もう一つの<ロンゲスト・マーチ>──十三日戦争の鏡像   作:フリードリヒ・フォン・グリュツマッハー

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序文

 地球は二度壊滅している。一度目は十三日戦争で、二度目はラグラン・グループの復讐者たちの手によって。だが、ラグラン市の四人の復讐者たちのことはひとまず措こう。私がこれから論ずるのは、前者の方だ。

 

 西暦一九四五年。当時人類史において他に類を見なかった大戦争は、二発の原子爆弾の投下によってその幕引きを見た。

 

 二発の核兵器が発したのは、その投下によって終結した第二次世界大戦を遥かに凌ぐ、より凄惨でより流血に満ちた時代の醜悪な産声であった。〈リトル・ボーイ〉と〈ファット・マン〉、ちぐはぐな双子の兄弟は、己の手が届く範囲の、全ての命ある者に牙を剥いた。これこそが、実戦において核兵器が用いられた忌むべき最初の例である。後世の歴史家たちは、原爆投下をそれまでの戦争の終局ではなく、新たな時代の幕開けとして解釈する。

 

 阿鼻叫喚の地獄絵図。数万人の民間人が一瞬にして文字通り蒸発し、薙ぎ倒され、焼き尽くされた。だが、苦しむ暇も与えられずに死んだ彼らは、むしろ幸運な方だったのかもしれない。

 

 皮肉なことに、真に悲惨だったのは即死を免れた者たちだった。熱傷を負った被爆者たちの皮膚は熱線によって焼け爛れ、べろりと剥けて垂れ下がり、生きながら焼かれる亡者の列はみな熱を逃れ川へ向かって行進したと伝えられている。恐るべき熱線と衝撃波、爆風を生き延びた者もまた、目には見えぬ放射線によって、直接的な傷を負った者と同様、死に腕を掴まれずるずると暗い忘却の淵に引き摺り込まれる運命にあった。そこに老若男女の区別はなかった。そこにあったのは、絶対的な専制者たる死の姿だけだった。

 

 その日、人類は自らの未来──十三日間にわたる熱核兵器の応酬と、さらに九十年間に及ぶ長き混沌の時代の来訪──を垣間見ることとなった。

 

 第二次世界大戦以後、人類はある程度平和な時代──それもささやかな、せいぜい凍結の合間に断続的に続いた雪解け程度のものでしかなかったが──を享受した。僅かばかりの甘い夢を吸い尽くした地球世界は、ついに破滅への一途を突き進み始める。

 

 西暦二十世紀も終わりかけた頃、人類社会は大きく分けて二つの陣営に分裂していた。北方連合国家(ノーザン・コンドミニアム)(NC)と、三大陸(ユナイテッド・ステーツ)合州国(・オブ・ユーラブリカ)(USE)である。どちらも当初は単なる軍事同盟に過ぎず、また統一された一つの政体を持ち合わせた国家でもなく、ただ思想を同じくする国々が寄り集まった程度でしかなかった。このゆるやかな統合は、最終的に世界を二分する超大国へと肥大することとなる。両陣営の対立が深まるにつれ、軍事衝突が勃発する可能性もまたそれに比例してゆく。ゆるやかな統合が結束を固め、個としての性格を強めていったのは当然の成り行きであった。

 

 二大大国は資本主義思想と社会主義思想という、異なるイデオロギーを有していた。この相反する二つの思想は、文字通り世界を東西に二分した。冷戦と呼ばれる時代の幕開けである。果ての見えない軍拡競争は国家予算を食い潰し、人類社会の発展に寄与するはずだった科学技術は戦争に使役される道具としてのみ存在を許されていた。人間の欲望と敵意という歪な両親から誕生した醜い畸形児であるとはいえ、本質的には科学の産物たる核兵器が結果的に文明を大きく後退させたことは、歴史の皮肉な一面として現在も語り継がれている。

 

 十三日戦争とは如何なるものだったのか。これは後世の歴史家たちを悩ます頭痛の種である。無論全てを押し流す時の流れに飲み込まれた事実も数多存在するだろう。だがそれだけではない。当時の錯綜した情勢──核兵器の乱発による資料の散逸のみならず、真偽不明のプロパガンダや流言、政府当局による不都合な情報の隠蔽工作──から、真実を導き出すのは非常に困難であったからだ。「アメリカ」という国をご存知だろうか。地球の北半球に位置し、北方連合国家(ノーザン・コンドミニアム)の中核を成す国であったといわれている。そのアメリカがかつて存在していた大陸から私が発掘した複数ある巨大なデータバンクに収められていたのは、そういった類の無価値なデマと、真に考証する価値のある歴史的事実とが入り混じった、正に玉石混淆と呼ぶに相応しい膨大な情報の山だった。

 

 私の忍耐を試したのは、そういった情報戦の遺物だけではなかった。ラグラン・シティの復讐者たち──パルムグレン、タウンゼント、フランクールそしてルイユン──の無差別攻撃は、地球を徹底的に壊滅せしめた。女子供問わず市民は徹底的に鏖殺され、地球の文化的遺産はほぼ全て灰塵に帰した。無論自然環境も例外ではない。黒旗軍に破壊される以前の地球と現在の地球とでは、惑星の環境は著しく変化している。山脈は砕かれ、海洋は煮えたち、生きとし生けるもの全てが死に絶えた。地形の変化は何よりの問題だった。私は現在の地球の地図と、黒旗軍の大虐殺以前の地図とを見比べながら発掘場所を選ばなくてはならなかったのだ。

 

 地球はつい最近まで見捨てられた辺境の一惑星に過ぎなかった。地球教団なるカルトどもが先帝ラインハルト一世に叛逆し奉るまで、地球の存在はほとんど全ての人間の認識から外れたところに位置していた。だが地球教団の暗躍が表沙汰になったことで、特に歴史学の分野において、地球の存在価値を再評価する動きが高まり始めている。偉大なるローエングラム王朝に刃向かい、弑虐さえ目論んだ叛徒どもの根城であり、信仰対象でもあった地球。我ら人類の母星が歩んだ歴史は、如何なるものであったのか。私の研究と発見がそれを紐解く上で役立ったのならば、歴史家としてこれに優る喜びはない。

 

 それでは今から、私は書き始め、あなたは読み始める。共に、地球世界が歩んだ歴史とは如何なるものだったのか、という思いを共有しながら。

 

新帝国暦十二年、帝都フェザーンにて記す

 フリードリヒ・フォン・グリュツマッハー

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