もう一つの<ロンゲスト・マーチ>──十三日戦争の鏡像   作:フリードリヒ・フォン・グリュツマッハー

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大学が夏休みに入ったので、高校時代に書いていた本作を引っ張り出して再開します。


第二章 星々に手を伸ばして Ⅱ アームストロングの登場をめぐる歴史的背景

 ここで、ディヴィット・アームストロング登場の背景として、彼の祖国であり、彼がその覇権のために腐心したアメリカ合衆国の当時の国際的地位について、同国の歴史を簡単に俯瞰しつつ述べたい。

 

 かつて地球の北半球に位置していた北アメリカ大陸に存在したこの国家は、西暦一七七六年に海を隔てた宗主国からの独立を宣言し、その後急速に勢力を拡大した。地球史学の権威であるアントン・ミヒャエル・フォン・ケルヒェンシュタイナー教授の発表した論文によると、この国は他国からの購入や戦争といった手段で領土を拡大し、僅か百年程度で領土は三倍、人口は十四倍ほどにまで膨れ上がったという。これは地球統一政府壊滅前に編纂された『地球全史』という歴史書に記された資料から得られた情報である。同書はその膨大さから多くが散逸し、またシリウス政府の憎悪の対象として焚書の憂き目に逢った。幸運にも焚書を生き延びた断片はデジタル媒体に記録された状態で各地の図書館や様々な学術団体、あるいは一個人の蔵書の中に数百年間埋もれていたのだが、ケルヒェンシュタイナー教授はこれらの断片を発掘して繋ぎ合わせ、部分的ながらその内容の解明に至った。

 

 閑話休題。さて、ケルヒェンシュタイナー教授は、これは古代地球史においては他に類を見ない発展速度であったと指摘する。とはいえ、現代を生きる我々にはあまり実感が湧きにくい。その訳を解説するにあたり、自由惑星同盟を例に挙げよう。つい十年前に先帝ラインハルト一世によって平定された同国は、建国当時人口わずか十六万人であった。それが、建国からかのアスターテ会戦に至る二五〇年ほどで一三〇億人にまで増大したのだ。多産を国是とし国を挙げて奨励したこと、帝国からも多数の亡命者が流入したことなどを考慮しても、自由惑星同盟は建国の中核を担った十六万人を、僅か二五〇年間で約八一二五〇倍にまで膨張させたことになる。文句なしに人類史上最大といえるこの恐るべき先例に比べれば、アメリカ合衆国の膨張速度など取るに足らぬことのように思えてしまう。

 

 だが、無論古代地球世界と現代ではわけが違う。自由惑星同盟は手付かずの宇宙空間を恣に出来たが、アメリカ合衆国は時に他国と戦い、時に金を払って領土を得ねばならなかった。敵は国家だけではなかった。アメリカは先住民の抵抗を退け、山賊の跋扈する荒野を平定した。そして迎えた西暦一八九〇年、アメリカ合衆国は<新天地(フロンティア)の消滅>を宣言した。彼らは大陸を東西に横断する巨大な国土を開拓したのである。無論、その過程で多くの血が流れたことは言うまでもない。「開拓」という聞こえのよい言葉の厚化粧に隠された素顔は、先住民たちの返り血に染まった「侵略」であり「虐殺」であると言ってよい。

 

 読者諸氏もよくよくご承知のことだと思うが、「弱者や異常者は淘汰されるべし」というルドルフ一世の思想が五世紀に渡って支配的であった旧王朝では、出産の安全を保障するような技術はほとんど存在しなかった。出産に斃れるような弱い母子など淘汰されて当然、というのがつい十年ほど前の支配者たちの思想であった。誉高き名君たる晴眼帝マクシミリアン・ヨーゼフ二世の手によって劣悪遺伝子排除法が有名無実化されていたとはいえ、ここ十年で新王朝による社会構造の抜本的改革が成されるまで、支配階級に蔓延る優生思想はルドルフの負の遺産として残り続けた。自由惑星同盟を建国した共和主義者たちはこの優生思想を徹底的に否定し、兎にも角にも人的資源を確保すべく多産を奨励した。そして、彼らは旧王朝ではほとんど凍結されていた領域の医学を蘇らせ、帝国では無視されていた出産の安全性向上に全力を尽くした。だが、無論そのような先進医学など、古代地球世界には存在しなかった。出産は現代にまして危険であり、生まれた子も健康に育つとは限らない。

 

 アメリカ合衆国の躍進は、ワープ航法や現代の先進医学など空想すら出来なかった時代の出来事である。地べたを這い回ることだけでまだまだ精一杯であった古代地球人にとって、この開拓速度は異常極まりないことであったのだ。アメリカ合衆国の発展速度は古代地球史上最速と見て間違いないだろう。

 

 これほどまでの一大発展を経験しておきながら、その後アメリカは地球世界を巻き込んだ二度の大戦に連勝するという快挙まで成し遂げ、ついに覇権国家の座に登り詰めた。これが西暦二〇世紀半ばのことである。その後ついに、核兵器を配備した二大大国の睨み合いの時代、当時の呼び名を借りれば「冷戦時代」へと突入することとなる。その後の展開は序文に述べたとおりである。二大大国は世界を巻き込んで肥大化し、世界を二分するに至った。

 

 西暦一九九四年、アメリカの首都にて<ワシントン会議>が催された。年々高まる核戦争のリスクや、大国との統合による信頼性の高い安全保障を望む中小国の世論の活性化などを受け、同会議において各国代表は全会一致で<統合規約>を採択、それまでアメリカ主導で運営されていた軍事同盟<北大西洋条約機構>を拡大発展する形で各国の軍部の完全一体化を進めると共に、将来的には巨大な連邦国家を設立する方針を宣言した。

 

 これに対抗し、冷戦時代においてアメリカと覇権を争っていたソビエト連邦も統一政体を設立する意思を表明。民主主義国家であったアメリカと異なり、ソビエト連邦では党指導部が圧倒的な権力基盤を有していたため、ドラスティックで迅速な国家統合が実現した。一九九六年には<三大陸統合条約>が締結され、三大陸(ユナイテッド・ステーツ・)合州国(オブ・ユーラブリカ)が誕生した。その後<憂慮する科学者同盟>が冷え切った国際関係に融和の一石を投じるまで、核戦争のリスクは人々に付き纏いつづけた。

 

 そして、ついにディヴィット・アームストロングが歴史の表舞台に姿を現す。軍人として出世した後政界へと転向し、過激とも評される豪胆な物言いから、西暦二〇〇四年には北方連合国家(ノーザン・コンドミニアム)の有力議員として好悪の区別を問わず衆目を集めていた。

 

 千年以上の時間を隔て、また史料も満足に残されていないのだから、アームストロングの心性はもはや推察する他ない。だが、数少ない史料に映し出されたアームストロングの姿はアメリカ至上主義者そのものであった。世界を牽引する強いリーダーの必要性を事あるごとに強調し、その役割を果たしうるのは歴史的発展を遂げたアメリカ以外あり得ない、と彼は主張している。それだけに留まらず、三大陸(ユナイテッド・ステーツ・)合州国(オブ・ユーラブリカ)の政治体制を批判し、憎悪を煽り立てるような発言を幾度となく繰り返した。

 

 では何故<憂慮する科学者同盟>がその成立に貢献した雪解けの時代にあって、彼ほど過激な指導者が好まれたのか。次項においてその理由について詳しく述べ、平和の崩壊の原因を探っていこう。

 

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