ユキグニサイクル~北の大地の戯言遣い~   作:桜三里

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栞 <死織> 3

 人に迷惑をかけてはいけない?

 本気で言っているのなら、君は生まれてくるべきではなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「お久しぶりですわね、お友達(ディアフレンド)。貴方はお変わりないようですが、どうにもその格好はいただけませんわ。お友達(ディアフレンド)は確か大学生だったと伺っていたのですが、何故そのような高校生の制服を着用されておりますの?」

 

 小唄さんは相変わらずの丁寧な口調で、席に座ってコーヒーを注文したぼくに対してそう言った。

 

「ちょっとした……仕事でしてね」

 

「十全ですわ。貴方の生活を鑑みるに、もしかすると無職の未来もあり得るかとわたくし思っておりました。勤労は素晴らしいですわ。粉骨砕身、企業か法人かは知りませんが何かのために働くのがよろしいかと」

 

「どちらでもなく哀川さんから回された仕事です」

 

 というか、ぼくの未来ってそんなに暗雲立ち込めるのか。

 

「三ヶ月ほど、高校生の振りをして過ごさなければならないものでして。哀川さんはいつもぼくにコスプレをさせたがるんですよ」

 

「なるほど。彼女からの依頼でしたか」

 

 ふふ、と小唄さんは微笑む。

 

「でしたら十全ですわ。何のために()()()()()が必要なのか、わたくし非常に疑問に思っておりましたから。彼女からの依頼であるとするなら、少々の荒事があってしかるべきでしょう」

 

 と、小唄さんは懐から、目的の物をテーブルの上へ置く。

 あまり人目には触れさせたくない。ぼくは手早くそれを、薄っぺらい鞄の中へと仕舞った。

 

「ありがとうございます。お代は後日に」

 

「本来ならば即金で頂くところですわ。この世界で生きていくのに、売掛金や買掛金を作ってはならないのが道理。ですが今回に限っては、その道理も無視して差し上げましょう。それだけわたくしが、貴方を信頼しているということを分かって頂けまして?」

 

「……信頼というよりは、借りを作ったような気分ですね」

 

「十全ですわ。わたくし、借りはすぐに忘れますが貸しは絶対に忘れませんもの」

 

 最低だな。主に考え方が。

 

「つまり、貴方は三ヶ月ほど、彼女に拘束されているような状況下にあるという訳なので?」

 

「まぁ、似たようなものです。哀川さん自身は、どこかの戦場に行っているみたいですけどね」

 

 何でもやる請負人。その請け負う分野は戦争まで含まれるらしい。

 そもそも二週間は電話をかけてくるなと言っていたわけだから、相当大規模な戦争なのだろう。それとも内乱などで長引いているのかもしれない。

 そもそも哀川さんが介入するだけで、戦場にトルネードが横切るのと同じくらいの破壊力があるだろうし。

 

「あら、つまり今回は、お友達(ディアフレンド)が仕事を任されているのですか」

 

「まぁ……有り体に言えばそうなります」

 

「随分と出世したものですわね、お友達(ディアフレンド)。いつかは商売敵として姿を見ることになるかもしれませんわ。わたくし、出来ることならば貴方と争いたくはないのですけれど」

 

 大丈夫、ぼくの直接戦闘能力は皆無に等しい。

 逆立ちしたところで小唄さんに勝てるはずがないだろう。そもそも逆立ちをすると大幅に戦闘能力がダウンする気がするのだが、そこは比喩表現ということで。

 

「ぼくもですよ。もし仕事場でぼくのことを見かけても、敵だとは思わないでください」

 

「全力で殺しに向かわせてもらいますわ」

 

「小唄さんが本当はぼくを殺したくてたまらないような気がするんですけど気のせいでしょうか」

 

 いかんいかん、また春日井さん化してしまった。

 うふふ、と不気味に小唄さんは微笑む。もしぼくが哀川さんに巻き込まれて、小唄さんの商売敵となるようなことがあれば、とにかく心の奥底から命乞いをさせてもらうことにしよう。そのためならば、男のプライドなんて邪魔なものを砕き切っても構わない。

 

「まぁ……ぼくも借りを作りっぱなしというのは性に合わないので、早めに返させてください。ぼくに手伝えることがあれば、ですけど」

 

「今のところは、特に人手も必要としておりませんわ。ですが心意気は十全。いずれ、返していただきますわ。価値にすれば、今回の三倍ほどで」

 

「バレンタインデーにはまだ早いと思うんですけどね」

 

「あんなもの、製菓メーカーの策略に国民全員が乗せられているに過ぎませんわ。興味もありません。ところで、チョコレートはお嫌いですか?」

 

「あの甘すぎる後味が苦手ではありますけど、それなりに好きですよ。チョコレート薄めのクッキーとかなら好物です」

 

「十全ですわ。配達日指定で届けるよう手配しておきます」

 

 と、とても健全な会話をして。

 それからは近況の報告やぼくの具体的な仕事内容、それに骨董アパート改めただの塔アパートの住み心地など、とてもどうでもいい話で盛り上がった。盛り上がったとはいえ、戯言な会話に過ぎないけれど。

 外が薄暗くなってきて、ぼくは小唄さんと別れた。

 百花屋の支払いは、当然ながらぼくだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、本日は土曜日である。土曜日の持つ意味を答えよと問われれば、ぼくはただ一言だけでこう返すこととしよう。

 前の日が金曜日で次の日が日曜日。

 ちなみにぼくは、土曜日と聞いてイコールで休日と思えるほどに現代っ子な考え方をしていない。

 そしてぼくは、居候である。荷物も特に持ってきていない。遊びに行く友達も特にはいない。名雪ちゃんは部活に、秋子さんは仕事に行ってしまった。つまり留守番。

 退屈なのは嫌いじゃないけれど、あまりにも退屈である。ただ一人の居候のためだけに稼働してくれるエアコンには非常に申し訳ないことこの上ないが、居間でたった一人だけ過ごすのは快適というよりなかなか辛いものがあった。

 

 ぼくがこの町にやってきてから、初めての休日。

 これほどまでにやる事がないとは、逆に笑えてきた。ああ、そうだ。もういっそのこと笑ってしまおう。踊ってしまおう。脱いでしまおう。あっはっは。

 と、上の服へと手をかけた瞬間に、呼び鈴の鳴る音がした。

 くそ、邪魔された。どうせ宅配便か押しかけ営業マンか回覧板か家間違いかのどれかに決まっている。さっさと応対して、早く脱ごう。いざ踊ろう。

 

「おーす、いのすけ」

 

 だが、そんな予想とは真反対に、そこに立っていたのは潤だった。

 何故潤がここにいるのか。家に遊びに来るほどに親しい仲になったつもりはない。だが、どれほどの関係になれば、家に遊びに来るほどに親しい仲となるのだろうか。例えばジュース一本を回し飲みする程度の関係ならば大丈夫なのか。それとも学校で挨拶する程度の関係でも大丈夫なのか。

 ぼくが家に遊びに行くほどに親しい仲である相手は玖渚くらいのものだが、つまり玖渚くらい親しくなれば家に遊びに来るほどに親しい仲ということか。ああ、無理だ。誰にも無理だ。そういえば前に、巫女子ちゃんから家でやるパーティに誘われたな。そのときまで巫女子ちゃんと話したことはなかったと思うけれど、そういったイベントでもあれば、それほど親しくなくとも家に行くことができるというのか。

 

「残念だけど潤、パーティはないよ」

 

「お前がどういう思考回路でそう至ったのかは全く分かんねぇけど、オレはパーティに来たつもりはないぞ」

 

 残念、予想はどうやら外れらしい。

 

「じゃあ何の用だい?」

 

「遊びに来ただけだが」

 

「残念だけれど名雪ちゃんは部活だよ」

 

「オレが遊びに来た相手はお前だお前」

 

 一体どういうつもりなのだろう。意図が読めない。

 潤本人は遊びに来たと言っている。だがぼくは、潤と休日に遊びに出かけるほど仲が良いわけではない。

 少なくとも美坂チームとして一緒に昼食こそ摂っているものの、それは四人組としての話である。潤と二人で行ったことは、まだない。

 何かしらの意図があるのか、それとも人類みな友達的な性善説の熱狂的信者でもあるのだろうか。どちらにせよ、ぼくに断る理由はないのだけれど。

 

「とりあえずさみーから上がってもいいか?」

 

「家主不在なんだけどね」

 

「いいじゃねーか。今はいのすけが家主代理ってことでさ」

 

 つーわけでおじゃましまーす、と何の悪びれもなく、潤は家の中へと上がっていく。やれやれ、とぼくは頬を掻いた。

 

「おー、あったけーあったけー。やっぱあれだな、エアコンは文明の利器だな」

 

「文明の利器でなければ何なのさ」

 

 まさか古代の遺産でもあるまいし。

 ふー、と潤は体を丸めながら、コタツへと足を入れてくつろぐ。まったく贅沢な奴だ。電気代だって無料ではないというのに。もっとも、先程まではぼく一人を暖めるために稼働していたわけなのだが。

 

「……で、何しに来たのかな?」

 

「だから遊びに来たって言ってるだろ。ほら、オレ友達いねーんだよ」

 

「いつも学食の後で向かってる相手とかいるじゃないか」

 

「あいつんとこには明日行くから今日はいのすけなんだよ」

 

 何だその理屈。

 まぁ、これ以上問い詰めても意味はあるまい。ぼくも諦めて、こたつの中へと足を入れることにした。

 テレビが、くだらない恋愛沙汰をさも大仰な事件のように演出した昼下がりの人妻向け物語、いわゆるメロドラマが流れている。男と女という二つの存在があるだけで、どうしてこうも物語というのはドロドロになっていくのだろう。

 そんなつまらない話を、潤と二人で見る昼下がりというのもおかしな話ではあるけれど。

 

「……あー」

 

 唐突に、潤はそう呟いて頭を掻いた。

 

「まぁ、さ。いのすけ、お前とさ、いっぺんサシで話したかったんだよ」

 

「……ぼくと?」

 

「教室じゃ、どうしても誰かがいるしな。それに、お前をわざわざ呼び出して話すほどのことじゃねーし。だからどうせヒマなんだろなー、と思って遊びに来てみたわけだ」

 

 潤がぼくに、一体何の話をしたいというのだろう。

 心当たりは特にない。強いて言うなら、まぁ一つだけ、違和感はあるけれど。

 

「テンションが白濁沈殿すると名高いぼく相手で良ければ、話相手くらいにはなるよ」

 

「どうせ返ってくるのは戯言だけだろうがな」

 

 よくぞそこまでお見通しで。

 

「お前も大体気付いてるとは思うけどな……美坂のことだよ」

 

 予想していた話の、第二候補だったか。

 第一候補の出番はまだ遠いらしい。いつになるやら分からないが。

 

「オレが美坂と知り合ったのは、高校入学してすぐなんだよ。中学までは別だったんだが、たまたま同じクラスになってな。まぁほら、見た目美人だし、お近付きになりたいとは思うだろ普通」

 

「ぼくに男子高校生の常識を言わないでくれ」

 

「あー、まぁいのすけモテるしなぁ……ちっ、お前にはこのモテない男の気持ちは分からんか」

 

 何なら変わってやってもいい。むしろ変わってくれ本気で。

 

「まぁなんだ。それでなんだかんだで仲良くなったんだけど……ここんとこ、三ヶ月前くらいからか。ずっと美坂、元気がないんだよ。それでなー、友達としては気になるだろ? お前何か知らないか?」

 

「なんで転校してきてすぐのぼくが、そんなことを知ってるんだよ」

 

 知ってるけど。全てにおいて知ってるけど。

 

「それこそ、高校に入ってずっと付き合いのある潤なら分かるんじゃないのかな? ぼくは何だかんだ言って異邦人だし、正直香里ちゃんが最近元気ないってことすら知らないわけなんだけど」

 

 三ヶ月前。確か、日中涼の言っていた日付とも丁度重なる。

――ここで殺人事件が起こっているからさ。

――理解できるだろう。過去形ではなく、現在進行形だ。

――およそ三ヶ月前……十月から、大方月に二人のペースで死んでいる。

 

「いや……な。三ヶ月前から今まで、ずっと元気がないわけでもないんだ。元気がない日が二日三日続いたあと、少しずつ元に戻るわけだ。で、また元気がない日になるんだよ。それが最近美坂を観察してきたオレの結論だ」

 

「一歩間違えればストーカーだね」

 

「愛のためと言ってくれ。ちなみに友愛な。友愛」

 

 元気がない日が一定間隔でやって来る。確かにそれは、不可思議な現象だ。

 

「元気がないのは、あれじゃないかな? 生理現象」

 

「それは月イチだろ? 月に二回来るんだよ。元気がない日」

 

 はー、と潤は頭を抱えて。

 

「考えたくなんかない。想像しただけでも胸やけがする。そんな妄想してる自分にすら吐き気がするんだ。だけどな」

 

 ああああああ、とひとしきり悶えて。

 諦めたように、潤は呟いた。

 

「元気がない日に限って、血の臭いがするんだよ……」

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