ユキグニサイクル~北の大地の戯言遣い~   作:桜三里

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栞 <死織> 4

 白い鳩は平和の象徴

 黒い鴉は不吉の象徴

 青い鳥は幸福の象徴

 赤い羽は慈愛の象徴

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          4

 

 

 

 月曜日である。

 潤が唐突にやって来て何やら言ってそのまま帰った土曜日は、何事もなく過ぎた。せいぜい潤が帰った後に実際に脱いで踊ってみてその虚しさを知った、程度の収穫しか持っていない。まぁ、実際やってみるぼくもぼくだが。

 そして日曜日も同じく、相変わらず一人きりだったぼくは一日中頭の中でエイトクイーンをし続けることで時間を潰した。結局何回解けたのかすら覚えていない。これだけエイトクイーンをやっているというのに、未だに正解を覚えることができないのだ。途中の幾つかはある程度覚えているものの、それは例えるなら久しぶりに読んだ漫画に、「あー、こんな場面あったあった」と思いだすような感覚に近い。

 そして月曜日という、ようやくやる事がある平日がやって来たわけである。

 どちらにせよ、授業が退屈であることは変わらないわけだけれども。特に今の時間は数学であり、ERプログラムにおいて一年前期の終盤でやった公式について説明していた。だから尚更、ぼくにはやる事がないわけで。

 

「……」

 

 この退屈な時間を利用して、考えるのは一昨日のこと。潤の言葉を思い出す。

 斜め前に座っている香里ちゃんの横顔は、どこをどう見てもただの優等生のそれでしかない。

――元気がない日に限って、血の臭いがするんだよ……

 それが一体、どういう意味を持つのか。一体潤は、ぼくに何を求めているのか。

 仮説その一。

 零崎夜織の血を引く二人のうち、『呼吸をするように人を殺す』特性を如実に受け継いでいるのは香里ちゃんである。これまでの六件あった殺人事件は、全て香里ちゃんの……名付けるとするならば、零崎禍織の仕業。

 栞ちゃんはどちらかといえば殺人衝動に関しては受け継いでおらず、あの日の邂逅でぼくの感じた違和感は全てが単なる勘違いでしかない普通の少女である。

 仮説その二。

 これまでの殺人事件は全て栞ちゃんの……名付けるとするならば、零崎死織の仕業である。

 香里ちゃんは妹の起こす殺人事件の後処理として殺人現場に向かい、その死体の処理を行った。ゆえに、彼女は殺人事件のあった日に元気がなく、そして血の臭いがする。

 仮説その三。

 これまでの殺人事件は全て彼女ら――零崎禍織と零崎死織の仕業である。

 澪標姉妹のように、二人で一人。二人揃っての零崎姉妹。

 だからこそ栞ちゃんには殺人鬼と相対したかのような恐怖を覚え、香里ちゃんには血の臭いがする。

 と、以上の件をノートに箇条書きに記してみた。ぼくも大概暇人だ。

 

 まず仮説その一から立証していこう。

 香里ちゃんは殺人鬼であるか否か。ぼくの個人的な見解としては、限りなくノーである。殺人者にはなりえても殺人鬼にはなりえない。葵井巫女子にはなれても、零崎人識にはなりえないのだ。

 存在からして、次元が違う。

 芋虫が蝶に進化することはできても。

 蛞蝓が蝶に進化することはできない。

 芋虫が蝶に進化することはできても。

 芋虫が象に進化することはできない。

 それほどまでに、人間として、存在として、次元が違いすぎる。

 それだけでも仮説その一は棄却せざるをえないだろう。もっとも、そんな殺人鬼としての一面を、完璧なまでに隠し通せるだけのスキルを持ち合わせているなら別だが。

 さて、では仮説その二に挑むとしよう。

 栞ちゃんは殺人鬼であるか否か。これはぼくの個人的な見解でイエスを推奨したい。

 彼女と対面したのはただの二度だけ。だが間違いなくぼくは、彼女の中に零崎――殺人鬼としての資質を見た。

 少しも似ていないのに。

 あの《病蜘蛛(ジグザグ)》と呼ばれた狂戦士(ベルセルク)に重ねてしまうほどに。

 だが問題は、香里ちゃんが栞ちゃんの死体処理を行う理由がないということだ。

 日中涼の言葉によれば、香里ちゃんが死体の処理を行わずとも、『何者か』が事故死として隠蔽工作を行っている。それも、とびっきりの権力者が。

 だからこそ、香里ちゃんに血の臭いがつく理由がない。殺人現場に行く必要がないからだ。

 潤の嗅覚を証拠の一つとして加えるならば、仮説その二も棄却せざるをえないだろう。

 最後に、仮説その三。

 だがこれも、前述したように香里ちゃんは殺人鬼になりえない。二人で協力をする、という時点で彼女を殺人鬼としなければならないからだ。

 しかしそれだけで棄却してしまうと、もう議論する仮説が一つもなくなってしまう。無理やり理由付けをするなら――そうだ、香里ちゃんは乗り気ではないけれど、栞ちゃんのために涙ぐましい姉妹愛で殺人鬼の真似事をしている、という説ではどうだろうか。

 本当は殺人なんてしたくないけれど、妹のために仕方ない、ということ。

 無理やりな理由付けではあるが、意外と正鵠を射る意見かもしれない。

 だが――と考えて、ぼくはシャーペンを机の上へ放り投げた。

 

 これは全て、仮説でしかない。

 何か、何かの実証が必要だ。何でもいい。証言であれ、証拠品であれ、自供であれ、何でも構わない。

 とにかく、何か糸口を見つけなければ。

 奴が、動き出す前に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。ぼくはこっちに来てから新しく購入したダウンのジャケットを羽織った。

 本来ならば、二十四時間ここにいなければならない筈のぼく。それが仕事内容だからだ。

 だが名雪ちゃんと別々に帰宅することも許されているし、実際のところ一緒にいる時間なんて学校を除けば一日三時間もないのではないかと思う。しかも名雪ちゃんは授業中もほとんど寝ているわけだし。

 

「あら? お出かけですか?」

 

 そのまま、誰にも気付かれないように出かけるつもりだったのだが。既に名雪ちゃんは眠ってしまっているわけだし、あとは秋子さんにさえ気付かれなければ良かったのだが。

 それもどうやら、無理となったらしい。

 

「……ええ、まぁ」

 

「どちらに?」

 

「……が、学校です。ちょっと、忘れ物をしてしまいまして」

 

 悪戯を仕掛けようとして、途中で見つかったような気まずさを覚える。

 ぼくが仕事を受けた相手は、秋子さんなのだ。その秋子さんから言われた内容は、『なるべく名雪ちゃんの近くにいること』。つまりここで、家を抜け出す行為を咎められたら全てが無に帰す。

 どくん――どくん――心臓が高鳴る。どうか、悟られませんように。どうか、思惑を看破されませんように。

 

「そうですか。夜道は危険ですので気をつけてくださいね」

 

 だが思いのほか、秋子さんはそう言ってにこりと微笑んだ。

 

「大丈夫、ですよ。外に出て七人の敵がいるほどに甲斐性があるわけじゃないんで」

 

「いえいえ、最近は痴漢も出ると言いますからね」

 

「……さすがに男を襲うほど奇特な趣味はしていないと思いますよ」

 

 痴女だというならまだしも。

 

「いつ頃帰られますか?」

 

「……ぼくは方向音痴ですので、もし迷ったら遅くなります」

 

「あらあら。合鍵は持ってますよね? 遅くなるようなら私はもう寝ますから」

 

 うふふ、といつも通りの秋子さん。

 なんだかここまで咎められないと、逆に怖くなる。むしろ思惑が全てばれていて、その上で静観しているとか……まぁ、考えすぎか。

 ひとまずぼくは秋子さんに一礼して、学校へ向かうことにした。

 学校への道順は覚えている。不安なのは帰り道だが、それは無事に生きて帰れる場合に不安を覚えることとしよう。今は、まだ早い。

 何せこれから、ぼくは殺人鬼とタイマン張らなきゃならないんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 学校に到着して、まず向かったのは教室だった。

 ぼくの部屋は秋子さんが毎日掃除をしている。だから、部屋の中には何も隠せない。だからこそ、隠し場所に学校の机の中を選んでいるのだ。セキュリティ能力は皆無に等しいが、逆にそんな場所へ物を隠す者などほとんどいるまい。

 教室の、ぼくの机の中へと手を突っ込む。

 教科書の群れを超えて、最も奥へ。そこに、最初に鞄の奥底へ突っ込んでいた物と、小唄さんから購入した物が置かれている。ぼくは無造作に引っ張りだして、軽く確認し、ダウンジャケットの内ポケットへと突っ込んだ。

 何せ、これから殺人鬼と時代錯誤のタイマンを張らなければならないのだから。

 これぐらいの備えをしていても、罰は当たるまい。

 時間は、八時半を回っていた。約束は九時。校門前での逢瀬であるため、廊下で窓越しに校門を眺めて待つとするか――と、教室から外に出たそのとき。

 なにかが。

 ぼくの前を。

 通った。

 ぞくっ、と背筋に悪寒が走る。何も見えない。だが、確かな存在感がそこにある。なにかがいる。ナニカガイル。なにかが。ナニカガ。

 

「……っ!」

 

 思わず、身を伏せる。その瞬間に、真上を風が走った。何も見えないけれど、ただ、ぼくが攻撃をされた。それだけは理解できた。

 何なんだこれは。何なんだこの状況は。

 ぼくは、学校の七不思議でも相手にしているというのか。

 

「……どいて」

 

 そんな混乱は、唐突なそんな声に遮断された。

 いや――両断された、と言うべきか。

 ぼくが思わず飛び退いたその瞬間に、不可視のソレを、確かな銀の刃が切り裂いていた。

 当然ぼくには、手応えを感じることも断末魔の悲鳴を聞くこともできない。ただ、確かに、目の前で何かが斬られた、ということだけが分かったのだ。

 問題は、その銀の刃。

 刃は当然ながら一人歩きしているはずがなく、その柄を握っているのは白くしなやかな指先。学校指定の制服にその鋭いレイピアは喜劇的ですらあったが、どう何を考えても笑えやしなかった。

 

 女の子、である。

 長い黒髪を後ろで束ね、残りを前で垂らした大和撫子。鋭い眼差しは細められ、口許は真一文字に閉じられている。すらりと長い足と、その白さが月光に際立つ――そんな、ひどく幻想的な印象すら抱く。

 

「……早く、逃げた方がいい」

 

 やや枯れた声で、謎の少女が言う。あ、前に商店街で会ったあの子も謎の少女だから、この子は剣の少女と呼ぶことにしよう。

 

「浅かった。まだ倒せていない。だから早く、逃げた方がいい」

 

 というかそもそも、この子はこんな所で一体何をやっているのだろう。

 だが、真剣に命が若干ピンチだった。殺人鬼と命のやり取りをする覚悟は決めてきたつもりだったが、不可視のナニカとドンパチをする予定はない。気分はラスボスに挑もうとしてその前に「こんな奴、魔王様が出る必要もありません。この私めが」と死亡フラグを言い出す奴が現れたようだ。

 

「き、きみも、逃げた方が、いいんじゃないかな」

 

 そもそも、敵が見えないわけだし。この子にはどうにも見えているみたいだけれど。

 

「ほら――年頃の女の子が身につけるシルバーアクセサリーは、そんなに物騒なものではないとぼくは常々思っているのだけれど」

 

「……飾りじゃない」

 

「切っ先をぼくに向けるのはやめてもらいたいな。真剣に話し合おう。人間というのは話せば分かりあえるものなんだよ。そういう認識を国家が持ち合わせていないから戦争なんて悪しきイベントが発生するんだ」

 

「真剣で……話し合う」

 

「助詞の間違いは時に致命的なことになりえるからね。致命的。比喩じゃなく。主にぼくの命」

 

 剣の少女はふるふる、と首を振った。

 

「大丈夫」

 

 どの言葉のどの部分に対してそう言ったのかは、全く理解できなかった。口数は少ないくせに鋭く突っ込む部分は突っ込んでくるあたり、本当は饒舌なのかもしれない。いや、勝手な妄想だけど。

 ただ剣の少女は、不可視のナニカが去っていった方を見据えて、ただ一言、呟いた。

 

「私は、魔物を討つ者だから」

 

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