・オリ設定乱立なので何でも大丈夫な人向け。
・FGOシナリオ既読前提です。プリヤ、EXTRA、アポクリファの設定も出てきます。そちらは未読でも大丈夫ですが、無論読んでいただいた方が理解しやすいです。
【side:???】
水飛沫が舞う。幾度となく船が揺れ、稀に顔に当たって熱を奪う。普段の僕なら気になって仕方ないはずなのに、今はそれを忘れてその光景に目を奪われていた。
幾つもの銃を浮かべて掃射を行う金髪の女。
虚空から砲塔を出現させて砲弾を降らせるドレイク。
その隙間を縫うように駆け回るカルデアのマスター。
どいつもこいつも何もない所から当然のように射撃を行ってるけどおかしいよなこれ。
確かにサーヴァントっていうのは全員馬鹿げた力を持ってたけど、それを人間が使えるようにするカードもおかしいってやっぱり。
けど敵として立ちふさがるものがそもそも規格外で、目玉だらけの不細工な柱だ。でもこの特異点の中心で、野放しにすると世界が終わるかもしれない。だからこいつらは戦っている。つまりは世界を救うための戦いだ。なんて大層な肩書だろう。なんて胸の躍る舞台だろう。
どうして僕は、そんな世界を傍から眺めているだけなんだ。
☆
【side:オルガマリー】
いつの間にか空には暗雲が立ち込め、次第に日の光が失われるつつある大海原。
その中心とでも言いたげにそびえたつ柱の周りを、ドレイクの『黄金の鹿号』が旋回していた。
舞う水飛沫と共に、光線が船を狙って何度も放たれる。まっすぐ伸びた光が船に届こうかというその寸前、飛び出した人影によって船は窮地を逃れていた。
「今回の特異点、飛び道具多くないですか!?」
「まぁそりゃ海の上だからね。火薬と潮の匂いが入り混じるのが海賊の戦いってもんさ」
「飛んでくる攻撃に火薬のかの字もないんだけど!」
何度も攻撃を凌いでいるフジマルからいつもの調子で言葉が飛び出すが、それが空元気の類であることはその顔色が物語っていた。疲労の色が隠せないでいるのはこの場の誰もがそうなのだが。
それでもどうにか戦線が保たれているのは、あの柱の行う攻撃が魔力砲によるものだからだ。侮るわけではないがギルの宝具掃射と比べると重さがない為、弾くのではなく壁となって受け止めるだけで済んでいる。
「フジマル、厄介ではありますがあの英雄王程ではない。このまま船を守り通せれば――」
『反応増大よ! 警戒!』
「アンジェリカさんフラグってやつですよそれ」
「まさか、あの個体にも言葉を理解する知性が……?」
「そうは見えないけどね、来るよ!」
アンジェリカの声が聞こえたかのように攻撃のパターンが変化する。単発の光線での狙撃から複数の光線を同時に放つ形式へ、丁度アンジェリカの火縄銃がそれに近いだろう。つまりは本数の増加がそのまま脅威度の上昇に繋がっていた。
「宝具行きます、
数が多いと見たフジマルがライダーの宝具を開帳した。船の中心を基点として魔力障壁が展開し、宝具が届かない範囲を各々の射撃によってカバーする。
重なる爆発音が響き渡り、その悉くが船に届くことなく散っていく。こちらの攻撃は阻まれることなく命中しているが、柱の表面で蠢く目玉から放たれる光線が途切れることもまたない。フジマルの魔力がもつ限りは致命的なダメージを避けられるが、いつまでも受け身でいるわけにはいかない。
『敵の反応も僅かだけど下がってる。こちらの魔力が尽きる前に決着を付けるわよ!』
「もちろんです。やれますかドレイク!」
「あぁ、準備はばっちりだ。ド派手なものを一発かますとするかねえ!」
防御にフジマルが、迎撃にアンジェリカが奔走していた裏で弾込めを進めていたドレイクがその完了を告げた。フジマルの握っている拳銃でも、アンジェリカが浮かべる火縄銃でもなく。それらを遥かに超える口径での射撃を行えるのはドレイクが持つカルバリン砲だけだったからだ。
「聖杯ってのはつくづく便利なもんだ。よく分かってないアタシでも考えたことを現実に出来るんだから、まさしく願望器さまさまさね!」
ドレイクが銃口を柱に向けるのと同時に、虚空から幾つもカルバリン砲がその黒い砲塔を覗かせた。その数は今までの比ではなく、それこそかの英雄王が見せた砲門全開放に近い数だった。
「化け物相手にゃ勿体ないくらいだ! 有り難く受けとりなぁ!!」
鳴りやまぬ轟音が響き渡り、それが発射音と着弾音が連なったものであることからどれほどの破壊力かが分かるだろう。
「いやこれドレイクの宝具なんじゃないの? とんでもない威力だし」
「ゴールデン・ワイルドハント、か……」
「何か言いましたか? 間桐シンジ」
「言ってない。何も言ってない」
『反応が縮小しているわ! これなら――』
アンジェリカが何やら間桐シンジに反応していたが、それよりも対象の攻撃が止んでいることの方が朗報だった。ひょっとしたら、あれで仕留めきれたのではないかと期待を抱いてしまった。
だから、反応が一瞬遅れてしまった。
「何者だ! いやどこから現れ――ガッ!?」
「アンジェリカさん!?」
真っ先に気づいたアンジェリカの身が壁まで吹き飛ばされる。被弾したというよりは重くて速い攻撃を抑えきれなかったと言う方が近い飛び方だった。
『柱からの反応が格段に下がって、それに近い反応が船の上にあるわ! 敵に既に乗船されてる!』
「見りゃ分かるよそんなの! じゃあ柱は!? アレはどうなったんだい!?」
『沈黙してるわ、抜け殻みたいにね! 船にいるソイツが本体のはず、で』
「芥、先輩……?」
信じられないとばかりにフジマルが呟く。数値しか目で追ってなかったこと、そしてそのパターンが彼女のモノとも似通っていることの連鎖がより大きな衝撃をもたらしているような気がした。
「どうみても無事じゃないね、これは」
悪態でもつくかのような口ぶりのドレイクが、この場で最も冷静だったかもしれない。あることに思い至っただろう私たちは、その言葉に同意することすら忘れていた。
その存在が芥ヒナコだと分かったのは、夢幻召喚時に付けていた仮面が残っていたからだ。けれどその存在が芥ヒナコだと信じられなかったのは、その身に走るひび割れのような紅い紋様に加えてあの柱と同じ目玉が両腕に顕れていた為だ。
『なんて、禍々しい……』
「所長、確かに芥先輩なんですよね?」
『……あの柱の反応はもう潰えている。聖杯の反応や魔力数値からみても間違いなくこちらが本体、倒すべき敵よ』
「そんなこと分かって――」
『いいフジマル。目の前のソイツが誰であっても、聖杯を持っていて特異点を為しているのなら。それは私たちカルデアが倒すべき存在なの。彼女が芥ヒナコであるという事実の前にね』
「……くそっ」
諭すように、まくし立てるようにフジマルを言いくるめる。フジマルが動揺しているのは一目瞭然、それでもやらねばならないのだ。ならば戦うことの責任くらいは何とかするべきだろう。
『今まで戦ってきた黒化英霊や特異点の主たちと同じよ。カルデアのマスターたちを核にしているのなら、倒して救い出せばいい。やることは変わらない、いいわね!?』
「そう、ですよね。ありがとうございます、所長」
何とか戦う意思を再起させたフジマルについ安堵する。あのアンジェリカでも力負けする程の存在に、低い志のままでどうにかなるとは思えなかったからだ。
「所長の言う通りですフジマル、油断や気遣いから手を抜けるような相手ではない」
「アンジェリカさん、戻ってこれたん……」
「言いたいことは分かりますが、まだ動けます。この状況では一人抜けるだけで致命的になりかねない。完全に再起不能となるまでは戦います」
左頬にまで到達したヒビを見せながら、アンジェリカが己の役割を告げる。もはや立ち上がれただけでも奇跡なのかもしれない状態で見せた覚悟に、フジマルも押し黙るしかなかったようだ。
ドレイクはそれで十分だと言わんばかりに、視線をアンジェリカから芥ヒナコへと切り替えた。
「それで、お前さんは本当にあのヒナコなのかい? 更に奇抜な姿になっちまったが」
「――まはどこ? マシュ・キリエライトは、どこなの?」
ドレイクの問いかけなぞ聞こえていないかのような、不躾な問いだった。彼女は自分に答えが返ってくると疑っていないようだが、聞いた私たちには困惑の二文字しか浮かんでいなかった。
「知らない。そもそもこの特異点に来てるのかもまだ分かってない」
「嘘をつくな、この特異点に来たのは確認しているもの。どこにいる、どこにいった?」
『マシュが、この特異点にいたっていうの!?』
ゆらりと揺れるように問い詰めるその姿は、亡霊の様に見えた。劇的に言葉数の増えた物言いに面食らう所もあるが、その内容の方が今は問題だ。
「マシュはここで召喚していたもの。カルデアじゃ出来なかったけど、もう我慢する必要なんてないでしょ?」
「この特異点でも召喚を……? 間桐シンジ、今の話は?」
「…………」
彼は何も言わず、ただ目を閉じていた。先ほどまでであればまた銃を突きつけてでも口を割らせているのだが、芥ヒナコの存在がそれを許さない。
「その為に私はここにいる。その為に私はここまで来たの。それなのに、マシュがいないなら駄目じゃない。見つけないと、捕まえないと。邪魔、しないでくれる?」
『確かに芥ヒナコだけども、話が通じる状態じゃないわね……!』
「……はっ、思わずブルっちまったよ。コイツは手強いねぇ!」
流石のドレイクも冷や汗を禁じ得ない程に、芥ヒナコが放つ迫力は重く冷たいものだ。一時感じられたかもしれない情などどこにもなく、刺すような敵意だけが全員に向けられていた。
「芥先輩」
そんな敵意を真正面から受け止めて、フジマルがその名を呼ぶ。僅かに反応を示した彼女がその瞳を、いや全ての目がフジマルを捉えた。
「必ず、たすけます」
最早そこにいるのが変わり果てた存在、言うなれば魔神柱の力を宿す魔人だとしても、関係ないとばかりにフジマルはそう宣言した。
☆
たすけると宣ったフジマルへの返答は、剣だった。左腕のスイングだけとは思えない速度の剣がフジマルに向かって飛ぶ。
「これも、重いっ……!」
「アンジェリカがやられたやつか!」
弾くことが出来ずに軌道を逸らしただけのフジマルが大きく体勢を崩す。疲労も相まって生まれたその隙を、更なる剣の弾丸が襲っていた。
「避けるが勝ちってね!」
「ぶっ! ……ありがとドレイク、けどちょっと乱暴!」
「生憎海賊なもんでね、命があるだけ有り難いと思いな!」
フジマルの身を蹴とばして回避させたドレイクが何でもないように言う。この場の誰よりも乱戦慣れしている彼女ならではの機転だった。
「というかヒナコは何本剣持ってるんだい!? まるでさっきのガキみたいな、いやそのものじゃないか!」
『あの英雄王の力を受け継いでいる可能性はあるわね。少なくともカードの力ではない、はず』
「その通りです。芥ヒナコが使っていたのはセイバーのはず。その英霊の力で出来る範囲を超えています」
元より防御の選択肢がないドレイクが転がるように飛んでくる剣を回避する。アンジェリカも接近出来ずに歯噛みしていた。
剣が飛んでくるだけでそれを思い出すのは仕方ないが、それの再来だとしたら本当に笑えない。けれどそれ以外で芥ヒナコが何本も剣を投げてくる理由に説明がつかないのだ。加えて厄介な理由がもう一つあった。
「消火だお前たち! 巻き込まれないようにしつつそれくらいはやってみせな!」
「「「マジ怖いけどあいさー!」」」
「うわちょ、熱っ! ここも燃えてるんですけど!」
飛び交う剣、甲板に突き刺さる剣、そのどれもが炎を纏っていた。いつの間にか降り出した雨で勢いは弱まっているものの、その熱は警戒度を更に上げるのに申し分ない。
「受けるのも駄目、避けすぎるのも駄目なら」
『速攻で決めるしかないわよ!』
すり抜けざまに斬りかかるも大きく弾かれたフジマルが頷いた。元より長期戦が出来る状態ではない為、自然と取れる戦法が限られてしまっているのがもどかしい。しかもただでさえ狭い船上では、一刻も早く打ち取る必要があった。
だからこそ、フジマルが切る札もまた限られていた。
「宝具連結。
アーチャーの鉛玉では口径が足りなかった。今の芥ヒナコに届かせる為にはドレイク並の大砲が必要だったが、その砲撃に速さを上乗せすればどうなるか。
「ファイア!」
「なんッ!?」
ドレイク同様に虚空から出現した砲門が火を噴くと同時に、着弾の衝撃で芥ヒナコの身が宙に舞う。ほぼ同時に放たれた3発分の爆発とその衝撃が船全体を叩いた。
「はっはっは! 派手にブチかますじゃないかフジマル! 改修後じゃなけりゃ船ごとお陀仏だこんなもん!」
「拳銃の速度で大砲を、しかも船の上でとか馬鹿だろお前! 僕相手にこれやらなかったことにちょっと感謝しちゃいそうだよ!」
「あなたが持っていたカードを使っているのだから出来ませんが、そんなこと」
「分かってるよ! 僕以上に使いこなしてるのがホントムカつく……!」
クラスカード・ライダー。間桐シンジが使っていたカードであり、その真名は黒ひげ、エドワード・ティーチ。まさしく大海賊の力を振るうそのカードは、ドレイクと同様に船の宝具「
「鬱陶しい真似してくれるわね……! けど私が避ければそれだけでこの舟は終わることを分かっているの?」
「まぁいくら強度が上がったって限度がある。アタシの船がシンジの船みたいなことになってもおかしくはない、けど!」
「なら当たるように動くだけのこと――!」
ドレイクの握る二丁拳銃とカルバリン砲、アンジェリカの火縄銃が同時に火を吹いた。ただし真っすぐに芥ヒナコを狙うのではなく、その逃げ場をなくすような弾幕となる形での掃射だった。
「この程度で……!」
あの時小さな英雄王が放った剣の雨に比べれば、と半ば強引に押し切る芥ヒナコ。実際船のことを考えて全力で撃たれてはいない為に、逃れられるだけの隙間が僅かに生まれていた。
「見えているわよ!」
「ぐっ!?」
その瞬間を使って投げられた炎剣がフジマルの肩を切り裂いた。機動力のある芥ヒナコに確実に当てる為に集中していたフジマルが、走る痛みに顔をしかめる。しかしそれで弾幕が不十分だったことを認識し、空いた手で再び拳銃を取り出した。
「くっ……!」
果たしてそれはどちらの声だったのか。フジマルが放った銃弾を芥ヒナコが避けようとして、僅かに弾丸と掠った仮面が少し上に持ち上がる。それで視線がブレたのか、一瞬芥ヒナコの足がたじろいだ。
「この鎖は、人形が……!」
「フジマル! 狙え!」
その隙をついたアンジェリカが鎖を蛇のように操り、芥ヒナコの身体を拘束するように巻きつかせる。火縄銃の弾幕がいつの間にか尽きていたこと、すなわちアンジェリカが上乗せによってカードを切り替えていたことへの気づきが遅れたことも含めて、芥ヒナコが小さく歯軋りした。
「これで、決めます……!」
弾速と質量が拳銃とはまるで違う大砲のそれを狙撃銃のように構えるフジマル。外すまいと目を見開き、ギリギリまで照準を合わせようとして意識が大砲と弾道に向いていた。そこにはアーチャーのスキル、相手が抜いてからでも間に合う程速いクイックドロウによる自負もあったのかもしれない。
「使うわよ、―――」
「「「!?」」」
仮面を下から掴んで引き剝がし、芥ヒナコはその素顔を勢いよく白日の下に晒した。
たったそれだけで飛び出すはずの砲弾が数刻沈黙し、視界に捉えていた三人全員の動きが止まった。
『これは魔眼の、いや違う!』
「えぇ、これはただの宝具よ。まさか自分の素顔を見せるだけで魔術的な効果が発生するようになるだなんて、アイツが聞いたらどう思うかしら」
石化の魔眼ではない。その顔を見た者を縛り続けるような効果はなく、重圧によってただ一瞬身を震わせるように動揺を誘う対軍宝具。ただその一瞬を作り出す為だけに、彼女もまた宝具を開帳したのだった。
「もういい加減、楽になりなさい」
諭すような物言いで、否。裁定を下す調停者のような声で、芥ヒナコは告げる。
その身を妖しく眩らせ、熱が、衝撃が船全体を叩く。
波風荒れる嵐の中、船上に彼女だけが名称を知るもう一つの嵐が巻き起こった。
☆
【side:シンジ】
怒号や笑い声が混じる喧噪と、室内にしては暗い照明。運ばれる容器から漂う酒の匂いが、時代遅れの酒場であることを告げている。その一角で、僕の意識が浮上した。
「……あ?」
自分の口から出た呆然とした声を耳で聞いて、未だ混乱しているのだということをぼんやりと実感する。見える景色と記憶に覚えがないのだから、当然っちゃ当然なんだけど。
知らない場所。知らない人間。知らない音、知らない匂い。
頭が回らないのはそれらの情報を何とか処理しようとしてパンク寸前だからかもしれない。それでも何とか記憶を掘り当て、確かめるように言葉にする。
「僕は間桐シンジ、そうだちゃんと覚えてる。
記憶のピースがハマっていくにつれて、不安よりも疑問の方が段々と強くなっていった。
月の聖杯戦争に参加していたはずの僕が、なんでこんな所にいるのか。その答えに辿り着くまでに頭をよぎるのは、決まって嫌なシーンばかりだった。
『覚悟しとけよ? 勝とうが負けようが、悪党の最後ってのは笑っちまうほどみじめなもんだってねぇ!』
『むかつくけど、オマエに負けたんだろ』
『僕は死にたくなかったんじゃなくて、認めたくなかったんだ』
全てが実感のない、星の光のような記憶。けれど確かに間桐シンジという存在が辿ったはずの記憶であり、それだけが今ここに立つ自分を証明するものだった。
「違う違うそうじゃない、僕はアイツを探すためにここ、に……。あ?」
なのに肝心な箇所、自分がここにいる目的だけはなかなか埋まらない。なんで探すなんて言葉が出たのかも分からないし、そして誰を探すべきなのかも曖昧だ。何となく心当たりがあるような気もするが、不思議と輪郭がぼやけている感覚だ。
結局とある出会いが起こるまで、それが明確になることはないのだった。
けれど一つ明確になったこともあった。それは酒場でも聞こえたある名前。その海域一帯に名を轟かせる、海賊フランシス・ドレイク。その名前だけは捨て置くわけにはいかなかった。
「あの女がここにいるっていうのか……?」
思い出すのは豪快で、酒臭くて、がめつい女海賊の背中だ。この時代のアイツが僕のことを知る由はないだろうが、無視する気にはなれなかった。
「ちょうどいい。色々とやれることがあるんだ、精々本当の実力を見せてもらおうじゃないか」
どうせ大したことはないと高をくくっていた。こちらにはカードもあるし、別の切り札もある。それ以上に油断を招いていたのは、月での戦績を断片的に思い出していたからだ。
すなわち月の聖杯戦争で僕とあの女海賊のコンビは敗北しているという事実。
当然、天才である僕が本来負けるはずはない。原因は色々と考えられるが、サーヴァントの力不足だったんじゃないかとそう思えてきたのだ。そしてその証明方法も今ならお手軽だ。つまりは僕の手でアイツを下してしまえばいい。元マスターに負けたとなれば、サーヴァントとしての格も地に落ちたも同然だ。
そんな思考に取りつかれたように、僕はアイツの船を襲撃した。一度目は何やら凱旋する船を背中撃ちしたらあっさりと逃げていき拍子抜けしたものだ。だから二度目も同じように襲撃した。因みにすぐ近くまで飛んでから船を出したのはギルガメッシュの案であって僕の発案じゃないことをここに記しておく。面白がって同意はしたけど。
そして始まった二戦目。思い返せばこの時代でアイツと顔を合わせたのはこれが初めてだったかもしれない。変わる態度なんてものもなく、月での距離感のままに僕たちは撃ち合いを始めた。
「能力は大したもんだ。多少頭も回る。だがまだまだ甘いんだよ」
その言葉の方が、僕の胸に強く突き刺さった。その後の奇襲も失敗して本来やる予定のなかった爆発まで使わされたことよりも、僕たち二人の間にある力量差を一方的に評したことが許せなかった。
「くそ、ちゃんと強いじゃないか……」
かつてのゲームチャンプとして、戦っているうちにそのことから目を逸らすことは出来なくなっていた。自分の持つ札をどう使ってもその上を行く感覚がずっと離れず、一瞬に満たない勝ちの目の悉くをあの女は当然のようにかっさらっていった。まさしく不可能なんてないと言わんばかりにだ。
「ふざけんなよ、認めないからな……!」
それがただの敗北なら退いてもよかった。勝負は時の運とも言うし、それはアイツの領域だ。しかしこの負けは別の事実を浮かび上がらせるものでもあるのがネックだった。だからこそと再戦を決意し、更に別のカードを用意した。その頃には、何故戦うのかという理由もそれ以外に目がいかなくなっていた。
「くそ、くそ! なんで僕がまた、こんな……!」
けれどまた僕の剣がアイツに届くことはなかった。あの女とカルデアのマスターの二人に、間桐シンジは敗北を喫した。頭数の話をするのならこちらの方が多かったのに、あの二人は見事戦場を制してみせた。
この二度の敗北が、とうとう僕に力不足という三文字を飲み込ませた。カルデアのマスターを僕に正しくぶつける為に動くことの出来たあの女は、確かな強さを持っていた。
じゃあ、月の聖杯戦争で勝てなかったのは――
☆
「痛っ……。何が、どうなって……」
全身に走る鈍い痛みと共に意識が浮上する。身を起こしてから、いつの間にか自分の身を縛っていた縄が千切れていたことに気づいた。あの爆発ならさもありなんと正面に目を向けた。
甲板は散々たる有様だった。一面が黒く焦げていて大小の穴があちこちに空き、自分同様に巻き込まれた船員たちのうめき声が僅かに響く。マストが折れていないのが不思議で仕方がないくらいだ。その中心地で立つのはこの惨劇を引き起こした張本人の仮面の女。名前はよく覚えていないが、カルデアの仲間で芥と呼ばれていた気がする。
人間とは思えない圧倒的な存在と唯一残って対峙しているのは、あの女だった。それが船長の役目だとでも言うように、海賊フランシス・ドレイクが芥を睨みつけていた。
「案外しぶといのね、お前」
「こちとらこの船の船長でね。最初に倒れるわけにはいかないのさ!」
すぐさま戦闘が始まるが、明らかにドレイクの動きが鈍い。放つ銃弾も命中してはいるが目に見えるダメージはなく、ドレイクの切り傷だけが一方的に増えていく。
「ぐっ……!」
余裕のないドレイクの後ろ姿を見て、いつの間にか拳を握っていた。
もしこのままアイツが負けたらどうなるのか。戦えないはずの僕を見逃してくれるだろうか。或いは用済みだとばかりに今度こそこの船ごと燃やされてしまうのか。そんな憶測がつい浮かんでしまう。
「ふざけるなよ……」
こんな状況は認められないと歯軋りした。戦えない自分、勝てない自分というものがこんなにも無力感を感じさせるものなのかと戦慄すら覚えるほどだ。だからこれ以上眺めていることは出来ない。
「こんな所でもまた死んでたまるか。負けてたまるかよ……!」
それは怒り、焦燥、恐怖、それ以外もかもしれない。けど自分の中で理由はこれでもかと積み上げた。それでも足りないと、今から行うことはおかしいと気づく前に、正真正銘最後の切り札を抜いた。
こんなの僕らしくないと内心思いながら、それでも湧き上がる衝動と叫びを抑えきれないままに。
☆
【side:なし】
「しまったっ――!」
「ただの人間のくせによく耐えたものね。けどもうこれで――!」
ドレイクが右手で握る拳銃が剣によって弾かれ甲板を転がった。手落ちとなったドレイクへ、芥の剣が振り下ろされる。その一瞬。小さな何かが風を切った。
「ライダァァァァァァァァァァァァァァァ!」
空いたドレイクの掌に、一枚のカードが飛来する。間桐シンジが持っていたもう一枚のカード。ずっと使うまいと隠していた勝利へのチケットを投擲したことで本当に丸腰になったシンジの目を見て、それだけでドレイクはやるべきことを悟った。
「インストール――」
フジマルたちが唱えていた言葉をなぞると、聖杯とも違う力が自分に満ちていくのを感じた。だがそれら一切と無視して、ただ目の前の剣を吹き飛ばす為に新たな銃の引き金を引いた。
「しぶといわね……!」
至近距離で飛ぶ弾丸を弾くも、ドレイクには届かないとみて僅かに距離を取る芥。あのカードを使った瞬間、彼女の勘が正しく危険を察知したのだ。また面倒になったことをドレイクの変わった姿をみて再認識し、小さく舌打ちをした。
黒い大きな外套を肩にかけ、夢幻召喚と同時に出現した拳銃を確認するように構えるドレイク。聖杯をただ持つだけでも、夢幻召喚だけでも届かないはずの領域に彼女は到達していた。
「こうなる、のか。自分で自分のカードを使うと……」
驚くシンジには知る由もないが、夢幻召喚をしたドレイクの脳裏にはいくつもの映像が走馬灯のごとく流れていた。この時代の自分が行きつく末路も、未来の自分が体験するかもしれない可能性の光も。
「ええい鬱陶しい! アタシはアタシだ、今ここにいるアタシだけが絶対だ! それ以外はお呼びじゃないってね!」
頭痛のように響く自分の情報群を、ドレイクは余計なものだと振り払った。理屈など理解していない。説明すら不要。今は目の前の相手を圧倒するだけの力を引き出せればそれでよかった。
「そうか、お前も真に英雄なのね。人理に名を刻む開拓者。賊の分際でそこまでの力を振るうのはその所為か」
「アタシが英雄だぁ? 馬鹿言っちゃいけないよ。アタシはこの海で自由に、派手に、その時やりたいことをやってるだけの悪党さ。おっと、今はお前さんもお仲間かい?」
「なんですって?」
「そんなワケの分からん怪物にいいように使われて、フジマルたちと戦うことになって。やってることは世界とやらを救うことと真逆じゃないか。敵役とはいえ、それは悪行と言っていいだろ?」
「……いいわ。とっとと終わらせてあげる――!」
安い挑発と分かった上で、芥はその口を塞ぐべく駆け出した。夢幻召喚したドレイクの脅威度は確かに増している。しかしたったそれだけ。その命を刈り取ることは造作もないと判断した。
僅かにあけた距離を一瞬で詰め、両手に持った剣で切り払わんとドレイクに肉薄する。けれどドレイクも同じ速さで二丁拳銃を構え、フジマルのクイックドロウに追随するスピードで連射を行った。
「これでも喰らいなぁ!」
「うぅうあああぁぁぁっ!」
霊基再臨した夢幻召喚と本人による夢幻召喚。二人の出力が拮抗した結果が目にも止まらぬ攻撃の応酬だった。その余波を肌で感じるシンジは、どこか安堵するようにその行く末を見守っていた。
「お前は世界一周を為した凄い奴なんだろ。僕には出来なかった偉業を成し遂げた、誰もが認める英雄。不可能を可能にする、そんな馬鹿げた女なんだろ……!?」
誰かに託すことも、シンジにとっては一つの苦行だった。それは同時に、どんな理由があったにしろ自分の力不足を認める行為に他ならないからだ。
「僕が力をやったんだ、負けたら今度こそただじゃおかないからな!」
それでも、シンジはカードを自分で使おうとは考えなかった。それよりも、本来の持ち主へと渡す方が勝率が高いと判断した。今度こそ勝つために、今度こそは負けないために。
「はん、聞こえてるよシンジぃ!」
左の銃身で強引に剣の峰を弾き、空いた半身に鉛玉を叩き込む。今度は火力が足りたようで、芥の身体が衝撃によってブレた。
「人間がぁ!」
芥が反撃だとばかりに放った鋭い突きがドレイクのわき腹を即座に貫く。もう一撃を与えんと振るう剣の上から、別の細い剣が出現してそれを防いだ。
「フジマルお前、どこから!」
「遅れてごめんドレイク!」
「いいや、丁度頃合いだ!」
フジマルが割り込んだことにも、貫かれたわき腹から走る痛みにも目もくれず、ドレイクは片足を黒ずんだ甲板に振り下ろした。
「いい加減仕舞いといこう! ド派手な花火を打ち上げてねぇ!」
「まさ――」
甲板から空を向いて出現したカルバリン砲がフジマルと芥を巻き込む形で吹き飛ばした。
「ぐぅぅぅぅっっ!!」
「あああぁぁぁっ!!」
空へと放たれたビームが、嵐吹き荒れる雲に刺さって突き抜ける。その質量に打ち上げられる形で高度を上げる二人が船の最上部を超え、50m上がった辺りでビームを弾いてきって上昇を終える。
「馬鹿げた、真似をっ!」
自由の効かない空中ですぐさま体勢を整え、芥ヒナコは目下見える船を睨みつけた。この程度の高所なぞどうってことない。むしろ落下速度と重力加速度をも加えた一撃を喰らわせんと画策する余裕すらあった。そんな彼女をたしなめるように、僅かに高い高度から声が響いた。
「すみません芥先輩、先に謝っておこうと思います」
「? 何を急、にっ!?」
弾いた体勢のまま落ちるだけのフジマルを見上げる芥ヒナコが突如として動けなくなり、瞬時に周囲へ目を走らせる。自分の身体に巻きつく鎖と、その先端を甲板に立つアンジェリカが握っているのが見えた。
「先輩が強すぎて、こんな手しか浮かばなかったんです。だからその変なのだけを吹き飛ばすまで、耐えてください」
「…………お前、後で一発殴らせなさい」
☆
【side:シンジ】
甲板から突き出されたカルバリン砲によって二つの人影が空へと打ち上がっていく。高所から落ちれば、流石に芥も倒せるのだろうか。いやカルデアのマスターも一緒に飛んでったけど大丈夫なのかアレ。
「――そうだシンジ、さっきアタシのこと何て呼んだ?」
「は? ……なんだっていいだろそんなの! おまえに向かってカードを投げるので手一杯だったんだからさ!」
「いやいや、それはダメだろ。アタシを差し置いて一番の海賊を名乗った奴が、アタシを倒すんだーって息まいてた坊主が土壇場で名前を間違えるっていうのは」
「し、仕方ないだろ、だっておまえは――」
「だとしても、だよ」
「え?」
僕の方を向いたあいつの周囲に、幾つものカルバリン砲が出現する。それは甲板を超えて、船を超えて、海上にも無数に顕れた砲塔のどれもが空のある一点を向いていた。
「だからよく憶えていきな。そんなお前さんが誰に勝利を託したのかを」
そして撃鉄が落ちる。空の一点、謎の化け物に身を巣食われた女を全身全霊をもって倒す為だけに、そんな勝利の為にその海賊は、持てる力の全てを注ぎ込んで言った。
「テメロッゾ・エル・ドラゴ! 太陽を落とした女、フランシス・ドレイクってなぁ!」
嵐に空いた穴、そこから見える日輪へと幾つもの光線が吸い込まれていった。
何故もう一度名前を名乗ったのか、何となく理解した。
「――忘れるわけないだろ、バカ」
だから、そう悪態をつくのが精一杯だった。
対戦相手についてはまた。