ユキグニサイクル~北の大地の戯言遣い~   作:桜三里

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栞 <死織> 8

 パンがないならお菓子を食べればいいじゃない。

 お菓子がないなら飢え死にすればいいじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ぼくが再び香里ちゃんと会ったのは、学園バトル漫画のエキストラ被害者役を務めたあの夜から三日後のことだった。

 あくまでも『会った』というのは、『呼び出しに応じて出向く』的な意味合いと思ってほしい。会うだけなら毎日教室で顔を合わせているし、一緒に学食にも食べに行く。表向き、ぼくと香里ちゃんの関係は何一つ変わっていないように思えるだろう。どれだけ勘のいい者でも、「夜に殺し合いをして後に和解した二人だよね」なんて言い当てられるはずがない。

 

「やあ」

 

 放課後、毎度日中涼と無駄な逢瀬を重ねている部室棟。そこで、ぼくと香里ちゃんは二人で対峙していた。もっとも、ぼくもジェリコは持っていないし香里ちゃんも『膨張泡壊(バブルガム・クライシス)』を持っていないし、殺し合うために集ったわけではない。

 これはあくまで、現状打破のための提案をする場だ。

 

「何か、分かったの?」

 

「思った以上のことがね。ぼくの知り合いに、裏の世界に顔のきく人がいてさ。その人に調査を頼んだら、思いの外、材料を多く得たのさ。もっとも、ぼくは強制をしない。選ぶのはあくまでもきみ自身だ」

 

「……相変わらず、冗長な喋り方ね」

 

「癖みたいなものさ。こんな戯言でも嘯いてないと、世知辛い世の中じゃあ生きていけないんだよ。特に、殺し名や呪い名とさえ無駄に関わりがあるようなぼくの場合はね」

 

 だからこそ――ぼくは戯言遣いなのだけれど。

 香里ちゃんは少しだけ訝しむようにぼくを見て、しかし諦めたように溜息をついた。

 

「……それで、一体何が分かったのよ」

 

「栞ちゃんの病気に、薬はない」

 

 そう一言で、彼女にとって最大級の絶望を伝えた。

 

「……そんなもの、分かりきってるわよ。だったら、どうしろって……」

 

「人の話は最後まで聞くようにしようか。栞ちゃんの病気に薬はない。だが、治らない訳じゃない。そのための『毒』は、もらってきたよ」

 

 ポケットから取り出す、ビニールの袋で密閉された錠剤。

 香里ちゃんはその言葉に、目を見開いて驚愕した。

 

「治るの!? 栞は、治るの!?」

 

「落ち着いて聞いて欲しい。悪いんだけどね、香里ちゃん。登場人物みんながみんな幸せに暮らしましためでたしめでたし、なんて都合のいいハッピーエンドを求めていたりするのかな? 人を六人も殺しておいて」

 

 香里ちゃんが口を噤む。

 

「そ、それは……」

 

「だからぼくは提案する。これはみんながみんな幸せになる方法なんかじゃない。みんながみんな不幸になる最悪のバッドエンドさ」

 

 

 

 

 

 

 

 時は僅かに遡る。

 ぼくは二時間目の授業をボイコットして、制服姿のままで商店街――百花屋にてコーヒーを啜っていた。

 

「わたくし、あなたに体よく使われている気がしてなりませんわ。お友達(ディアフレンド)

 

 そう紅茶を傾けながら溜息混じりに呟く、小唄さん。

 ぼくとしても何度も借りを作りたくはなかったのだが、近場にいて裏の世界に通じている人なんて、この人以外に該当しなかったのだ。

 

「……申し訳ありません」

 

「はぁ……この代償は、高くつきましてよ」

 

「大きな借りを作ってしまったとは思っています」

 

「これはそんな次元のお話ではありませんの。わたくしがあなたに借りを作った。あなたがわたくしに借りを作った。その程度の次元のお話でしたら、わたくしは何も言いませんわ。ですがこれは、()()()()()()()()()()()()()()()()――ということですわ」

 

 ふぅ、と肩をすくめる小唄さん。

 

「全く――災難ですわ。この借りを返すために、とある金持ちが個人的な趣味で所有している希少な毒蛇の入手。そんな仕事をロハでしなければならないのですから」

 

 ぼくの頼み事は、そこまでのものだったのか。

 少しばかり、軽率に頼んでしまった自分に恥を覚えた。まぁ、恥を覚えない時なんてそうそうないのだけれど。

 

「すみません」

 

「何度謝って頂いたところで結果は変わりませんわ。ですので、わたくしの入手した情報をここで公開させていただくこととしましょう。例の――心臓喰らいの病についてですが」

 

 小唄さんは通りがかりのウエイトレスに、紅茶のお代りを注文するついで、とばかりに。

 

「特効薬は今のところ、奇野師団にはありませんわ」

 

「……そうですか」

 

 その程度のことは、覚悟していた。あれだけの病だ。特効薬など、そうそうないだろう。

 毒を作った場所なら――と思ったけれど、それは甘すぎたらしい。

 

「そもそも心臓喰らいの毒……奇野師団の誇る技術の結晶、《病毒研究所》においての試作品だったらしいですわ。それを奇野頼知――彼が、盗み出して里を出たとか。試作品すら残っていないのですから、特効薬など夢のまた夢でしょうね」

 

 奇野頼知。《病毒遣い》。

 それは何も彼一人に限ったことではなく。

 感染血統・奇野師団全てが彼のような《病毒遣い》であると仮定するならば。

 そんな場所に一人で赴いた小唄さんに、ある種尊敬すら覚えた。

 

「ですが、治癒の方法はあるそうですわ」

 

「あ、あるんですか?」

 

「簡単なことですわ。人の肉を食らわさず、欲求が収まるのを待てばよろしいのです。ただし、これをするためには必要なことがありますわ」

 

 す――と、小唄さんはビニール袋に包まれた錠剤を、ぼくの前へと出す。

 

「これが、そのために必要な《毒》ですわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「端的に言おう。栞ちゃんがこの薬――この《毒》を飲めば、四肢の自由が完全になくなる。言わば擬似的な全身麻痺の症状を起こすと思ってくれて間違いない」

 

 小唄さんから聞いた説明そのままに、香里ちゃんへ向けて言う。

 心臓喰らいの欲求は、簡単には抑えられない。

 だから、擬似的な全身麻痺の状態にすることで、他人から食事を貰わねば生きていけない状況を作り出す。

 

「体の動く間は、心臓喰らいの欲求が出るだろう。だが動かなくなれば、欲求そのものが諦める。その後は普通の食事を与えるといい。そして普通の食事に慣れてくれば――もう、心臓喰らいの欲求は起こらない」

 

 ぼくはビニール袋を、香里ちゃんへと手渡す。

 神妙な面持ちで、畏れ慄くように、彼女はビニール袋を見つめた。

 

「……つまり、栞を、動けなくして」

 

「そうだ。動かなければ欲求も出ない。これから栞ちゃんは、他人に食べさせてもらわなければ食事もできず、睡眠中も四肢が動かないから寝返りを打つことができず、尿意も便意もあったところで排泄は侭ならない。そんな状態になる」

 

 香里ちゃんの目が、震えた。怒りに、震えた。

 

「あたしはっ……栞をそんな状態にしてまでっ!」

 

「だけれど、そうすることでしか栞ちゃんは治らない。違うかな?」

 

「でもそんな目に、栞だけがそんな目に遭うなんて!」

 

「いいや、違う。罰を受けるのは栞ちゃんだけじゃない。きみもだ」

 

 そうやって、香里ちゃんの声を制止する。

 

「きみはこれから、栞ちゃんの面倒を見るのさ。栄養分を計算したうえでの食事を与え、睡眠中は二時間に一度、褥瘡予防のための体位の変換を行い、その上で紙おむつをした彼女の排泄全てを担当するんだ。それが、きみへの罰さ」

 

 ぶるぶる、と香里ちゃんが震える。

 それは怒りに震えているのか、将来の恐怖に震えているのか。

 別にぼくとしては、どちらでもいい。

 

「言った通り、ぼくは強制しない。選ぶのはきみだ。若い身空で介護に身を窶して、それでも妹と生きる道を選ぶか。それとも妹の心臓喰らいをそのままに保つか。ぼくはどちらでもいいんだ。ただし、後者を選んだ場合、間違いなく訪れるのは死だけだがね」

 

 後者を選ぶのなら、ぼくはもう容赦しない。

 

「どのくらい、なのよ」

 

「何がだい?」

 

「この《毒》の効き目よ! あたしは、いつまで、栞の介護をすればいいのよ!!」

 

 美しい姉妹愛ですこと。

 

「もって五年、と奇野師団の頭領は言っていたらしいよ」

 

「……だったら、五年を待たずに治る可能性もあるのね」

 

「そうだね。最長で五年だから、もしかするとそれより短い可能性もある。もっとも、奇野の言うことだから実際どうなのか分からないけれどね」

 

 香里ちゃんは、覚悟を決めたようにぼくを睨みつけて。

 

「……いいわ。あたしが、栞の面倒全部見てやる」

 

「もう覚悟を決めたんだ? 早いね」

 

「たった一人の妹よ。五年くらい……耐えられるわ。いいえ……耐えてみせる」

 

「それはそれは……」

 

 こんな状況でなければ、美談の一つにでも成りえたのだろうけれど。

 

「だったら今日、帰り次第、栞ちゃんにその《毒》を飲ませることだね。即効性かどうかは知らないけれど、病院を受診しても毒は検出されないらしい。だから体調が悪くなったりしたら、自由に病院受診してくれて構わないそうだ」

 

「……分かったわ」

 

 諦めたように、香里ちゃんは頷いて。

 他に会話もなく、ぼく達は別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰り道。いつもの商店街。ぼくは特に出会いフラグと衝突することもなく、一人でのんびりと帰り道を歩いていた。

 こんな気分でなければ買い食いの一つでもするところなのだが、残念なことにひどく気分が悪い。他人に引導を渡した事実というのは、思いの外ぼくの心で枷となっているらしい。

 そんな感情なんて、とっくに捨てたとばかり思っていたのだけれど。

――人を殺した人間はたった一人の例外すらなく地獄の底辺まで落ち沈むべきだ。

 いつだったか、ぼくが巫女子ちゃんに告げた言葉。

 その考えは、今も変わりない。人殺しは憎むべき悪であり、決して否定されぬ絶対悪だ。

 

 ぼくは彼女らを――零崎もどきの彼女らを、許したわけではない。

 そもそも、誰が彼女らを許せるのだろう。物言わぬ亡骸と化した被害者か。それとも被害者の縁者か。はたまた神様なんて嘯いてみせるか。

 例えぼくが許さずとも、誰かが彼女らを許さない。

 運命に代用品(オルタナティヴ)があるのなら、それは間違いないことだろう。

 さあ、今回の戯言は、何を後悔しようか。

 後悔して後悔して後悔して、いつだって先に立たないんだ。

 とりあえず後悔だけしておけば、ぼくの心の平穏は保てる。ああしておけば良かった。こうしておけば良かった。その全てを考慮した都合のいい未来さえ考えていれば、それでいいんだ。

 相沢祐一ならば、誰一人傷つけることのないハッピーエンドを作るのだろうけれど。

 戯言遣いは、誰一人傷つかぬことのないバッドエンドしか作れない。

 

「――戯言だよな」

 

 呟いて、厚い雲のかかった空を見上げた。今日はまた、雪が降るかもしれない。

――この《毒》の効き目は、もって五年だと奇野師団の頭領は言っておりましたわ。

 小唄さんの言葉。ぼくは何一つ、嘘はついていない。

 この嘘吐きが、今回に限っては、嘘をついていない。

 ただ、大事なことを言っていないだけで。

――()()()()()()()()()()()()()()()。《毒》を飲んだ側、《毒》を飲ませた側、介護される側が「死にたい」と言いだすか、介護する側が「殺したい」と思うか、どちらが早いかの違いでしかありませんわ。

 美しい姉妹愛。その果てに待ち受けるのは、何なのだろう。

 零崎から始まり、殺人鬼もどきで承り、殺人で終わる。

 

 こんな戯言の幕引きには、丁度いい。

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