夢幻召喚で戦うカルデアの話   作:棚木 千波

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~Attention~

・オリ設定乱立なので何でも大丈夫な人向け
・FGOシナリオ既読前提です。プリヤ、EXTRA、アポクリファの設定も出てきます。そちらは未読でも大丈夫ですが、無論読んでいただいた方が理解しやすいです。


#25 そして、カードはめくられる

 

【side:アンジェリカ】

 

「……なるほど、聖杯をこう使っていたのですね」

 

 回収した聖杯を手にアングルボダから飛び降りる。先ほどまで格納場所は分かっても稼働中だった為に取り外すことが叶わなかったが、それも操られたカウレスをフジマル達が止めるまでの話だ。

 

『よくやってくれたわ二人とも。アンジェリカが聖杯を、フジマルがカードを回収したことで魔霧計画は頓挫した。これでこの特異点の修正も可能でしょう』

 

 労いの言葉と一緒に何かが軋む音が通信越しに届く。恐らく息をついた所長が椅子に座り込んだのだろうと推測をたてながら、マキリ・ゾォルゲンを見張るありすの元へと戻った。

 

「あら、ずいぶんとあっけないおしまいね」

 

「……そうでしょうか?」

 

 あっけらかんと言う彼女に何とも言えない感情が僅かに浮かぶが、そういうものだと思い出して口には出さないことを選択する。ありすも首謀者を見張るという仕事を全うしているようなので叱るようなことはないと、

 

「ありす、人に座り込むのは止めるべきです」

 

「ええー? こうすればこのおじさんも動けないし、地面に座って服が汚れたりもしないんだもの!」

 

 このロンドンを霧で覆い人類史を堕とさんとした男は、駄々をこねる少女によって座椅子代わりにされていた。意識がないことが救いと言えば救いなのかもしれないが。

 

「前者の言い分は認めますが、その動機が不純です。あとその男にまた聞きたいことがあるのでどいてください」

 

 ありすがいても出来る範囲の尋問によって、聖杯の居場所だけは吐かせることに成功した。後はそもそもこの聖杯を誰から受け取ったのか等を聞き出す必要があるだろうと思い、動くように促した。

 

「ふーん? まぁいいわ、それで次はどうやってお話してもらうの?」

 

 次の遊びを考えるくらいのトーンで尋ねてくる少女の無邪気さに頭を抱えつつ、どうしたものかと思考を走らせ始める。もうじき特異点の崩壊も始まるのならいっそ一時的な捕虜とするのも一案かもしれない。或いはそれまでにありすをフジマルに預けて尋問を済ませるかとも考え――

 

「!? これは――」

 

『うそ、レイシフトに酷似した反応!? アンジェリカ、何か来るわ!』

 

「え?」

 

 最初に感じたのは悪寒。突如として空気が一変したことを肌で分かった。気温が下がったわけでもなく、地下空間が崩落を始めたのでもないのに、本能が危険信号を鳴らしている。

 

「――全く、小間使いすら全う出来んとは。やはり任せるに値しない者どもばかりだな」

 

「どなたかしら、あの人」

 

「ありす、私の後ろへ。絶対に前に出ないように」

 

 ありすの言う通り人の形をした存在。だがそれは似ているのが輪郭だけと言う話で、中身はおおよそ人とは呼べない。そう思わせるだけの魔力量と威圧感をごく自然に放っていた。

 

『シバが安定しない、映像が途切れた! アンジェリカ、ソイツは何?!』

 

「五月蠅い声だ。ああ、未だ私の眼から逃れ続けるカルデアの者か」

 

 私の持つ通信礼装から聞こえる声に不機嫌の意を示す闖入者。こちらを向いただけでありすの私を掴む力が大きくなる。一筋の冷や汗が頬を滑り落ちていくのを感じた。

 

「既に確定した滅びを拒み、何も為しえないモノどもを放つ哀れな一派。人形使いでもない主が操ったところで、失笑しか得られぬだろうに」

 

「……何者です、答えなさい」

 

「ほう、人形擬きが従者を気取るか。見るに堪えないと踏んでいたが、こうも健気だと気を惹かれるな。よかろう、聞きたいのならば応えてやろう」

 

 白い髪、褐色の肌、だからこそその身に纏う赤黒さが際立っている。ギラめくような笑みと共に、その正体を表わした。

 

「我はソロモン。七十二柱の魔神を従え、人類を滅ぼし、人理を焼却したもの。私の事業の一要素でしかないお前たちには、これで十分だろう」

 

『なっ――――』

 

「ソロモン……、古代イスラエルの王であるあなたが、この人理焼却を為したと言うのか……?」

 

 オケアノスの時から可能性の一つとして挙がっていた存在。それが黒幕として確定したこと、その本人が突然現れたことの衝撃が周囲から現実味を奪っていく。だがそんな動揺含めて私たちに興味はないと言わんばかりに、ソロモンは話を進める。

 

「なんだ、その童も人間ではないのか。あの盾の娘といい、やはり何かがおかしい。万が一と思い足を運んだが、どうにか手に取る価値は見出せそうだ」

 

「来る――!」

 

「なに、折角立ち寄ったのに自らの手で壊すような真似はしないさ。使うのは六本程度に留めてやるよ」

 

「え? え?」

 

 転がり落ちる卵のように、いつの間にか状況は激変した。勝ち目があるとは思えない戦いの火蓋が切られるのもまた、一瞬だった。

 

 

 

 

【side:オルガマリー】

 

『フジマル、アンジェリカが!』

 

「え!?」

 

 地上でカウレスを止めたのも束の間、新たなる脅威の出現につい声を荒げてしまう。そんな私の並々ならぬ様子で緊急事態が伝わったのか、フジマルが疲労の色を隠して確認を始めた。

 

「どういうことですか、所長!」

 

「地下空間で聖杯を回収してすぐに突然現れたわ。敵はソロモン王、人理焼却を行った張本人よ」

 

「ソロモン王って、まさかサーヴァント!?」

 

「とんでもない大物が来たな……!」

 

 魔術師かつ聖杯戦争経験者であるフォルヴェッジ姉弟も驚きを露わにする。フジマルも以前のデブリーフィングでその名を聞いているはずだが、脅威度よりも別のことに気を取られているようだった。

 

「ソイツとアンジェリカさんが戦ってるってことですか?!」

 

「その通りだけど相手が悪すぎる。応援の為に至急地下に戻って!」

 

 これがピンチであるのと同時に千載一遇のチャンスであることは理解している。敵の首領が単独で現れたというこの機会を逃したくないというのは本音だが、戦闘直後のアンジェリカには荷が重すぎる。

 

「分かりました、すぐに行きます!」

 

「――させません」

 

 駆け出そうとしたフジマルの足を、一人の少女の声が止めた。否、止めざるを得なかったというべきだろうか。

 

「マシュ?! なんで!」

 

「あの場所へ行かせるわけにはいきません。それが私の役目ですから」

 

「くっ……!」

 

 戦闘態勢をとったフジマルだが、震える剣が彼の葛藤を表わしていた。目の前のマシュと地下のアンジェリカ、どちらに力を割くべきかを思案しているのだろう。

 

「行けよフジマル、地下の方がヤバいんだろ?」

 

 そんなフジマルの横に並び立った二人を見て、マシュの声が不機嫌なものへと変わる。

 

「あなたたちも、邪魔をするのですか?」

 

「ああ。悪いがアンタたちの事情は知らない。だけどいい加減こっちも借りを返さなきゃな」

 

「二人とも動けるのか?!」

 

「はい。お互い多少の無理はしてきましたし、もう少しくらい上乗せしたところで変わりませんから」

 

「っ…………!」

 

 放たれた矢を弾きながら新たな敵対者に無言で非難の目を向けるマシュだが、カルデアにとってその提案は有り難いものだ。それを理解しているだろうに未だ逡巡していそうなフジマルに、最後の後押しをするべく口を開いた。

 

『命令よフジマル。マシュはフォルヴェッジの二人に任せて、地下への急行を優先しなさい』

 

「…………分かった。二人とも、マシュをお願い!」

 

「みすみす行かせるとでも――っ!?」

 

 己と同じくらいの背丈の盾を振り上げ一気に攻勢に出たマシュの一撃が空を切る。その背後に現れたフジマルを見て、その速度と正体に焦りの色を浮かべた。

 

「二コラ・テスラのカードをもうそこまで――!」

 

「行け! フジマル!」

 

 カウレスの振るうメイスを盾で受け止めたことでマシュの動きが止まる。瞬時に弾いて振り返るも、走る稲妻と化したフジマルとは既に大きく距離が開いていた。

 

「この……!」

 

「ぐうっ、盾で殴って来るって何のクラスだコレ!」

 

「油断はしないようにねカウレス。フジマルが専念出来るようにここで足止め、ないし捕縛してしまいましょう」

 

 カウレスが前衛を担当し、生まれた隙をフィオレが射撃で埋める陣形が流れを作り、徐々にマシュの動きが制限され始める。手数の多さから誘導されて、既にフジマルの進んだ先を塞ぐような位置取りになっていた。

 

「――やはり味方が多いですね、先輩は」

 

 敵対者に向けるにはあまりにまっすぐな賞賛の言葉。それとは裏腹に更なる猛攻が始まった。投擲してメイスに弾かれた盾を空中で掴んで叩きつけるなど、実戦経験に裏付けされた盤石なる盾の使い手がそこにはいた。

 

『急ぎなさい、フジマル……!』

 

 再び地上で始まった激闘を脱出したフジマルがロンドンを駆ける。それを観測する私にできるのは、彼が一刻も早く地下に到達するよう祈ることだけだった。

 

 

 

 

【side:アンジェリカ】

 

 地上での戦いを激闘と呼ぶのなら、地下のこれは死闘と呼ぶべきなのだろう。相手にとっては児戯だとしても、私からすればそうだった。地に叩きつけられた体勢から何とか立ち上がろうとして身体を起こす。それだけで身体の節々が悲鳴を上げるが、そうも言ってられない理由が目の前にあった。

 

「あり、す……!」

 

「やだ……、放して……!」

 

「よく動くものだ、人形の分際で」

 

 私の力不足が原因で捕まったありすがソロモンに首を掴まれ宙に浮いていた。苦悶の表情を浮かべながら腕を叩いているが、まさしく焼け石に水でしかない。

 

あたし(ありす)は、おともだちと、お姉ちゃんを探しに来ただけよ……! あなたなんて知らない……!」

 

「ほう? おまえ如きが単独でこの特異点にやってきたと? そんなわけはないはずだ」

 

「このっ……!」

 

 震える身体に活を入れて火縄銃を放つ。照準も威力も見掛け倒し、それでもありすをそのままには出来ないという感情だけで行った射撃。だけどそんなものが届く道理はないとばかりに阻まれてしまう。

 

「誰の、いや何の差し金でここに来た? これもあの盾の娘のいたずらか?」

 

「しらない、わかんないわ、そんなのっ――!?」

 

「……ふむ、ただの浮きにすぎないか。ならその獲物と釣師は何を指している?」

 

 暴れていたありすが怯えた顔でその動きを一瞬止めた。まさしく蛇に睨まれた蛙であり、その行きつく先は捕食される以外にない。だから一刻も早く動かないといけないのに。

 

「まさか」

 

 焦りによって曇っていた目がようやくその事実を直視する。見下ろした先にあるヒビが右足に沿って次第に広がっていき、終着点である足先は崩れ落ちて、その破片が割れた花瓶のように散らばっていた。

 

「こんな時に、足が……!」

 

「いや……いや……っ!」

 

「――――っ、あああああ!」

 

 いくら足に力を込めた所で地面の窪みがその深さを増すだけ。ありすの悲鳴が聞こえた瞬間に火縄銃を自身の後方に放ち、砲身を掴んで得た推進力でたった一度の突撃を開始する。文字通り捨て身の特攻だが、ありすの身柄くらいは取り返さなければ、ここに残った意味がない――!

 

「不可解だ。そんなにも死に急ぐか?」

 

 近づく私を粉砕せんと魔神柱の幾つかが動き始めた。ライダーの俊敏性を使って上であと手足の一本を犠牲にすればどうにかできると判断する。いよいよ本格的に自棄になったなとどこか客観的な意見も浮かんだが、気にする余裕はなかった。

 

 そんな苦笑と共に短剣を握りなおした矢先、何かが私を追い抜いた。

 

「――うおおおおお!」

 

「ほう?」

 

 それは放たれた真っすぐな矢の様に。飛んできた銀の槍が振り下ろされた魔神柱の側面に突き刺さる。ミサイルが激突したような爆発とつんざくような魔神柱の悲鳴を響かせながら、空中の私と捕まっていたありすを回収して一人の少年が着陸を果たした。

 

「遅れました、アンジェリカさん」

 

「お兄、ちゃん……! おそいよ……!」

 

「……待っていました、フジマル。」

 

 泣きじゃくるありすと同様に、私の言葉にも僅かな安堵と驚きが入り混じる。この為に死力を尽くしていたのは確かだが、到着が予想よりも更に早い。恐らく相当の無茶を通した結果なのだろうと推測できるが、今はその判断がありがたかった。

 

「随分な歓迎だな、カルデアのマスター。おまえが私に逆らう愚か者か」

 

「そう言うおまえが元凶なのか。人理を焼却して、この二人をボロボロにして、こんな事が楽しいのか!?」

 

 珍しく声を荒げたフジマルが問いを投げた姿がどう映ったのか。自身の口角を僅かに上げて、嘲笑しながら王は言う。

 

「――ああ。もちろん楽しいとも。貴様たちの死に様が、終焉が、断末魔が、私に極上の愉悦をもたらしてくれる!」

 

「おまえは……!」

 

「だが人形どもを壊すのは私の趣味ではない。そしてこれ以上その童から聞くこともない。思ったより手間取ったが、そろそろ戻るとしようか」

 

『…………まさか、帰るつもり!?』

 

「その通りだが? 私とて暇ではない。息抜きついでに用事を済ませたのだ、これ以上時間を浪費する理由がどこにある?」

 

「くっ……!」

 

 それは私たちなぞ敵ではないと言っているのと同義だった。見逃すのではなく、そもそも倒す必要がないと全ての元凶がそう告げていた。だけど屈辱だと感じるよりも好都合だと受け取る理知的な私に軍配が上がった。だからこのまま何もせずに様子を――

 

「逃がさない」

 

「――ほう。何か言ったか、人間」

 

「世界を滅ぼしておいて、二人をこんな風にしておいて、これ以上好きなんてさせない!」

 

「フジマル、ここは抑えてください! 今の私たちでは勝てない!」

 

「だけど、こんなチャンスを逃すなんて……!」

 

 悔しそうなフジマルにどうか踏みとどまるよう強く叫んだ。チャンスであることは分かっているから最初に撤退ではなく抗戦を選んだのだ。だけどこの力量差は万全な状態でようやく届くかどうかであり、その上で博打を打つにはあまりにも時期尚早だった。

 

『あなたが倒れたら元も子もないでしょう!? カルデア最後のマスターなんだから!』

 

「でも、アイツは倒せないわけじゃない! 俺は、自分はそれを知っているから――!」

 

「ほう、おかしなことを言う。ただの人間、が……」

 

 不可解だと言うようにフジマルを見つめたソロモンの動きが一瞬止まる。それは見てはいけないものを見てしまったような、そんな動揺を思わせる仕草だった。

 

「……ならば試してやろう、人類最期のマスターよ。その言葉が間違いか否か、ここで見せてみるがいい!」

 

 態度が変わる。一転してそれは敵対者に向ける圧力を伴って空間を支配する。今ここにある全ての魔神柱が蠢き始め、地獄を作らんとその目を見開いた。

 

「――追加召喚(チェイン)、宝具連結。

 『壊音響け、不毀の極槍(ドゥリンダナ・サンダラードライバ)』!」

 

「っ! ありす来てください!」

 

『何やってんのよ馬鹿!』

 

 ソロモンが魔神柱を操り始めるのと同時に放たれた宝具。この地下空間に現れた時と同じく、彗星のように黒幕を討たんとその飛翔を始めた。悲鳴のような悪態をつく所長の声を振り切って私も即座にカードを切り替える。右足は動かないままだが、それでも彼一人に託すわけにはいかない――!

 

「追加召喚、燕返し!」

 

 ジェット噴射の勢いを残したまま槍を剣に戻し、正面衝突を図った魔神柱の一柱の側面を並行に滑りながら、迫りくるもう一柱の魔神柱目掛けて魔剣を放つ。霊基再臨後の完全なる多重次元屈折現象が鈍い金属音と共に、二柱の間に活路を拓く。

 

「追加召喚、アーチャーッッッ!」

 

 四方から不埒者を墜とさんと魔光の集中照射がフジマルを襲うが、更なるカードのスキルによってそれを無効化する。

 おそらく先刻までカウレスに使われていた『二コラ・テスラ』のカード。その英霊が持つ力であり、実体のない攻撃を電気へと変換、蓄積をするスキルだろう。けれどその全てを受け止めきれたわけではなく、余剰分がフジマルの身体へのダメージとなって傷を作っていく。何かが割れる音がまた小さく喚いた。

 

「――これは」

 

「させない……!」

 

 意表を突かれたとばかりに、ソロモンが目を見開く。再度右手を振るおうとして、その動きが一瞬鎖によって封じられる。横に出た私がなけなしの置換魔術を使って届かせた鎖、それによって縛られた右手に意識を割くことすら許さないと、フジマルが必殺の距離に到達する。

 

「追加召喚――宝具連結。『約束せし勝利の元素魔剣(ブティカソード・オブ・パラケルスス) 』!」

 

 それは私から受け取っていたキャスターのカードを組み合わせた即興の連結宝具。ソロモンに突き刺さった剣先からショットガンの如く撃ち出された真エーテルの魔弾が、その対象を幾度となく貫き穴を開けて爆発をもたらした。

 

 その爆発が連鎖を生み、フジマルとソロモンが光に包まれる。一点に集中したエネルギーの爆発と爆風が空間内の全てを叩いて有耶無耶に変えていく。残っていたアングルボダや近くにいた私とありす、倒れているゾォルゲンをも巻き込んで地下空間全体を衝撃が駆け抜けた。

 

「きゃあああああああっ!」

 

「ぐっ……!」

 

 脇に抱えたありすと一緒に倒れ込んで飛びそうな意識を必死で抑える。ありすを抱く左腕にもヒビが入っていることを認識しながら、爆発の余波が収まるのを待つしかなかった。

 

 

 

 

『通――安定しな――けど――ジマ――』

 

「どうなった……?」

 

 影響が通信状態にも及んでいた為に所長の声も途切れ途切れだ。ようやく顔を上げられるようになっても、充満する土煙が得られる情報を制限している。パキン、パキンと聞き覚えのある小さな音が鳴ったのが辛うじて分かったくらいだ。

 

「――――無様、なんと無様だ」

 

 なのに、その声は私の耳にしっかりと届いた。まだこの場にいる者を賞賛するように、己の健在をこれでもかと主張しながら、評論家のように冷淡な感想を述べていた。

 

「障害かと思えばこんな結末とは。警戒するには値しなかったか」

 

 そこにいたのは変わらず無傷のソロモンだった。その身も凍るような魔力も、息が詰まるような存在感も、何一つ変わっていなかった。

 

「これで理解できたはずだ。おまえのその力も確かに異端だ。四つの特異点を消去したのもその賜物だろうさ」

 

 確かにフジマルのことを見て言いながら、その視線の先に彼の姿がない。不思議と鼓動が速くなっていくのを感じる。通信越しに叫ぶ所長の言葉が何故か耳に入ってこない。私は何に気を取られているのだろう?

 

「だがそれだけだ。私を倒すにはあまりに足りない」

 

 煙のカーテンが剥がれていく。それでフジマルを視認して初めて、見えていないことが幸運だったかを理解した。ソロモンが退去を始めていなければ、私も再度突撃して彼と同様に倒れ伏していたかもしれないからだ。

 

「私からの最期の忠告だ。――そのまま灰すら残らぬまで燃え尽きているがいい。それがお前たちの未来である」

 

 ソロモンの姿が消える。後に残されるのは静寂と、敗者である私たちだけ。

 その内の一人は動かずに倒れ伏し、赤い小さな池に沈み込んでいた。

 彼の手から離れた剣が地面に転がり、刀身が僅かに地下空間に残った光を鈍く反射する。

 

 それを握るはずの右手は肘先から存在せず、そこから彼の身体を動かす赤い何かが流れ出ていることしか分からなかった。

 

 

 

 

『絶対に死なせないでアンジェリカ!! はやく!!』

 

 通信がクリアになるのと私が走り出すのが全くの同時。所長の叫びと使命感、後悔が壊れた足に無理やり力を通す。痛みよりもスピードが出ないことだけが嫌だった。

 

「返事をしてくださいフジマル、フジマル!」

 

「お兄ちゃん! なんでこんな……!」

 

 今ある全ての治癒手段を駆使して止血と回復を行うがフジマルの蒼い顔は変わらない。カルデアの白い礼服と顔を真っ赤に染めながら、けれど小さくフジマルが目を開けた。

 

「……すみ、ません。ちょっと、駄目、でした」

 

『何がちょっとよこの馬鹿! すぐにレイシフトさせるから、医務室に叩き込むまでしっかりしなさい!』

 

 既に楔たる聖杯は回収しており、ソロモンもいない今レイシフトを妨げる要素はない。重体であるフジマルを救うにはすぐにでも帰還するのが正解だった。それを悟ったありすが残ったフジマルの左手をぎゅっと握った。

 

「……また、話そう、ありす」

 

「ええ、やくそくよ! 破ったら、はり千本なんだから……!」

 

 涙を振り切ってそう言うありすを見て笑おうとしたのだろう。フジマルの口角が微かに上がったが、笑みとなるには至らなかった。

 

「おい、マジじゃないかコレ!」

 

「フジマル!」

 

 入り口の方から響く声。いつの間にか地下に降りて来ていたフォルヴェッジ姉弟が接近してくるが、無情にもレイシフトが始まり視界がぼやけていく。それでも構わないとばかりに二人が声を上げた。

 

「――――、俺たちができるのはここまでだ! 後はもう応援しかできない、だけど!」

 

「その子と同じ約束を私たちもしましょう! 全てが終わってからまた、だから――!」

 

 そんな彼らの餞別を受け取りながら、レイシフトの奔流が感覚の全てを奪っていく。それがロンドンでの最期のひと時になった。

 

 

 

 

【side:オルガマリー】

 

 ロンドン帰還後から二日。私がいる医務室のドアをノックする音が響いた。

 

「失礼します、所長」

 

「……来たのね、アンジェリカ」

 

 ワンテンポ遅れた返事を確認してから、アンジェリカが入室してきた。変わらずの無表情だが、どこか疲れているように見えるのはきっと勘違いではないだろう。どうせ私も同じ顔をしているだろうから。

 

「あなたはもう大丈夫、なわけないわよね。その右足は……」

 

「ありがとうございます、ですが私の心配はいりません。次の作戦までには直しますので」

 

「そう、なら頼りにしてるわ」

 

 きっぱりと言う彼女につい苦笑がもれた。

 分かっていたことだ。本題に入りたくないからつい話を逸らしただけで、とっくに向き合う覚悟は出来ている。一呼吸置いた後、横でベッドに入っている少年へと目を向けた。

 

「フジマルの容態、まぁ峠は越えたわ」

 

「間に合ってよかったと言うべきでしょうか」

 

「それはどうかしらね……」

 

 一命は取り留めたことは喜ばしいが、話はそう簡単ではないことはお互いに分かっていた。フジマルという人間は生きていても、マスターとしての生命線がどうなったかが問題なのだ。

 

「結論を言うのなら間に合っていない。私たちは完膚なきまでに敗北したのよ。せめてこんな事態になる前に拘束してでも撤退すべきだった……!」

 

 ベッドの中にあって見えないが、今もそこに彼の右手があればどんなに救われただろう。けれどそれは現実逃避に過ぎず、フジマルが利き手を失った事実は変わらない。それによる戦力ダウンはあまりに重かった。

 

「それは、私の責任です」

 

「……そうね、否定はしないわ」

 

 たった一言告げたそこに、彼女なりの後悔や贖罪、葛藤や謝罪が詰まっていることは明らかだ。どこかのタイミングで逃げていれば、或いは彼を止めてられていれば、或いは。そんな堂々巡りは既に彼女の中で何度も繰り返されたはずだ。私もそうなのだから責めることなんて出来ない。自分だけで既に手一杯で、他者に向ける分なんて残ってないのだから。

 

「それでも、私たちが投げ出すことは許されない。フジマルが目覚め次第、次の特異点での作戦に向けて動かなければならないわ。だから――」

 

「それなのですが」

 

「……何よ、珍しく話の腰を折るじゃない」

 

 基本受け身なアンジェリカが口を挟んだので、イラつきよりも驚きがギリギリ勝った。だけどそんな彼女にも並々ならぬ決意の元の言動だと理解して、話の続きを促した。

 

「このカードのことを所長に伝えなければなりません」

 

 そういって手渡したのは二枚のカード。アンジェリカならカードの話だとしてもおかしくないなと思ったのも束の間、その違和感に気づいた。

 

「何よこれ、二枚ともクラスがないじゃない」

 

 受け取った銀のカードのどちらも両面無地であり、そこにあるべきクラスが表記されていなかった。通常ならエラーを疑って終わりだが、そんな話を彼女がするはずはない。

 

「そちらは普段からフジマルが使っていたカードです。以前からクラス名はおろか真名も分からず、剣が出せることだけが明らかになっています」

 

「それは知ってるわ。どうしてかは知らないけどずっとフジマルが使っていたものね。それで、もう一枚は何なの?」

 

「……それはロンドンでフジマルが右手を失った時に初めて排出(アンインストール)されたものです。それまではそのカードの存在自体、私も知りませんでした」

 

「は? ちょっと待って、そんなことがあり得るの?」

 

 アンジェリカは今やカルデアが誇る、クラスカードのルールマスターだ。今のカルデアにあるカードはもちろん、特異点に流出したものを含めたそのほぼ全てにアンジェリカの手が入っている。そんな彼女すらも知らなかったカードが、右手を失ったことのダメージによって排出された……?

 

「つまりフジマルはずっとこのカードを隠匿してたわけ? あなたの目すら掻い潜って?」

 

「そうなります。そんなことはあり得ないと思いましたが、このカードの真名を知って納得がいきました。それに今までの違和感もいくつかは。……それでも到底信じられませんが」

 

「…………夢幻召喚(インストール)

 

 アンジェリカに促されるまま、そのカードを使用する。通常であればその英霊の力、知識と技術を即座に理解できるものだけど、それが私に与えたのは驚愕と困惑以外の何ものでもなかった。

 

『君は……そうか、数合わせで採用された一般枠か』

 

『ようこそ特務機関カルデアへ。私は――』

 

『行きましょう、先輩!』

 

 そのほとんどがいつかの情景だ。人知を越えた力の憑依など殆どなく、ただこの人物を英霊へと押し上げた過程だけが入ってきた。ただの冒険譚ならいい。だけどそれはあまりにも見覚えがありすぎた。

 

「なによ、これ――」

 

 即座には飲み込めない情報の渦中にある私に、アンジェリカが答えを突きつける。彼女自身困惑したままに、その名前を口にした。

 

 

「クラスはERROR、真名『カルデアのマスター』。それがこのカードに登録されている英霊です」

 

 




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