もう一つの<ロンゲスト・マーチ>──十三日戦争の鏡像   作:フリードリヒ・フォン・グリュツマッハー

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本項は実在する(或いはした)国家の名前を登場させていますが、それはあくまで作品上の演出であり、私の実際の政治信条などを反映しているわけではないということを、念の為明記しておきます。本書は架空の歴史書であり、一部史実に準拠しますが大筋はフィクションです。ご了承ください。


第二章 星々に手を伸ばして Ⅲ <憂慮する科学者同盟>は国際秩序の破壊者だったか

 結論から述べると、<憂慮する科学者同盟>の手によって成った平和時代の崩壊の原因は、既存の国際秩序を逸脱した同盟の伸長と、それを許容できなかった旧勢力とするのが私の推論である。

 

 そもそも二大大国が成立した理由は両勢力間の対立であり、この対立を糧として、二大大国でそれぞれ頭目を務めたアメリカとソビエトは自国が統括する勢力における権力を強化していた。対立が極限に達すれば全面核戦争に陥り、逆に緩みすぎればアメリカやソビエトが強力なリーダーシップを発揮する意義もなくなる。両国にとって、自身の権力を維持し、かつ全面核戦争を防止する上での最適解は、対立のバランス・ポイントを発見することであった。この綱渡りのような奇妙な対立=共存関係が、当時の外交の特徴である。

 

 アメリカ・ソビエト両国は核戦争への恐怖を糧に勢力を伸長させていたのであり、実際に核戦争を引き起こした二大戦犯国の頭目として無論非難の的であるべきだ。しかし、両国が数十年の間危うい国際関係を維持していたことは確かであり、それは一つの国際秩序として固定化されつつあったことも、また事実である。二大大国からしてみれば、<憂慮する科学者同盟>は既存の国際秩序を破壊するような組織であったと言える。同盟が緊張緩和を促せば、必然的にアメリカ・ソビエトの求心力は低下し、各国は両者のリーダーシップからの離脱を望むようになる。当然だが、その場合国益を守るために両国は強硬な態度を取り、当該国を自身の勢力圏内に引き止めようとする。これが新たな対立を生んだ。

 

 西暦二〇二八年のことであった。緊張緩和の空気が充ち、国際関係に久方ぶりの春が訪れたかのようであったこの年、中華(D)民主(F)連邦(C)北方連合国家(ノーザン・コンドミニアム)から離脱する意思を表明した。この国は太平洋と呼称された広大な海によってアメリカから隔てられており、その地理的条件からアメリカに対する帰属意識のようなものは比較的希薄であったことが推察できる。

 

 DFCの意思に反し、アメリカの態度は冷淡であった。同国の離脱はアメリカの勢力圏の瓦解に繋がりかねない上、DFCは最大の敵国であったソビエトと長い国境を接している。DFCは対ソビエト軍事戦略において重要な位置を担っており、アメリカとしても連合国家の体制を維持する上で失うことのできない地域であった。

 

 北方連合国家(ノーザン・コンドミニアム)の全加盟国代表による議会であった<北方(N)連合(C)国家(G)総会(A)>にて、アメリカ代表兼総会議長を務めたアームストロング大統領はDFCを強く非難した。政府のデータバンクに当時の記録が残っていた。

 

 

(アームストロングが議長席からDFC代表シー・チアンに向け発言する)

 

アームストロング:DFCの離脱は連合国家の成す秩序の今後に大きな打撃を与えかねません。これは自国優先主義に他ならない。DFCの行いは連合国家の国是である加盟国間の協調に著しく反するものであり、我が国としては断じて許容できません。

 

(アームストロングの発言を受け、シー・チアンが壇上に立つ)

 

シー:我が国の方針はアメリカ一強に傾いた現行の連合国家に疑問を呈するものです。今や集団安全保障の必要性は薄れつつあります。この上は、アメリカの庇護下に留まる理由はありません。二〇二八年は、一国の主体性を重要視すべき年なのですから。(中略)今こそ現行の国際秩序を再編し、睨み合いによる外交を終わらせる時です。

 

(野次と喝采が入り乱れる中シーが着席する)

 

 

 議論は紛糾した。DFC代表は妥協案として、DFCの離脱を取りやめる代わりにアメリカがこれまで独占してきた総会議長を輪番制とすることを求めたが、アームストロングはこれをよしとしなかった。総会ではDFCの案に反対を示す加盟国が過半を占め、国家の主体性を望むDFCの夢は潰えた。加盟国の過半は、アメリカの庇護の恩恵に預かることのできる現行の秩序に満足していたのであった。

 

 アメリカの民意はアームストロングの味方をした。無論プロパガンダの力に依るところも大きいだろうが、ここで毅然とした態度を示したことは国民のアームストロングに対する信頼感に直結した。皆が目の前の国益に目が眩み、平和な時代において自国の影響力が低下することを座視できなかったのである。

 

 これを受けてニコライ・ソコロフはDFCを支持する声明を発表し、これを機に彼とアームストロングとの対立は浮き彫りになっていく。<憂慮する科学者同盟>はもはや単なる科学者集団ではなかった。その発言には政治的影響力が伴い、二大大国に与しない中小国の議会にオブザーバーとして招かれることさえあった。二大大国の覇権に振り回されてきた中小国の支持を受け、第三勢力の顔としての機能を持ちはじめた同盟は、当人たちがどう考えていたにせよ、もはや現行の国際秩序には収まりきらない不確定要素へと成長しつつあった。恐怖によって成る国際秩序に人道をもって異を唱えた同盟の理想は確かに高潔であったが、それが現行の秩序の不安定化と新たな対立を招いてしまった可能性を否定しきることができないのも、また事実であろう。




この作品における二大大国の勢力圏は、OVA版にて登場した地図を参考に設定してあります。当該地図では中国大陸がまるまる北方連合国家の勢力圏となっていることから、本作でもその設定を流用しました。
アメリカ主導の国家連合体に参加しているならこの中国は中華人民共和国ではありえないでしょうから、中華民主連邦(Democratic Federation of China, DFC)という架空国家として設定しました。本編中で詳しく言及するとややこしくなりそうなので省きましたが、DFCは天安門事件を機に勃発した民主化革命により成立した民主国家、ということにしています。
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