるのは、日中涼のこと。香里ちゃんのこと。栞ちゃんのこと。これからのこと。
こんなとき、相沢祐一ならばどうするのだろう。
いや――きっと、これはぼくのせいだ。
もしもこの町にやって来たのが相沢祐一だったなら、日中涼は相沢祐一に対して何のアプローチもすることはなかっただろう。零崎は暗躍していたかもしれないが、それは彼にとって何の問題もない事象でしかない。栞ちゃんとは、そもそも会わなければ何の問題もない。香里ちゃんについても、深入りしなければ何も問題はない。
きっと相沢祐一ならば、もっと平和な、ただの日常でしかなかったのだろう。
代わりにぼくが来たから、それゆえに事件は起こっているのだ。
なんて。
悟ったような物言いをしてみせるものの、現実には『もしも』なんて仮定は考えるだけ無駄でしかないのだ。
相沢祐一ならば。
朗らかで心優しい人気者で、行動力があり、決めたことは何が何でもやり遂げ、リーダーシップのある彼ならば、もっと上手い人間関係を築き、そのうえで全ての解決に乗り出すのだろう。
ぼくならば。
曖昧気質で受動的な戯言遣いで詐欺師で傍観者のぼくならば、ぼく流に解決をするしかないのだ。
代理でしかないとはいえ、今はぼくが相沢祐一なのだから。
学校が終わってすぐに、部活へ行く名雪ちゃんと別れてぼくは商店街へと向かっていた。
今、ぼくがやるべきこと。それは別に、商店街で羽根の生えた女の子にぶつかられて妙なフラグを立てることではない。
この商店街へやって来たのは、別件だ。
もっとも、未だに道を覚えていないため、学校から一度商店街へ寄らなければ水瀬家へ帰ることができないのだけれど。
「さて……来てみたはいいものの」
ふぅ、と白い息を吐いて、そう呟く。もう夕刻が近付いてきているためか、大分冷えてきた。早めに待ち合わせの店へと向かって――
と、足早に向かおうとした、その時。
「――見つけたわ!」
と、不穏な言葉にとても不釣り合いな、鈴の鳴るような高い声音が響いた。
ぼくのことではあるまい。まさか二度も、商店街で妙な出会いがあるわけないだろうし。それに見つけた、と言っているわけだからきっと知り合いだ。残念ながらぼくの知り合いに、それほどまでにアニメ声をしている人はそういない。
つまりぼくではない。ぼくのことを指しているわけではない。それは間違いない。
なのに。
輝くような山吹色の髪をツインテールで括った、吊り目の少女が目の前に立っているのは何故ですか誰か教えてください。というか貴方は誰ですか本気で。
「過去の恨み、今ここで晴らす!」
さて、どうやら人違いらしいので早めに去ることとしよう。
全く、こういう時期は変な人が沸くんだから。まぁ、変な人なんて年中いるものだけれど。人は年がら年中生きているわけだから、時期的なものは特にないと思うなハハ。
「無視するなぁーっ!」
なんか後ろで叫んでいる気もするけれど、別に今は関係ないか。今ぼくの考えるべき最優先事項は待ち合わせに遅れないことであって、現在時刻を考慮するともう三十分程度は時間があるように思えるが、こんなところで無駄に浪費するわけにはいかない。
しかし何という店で待ち合わせをしたか忘れてしまった。確か店名に花がついていたような気もするけれど。
「ちょっと! あ、あんた! と、止まりなさいってばぁ!」
そういえば名雪ちゃんがよくイチゴサンデーを食べに行く店だと言ってたな。もしかするとクラスメイトに会う可能性もあるけれど、ぼくの顔をしっかり覚えているのなんて潤と香里ちゃんくらいのものだろう。
存在感の薄さだけは誰にも負けないつもりだ。誇れないけれど。
確か話によれば、自転車屋の近くにある洋風の店構えとのことだが。
「あぅーっ!」
ついに野生化したか。まぁぼくには関係ないけれど。
しばらく歩いて(早歩きである)、ようやくそれらしい店を見つけた。店名は『百花屋』。『ひゃっかや』なのか『ももかや』なのか若干迷うところではあるけれど、そんなものはシミュレーションなのかシュミレーションなのか程度の違いでしかないため、即座に考えることをやめた。漢字で覚えることとしよう。
一見の店ではあるが、向こうがここを待ち合わせ場所に指定したのだから臆することなく堂々と入るべし。
扉を開くと共に、その上に装着されたベルが安っぽい音を立てる。
そして当然、この暖房が利いた空間に寒風を送るわけにもいかないため、明けた扉は素直に閉める、と。
「あぅーっ! いたいいたいいたいぃぃっ! 挟んでる挟んでるっ!」
あれおかしいな。建てつけが悪いのかな、なかなか閉まらないや。
さてもう一度力を込めて、と。
「あぅーっ! 覚えてなさいよーっ!」
僕が再度ドアに指挟みの刑を執行しようとした瞬間、謎の少女はそう捨て台詞を吐いて脱兎の如く逃げ出した。
やれやれ。ようやく去ってくれたか。まぁ店内にまで入られなかっただけマシとするか。
まだ待ち合わせ時間まで二十分はあったけれど、もしかするともう来ているかもしれない。そんな考えと共に、店内を見回すと。
まるで当然のように、彼女はこちらに背中を向けてコーヒーを啜っていた。
軽く、肩をすくめる。そしてゆっくりと、待ち合わせ相手の座っているテーブルまで歩き。
「お久しぶりです。突然お呼び立てしてすみません」
と、そう一言だけ挨拶をした。
目深に被った帽子を少しだけ上げて、今のぼくの格好に少しだけ含み笑いをして。
「十全ですわ、
と――稀代の大泥棒、石丸小唄さんは微笑みながら言った。