もう一つの<ロンゲスト・マーチ>──十三日戦争の鏡像 作:フリードリヒ・フォン・グリュツマッハー
ここで、<憂慮する科学者同盟>議長のニコライ・ソコロフについて触れておこう。
彼に関する内容はあまり多くない。データバンクの中身は、世界が核戦争に直面した際同盟が推進したある計画のためにそのほとんどが割かれており、他は同盟の辿った歴史や当時の国際情勢に関するものだった。政府のものだったデータバンクにも彼に関する情報が残されている。しかし、同盟のデータバンクと共通するのは人種や容姿といった個人の性格には関連性の見られない点だけであった。政府のデータバンクによると、ソコロフは悪辣非道な人物で、科学者を集めて蜂起を目論んだテロ組織の首領ということになっている。後の時代において、「情報の八割は自国の嘘で、あとの二割は他国の情報操作」とまで言われたのだ。当時のプロパガンダの凄まじさを考慮すると、政府側の情報はやはり当てにならない。
同盟のデータバンクにおけるソコロフに関する情報は、あくまで「<憂慮する科学者同盟>のニコライ・ソコロフ議長」としての彼にしか焦点が当てられておらず、一個人としてのソコロフがどんな人物であったのかは推測する他ない。
ソコロフが歴史の表舞台に現れたのは、西暦二〇〇七年の同盟結成時が最初であった。当時の映像記録が残っている。
ソコロフは眼鏡をかけ禿げ上がった中年の白人男性で、声はか細い。映像記録は、ジュネーヴ国際会議場でのソコロフの演説から始まった。少なからず野次が混じった拍手を受けて壇上に上がったソコロフは、自信なさげに体を揺すり、話し始めた。
「お集まりの皆さん、こんにちは。私は
「……私は自分自身を許すことができないのです。私は薄っぺらい愛国心と純粋な好奇心に駆り立てられて、大量殺戮兵器の開発に力を貸していたのですから。しかし、シベリアで行われた核実験に参加して初めて、私は自分のしでかした過ちの大きさに気づきました。……(中略)私は自分が作り出した巨大なキノコ雲を目の当たりにして、思わず呟きました。『我は死神なり。世界の破壊者なり』、と……」
一部中小国からの参加者もいただろうが、おそらく会合に出席していた科学者の殆どはお互い対立する国の出身者であったはずだ。そんな人間たちが一同に会したのだ。言うまでもなく、議論は大いに紛糾した。中には、ソコロフを合州国のスパイだと言い放つ連合国家の科学者までいたくらいだ。きっと、冷やかし目的や野次馬根性で参加してやろうと思い立った科学者もいたことだろう。
私は五日間に及んだ会合の映像記録の全てに何度も目を通したが、特に最初の三日間に関しては、はっきり言ってもう御免被りたい。ここで会合の詳細について書けばあまりにも冗長なものとなるので、要点だけかいつまむとしよう。
科学者は百回以上の口論と三回の殴り合いを展開し、ソコロフは野次や罵詈雑言、そして科学者たちの拳が飛び交うたびに、「皆さんどうか静粛に、静粛に願います」と、か細い声を振り絞り、困り果てた顔をして懇願したのだった。
会合の三日目になって、ようやく科学者たちはソコロフが真剣に科学の平和利用を訴えていることを信じるようになった。この気の小さい男が何度もめげずに訴える姿を見て、遂に彼の理想について、本格的に検討しようと考えるようになったのだ。そして、ようやく建設的な話し合いが為されるようになり、先に述べた原則の制定に行き着いたのであった。
当然、ソコロフはその後逮捕された。罪状は国家転覆未遂罪。外国の科学者と共謀し、国家機密を漏らそうとした疑いがかけられた。
無論言いがかりである。だが、彼は再び自由の空気を吸えるようになる西暦二〇一二年の釈放の時まで、五年という年月が過ぎ去っていくのを、虚しさを噛み締めながら獄中で待たなくてはならなかった。
さて、話を西暦二〇一四年、ルイス・ヘザーが釈放された年に戻そう。
ヘザーの釈放によって、遂に同盟の存在が、公認とまではいかなくとも黙認されるようになり、科学の平和利用が各国の市民の口に上るようになった。人々はようやく、自分たちは無害な物音を敵国の軍靴が迫る足音だと誤認させられていたことに気がつき始める。国家間交流が盛んになり、大衆の耳には真実が届くようになった。西暦二〇一六年に中小国への内政干渉を禁じる「フィラデルフィア条約」(フィラデルフィアはアメリカ北東部に存在した都市)が調印され、国際連合も息を吹き返した。この平和だった時代は、「黄金の世紀」や「永遠の繁栄」と形容されていたらしい。
だが、その安寧も僅か十一年しか続かなかった。「黄金の世紀」も「永遠の繁栄」も、一時の夢で終わる。その後に待ち受けていたのは、二度目の分断と灼熱の十三日間であった。