ユキグニサイクル~北の大地の戯言遣い~   作:桜三里

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真琴 <真実> 11(完)

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• 1分前2023/11/22 水曜日 10:30

     三章

         真琴 <真実>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   死にたいなんていくらでも言え。

   言っているうちは絶対に死なないさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          11

 

 

 

 あっさりと答えた日中涼に、むしろ動揺したのは狐さんの方だった。

 ぼくは無言で、二人を見守る。これはぼくの口を出すべき問題ではないし、ぼくには何の関係もないただの契約に過ぎない。日中涼の考えは読めないが、むしろいつだって他人の考えなんて読めないのだ。

 

「……『いいよ』。ふん。ならば今日からお前は十三階段の九段目だ。名前を聞いておこうか」

 

「天野美汐。何とでも呼んでくれて構わないよ。その代わり、僕はあなたのことをじーちゃんと呼ばせてもらおう」

 

「ならば俺はお前をみっしーと呼ばせてもらうこととしよう。さてみっしー、何か欲しい二つ名はあるか。あればそれを採用してやる」

 

 十三階段の二つ名って自己申告だったのか。

『架空兵器』とか『不協和音』とか自分で考えて提出したのか。そんなことを考えると、微妙に哀れに思えてくるから不思議である。

 もっとも、自己申告でもしなければ誰も呼んでくれないからだろうか。

 

「名は二つもいらない。僕はただの天野美汐だ」

 

「ならばただの天野美汐として受け入れよう。ひとまず明日にでも伊達眼鏡を買ってこい。領収書さえ提出すれば経費で落としてやる」

 

「ああ、そうすることとしよう」

 

 何だこの非常に事務的な会話。

 

「と、いうわけだ。戯言遣い。僕は今日から、君の敵側に回らせてもらおう」

 

 そこでようやく、日中涼はぼくを見た。

 それは明らかな、宣戦布告。その意図は、その理由は、分かりすぎるくらいに、分かる。

 

「……そこまでして、ぼくの敵に回るのかよ」

「ああ、その通りさ。どうやら、僕の出番はここで終わりらしい。これ以降は、ただの同じ学園に通う一生徒としてすら関わることはないだろう。君の敵にも味方にも回らない、ただのオーディエンスとしてね。()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ぼくは望むよ。きみは大嫌いだ。敵としてすら関わりたくない」

 

「君がそう望むのならば、真反対の行動を取らせてもらうだけだ。人の嫌がることを進んでしなさい。小学生の時分に教わっただろう?」

 

 意味を曲解してんじゃねぇ。

 これ以上会話を重ねたところで、意味などあるまい。

 とにかく日中涼は狐さんの側へと渡り、そしてぼくの敵になった。それだけの話だ。初めから味方でも何でもない者が敵側へ回ったところで、別段何のダメージもない。

 ただ――あまりにも強力すぎるコマが、向こうへ渡ってしまったのだけれど。

 

「……天野美汐、一つだけ、聞きたいことがあるんだ」

 

 日中涼、とは呼ばない。彼女は意図的に、狐さんへ己の名前を隠しているのだ。それをわざわざ晒してやるほど、ぼくは狐さんの味方ではない。

 かといって、これを隠すことで日中涼には有利になるのだろうけど。まったく、こっちを立てればあちらが立たず、だ。

 

「お前は、真琴ちゃんの記憶を見たんだろう?」

 

「その言い方は正解であり同時に間違いでもある。僕は狐の少女の記憶を覗いたわけではなく、データ上の認識として知っているだけだ」

 

「だったら教えてくれないか。彼女は……ぼくの、何を恨んでいたんだ?」

 

 ぼくに記憶はない。だが、真琴ちゃんは間違いなくぼくを恨んでいた。

 それさえ綺麗に片付けば、この戯言も幕引きだ。

 だが日中涼は答えない。少しだけ考えるように、ぼくから目を逸らす。

 それは恐らく、データとして所有している真琴ちゃんの記憶から、ぼくという項目を抜き出して考えているのだろう。日中涼が考える素振りを見せるのは、珍しい。

 

「……扉に指を挟んだ件……違うな。ふむ……風呂……いや、違う。む……コンニャク……違うか。すまないね、分からないよ」

 

「本気で全部の記憶を持ってるんだなアンタ」

 

 ぼくの恥ずかしい思い出が完全にバレてるんですけど。

 どこか日中涼がニヤついているように見えるのは、ぼくの被害妄想だろうか。

 

「だったらやっぱり、人違いだったのか。まったく、人騒がせな子だったな」

 

「いいや、違う。人違いという訳ではない」

 

 唐突に、そう狐さんが口を挟んだ。

 真琴ちゃんとぼくの戯言など、何一つ知らないはずの狐さんが。

 真琴ちゃんと面識があるのかさえ危うい、狐さんが。

 

「沢渡真琴は間違いなくお前を恨んでいた。間違いなく恨みの対象はお前だった。お前以外に、狐の少女が恨む相手はいない」

 

 狐さんの言葉を信じるならば、確かに真琴ちゃんはぼくを恨んでいたのだろう。しかし、狐さんが何を知っているというのか。

 狐さんは何を、どこまで、知っているのだろう。

 

「……何故、あなたにそんなことが分かるんですか?」

 

「俺は物語の外側にいる。そしてお前は内側だ。舞台で演じるならば役者は役を得なければならん。それがこの女にとっては天野美汐であり、お前にとっては相沢祐一だった。そして俺は観客だ。舞台にいる誰よりも物語の全容を知る観客に過ぎないのだ」

 

 それは、一体。

 どういう、意味だ。

 分からない――狐さんの言っていることが。分からない――狐さんの信じる理論が。

 ぼくには、なにも、わからない。

 

「沢渡真琴は六本足の狐であった頃に、相沢祐一と接点がある。そして沢渡真琴はその事実を忘却し、ただ相沢祐一という存在を覚えていたに過ぎない。それは愛された記憶である筈なのに、恨みとして変わるほどの情愛だ」

 

「……相沢祐一は、ぼくじゃない」

 

「いいや、お前だ、俺の敵。今の相沢祐一はお前だ。お前はこの物語で、相沢祐一として参加した。それだけだ。それだけで、七年前の相沢祐一とお前は同じだということだ」

 

 頭が、くらくらした。

 つまり――相沢祐一であると成りすましてこの町に来たからこそ、相沢祐一はぼくになった。そしてぼくは相沢祐一になった。この、物語では。

 

「思い当たる点はないか、俺の敵。何一つお前に相沢祐一の面影などないのに、お前のことを相沢祐一であると完全に信じている人間に。お前が相沢祐一であることに何の疑いも持たない少女に、心当たりはないか」

 

――祐一君なんだよねっ! ボクだよ! あゆだよ!

 

 何一つ、疑いを持たずにぼくを相沢祐一だと信じた少女。

 そんなの――偶然だ。七年間で記憶すらも曖昧になっているから――。

 

「それはお前以外に相沢祐一を演じる者がいないからだ、俺の敵。お前以外に相沢祐一になれる者がいないからだ。だからこそ、相沢祐一を求める物語の主人公はお前でなければならんのだ」

 

「……ぼくは、主人公になんて向いてない。せいぜい、あんたの敵になるくらいしかできませんよ」

 

「主人公に向いていない人間でも、主演はできる。せいぜい、相沢祐一として物語を刻むがいい。俺はお前の物語で、世界の終わりを狙う」

 

 話はそれだけだ、と呟いて、狐さんは背を向ける。

 まだ、聞きたいことはあった。あまりにも抽象的すぎる言い方は、具体的な説明を求めていた。だが同時に――何も、聞きたくなかった。

 これは物語で、狐さんは物語の外側にいて、ぼくは物語の内側にいる。

 

「行くぞ、みっしー。十三階段の面々にお前を紹介するとしよう。なに、気のいい奴らばかりだ。きっと気に入る」

 

「……いいや、僕にとって、昔入っていた《チーム》以上に気に入る居場所なんて存在しないさ」

 

「ならば二番目でもいい。いっそのこと最下位でも構わない。ただ、少しでもお前が気に入ってくれればそれでいい」

 

 そんな会話をしながら、狐さんと日中涼は去ってゆく。

 さて、雪道に取り残される戯言遣いが一人。

 冷えた空気は、容赦なくぼくの体温を奪い取り、ダウンジャケットという抵抗も空しく体の芯まで冷えていた。

 

 帰ろう。

 ひとまず、帰ってから考えよう。

 この、あまりにも狭すぎる世界について。

 この、あまりにも戯言すぎる物語について。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の学校。ぼくは相変わらず、相沢祐一として普段通りに登校し普段通りに振る舞うことにした。何を考えても変わらない。何を案じても変わらない。まだぼくは、この町を訪れて一月も経ていないのだから。

 まだ、二月以上も残る、相沢祐一としての期間。

 あと何人、救わなければならない少女がいるのだろう。あと幾つ、戯言が待ち受けているのだろう。

 

「なぁなぁいのすけー。ちょっと聞いてくれよ」

 

 唐突に、そうぼくへ話しかけてきたのは当然ながら潤だった。

一体何用だろう。考え事に耽っていたから、少し放っていてほしかったのだが。

 もっとも――考えたところで意味などない、と最初から結論付いているのだけど。

 

「どうかしたのかい?」

 

「オレにもついに春が来たかもしれないぜ」

 

「まだ季節的には冬だよ。個人に対して少し早めの季節が訪れることはありえないと思うから、春なのは脳味噌だけに留めておいてくれないかな」

 

「お前いきなりひどいな」

 

 そんなにひどいことを言ったつもりはないのだが。

 春が来る、ってまだ桜に雪が積もっているというのに。

 

「ほらあれだ。春が来るってのは比喩だよ比喩。ほら、受験に合格するのをサクラサクとかそう表現するのと同じだ。つまり幸福な出来事があったということを説明したいわけでな」

 

「いいから早く本題に入ってくれないかな」

 

「なんかお前と友達やってく自信がだんだん無くなっていくんだが」

 

 いや、どうにも潤は面白い。つい余計なことまで言ってしまうほどに。

 まぁ、ヘソを曲げられても厄介なのでやめておくとしよう。

 

「で、何なのさ。幸福な出来事って」

 

「まぁ聞けよ。そりゃもうコレに決まってんだろコレ」

 

 そう、下世話に小指を立てる潤。その小指が半ばから切れている――なんてことは当然なく、そのボディランゲージが示すのはただ一つだけの単語だった。

 

「ああ、金と時間と愛情の無駄遣いをするためだけに存在する、時に性的な娯楽を楽しみ時に共にいる時間を心地良いと錯覚させたり時につまらない事で喧嘩をし合うような相手ができたってことか」

 

「お前は女性不信か」

 

「不審な女性しか見たことないからね」

 

 そう言葉遊びで返す。

 

「いやー、まだ彼女ってわけじゃないんだけどよ。ほら、オレ一人暮らしだろ?」

 

「そんな設定があったってことを今まで知らなかったよ」

 

「知れよ。で、だ。昨日の夜に突然女の子が来たんだよ。しかもメチャクチャ可愛いんだこれが。で、事情があって少し泊めて欲しい、って言われたわけだ」

 

「恐ろしく怪しい人だね」

 

「で、当然優しいオレは泊めてやるわけだ」

 

 明らかに何かを狙っているとしか思えないのだが。ぼくが潤の立場なら丁重にお断りするだろう。というか、一般的な人なら皆お断りするはずだ。

 そんな怪しい人をあっさり家に入れる理由など、とても想像がつかない。

 

「ほら、あれだ。お前も男だったらお断りできないって。だってメイドだったんだぜメイド。そりゃもう家に来てもらうしかないだろ!」

 

 ……なんか、どっかで見たことのある人が思い浮かぶのだけれど。

 

「いいよなぁ、年上でちょっぴりエロ系お姉さんのメイド姿ってのもそそるぜ。今日家に帰ったら『お帰りなさいませご主人様』って言われるんだぜ。まぁ声に抑揚が全然ねーのが欠点なんだけどよ」

 

 とりあえず、一言で締めくくろう。

 何やってんだ春日井春日。

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