【side:オルガマリー】
フジマルの覚醒から数日後、その姿はシミュレーションルームにあった。いつも通りの白いカルデア礼装を着て、例のカードから顕れる剣を握って立っている。
――失われたはずの右の手で、だ。
「調子はどうですか? 何か違和感があるのなら再度調整しますが」
「いえ、今のところは大丈夫そうです。ホントに自分の手みたいに動かせます。
感心しきりのフジマルが剣の感触を確かめるように動かしているのは、白い金属から成る手の指だった。
これこそがロンドンから退去する寸前に託された品、あの姉弟が使っていた接続強化型魔術礼装である。無論開発者であるフィオレ用にカスタマイズされたものではなく、私達にもカスタマイズできる汎用礼装としてランクダウンしたもの。けれど今のフジマルには十分に重宝できる代物だった。
「え、ロケットパンチ機能はないんですか?! どうして……」
「何故と言われましても」
「現状一つしかないものを鉄砲玉にしてどうするのよ……」
「『
「やめなさい。あの速度に耐えられるわけないでしょ」
「攻撃力自体には検討の余地があるかもしれませんが……」
「ないわよ。……ないからね?」
ちょっとアリだなとか思ってはいけない。これを許したら更なるトンデモ礼装が爆誕しそうだし。
「じゃあ、行きます!
「こちらも用意は出来ています。いつでもどうぞ」
アンジェリカの手には既に『メドゥーサ』の鎖と短剣が握られており、その姿も裾が短い黒のワンピースのようなものに変わっている。アンジェリカの体格だと色々危ないのも相変わらずだった。
「ふっ」
「やあっ!」
床を蹴って接近を始めたフジマルの姿はやはり変わっていない。けれど手にあるのは普段の細い剣ではなく、綺羅びやかな細工の施された金の剣。オルレアンで回収したセイバーのカード、『カエサル』が生前振るっていたものだろう。
「三週間ぶりにしては悪くない動きね。戦闘自体は問題なく行える、と」
強化した動体視力でも気を抜けば目で追えなくなる速度の打ち合いが繰り広げられているが、もう慣れたものだ。
今回はリハビリの仕上げということで二人共それなりに力を振るうように言ってある。その命令に忠実なアンジェリカが高速で動き回って奔狼し、フジマルがそれを捉えようとする形だ。
その二人が交差する瞬間、一枚のカードがフジマルの手の中で煌めいた。
「
加えてフジマルに命じたのは、彼だけが持つ力を使うこと。理由はもちろん例のカードの影響を調べる為だ。例のカードを夢幻召喚していたからだと分かれば、それもまたカードの謎を紐解く手掛かりになる。というかフジマルにしか出来ない時点であのカードの所為だと思っていたのだが。
「追加召喚は問題なし、と。じゃあ『カルデアのマスター』の能力じゃなかったってこと?」
その謎のカードは今、私の手元にある。けれどフジマルは難なく追加召喚を行ってみせた。『カエサル』の持つ力強さに加えて『佐々木小次郎』由来の速さと巧妙さが乗った剣によってアンジェリカの高速機動をいなしている辺り、性能にも支障はなく見える。
「夢幻召喚した所で何のスキルも判明しないってのは厄介よね本当に。宝具くらい分かればまだやりようもあるのに……って、んん?」
ぼやきながら二人の戦闘を見ているが、フジマルが均衡を破りかけているだけで何もおかしな所はない。だけどそんな淀みのない動きが、私の思考を切り替えさせた。
「……っ!」
「はあっ!」
「あいつ、病み上がりなのにもうあれだけ動けるの?」
現状、カルデアでカードの扱いに最も長けているのは管理者であるアンジェリカだ。だから最も強いというわけでもないが、以前に擬似的な宝具連結をやってみせたのもその巧妙さがあってこそなのだ。
「アーチャー、追加召喚!」
「……来ますか」
だけど今のフジマルの戦運びはアンジェリカのそれを上回っているように感じた。次手の選択に迷いがないのは力の理解度と経験の深さがそれを許すから。でも今の彼がそこに至っているというのは、些か道理が合わないような。
「宝具開帳。『
先に動いたのはアンジェリカだ。手綱と共に出現した馬に跨って一直線に駆け出す姿は、まさしくあのロンドンでの戦いを思い出させる。宝石剣の力の奔流に抗っていたあの時とは違い、今は何の遮りもないままにフジマルへと接近していった。
けれど対するフジマルは一歩も退かず、ただ構えを取った。
それだけなのに、確かに彼の纏う雰囲気が別物になる。
いや、それだけじゃない。もっと明確な違いが顕在してはいないか?
例えば、
「あれって――」
「宝具連結、
「それは――?!」
アンジェリカが驚愕したその一瞬が、彼女にとっての致命的な隙となった。
いつの間にか戻っていた元の細剣を、上段の構えから振り下ろす。
例えるのなら、荒ぶる嵐をただ一つの方向に纏めてぶつけたような暴風だ。それが彼の一言と共に炸裂した。
「燕返し――
一度の振り下ろしで音も一つ、けれど斬撃はその限りではなく。二つの宝具による三度の必中攻撃が、全く同時にアンジェリカの騎馬を打ち砕いていた。
「アンジェリカ?!」
「……私は無事です。狙いは武器だけに絞られているようでしたから」
天馬を急に失ったことでフジマルの背後へ放り出されたような状態になったようだが、その直後に空中で身を翻すことで、彼からやや離れた所に着地するアンジェリカ。その顔が険しい表情になっているのは決して宝具を破られただけではないからだろう。
「フジマル、今のはまさか……」
「あんな宝具連結、今まで試したことなかったわよね。それ抜きにしても宝具にカウンター決めるなんてそうそう出来ることじゃない!」
頷くアンジェリカの手からは砕け散った鎖と短剣の破片が砂塵のように零れ落ちていた。それ以外に目立った傷はないことが、寸分違わず攻撃を当てた事実を際立たせている。それは彼が病み上がりでなかったとしても出来るかどうかは怪しいはずの神業だ。
「少なからず影響はあると思ってたけど。……まさかこんな形になるなんて」
それを為した少年は先ほどから黙ったまま、ただ手元の剣をじっと見つめている。
その目は、左の側だけが青から黄へと変色を果たしてしまっていて。その部分にかかる前髪の一部もミスマッチなオレンジ色に染まっている。
それは夢で見た『カルデアのマスター』の少女と確かに同じ特徴だった。
☆
「『カルデアのマスター』、あなたじゃないあなたが至った未来の英霊。それで間違いないのね?」
「はい。やっと実感が湧いたから、間違いはないと思う」
神妙そうな顔でそう答えるのは検査を終えたばかりのフジマルだ。再びの医務室だが、体調的に問題はないということでベッドではなく備え付けの椅子に腰を下ろしている。
あの訓練で起こった変異は左目と前髪の一部だけだった。それ以外に異常だと言える部分はなく、むしろあれだけの宝具連結を為せるほどに魔術回路の調子は上がってすらいた。原因とその代償さえなければ、どんなに喜ばしい事態だったか。
「同じ名前だった時点で嫌な予感はしてたけど、本当に同一存在だったわけね。なんで性別が違うのかは突っ込まないけど」
「二人とも、そんな予感はしてたんだ」
「あくまで可能性として想定していただけですが、一応は。本人であるあなたが思い出したのなら、やはりそのカードはフジマル自身が触媒となって繋げたものなのでしょう」
「……自分が英霊になるっていうのは、どうも実感がしづらいんですけどね」
「あくまで別のあなたよ。人理修復を果たしただけで英霊の座に刻まれたっていうのもちょっと疑問が残るし、ここにいるあなたが必ずそうなるという保証はない。別に未来が決まったわけじゃないから、そこは安心なさい」
別の世界の自分だとしても、やはり同じ存在である以上は意識せざるを得ないのだろう。自分ではない自分をどう思い感じるか、それを知る術を当事者ではない私たちは持っていなかった。
「けどロンドンで魔術王を倒せると思ったのはきっとその所為でしょうね。実際に倒したことがあるのならそりゃそう言うわよ」
「あー……そっか。確かにあの時もこの感覚があったような気がする」
左目と前髪に触れながら、フジマルは納得したように言う。ロンドンではきっと何かの要因で『カルデアのマスター』としての側面が出やすくなっていたのだろう。その所為で右手を失ったのだから堪ったものではないが。
「それより問題なのはその変化した部分よ。いえ、
「調べた限りではそうとしか言えません。英霊の力を使うことで、フジマルの身体が『カルデアのマスター』のものに侵食されている。このまま力を使い続ければ、いずれは完全に置換されるでしょう」
「やっぱり、そうですよね……」
「流石に自分自身で分かってるみたいね。というか魔術王倒せる発言をみるに精神面での侵食もそれなりに進んでいそうなのだけど」
いつからあのカードを夢幻召喚していたのかは定かではないが、想像以上に侵食は進んでいる気がしてならない。そんな私たちの懸念を肯定したのはフジマル自身だ。
「追加召喚とか、宝具連結もやっぱり『カルデアのマスター』の力なんだと思う。あのカードを使い続けていたから、夢幻召喚してなくても使えるようになったっぽいし」
「つまりそれだけ侵食が進んでるってことじゃないそれ。実は身体の侵食が進行段階としては最後だったりしないわよね?」
能力の出所が判明したのは進歩だけども、良い状況とはとてもじゃないが言えない。
早急に対策を考えなければいけないが、そもそもの話として。
「これ以上侵食が進まないようにするには、『カルデアのマスター』としての力を使わないようにするしかないでしょう。ですが……」
「追加召喚も宝具連結も、この先の戦いに必要な力よ。正直それら無しでやっていけるとは思えない」
「そう、ですよね」
この力の有用性は既にこれまでの戦いで証明されている。フジマルもそれが分かっているから浮かない顔のままなのだろう。だけど私も彼の懸念を払拭できる立場にはいない。
「私としてはあなた一人の身よりもグランド・オーダーを優先する。だから例えあなたがあなたでなくなるとしても、必要ならその力を使うように言うでしょうね」
完全に侵食が進んだとしても、そこにいる『カルデアのマスター』が協力的であれば作戦は続けられる。必ずそうなると楽観視しているわけではないが、だからといって彼の身を案じるには天秤にかけられたもう片方が重すぎるのだ。
「侵食が進んだ結果どうなるのかは私にも分かりません。記憶が残るのか、まっさらな別人になるのか。そもそも人間ですらなくなる可能性もあります。であるのなら……」
「……いや、自分に出来ることをすると言ったのはオレです。我が身可愛さで負けちゃったら何にもならない。これからの戦いでも、カードの力は使います」
「フジマル、あなたは……」
「大丈夫です、アンジェリカさん。四つの特異点でこれくらいなら、あと三つ分くらいきっと持ちますよ」
そう言って『カルデアのマスター』のカードを受け取ろうとするフジマルの姿を、強がりだと誰が責められるだろうか。
右手だけでなく、いずれは自分自身も喪失するかもしれないという不安、恐怖。それでも彼は抗うことを、立ち向かうことを止めたりはしないらしい。目覚めてからの発言といい、本当に元一般人とは思えない精神力だ。
「だけどそれは、あまりにも背負わせすぎよね」
「所長? なんでカードを?」
フジマルの手に渡る前にアンジェリカからカードを取った私に、フジマルがはてなマークを浮かべる。
彼にこれ以上カードの力を使わせない為ではない。むしろカードなしでも使えるようになったことでカードが空いたのだ。そういう意味では、このタイミングでこうなったのは何かの因果なのかもしれない。そう思うと私も覚悟を決められそうな気がした。
「あなたの気持ちは分かったわ。そういうことならこの先も『カルデアのマスター』の力は使ってもらうから。けれど無理に多用はさせないし、このカードの夢幻召喚も禁じるわ」
「え、じゃあそのカードはどうするんですか? 所長とお留守番?」
「いいえ? 代わりに私が使うけど」
「…………え」
固まったフジマルと、やれやれと頭を押さえるアンジェリカの前でもう一度決定事項を告げる。
それはカードを調べるうちに判明した『カルデアのマスター』の特性。フジマルリツカと同じ素質をカード使用者にも与える効果であり、かつての私が熱望してなお手に入らなかったもの。
すなわち――レイシフト適性だ。
「だから、私がこのカードを使うの。それで次の特異点へ私もレイシフトするから、いいわね?」
「え、えええええ!?」
[宝具]
『燕返し・
ランク:‐
種別:対人宝具
レンジ:1~2
『燕返し』、『
『
まとめると、カウンターにも使えるほぼ必中同時三連斬撃。クイックチェインにより急所への命中精度及び発動速度も増している。加減しろ。
加えて『燕返し』、『
ただし追加召喚及び宝具連結自体にそれなりの魔力を消費するため、連発がしやすいわけではない。
☆
次回、第五特異点開幕です。もしかするとCM風予告が入るかも。
それと今までの宝具もこのスペースで解説する予定です。
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