ユキグニサイクル~北の大地の戯言遣い~   作:桜三里

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舞 <MINE?> 1

 人を騙すことは罪?

 己が死を信じる少女に一葉を描くことさえも罪だというか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 昼休み。美坂チームでの相変わらずの昼食を終えたのち、ぼくは珍しく廊下の窓際で潤と語らっていた。

 いつもならば別クラスの友人のところへ遊びに行く潤が、今日は向かう先がないとのことでこういう状況にあるわけなのだが。というか、別にぼくは潤と友人フラグを立てた記憶などないのだけれど。まぁこんな風に、たまには語らうのも悪くはないか。別に退屈は嫌いじゃないし孤独であることに苦痛も感じないけれど、別段友人(仮)と過ごす時間というのも悪くはない。

 

「んでな、あそこにいる斎藤って奴が水瀬に入学して一週間で告白したんだよ。でも振られちまってな。その理由ってのが笑えるぞ。『眠いから帰っていい?』ってさ。斎藤の奴、水瀬が帰った後その場で泣いたらしい」

 

「へー」

 

 そう、人を指差しながらゴシップ話を繰り出す潤。というか潤、こんな風に通る輩全てのゴシップ話をしてくれるわけなのだが、どれだけこの男は校内のゴシップに優れているのだろう。新聞部とかに所属しているのだろうか。

 まぁ、この学校に新聞部というものが存在するのかどうかは知らないけれど。

 

「あ、今通ったのが田中さんだ。女子剣道部のホープなんだよ。なんでも、去年は一年生にして個人戦で全国ベスト8に入ったんだ。まぁ、顔はゴリラみたいだけどスタイルはまずまず悪くないな。オレの調べでは上から……」

 

「……別に興味ないよ」

 

 知らない女性のスリーサイズを知りたいとは全く思わない。

 しかし女子剣道部か。狐さんの言っていた言葉は確か、『剣の少女』。もしかすると、あの田中さんとやらが次の相手なのかもしれない。

 さて、動物園の電話番号でも調べておくとするか。お宅の動物園から人に限りなく近いゴリラが逃げ出してますよ、って。

 

「あ……くそ、嫌な奴見かけちまったな」

 

 ふと、唐突にそう潤が舌打ちした。

 む、と軽い疑問を覚える。潤はこの通り人当たりも良く、他人に対して分け隔てのない性格だ。そんな潤から嫌悪を交えた言葉を聞くのは、ひどく珍しい。

 その視線の先にいるのは、一人の男だった。

 オールバックにした髪に、病的なまでに白い肌が印象的な男。鋭い眼差しは銀縁の眼鏡越しにさえ分かるほどに、射抜くような威圧感を持っている。細面、と言うことすら憚られるようなこけた頬骨。潤と並んで遜色ない長身に、その細さはまるで針金細工のような印象を覚える。

 確かに、気安くオトモダチにはなれそうにない相手だが。

 

「二年B組、北川潤」

 

 男はまっすぐに潤のところへやって来て、そしてその鋭すぎる眼差しで潤をぎろりと睨みつけ、抑揚というものが欠片もない声音でそう言った。

 潤は苦虫を噛み潰したかのように、眉根を寄せる。

 

「……んだよ」

 

 名前を呼ばれた潤が返すのは、嫌悪を込めた言葉。どうやら男の狙いは、最初から潤だったらしい。たまたま会った、というわけではないのだろう。

 

「相変わらず反抗的な態度だな。何度も言っているはずだと思うが、もう一度言ってやろう。その金髪は校則違反だ。即座に黒く染めてこい」

 

「嫌だね。校則? ハッ、生まれついての髪すらも認めてくれねぇってかよ」

 

「生まれついての髪であろうか染めたものであろうが、校則違反には間違いない。お前の髪を認めることは、我が校において髪染めを認めることとなる。頭から墨汁をかけられたくなければ、黒く染めてこい」

 

「はん、墨汁でも何でもかけてみろよ。その程度じゃあオレの髪は染めれねぇぜ」

 

 この男は風紀委員か何かだろうか。高校というものに対して文献(主に漫画)による偏った知識しか持ち合わせていないぼくにとって、風紀委員というと帯刀を許され、実力により風紀を乱す輩を成敗する役職だったと思う。いや、この日本という平和な国において、帯刀が許されている時点でフィクション極まりないのだが。

 とにかく、この男が潤の髪を黒く染めたがっており、潤がそれに反発しているという分かりやすい構図が出来上がった。

 さて、ぼくには関係ないことだし教室に帰るとするか。

 

「おいおい、待てよいのすけ。お前もこいつに何か言ってやってくれ」

 

 だからぼくを巻き込むなと。

 ちらり、と男がぼくを見やる。鋭い眼差しではあるが、あくまで高校生のそれでしかない。呼吸をするように人を殺すわけでもなく、他人を嘲笑するようなサディスティックな眼差しでもないそれに、恐怖は感じない。

 ただ、その表情に浮かんだのは、疑問符が一つだった。

 

「……僕の知っている生徒に、君に該当する生徒はいない。所属と姓名を名乗れ」

 

 何この一人軍隊司令官。

 とはいえ、どうやら結構な役職におられる方らしい。素直に名乗っておくのが礼儀か。

 

「二年B組、相沢祐一だけど」

 

 相変わらず、他人の名前を名乗ることは慣れない。

 

「……最近、転校してきた相沢君か? ふむ……いや、失礼。別段、君に校則違反は見られない。名乗ることを強要したのだから僕も名乗っておこう。この学校の生徒会長を務めさせていただいている、久瀬という」

 

 男――久瀬は、どこか尊大にそう名乗る。

 まぁそれでも、ぼくが現状校則違反の類を犯していないからこその対応なのだろう。そうでなければ、潤のように詰問をするような形式になっていたはずだ。

 

「よろしく、久瀬君」

 

「ああ、よろしく。だが……いや、別にいいか。僕の勘違いだろう。いいか北川、明日までに髪を黒く染めてこい。でなければ生徒会室で執行を行い、無理にでも黒く染めてやる」

「ハッ、やれるもんならやってみな。逃げてやるよ」

 

 ギリッ、と久瀬君の歯ぎしりが聞こえた。

 まぁ、ぼくには関係ない。潤の髪が黒く染まろうが白く染まろうが、ぼくの人生に何の関わりもあるまい。もっとも、赤く染めてくれるのだけはやめてほしいものだ。ぼくの精神的に。

 久瀬君は特に何を言うでもなく、背を向けて去ってゆく。潤がその背中に向けて、中指を立てていた。

 

「……仲悪いんだね」

 

 そんな潤の対応を見ながら、ぼくは短く、そう述べる。

 

「ああ、最ッ悪だな。オレの親から受け継いだこの髪を染めろとかよ、ふざけんな畜生」

 

「ハーフとか?」

 

「いいや、純粋な日本人だぜ」

 

 純粋な日本人が金髪であるという話は寡聞にして耳にしたことがないのだけれど。

 

「あ、もう根元黒くなってやがる。そろそろ美容院行くかぁ」

 

 やっぱり染めてるんじゃないか。

 軽い呆れすら覚えながら、溜息をつく。さて――また一人新キャラが登場したけれど、まだ登場するのだろうか。そろそろ人名覚えるのも限界なんだけれど。

 

「あ、それからな、あの人見てみろよ」

 

 もう新キャラは勘弁してくれ。

 と、そう思いながら顔を上げる。そこから見えるのは、自動販売機の前で一人佇む少女。

 長い黒髪を後ろで束ね、残りを前に流した、白いリボンの大和撫子。どうやらコーヒーか何かを購入している様子だが、印象的なのは雪のように白いその肌か。周囲の人間から推測するに、女性にしてはそれなりに長身であると見ても良いようだ。

 久瀬君の肌は病的なまでに白いが、彼女の肌は芸術的なまでに白い。この違いは小さいようで、ひどく深い。具体的には性別面で。つまり女の子の白さはオーケイで男の子の白さはあなた病気ですかとなるわけである。

 

「あの人、川澄舞さんっていうんだ。三年生なんだけどな」

 

「へぇ」

 

 川澄舞。恐らく、聞いたことのない名前だ。つまり、ぼくは彼女と面識がないと見て間違いないだろう。もっとも、来て最初の頃に出会っただけなら、完全にぼくは忘却していると見て間違いないのだけれど。

 とはいえ、このタイミングで潤に紹介される相手に、以前にぼくと関わり合う機会があったとは思えない。

 それに三年生であるし、関わりなどそもそもないだろう。

 

「あの人な、オレ以上に久瀬の野郎に目を付けられてんだよ」

 

「……あの人が?」

 

 校則にうるさい久瀬君が、そこまで目を付けるほどの人間には思えない。

 髪は黒いし、学校指定の制服だ。周囲の女子生徒と比較しても、スカートが短いということもない。派手なアクセサリーを付けているわけでもなければ、不真面目そうにも見えない。むしろ真面目そう、という印象だ。

 

「ああ、見た目、すげぇ真面目そうだろ?」

 

「そうだね」

 

 潤の言葉に、肯定で返す。ぼくの感じたイメージは、まさにそれだ。真面目すぎて自ら墓穴を掘りそうな、そんな印象さえ覚える。

 

「川澄先輩な、前に、夜の学校で窓ガラスを全部叩き割ったんだよ」

 

「……学校の、窓ガラスを?」

 

 この学校には防犯装置という文明の利器はないのだろうか。

 少々の侵入ならばまだしも、窓ガラスを全部叩き割るなんて行為をして通報が入らないわけがないというのに。

 

「ああ。もっとも、状況証拠だけだがな。その時に学校にいたのは川澄舞で、何故かレイピアなんて物騒な物を持っていたわけだ。結局窓ガラスを割ったのは外部の人間ってことになったが、誰もが思ってるよ。窓ガラスを割ったのは川澄舞だ――ってな」

 

 何故か、レイピアなんて物騒な物を――。

 レイピア。

 それは西洋の、刺突用の、()

 

――お前に剣の少女は救えない。

 

 昨夜聞いたばかりの、狐さんの大ヒント。

 それは――彼女、川澄舞のことなのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

『二年B組、相沢祐一。二年B組、相沢祐一。生徒会室まで至急来るように』

 

 突然の校内放送は、とても無視できないレベルでぼくに関わっていた。

 ざわざわ、と放課後を迎えたばかりの教室に喧騒が走る。ぼくが生徒会室に呼ばれた。その事実にちらちらとぼくを伺う人間もいれば、ひそひそと何やら話している人間もいる。ぼくが一体何をしたというのか。

 さて――心当たりは、特にない。

 強いて言うなら、学園バトル漫画のエキストラ被害者役をしたあの夜のことだが、もうあれから二週間も経ているのだ。さすがに、それを今更咎めるわけではあるまい。

 つまり、心当たりは何もないに等しいということだ。それに生徒会、つまり久瀬君の領域。そんな場所に呼ばれるわけなのだから、やましい点がないのであれば堂々と向かうべきであろう。

 

「……お、おい、いのすけ! お前何やったんだよ! そ、そんな、まさか……」

 

「いっくん……な、何したの……? やだよ! 辞めないで!」

 

「戯言遣い君も、これで年貢の納め時、ってことね。今までありがとう」

 

 ……で、皆様のこの反応は何ですか?

 

「……たかが生徒会室に呼ばれただけでオーバーだと思うんだけど」

 

「いや……いのすけ。生徒会を舐めるなよ……。この学校じゃ、教師より生徒会の方が発言力があるんだからな。退学になった生徒の九割は生徒会が決めてんだぜ」

 

「ぼくは別に後ろ暗いことがあるわけじゃないよ。だから気にしない方がいいんじゃないかな。ほら、今日の昼間に久瀬君と話したわけだし、彼なりにぼくと親交を深めようとしてるだけかもしれないしさ」

 

 そんな気は全然しないのだが、ひとまずそう言っておくこととする。

 わざわざ呼び出すということは、彼は彼で何か、ぼくに話があるのだろう。何の話かは知らないが、後ろ暗いところがないのだからどんな話であれ問題あるまい。

 

「い、いっくん……!」

 

 涙目で、名雪ちゃんがぼくを見る。

 なんだ、この出征する新兵を見送る家族のような光景。

 気付けば、クラス全員がぼくを見ていた。何この注目っぷり。

 生徒会って、どれだけの力持ってんだよ。

 

「大丈夫だよ、名雪ちゃん。それじゃ、行ってくる」

 

「きっと、帰ってきてね!」

 

「きみの言葉そのものが死亡フラグになっているということを理解してほしいな」

 

 ハハ、と乾いた笑いを返してぼくは教室を出る。

 さて、久々に簡易構内図の出番がやって来た。生徒会室の項目を探し、道を歩く。

 職員室へ向かう道から、更に奥へ。校長室の右隣に、豪勢な扉のその部屋はあった。

 生徒会室、と書かれたプレート。ここで間違いあるまい。

 コン、コン、と控えめに二つ、ノックをしてみた。

 

「どうぞ」

 

 扉の向こうから、短い返答。ぼくは無言で、その扉を開く。やたらと重いのは、作りが豪奢だからか。まったく、本末転倒にも程がないかこれは。

 

「やあ、相沢君。来てくれて嬉しいよ」

 

 そんな声は、生徒会室中央にある扉に劣らぬ豪奢な机に座った、この部屋の主より。

 ウェルカムな台詞に似合わぬ、ひどく冷たい声音で。

 

「僕は冗長な言葉が嫌いでね。端的に述べさせてもらうとしよう。掛けたまえ」

 

 と、手でソファを示す。「はあ」とぼくは一言呟いてソファへと座った。安物らしく、スプリングの感覚が微妙に痛い。

 その正面へと、久瀬君は座って。

 鋭い眼差しでぼくを見つめ、そして。

 

()()()()()?」

 

 そう、質問――詰問した。

 

 

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