ユキグニサイクル~北の大地の戯言遣い~   作:桜三里

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栞 <死織> 10(完)

 世界の役に立ちたい?

 死ねばいい。それで一人分の酸素が減る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          10

 

 

 

 ぼくの会いたい人ランキング。

 一位は玖渚友。《チーム》のリーダー、《死線の蒼(デッドブルー)》。ぼくの愛する《青色サヴァン》。これは確定だ。決して揺るぎないほどに確定だ。

堂々の二位に出夢くん。匂宮の《人喰い(マンイーター)》。彼――彼女と出会うことは、もうないのだけれど。出来ることならあの夜に言われた通り、みっちりとぼくを鍛え上げてほしいものだ。

三位には姫ちゃん。澄百合学園の《危険信号(シグナルイエロー)》。唐突な押しかけ弟子。姫ちゃんもまた、二度と会うことはないのだけれど、ぼくの愛すべき《弟子》だ。

四位にランクインするのは崩子ちゃん。幼く可愛い《闇口》。こちらも唐突な押しかけ下僕。二十歳を超えた後には一位になるかもしれない。

僅差ながら五位はみいこさん。ぼくの隣に住むサムライお姉さん。あの人が待っててくれるから、ぼくはいつもアパートに帰るんだ。

 

 次に、ぼくの会いたくない人ランキング。

 一位は哀川さん。人類最強の請負人。《死色の真紅》。向こうには何故か気に入られているから、会いたくないのに会ってしまう。まぁ、頼れるときには頼れるのだけれど。

 二位は鏡の向こう側。零崎の中の零崎。零崎人識。ぼくが普通に生きなければ、なっていたかもしれない殺人鬼。二度と会いたくはない。

 三位に兎吊木垓輔。元《チーム》の一員、《害悪細菌(グリーングリーングリーン)》。あの男の戯言は二度と聞きたくない。もう一度会話をするだけで、相当なストレスになるだろう。

 四位は最近ながら日中涼。元《チーム》の一員、《二重世界(ダブルフリック)》。同じ学校だからこれから何度も会うのだろうけれど、できることなら二度と会いたくない。

 そして――五位。

 それが目の前にいるこの男、人類最悪の遊び人、西東天。

 狐面の、男。

 

「狐さん……何故、ここに」

「『何故、ここに』。ふん。俺の目的はもう知っているだろう俺の敵。俺は世界の終わりを求めてここに来た。そこにお前がいた。それだけだ」

 着流しに狐面。変わらぬその格好と――そして変わらぬ、その存在感。

 ぼくは知らず、身構えていた。脳内で警鐘が喚いている。

 この男は――ぼくの、敵だ。

 

「運命には常に代用品(オルタナティヴ)がある。俺がここに来ずとも、俺でない者が世界の終わりを求めてここに来ていただろう。そしてお前がここにおらずとも、お前でない誰かが俺と出会っていたはずだ。そうだろう俺の敵――」

 

「……つまり早い話が単なる偶然ということですか」

 

「『単なる偶然ということですか』。ふん。俺が俺の敵に会うために、わざわざこんな北国に来たと思っているのか。俺は出来ることならお前になど会いたくはない。だが……こうやって出会ってしまったからには、関わらざるを得ないのだろう。縁が《合って》しまったのだからな」

 

 狐さんは相変わらず、冗長で捉えどころのない口調で言う。

 この人の信じる理念は、どうにも理解できない。バックノズル。ジェイルオルタナティヴ。どこか説得力がありながら、しかし説得力の欠片もない、そんな話。

 だが――何故、こんな北国に来たというのか。ぼくを追ってきたというならまだしも、狐さんがこんな場所に来る理由はない。

 こんな辺境の北国に、世界の終わりが眠っているなんてこと、ありえない。

 

「……何を、するつもりですか?」

 

「『何をするつもりですか?』。ふん。何度も言わせるな。俺は世界の終わりを見届けに来ただけだ」

 

「質問を変えましょう。どうやって……世界を終わらせるつもりですか」

 

「ふん。そんな質問に答える理由はない。お前が何の代用品(オルタナティヴ)としてここにいるのかは知らんが、お前には関係のないことだ。俺の敵、お前は俺の敵だが、今回に限っては敵など必要ない。必要なのは《奇跡》――それだけだ」

 

 奇跡。

 それはいつだったか、日中涼に質問されたこと。

――『奇跡』を起こすことのできる存在は、いると思うかい?

 あの質問は抽象的な意味合いではなく――真実、この町に、奇跡を起こすことのできる存在がいる、という意味だったのか。

 だが、奇跡。

 どこまでが偶然で、どこからが奇跡と呼んでいいのだろう。

 例えばそれは。

 栞ちゃんの心臓喰らいの欲求が、何の後遺症も何の後腐れもなく、完膚無きまでに完璧に完全に一瞬で治れば、それは奇跡だろう。

 そんなこと、人間に出来るはずがない。

 

「俺の敵。俺はこの《奇跡》を使って、世界の終わりを見届ける。お前はその立会人として運命に選ばれたのだろう。特等席だ。見学していくといい」

 

「……全力で、抗いますよ」

 

「『全力で抗うよ』。ふん。俺の敵、お前の全力とは何だ? その全力とやらが、何の前触れも何の理由も何の代償もなく天災の如く訪れる《奇跡》に、対応できる代物だと言うのか? ならば俺の敵、見せてみろ。俺は俺の因果に外れた道を行く。お前はお前の、因果に乗りかかった道を進むがいい」

 

 これは――もう、代用品(オルタナティヴ)として生きることは、できない。

 ぼくの役割は、相沢祐一の代理としてでしかなかったけれど。

 ぼくの敵がそこに這入りこんできた以上、これは相沢祐一の物語ではなく、ぼくの――×××××の、物語だ。

 

「俺の名を覚えているか? 俺の敵」

 

「勿論ですよ。西東天」

 

「そうか。俺はお前の名を忘れちまった。覚える必要はないと言われていたからな。だから俺の呼び方は変わらん。俺の敵、せいぜい、俺の邪魔をするといい」

 

 確かに言ったけど。

 確かに覚える必要はないって言ったけど。

 一生忘れられない名になる、とか言っちゃったぼくが恥ずかしすぎる。

 

「三つだけ、質問させてください」

 

「『三つだけ』。ふん。欲張りな奴だ。答えられる質問と答えられない質問と答えたくない質問がある。答えられる質問なら構わん」

 

「一つ。美坂栞の殺人を隠蔽したのは、あなたですか?」

 

 狐さんは少しばかり、面食らったかのように肩を揺らした。

 

「美坂姉妹とお前には関係があったのか。そうだ、その通りだ俺の敵。俺が奴らを殺人鬼とし、俺が奴らを殺人鬼としなかった」

 

 やはり――か。落胆の思いが、胸を過る。

 あらゆる人物の仕業と想定して、もっともしっくりきたのがこの男――狐さんなのだ。

 意外な解答を期待していたからこその、落胆なのだけれど。

 

「二つ。十三階段は何段目まで揃いましたか?」

 

「九段目だ。お前に随分と削られたからな、今は新しいメンバーの募集中だ。俺の敵、お前の周りで世界の終わりに興味のある奴がいたら紹介してくれ。今なら一段飛ばしで仲間になる特典付きだ」

 

「断る」

 

 そもそも世界の終わりに興味がある奴なんてそうそういない。

 一段飛ばしで仲間になる特典って、お得なのかそうでないのかが分からないし。

 

「そうか。せめて三カ月だけでも契約してくれれば洗剤なり割引券なり用意するんだが」

 

「お前は新聞屋さんかよ」

 

 ……と、まずいまずい。向こうのペースに乗せられてた。

 

「……では三つ目。次は誰に何をするつもりですか?」

 

 狐さんが、僅かに微笑んだ。もっとも、狐面の奥だから、微笑んだような気がするだけなのだが。

 

「それこそ答えたくない質問だ、俺の敵。俺の計画を何度も邪魔させるわけにはいかん。今度の計画は自信がある。だからこそ、お前には邪魔されたくないのだ。どうだ俺の敵。この際いっそのこと十三階段に入らんか?」

 

「嫌に決まってるでしょう」

 

 そもそも敵のチームに入るわけがねぇ。

 仲間内で命の危険に晒されそうだ。

 

「さて……そろそろお開きとしよう」

 

 クク、と狐さんは含み笑いをして、そう告げる。

 

「俺の敵。俺を楽しませろとは言わん。なるべく、俺を楽しませるな。お前が出張ってきたら、俺は楽しい。だがそれだけ、計画の邪魔が入るということだ」

 

 ぼくは答えない。

 もう、彼の敵であることを決めたのだから。

 世界を救うと、決めたのだから。

 

「お前には止めることはできん――狐の少女を、お前は救うことなどできんのだ」

 

 睨みつけるぼくに返って来たのは、冷たい狐面の眼差しだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやくこれで、零崎もどきの戯言は終わる。

 徹底的に救われなかった少女たちの物語は、これでお終いだ。

 誰かはぼくを責めるかもしれない。残酷であると。冷酷であると。人道的でないと。

 きっとぼくでない誰かならば――例えば鈴無さんなら、栞ちゃんが殺人鬼であろうと零崎もどきであろうと心臓喰らいであろうと、「美少女の価値はあらゆる他の価値観を駆逐するのよ。高潔だの正義だの愉悦だの憐憫だの道だの徳だの仁だの愛だの、そんな有象無象の価値基準は美少女の前では塵屑同然だわよ」なんて嘯いて、完璧なハッピーエンドを迎えるのだろう。

だが、ぼくはぼくだ。今ここにいるのはぼくで、彼女らと関わったのもぼくだ。

それを否定される筋合いは、ない。

 

 なんて。

 高潔なことを言っているように思えるが、結局はぼくの我儘に過ぎないのだ。

 さぁ――水瀬家に帰ろうか。

 零崎もどきの戯言は終わっても。

 ぼくの仕事は、まだ終わらない。

 三ヶ月――残り、二か月と二十日。

 ぼくはまだ、相沢祐一でいなければならないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁいのすけ、今日放課後ヒマならゲーセン行こうぜ」

 

「えー。いっくん、わたしと百花屋でイチゴサンデー食べにいこうよー」

 

 相変わらずの昼休み。学食で潤と名雪ちゃんにそう誘われた。

 ぼくにゲームをする趣味はない。二次元の世界はぼくを満足させてくれないし、どれだけやったところで不毛な気がするからだ。自由度の高いゲームがしたければ外へ出ろ、とか誰かが言ってた気がするな。誰だっけ。

 だから必然的に、コーヒーもそれなりに美味しい百花屋に帰り道で寄ることになるのだが。

 

「いいよ。じゃあ百花屋行こうか」

 

「やったあ。あのねいっくん、あそこのイチゴサンデー、すごく美味しいんだよ」

 

「ぼくはコーヒーを頼むことにするよ。あそこのコーヒーは好きなんだ」

 

「ちぇ。仕方ねーなぁ。じゃあオレも連れてけよ。百花屋も最近行ってねーしな」

 

 名雪ちゃんの提案に乗ると、自然に潤も乗ってくる。大体分かった。潤にはあまり主体性がなく、むしろ友達と気楽に過ごせればどこでもいいという奴だということが。

 あとは、もう一人なのだが。

 

「美坂はどうだ? 久々に百花屋行かね?」

 

「あたしはパス。というより……これから、放課後には付き合えないわ」

 

 うふふ、と薄笑いを浮かべながら、香里ちゃんはそう答える。

 

「何かあったのか?」

 

「ちょっと、ね。妹と過ごす時間を増やさなきゃ」

 

「はぁ? お前、妹いないんじゃなかったっけ?」

 

 香里ちゃんは肩をすくめて、相変わらず機嫌良さそうに笑顔を浮かべながら。

 

「いるわよ。あたしの――自慢の妹がね」

 

「おいおい、嘘ついてたのかよ」

 

「北川君の毒牙にかからないようにね」

 

「ちぇー。オレって信用ないのな」

 

「信用されたいなら、普段からちゃんとした行動を心がけることね」

 

 ちらりと、潤がぼくを見る。

 上手くやったみたいだな、とどこか、潤も機嫌良さそうに。

 ぼくは目を逸らした。

 

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