もう一つの<ロンゲスト・マーチ>──十三日戦争の鏡像 作:フリードリヒ・フォン・グリュツマッハー
西暦二〇二七年。亀裂はここから始まる。発端は、連合国家が主導した火星探査計画であった。
西暦二〇二〇年に行われた史上初の有人火星探査が、火星着陸時の事故による全飛行士の事故死という結果に終わったトラウマが癒えていなかったせいで、人類は次なる火星探査に消極的であった。当時人類は月面の十数箇所に基地を設置していたが、地球の重力が及ぶ範囲の外には、未だ人類の足跡は存在していなかった。
連合国家はそんな状況下でありながら火星探査を半ば強引に採択した。二〇二三年から四年を費やして新造宇宙船を開発、宇宙飛行士を訓練し、火星着陸のより安全で確実な方法を探った。そして迎えた二〇二七年の八月、宇宙船<ニール・アームストロング>号は火星に着陸した。史上初の月面着陸に続いて、史上初の火星着陸という栄誉を得たのは、またもアメリカ人宇宙飛行士であった。
当時の連合国家の大統領は、アメリカ人のディヴィット・アームストロングであった。奇しくも、史上初めて月面着陸を成功させ、先述の宇宙船の名前にも使われた宇宙飛行士、ニール・アームストロングと同じ姓である。アームストロングは身長一八六センチで筋骨隆々、性格もその堂々たる体躯に相応しく豪胆で、十五年続いた任期の後半では合州国に対する挑発的な言動がみられた。この言動に関して、同盟、政府双方ともに記録が残っているが、当然ながら政府側のデータバンクでは、アームストロングの言動は正当化されている。
アームストロングは極端なアメリカ至上主義者であったといわれている。火星探査を強行したのもその思想によるものであろう。世界のおよそ半分の国を糾合して連合国家が建国されて以来、アメリカは連合国家の一構成国であるという見方が強まっていた。確かにアメリカは連合国家の中核を為す存在ではあったが、かつてのアメリカ一強の時代とは明らかにその立ち位置は異なっていた。アームストロングは、アメリカが連合国家という溶液にすっかり溶け込んで、かつての「古き良きアメリカ」が失われることを恐れていたに違いない。だからこそ火星探査計画を強行したのだ。アメリカの威信を再び世界に示すため、アメリカのアイデンティティを再び強固なものにするために。アームストロングが望んだのは、当時の連合国家のような多様性のある複合国家ではなく、すべての構成国がアメリカの延長線上として機能する体制であった。後にアームストロングは、その姿勢を隠そうともしなくなった。
「あの日のアメリカを取り戻そう!強きアメリカを、正義と法の執行者を!」
火星探査計画の成功に気を良くしたアームストロングであったが、それは<憂慮する科学者同盟>議長、我らがニコライ・ソコロフも同じであった。彼は火星探査計画を「人類の技術と叡智の結晶が生み出した歴史的勝利であり、人類史における最も偉大な躍進の一つ」と絶賛した。
だが、ソコロフはアームストロングの野望を見抜けなかった。火星探査の表向きの理由は、人口爆発の後に来るであろう大飢饉に備え、火星が人類の移住先として相応しいか否かを判断することであった。しかし、アームストロングの真の狙いは、火星の軍事利用性や資源を探ることであった。
西暦二〇一七年、同盟の尽力によって合意が結ばれた「月面条約」によって、月はあらゆる軍事利用を禁じられ、人類全体の共有財産として扱われることとなっていた。したがって、ここに軍事基地を設置することは難しい。
しかし火星ならばどうか。他国は二〇二〇年の失敗により、火星探査に消極的である。火星は当時の尺度で考えれば遥か彼方の別世界であったと言っても過言ではなく、アメリカが秘密裏に軍事要塞化したとしても勘付かれにくい。弱点として、地球からあまりに離れすぎている点が挙げられるが、アームストロングとしてはとりあえず火星に最初に着陸することで、火星に関する権利を主張できるようなったというだけでも十分であった。
アームストロングが次に取り掛かったのは、