今回は山田先生のメイン回です。
では、どうぞ
「その日は、俺とエレナの結婚式だったんだからな」
ヴァンのその言葉を聞いた瞬間、真耶の頭の中は真っ白になった。彼に大切な人がいるかもしれないという考えが、今まで一度も頭を過ぎらなかった訳ではない。だが、心の何処かで、それに目を背けている自分がいた。
『いつか心底、惚れられる相手が現れるさ、その出会いを大切にすればいい』
以前、彼が言っていた言葉が頭を過る。真耶には恋というものが、まだ良くわからない。何故なら今までの人生で1人の男性を本気で好きになった事がないからだ。自分がヴァンに対して抱えている気持ちが、単なる憧れなのか、本気の恋心なのか、それとも風邪のような一時的な気の迷いなのか、実際のところ真耶自身、今までハッキリと理解できていない……そう思っていた。否、思い込もうとしていた。
「(私……怖かったんだ)」
『エレナ』という名前について、聞こうと思えば聞くチャンスはいくらでもあった。ヴァンも真剣に尋ねればその事を隠さず話してくれただろう。だが、真耶は聞けなかった。もし、その自身の内にあるその感情を認めた先で彼にその想いを拒絶されてしまった時、耐えられる自信が無かったから……だから、無自覚に踏み込まず自分にとって心地良い位置を保とうとした。ぬるま湯に浸かって満足していようとした。
だが、彼は言った……言ってしまった。
「(私……私は……)」
胸に奔る痛みが彼女に気づかせてしまった。
「(そうだ……私は……)」
そして、彼女は認めた……認めてしまった。
「(ヴァンさんの事が……本気で……)」
自身の内に秘めた感情を……
「(好きなんだ……だけど……)」
彼女が立ちたいと願った彼の隣には既に別の女性がいた。
episode XⅡ 『さよならのありか』 ①
自身の胸に奔る痛みに俯く真耶に気づかず生徒達はヴァンの言葉を聞いて盛り上がっていた。
『ええええええええええええええ!?』
生徒に加えて職員達の声も加わった驚きの叫びが教室へ響きわたる。
「け、ケッコンンンン!? ア、アンタが結婚!? マジ!?」
あまりの驚きに鈴が素っ頓狂な声を上げる。
「い、意外だ……いや、おかしくはないんだが……それにしても結婚していたとは……」
展開に着いていけず、混乱気味の箒。
「女性に対して無関心というか、落ち着いていらっしゃったのは、そういう訳でしたのね……」
セシリアは逆にヴァンの女性への態度に納得した様子である。
「結婚……ケッコン……kekkon……ふふふ」
「榊原先生が壊れた!? なんで!? 」
「先月、彼氏と別れたそうよ。ほら、榊原先生って良い人なんだけど男運が……私も人のこと言ってる場合じゃないのよね……最近、親からよく見合いを勧められて……ふふふ」
「伝染してる!?」
結婚というワードに一部が凹んでいる教師陣。
「ヴァンさんって婚約者がいたんだぁ。少し残念かも」
「え? あんたって、ああいう感じがタイプなの? ちょっと理解できないなぁ」
「狙うなら、やっぱり織斑君でしょ。爽やかでイケメンだし」
「えー? 悪くないと思うんだけどなぁ……一途そうだし、それにいざって時は頼りになりそうだし」
「あー、そういえばアンタはアリーナでヴァンさんが戦うの見てたんだっけ」
「でも、同じ大人ならラングレン先生も良いと思うけど? 普段からキッチリしてるし落ち着いてて格好良いじゃない」
「私は、ヴァンさんの方が話し易いかなぁ。何よりラングレン先生と話してると織斑先生からの視線が……」
「あー、なるほど……」
女子生徒達は自分の好みの話しで盛り上がっている。そんな中、薫子は質問を、再開する。
「こ、婚約していらっしゃったんですか! あれ? でも、それならどうして旅に?」
その言葉を聞いた真耶は、ハッ、っと顔を上げる。確かに彼女の言う通りだ。ヴァンが愛した女性をほったらかして、何処かに行く様な人間とは思えない。なのに何故彼は旅に出たのだろう? 結婚式で使うタキシードを纏ったまま……。
「いや、結婚式はできなかった」
ヴァンは淡々と語る。その声は、感情を感じさせない。真耶にはそれが感情を無理矢理、抑えているようにも、或いは何処か虚しそうにも聞こえた。
そして……
「結婚式が開かれた、あの日……エレナは死んだから」
その言葉に、先程まで賑やかだった食堂の空気が凍り付いた。
「……え?」
発せられたその声が誰のものだったのか、真耶にはわからなかった。それはもしかしたら自分のものだったのかもしれない。しかし頭が会話の内容に追いつかない。衝撃発言の連続に真耶は軽くパニックとなった。
「し、死んだって……え?」
震える声で薫子は恐る恐るヴァンに尋ねる。
「そのままの意味だ」
あっさりと返答するヴァン。その言葉に薫子は何も言えず黙り込んでしまう。
「あ? どうした? 急に黙り込んで?」
急に静まった周りの反応にヴァンが問いかける。
「どうしたって……ッ!……アンタこそ!なんでそんな大変なこと、平気そう…に……」
そのあまりにも、あっさりとした軽そうなヴァンの反応に、一瞬声を荒げそうになる鈴。だが、その言葉は止まる。真耶には、その理由が理解できた。
軽い筈がない。だって彼は最愛の女性が死んでからずっと結婚式のタキシードを着ているのだ。彼の想いがどれ程のものか、自分達には想像もできない。
「ヴァンさん……わ、私……その……ご、ごめんない……」
軽率な質問をしたとヴァンへ謝罪する薫子。その声は震えており、罪悪感で今にも泣き出しそうだった。
「オイオイ、頼むから泣くなよ……。話してなかったんだ。知らなくて当たり前なんだからそんなに気にしなくていいんだって」
「……」
「俺が話してもいいと思ったから話したんだ。エレナに関しては俺自身、一応のケリはつけてる。その為の旅だったんだ。それで現実が何か変わったわけじゃないが、それでもケリはつけたんだ。だから、お前が気にすることじゃないんだよ」
「……でも、私……子供じみた興味本意で辛い事を……」
ヴァンの言葉にまだ納得できない薫子。そんな彼女にヴァンは溜息を吐き返答する。
「なら、
そう言って自嘲するヴァン。その言葉に薫子は小さく頷く。そこに学校から生徒達の完全下校時刻を告げるチャイムが鳴り響く。
「あ? もうそんな時間か」
そう言って立ち上がるヴァン。
「確か、見廻りの仕事とやらがあるんだったな……道順ってどうなってたっけ?」
そう言いながらヴァンは食堂の出口を目指して歩いていく。
「歓迎会ってやつだったか? まぁ、悪く無かった。美味い飯も食えたしな。じゃあな、ガキは夜更かししないで、さっさと寝ろよ」
そう言って、ヴァンは食堂から出て行ってしまった。シーンと静まり返る食堂。
「み、皆さん、まずは片付けをしましょう。下校時刻が近いのでテキパキ動いてください!」
真耶は、教師としてその空気をどうにかするべく生徒達に指示をだし始める。その声に生徒達は、はっ、としたように片付けを始めた。
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程なくして食堂に戻ってきた千冬が指示を出し、片付けは終わり多少軽くなった空気と共に生徒達は寮へと帰っていき。教師陣も解散する。そんな中、真耶は1人沈んだ表情をして廊下に立っていた。そんな彼女に千冬が声をかける。
「勝手に退出し済まなかったな山田先生……大丈夫か?、酷い顔をしているぞ」
「はい……」
その言葉に真耶は弱々しく答えた。
「まったく、どうみても大丈夫な反応じゃないぞ……ヴァンの婚約者について、知ってしまったそうだな」
その言葉にピクリと反応する真耶。
「……知ってたんですか? ヴァンさんのこと?」
「レイから聞かされた話からある程度の予想はついていた。先程、退出した際にレイに確認を取って確信したがな」
「ラングレン先生に?」
「ヴァンの奴が言っていただろう? 同じ目的を持っていたと」
そう言った千冬の表情は険しくなる。
「……真耶」
教師としての呼び方では無く、プライベートでの呼び方で話しかける千冬。
「? なんですか先輩?」
その呼び方に同じくプライベートでの呼び方で返答する真耶。
「教師ではなく1人の女性として助言しておく、もしあの男……ヴァンに想いを寄せてるなら覚悟をした方が良い」
「……それは……どういう?」
「あの男の一番になるのは難しいということだ。あぁ、因みに、これは経験談だぞ。アイツは恐らくレイにも劣らない一途な男だ」
その言葉が引っかかり千冬へ質問する真耶。
「それって…まさか!? ラングレン先生も恋人を!?」
「ヴァンとは違い既婚者だったらしいがな」
そう語る千冬の表情は複雑そうだが、真耶と違い弱々しさは感じさせられない。
「先輩は……いつそのことを?」
「四年以上前の事だ」
そう答えた千冬に真耶は、どうしても聞きたい事を質問する。
「……諦めようとは思わなかったんですか? だって、ラングレン先生は、今も……」
それは、今、自分が直面している問題でもある。もし、ヴァンの事を諦めなかったとしも彼に恋する以上、エレナという女性の存在と自分の差を思い知ることになるだろう。だからこそ自分と似た立場にいる千冬は何故レイを諦めずに居られるのか真耶は知りたかった。
「あぁ、レイは今も……いや……一生、妻であるシノという女性を愛しているだろう」
ハッキリと千冬は言い切った。その言葉に動揺はない。
「なら……」
その言葉の続きを千冬は遮る。
「それは、君自身で辿り着くべきものだ。私が私の答えを言ったからといって君が納得できる訳じゃない。君と私の答えが一緒になる保証は無いからな。それともう一つ言っておく事がある。君が直面するであろう、もう一つの壁があるという事だ」
その言葉に真耶は更に困惑する。
「……もう一つの壁?」
「ヴァンの婚約者の死について……いや、ヴァンの旅に目的についてだ」
「ヴァンさんの旅の目的……」
そういえば、彼の話の内容が衝撃的で旅に出た理由を聞きそびれていた。
「やっぱり、傷心を癒す為の旅なんでしょうか? でも、人を探していたって……」
そう言った真耶の言葉に千冬は首を横にふる。
「私には、それを答える事はできない。聞くなら本人から直接聞く事だ。だが、聞いてしまえば、君は後戻りできなくなる。今までのようにヴァンに接する事が出来なくなるかもしれない」
「そ、それって……」
真剣な目をした千冬の言葉に真耶は、思わず怯んでしまう。
「だから、ここがターニングポイントだ。今までと同じ距離を保ちたいなら、これ以上、君は彼に踏み込むべきじゃない」
その言葉に、真耶は黙り込んでしまう。
だが……
『いつか心底、惚れられる相手が現れるさ、その出会いを大切にすればいい』
再び、彼の言葉が真耶の頭を過ぎった。
だからこそ……
「私は……私はッ!!それでもッ!! 諦めたくないです!!」
真耶は自身の内にある想いをハッキリと口に出した。
「フッ……そうか、なら善は急げだ。さっさと行ってこい」
その言葉を聞いて、微笑んだ千冬は真耶の背中を優しく叩く。
「え? でも私……今日はクラスの仕事がまだ、いくつか残って……」
「それくらい私が変わるさ。君には最近、何かと苦労を掛けているからな」
「で、ですが「いいから行け!」……はい! ありがとうございます先輩!」
そう言って真耶は駆け出す。目的地は聞くまでもないだろう。
「……頑張れよ……真耶」
その背中を千冬は優しく見つめていた。
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「……やばいな、迷った」
一方、学園の施設を見回っていたヴァンは、見事に迷子になっていた。
「まったく……無駄に広いんだよな。何処だよここ? この前暴れたとこの近くなのはわかるんだが……」
迷走を続けた結果、アリーナの外れ付近まで辿りついたのだ。
「ヤバイな、やっぱり真耶に案内を頼むか? というか寮ってどっちだ?」
道がわからなくなったヴァンが本格的に野宿するかどうか検討していると、何者かが走ってくる足音がヴァンの耳に届いた。
ヴァンは今までの荒っぽい人生経験から反射的に腰に巻きついている蛮刀のグリップに手をかけるが……。
「……真耶?」
そこに息を切らせながら現れたのは、この学園で、1番見知った人間である山田真耶だった。
「ハァ、ハァ、なんでこんな所にいるんですか……巡回ルートを一周しても見つからないからさがしちゃいましたよ」
「いや、迷っちまって……」
そう言いながらヴァンはグリップから手を離す。
「覚えた自信が無いなら、そう言ってください……覚えられるまで付き合いますから」
「……スイマセン」
真耶に対し素直に謝るヴァン。
「それで、なんで俺を探してたんだ? 」
「そ、それは……兎に角、巡回を終わらせましょう!」
ヴァンの質問に対して答えず、真耶は誤魔化すように歩き出しヴァンもそれに続く。
「…………」
「…………」
一度は覚悟を決めた物の中々、真耶は話を打ち出せずにいる。ヴァンは元々、お喋りな訳でもなく、普段は話しかける側の真耶が黙ってしまっている為、二人の間には沈黙が漂っている。そして、会話のないまま、各施設の巡回は終わってしまう。
「お? これで終わりか? 悪いな真耶、次からは多分何とかなると思「ヴァンさん!!」……なんだ?」
世話をかけたことを謝罪しようとしたヴァンの言葉を遮り真耶は話を切り出した。
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日が暮れ生徒達も居なくなった中庭のベンチに真耶とヴァンは座っていた。
「あの箱は金を入れると飲み物が買えるのか……便利だな」
ヴァンの手には真耶が自販機から買った飲み物が握られている。
「ふふ……エンドレス・イリュージョンには自動販売機は無かったんですか?」
まじまじと飲み物を見ているヴァンが微笑ましくて笑顔を浮かべる真耶。
「街によって、雰囲気が全然違うからな……あったのかも知れないが、よく覚えてない。少なくとも使ったのは初めてだ」
そう言って飲み物を飲んでいるヴァンに真耶は意を決して質問する。
「その……聞きたい事があるんです。ヴァンさんと……エレナさんのことを」
その言葉にヴァンは眉を顰める。それでも真耶は止まらない。
「私、まだヴァンさんの事、全然知りません! だけど、知らないでいるままなのは嫌なんです! 私は、私の『夢の続き』を見たいって言ってくれたヴァンさんの事を、もっとよく知りたい! エレナさんがヴァンにとってかけがい無い存在だっていうならそれを含めて!ヴァンさんにとって辛い事だっていうのはわかってます! これが私の我儘だっていうのも! でも……それでも……私は」
貴方に少しでも近づきたい……
そんな彼女の言葉にヴァンは困ったような表情をする。
「……さっきの歓迎会のでも言ったがな、聞いてて楽しい話じゃないぞ?」
「それでも構いません!」
彼女の決意は固い。どうしたものかとヴァンは思う。
『貴方って、少し親しくなると途端に心を閉ざしてしまうわね……もっと自分に素直になったら? きっと何かが変わる筈よ』
最愛の女性の言葉が頭を過ぎり、ヴァンは大きく溜息をつく。
「ホント、物好きな奴だよ……」
そして彼は自分の過去を語り始めた。
「……俺は、生まれた時から一人だった。親が誰なのか、どうなったのか知らない」
天涯孤独、それが彼の始まりだった。
「その頃の俺は食べる事だけ考えてて……それには、金と力さえあればよかった。世界は俺にとって単純に出来ていた……エレナに会うまでは……」
彼は、愛される事を知らずに生きてきた。
「あいつにとって俺は、単なる仕事仲間だったはずだった……はずだったんだ……。
だが、あいつは俺に……優しく……してくれたんだ」
彼は初めて、自分を人として扱ってくれる相手に出会った。
「それまで俺は、殴られ、蹴られ、唾を吐きかけられ……でもその相手を叩きのめして……俺にとって『他の奴』ってのはそういうもんだった。なのにエレナは手を握ってくれたんだ」
彼は、その時、初めて他人に優しくされた。
「俺はそれまでの自分がひどく、惨めに思えて……」
そして、『彼の世界』は変わった。
「俺は、あいつが俺を変えてくれると思った。そのおかげでガドヴェドとも……」
彼女のお陰でチンピラ同然だった彼は掟を重んじる師のような存在と出会えた。
「俺はエレナが、あいつが好きだった!本当に好きだった……俺はあいつと一緒に、いたかっただけなんだ」
それが、彼が望んだ、ちっぽけな願いだった。
「あいつは、一緒にいてくれると言った。俺と暮らしてくれると言った」
そして、彼女はそんな彼の想いに答えてくれた。2人はちっぽけで、だけど本物の幸福を掴める筈だった。
「なのに、それはできなかった……俺はあいつを守れなかった。やっと見つけた一番……大切な……」
悲しみを感じさせる口調で語るヴァンを真耶は静かに見つめていた。
「(あぁ、そうか……)」
自分が想いを寄せる男性は自分では無い最愛の女性への想いを、どこまでも真っ直ぐに話してくれた。
しかし、彼女に胸に先程の悲しみは無い。
「(私が好きになった、今のこの人の根底にいるのが……エレナさん)」
不器用で、ぶっきら棒で、素直じゃなくて……だけど真っ直ぐで、一途で、純粋な彼が、どこまでも愛おしかった。
「(1番には、なれないかもしれない、エレナさんのようには、なれないかもしれないけど……)」
それでも、彼女は諦めたくないと思った。エレナという存在を含めて、今の彼が好きだと思えたから。例えその想いが報われなかったとしても……。
そう決意した真耶。しかしヴァンの昔語りは終わってはいなかった。
「あの日、エレナとの結婚式を挙げる筈だった教会で奴は現れた」
「……ヴァンさん?」
ヴァンの言葉に混じる感情が悲しみから怒りへと変わっていく。ガチガチで彼の手に握られてスチール缶が、その力に軋む。
「俺とエレナが向かおうとしていた祭壇の上に……奴はいた……」
ヴァンの顔は真耶が見た事の無い怒りに染まっていた。
「そして……奴は……『カギ爪の男』はエレナを殺した……」
「……え?」
その言葉に真耶の表情が固まる。
「だから、俺は旅に出た。奴を、この手で殺す為に!」
その言葉で真耶は理解した。せざるを得なかった。想いを寄せる男を旅へと誘った物が何なのかを。
彼を旅へと導いた目的、それは……
『復讐』
そしてこの地雷であるPART2
レイと千冬が何を話したのかはヴァン側が終わってからやります。