穏やかな秋の朝、男は一人、駅前で待っていた。
パーカーのフードを被らなければ凍えるほどに冷える秋風のなかの待合である。
ふと、時計を確認し、彼は遅刻を心配した。この場合の遅刻とは、相手の方である。
彼女は一度集合場所を間違えた、という前科があった。何時まで経っても来ないのならば、一度確認したほうがいいかもしれないという考えがよぎったとて、それは仕方のない事である。
「ごめんなさい、お兄さま。お待たせしてしまいましたか?」
「いや、さっき来たばっかだよ」
嘘である。待ち合わせ場所が見えるカフェに、集合時間の二時間ほど前から張り込んでいた。頃合いを見てさもついさっき到着したかのように振る舞っただけである。
更には前日以前に移動経路の確認や下見の為に頻繁に訪れている。念には念を入れた下準備はもはやヒットマンのそれであった。かつて悪友にからかわれた文言である。
「じゃ、行こうか、慧梨主」
「はい、お兄さま」
さり気なく手を引いて、エスコートを始める。男の頭の中では、これからの行動のシミュレーションが引き続き行われている。フローチャートを組み、目の前の少女の顔色から感情を読み取り、最善の行動をとる。いつもの事であった。
「そう言えば、亜梨主には見つからなかった?」
「……はい、お姉さまはきっと今頃も眠っていますよ。お休みの日は、いつもそうでしたから」
「そう。なら、いいんだけど。出来れば出くわさないに越したことは無いしね」
「良いんですか、そんなこと言って」
「二人きりのデートだもの。邪魔はされたくないな」
「……変わりましたね、お兄さまは」
「どうしたの急に」
「昔はしきりにお姉さまの事を気にしていたじゃないですか」
「悪かったって」
「ふふっ、私はもう気にしていませんよ」
「……まぁ、そういうことにしておこうか。僕も気にしないことにしよう、慧梨主が
「もう! いつまで擦るんですかそれ!」
「先に掘り返したのは慧梨主の方だろ? ほら、折角朝早くから出かけようってのに世話話で時間潰さないの」
「強引に話題を変えないでくださいよ、もう――ふふっ」
「どうかした?」
「……いえ、こんなに幸せでいいのかな、と」
「いいんだよ、慧梨主の幸福が僕の幸福につながるんだから」
「ありがとうございます、お兄さま」
お姉さまよりも、私の方を選んでくださって。という喉元まで出かかった言葉を、彼は聞かなかったことにした。