夢幻召喚で戦うカルデアの話   作:棚木 千波

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#31 順調とは程遠く

 

【side:オルガマリー】

 

「「所長?!」」

 

「いちいち驚かないで。そのリアクションにはうんざりなの、もう」

 

 助けた三人の案内によって到着したベースキャンプ。荒野に残された古い町の跡を利用して作られたその拠点には他の漂流マスターが何人もいた。そんな彼ら全員から驚愕されるという熱烈な歓迎を受けたが、確かに歓喜する姿もあった。

 

「やった、ようやく助けが……!」

 

「所長だけじゃなくて、アンジェリカ顧問も?!」

 

「他のAチームが来るかと思ってたら、大物が来たもんだな」

 

 口々に感想を言う彼らは十数人程で今までのどの特異点よりも数が多い。戦いに巻き込まれた現地民もいるはずのこの小さな町跡において、十人に一人は白い礼装を纏った魔術師がいた。

 

「私がいるのもそんなにおかしいですか?」

 

「あなたも本当なら工房から出てこないはずだしね。むしろそれくらいの緊急事態だってことを分かって欲しいのだけど」

 

 私たち二人を見て希望に湧く彼らとこれからのことを考えると、それだけでため息が出る。

 それでもと意気込んでから、言っておくことがあると告げると急に場が静まり返った。

 既に察している者もいるようだが、改めて現実を突きつけるべく口を開く。

 

「悪いけどあなた達の救助が第一目標じゃないの。まだ動けるようだし、帰還はもう少し我慢してもらうわ」

 

 その旨を全員に告げると、各々から失望と抗議の色が分かりやすく噴出した。隣のアンジェリカが睨みを効かさなければ野次すら飛んでいたかもしれない。

 

「あなた達がどこまで知っているかは知らないけど、私たちカルデアが今直面しているのは正しく世界の危機なのよ。カルデア以外の全てが焼却され、未来は決定的に閉ざされた。それを引き起こした魔術王と戦うべく七つの特異点を修復する、そんな一大作戦より自分の命の方が重いと言えるなら文句を言いなさい」

 

 ここまで言ってようやく状況を飲み込めたらしい漂流マスターたちが静かになる。単に絶句しているとも言うが。

 

「世界が焼却されただと? それに魔術王ってあのソロモン王のことなんじゃ……」

 

「七つって、冬木とココだけじゃないの? これからそんなに沢山……」

 

「みんな、落ち着け!」

 

 伝播しそうになった不安の芽を刈り取る一喝が響く。

 十分に注目を集めたところで、その男は周囲を見渡しながら鼓舞を始めた。

 

「所長は別に俺たちにそれをやれだなんて言ってないだろ? これはただの現状把握、何をどうするかは後でいいはずだ。今は続きを聞こうじゃないか」

 

「あなた……」

 

 自信に満ちた声で皆を宥める男の名は分からないが、その顔には見覚えがあった。

 カルデアに集められた48人のレイシフト適性者、そこからお父様が直々に選んだ八人のチームがクリプターとも呼ばれたAチーム。その後にファーストオーダーに向けて編成された後詰め要員が一つ、Bチーム。そのリーダーに任命された男だった。

 

「それで今のカルデアはどうなっているんだ? 所長とアンジェリカ外部顧問が戦闘要員として来ている時点でかなり人手が足りてないみたいだが」

 

 焦げ色の肌によって際立っている青い目で私たちに問うBチームのリーダー。軽い推察を交える辺り、現状を正しく見据えている側の人間なのかもしれない。

 

「ええ、あなた達全員を巻き込んだ爆発によって一度カルデア管制室は崩壊。現存スタッフは当初の三割以下、レイシフト可能なマスターも一人だけ。少人数で回す事自体には慣れてきたけど、余裕があるとは言い難いわ」

 

「そんな、カルデアまで……」

 

 被害を受けたのは自分たちだけで、本部であるカルデア管制室は健在であると思いこんでいた一部が信じられないとばかりに零す。けれどそれ以外にひっかかりを覚えたのだろう何人かが、私に質問を投げる。

 

「その唯一生き残ったマスターは誰なんだ? まさかAチームの誰かだったりは……」

 

「生憎様、ただの補欠だった奴よ。今回のレイシフトにも同行してるけど、まだ合流は出来ていない。実戦経験もそれなりだし、あまり期待はしなくていいわ」

 

 別にフジマルのことを詳しく話す必要はないだろう。私達の他にもレイシフトしたマスターがいる、それだけで今は十分だ。どうせ合流すれば一悶着はありそうだし。

 

「それでも、特異点を修復するには彼の力も必要です。よって暫くはこの特異点の情報収集と彼の捜索を考えていたのですが、まずは長い時間ここにいたあなた達から話を聞く方が先ですね」

 

「ああ、そうだな。それについてはあまりに話が積もりすぎてるが、ひとまず俺から話そう」

 

 私達からカルデアの現状を聞いたマスターたちの反応は十人十色といった所だが、誰もが飲み込むので精一杯なのは同じようだった。それを察したBチームのリーダーが話し役を請け負っていた。

 

「途中から来た奴もいるが、古参の俺たちがここに来たのは二人が来る2ヶ月程前だ。街の様子からここが18世紀のアメリカで、俺たちはそこにどういうわけかレイシフトした異邦者ってことが数日で分かった」

 

「私たちカルデアの暦とは日の経ち方が違うみたいね。幸か不幸かは分からないけど」

 

「そりゃ両方だろうさ。今思えばあっという間だったような気がするが、それでも毎日ずっとギリギリだったんだからな」

 

 他のマスター達も無言で頷いており、詳細を聞かずととこの2ヶ月の苦労が伝わってくるようだった。

 

「俺たちは日本の小都市に行くはずだった。なのに急にコフィンがシャットダウンされて、気がつけばこんな荒れ地のど真ん中だ。通信も繋がらずに仲間も少数、道具もない。笑いたくもなるだろう?」

 

「まぁ、そうかもね」

 

 Bチームのリーダーなりのジョークなのかもしれないが、苦笑しながら話されても反応に困る。

 正直、爆発直後のカルデアも支援がないという意味で状況的には近そうなので共感は出来るのだが。

 

「この北米特異点は本来の独立戦争にはいない勢力が乱入したことで成立している。いや発生したと言うべきか? まぁともかく、俺たちはそれを現地の人々と押しとどめているんだが……」

 

 何も分からないままに人々を助け、戦線を維持しているだけで大したものだとは思う。けれどそう語るBチームリーダーは苦い顔のままだ。予想というか見ただけで分かる現状を、あえて彼は言葉にした。

 

「はっきり言って状況はよくない。なにせ敵勢力は『女王』が率いる黒化英霊たちだ。数も質もあちらが上回っていると言わざるを得ないからな」

 

「女王、ですか?」

 

「その通りだ、アンジェリカ顧問。そう呼ばれているだけだからコードネームか、その類の英霊なのかは不明だ。遭遇したこともないが、これだけの戦況を動かせる司令塔がいるのはほぼ間違いないだろう」

 

 尋ねたアンジェリカに頷きを返すBチームリーダー。

 黒化英霊を使って北米の半分を支配した『女王』と呼ばれる存在。彼らの侵略をこれ以上許したら取り返しがつかないことになるのではと危惧していたそうだ。実際カルデアのシバからも近い予想結果が出たそうで、孤立無援の中で大した戦略眼だと言える。

 

「よって俺たちは第一にこのベースキャンプ、次に戦線の維持を目的として動いていた。特異点からの脱出策も模索していたが、打つ手がなかったからな。所長とアンジェリカ顧問の二人が到着して本当によかったと思っている」

 

「……ふん、なるほどね」

 

 その割には誰も――いや、これ以上は考えるだけ不毛だ。さっさと話を進めよう。

 

「カルデアからある程度の物資は運べるから多少はこのベースキャンプもマシになるでしょう。よって今後はこの特異点の攻略、まずは今の戦線を押し戻すわ。最終的にはこの特異点を作った聖杯を持つ存在、ひとまずは件の『女王』が持っているとみてその撃破を目指します」

 

「……僕たちに、出来るんでしょうか」

 

「はぁ? 何言ってるの。私たちには成し遂げる以外の道はないのよ。この特異点から帰還したいんでしょう? ならこれからも死力を尽くしなさい」

 

 暗い顔のままの漂流マスターの内の一人が弱音を吐くが、それは他のマスターの心中を代弁したものだったらしい。一人くらい威勢のいい奴がいてくれたらなと思う位には低い士気だった。

 

「ほら皆、顔を上げてくれ。今までとは違って、帰還までの明確な道筋がようやく見えたんだぞ? それだけでもどれだけやりやすいことか。カードの整備もアンジェリカ顧問がしてくれるし、所長の戦いっぷりも相当だと聞いている。これが希望じゃなくてなんだ?」

 

「そうですね、もしカードに不備があるのなら私の元に来てください。メンテナンスが出来るよう準備はしておきますので」

 

「それって、夢幻召喚出来るようにも出来るんですか!?」

 

「…………まぁ、善処はしますが」

 

 焚きつけるようなBチームリーダーと、支援を約束したアンジェリカの言葉でどうにか場に前向きな空気が生まれ始める。それだけで頭が痛くなってくるが、ひとまず動かせそうな人員が増えたので良しということにする。するったらする。

 

「それで次に攻め込む場所は決まってるの? まだなら地図を持ってきなさい、見てあげるから」

 

「あ、それならもうすぐ決行する予定の場所があります」

 

 気を取り直してキリッと聞いたらあっさり答えが返ってきた。拍子抜けだけど精査はしたかったので地図を頼むと、壁に貼ってあるからそこに行くよう誘導された。私の扱いが管制室と全然違う。やっぱり別人だと思われてるんじゃないかしら。

 

「次に攻め込むのはダラスの砦だ。奴らの本拠地であるワシントンにたどり着くためには、まずはここから落としていく必要があった。前までの戦力じゃ厳しかったが、二人がいけばいけるはずだ」

 

「いいわ、準備を整えてから出発しましょう。いえまずは斥侯でも送るべきかしら?」

 

「スカウトなら使い魔を使役出来る奴が既に送っている。――何か追加で知りたい情報でも?」

 

「……そうね、ならさっき言ってたフジマルがその辺りにいないかを調べておいて。もしいたら攻略が楽になるだろうから」

 

 そう簡単には見つからないだろうなと思いつつ指示を出してから、他のことを確認しようと話を進めていく。その時々でもいまいち居心地が悪いというか、思ったようにいかないストレスが溜まっていくような感覚が続いていた。

 

 

「ふん、造作もないわね」

 

 役目を終えた槍を振って汚れを払う。別に血がついたわけじゃないけど、これをした方が様になっている気がするからだ。

 

「確かに数は脅威ですが、統制のとれていない彼らではこの程度でしょう」

 

 既に姿形を失い崩れ落ちている黒化英霊たちを見やって言うアンジェリカも同様の感想を抱いていた。楽勝だったというのに喜ぶ笑みがないのも彼女らしい。

 

「お二人とも流石の戦いっぷりだ。こうも上手くいくとは幸先がいいな」

 

「当たり前じゃない。これなら最初に戦ったジェロニモの方がずっと張り合いがあったわ」

 

「なるほど、思った以上に相手の不足があったようで」

 

 Bチームリーダーの礼賛を当然だと言うように流すと、改めて周囲へと視線を走らせる。

 ダラスの砦にいた黒化英霊たちは既に消え、こちらの砦として再運用すべく何人もの人間が慌ただしく動いている。ほとんどがこの時代に生きる者たちだが、その中には白い制服も混じっていた。

 

「こちらの損害は殆どないようね。万事順調ってこと?」

 

「ああ、多少の負傷はあれど概ねこちらの完勝と言えるだろう。ただひっかかる所はある」

 

「順調すぎる。そう言いたいんでしょう? これなら私たちがいなくても何とかなるもの」

 

 私とアンジェリカ、そしてBチームリーダーの誰も武装を解除していない。他の者へ指示を飛ばしながらも依然として警戒を続けている理由がそれだった。

 

「まだ何かあるとして、候補はいるの? 件の『女王』以外で私たちの障害となりそうな存在に心当たりは?」

 

「申し訳ないがそこまでの情報収集には努めることができていなくてな。だから来るとすればあなた達が戦ったジェロニモのような上位の黒化英霊だと読んでいる。まさか『女王』本人が来るとは考えにくいしな」

 

「…………それフジマルがたまに言うフラグって奴じゃない?」

 

「いやいや、本当にそんなことがあるわけないだろ。組織の頂点がそうそう顔を見せるわけがない」

 

「へぇそう。ところで私のことちゃんと見えてるわよね? ほら、顔こっちに向けてみなさいよ」

 

「……しかしまぁ追加が来る気配はない、か。これはいい加減気を抜いても許されるかもな」

 

 急にそっぽを向いたBチームリーダーの言う通り、この砦近づいてくる影は周囲にはないようだ。代わりにあるのはどこまでも広がる荒原の風景と青空だけ。そう思って何となく見上げたその先、特異点特有のあの光帯に囲まれた太陽の光に僅かに目が眩んで。

 

 次の瞬間、その太陽が牙をむいていた。

 

「なによ、これ――!?」

 

「光の、いや火の矢だ!」

 

 光弾とも似て非なる熱の線が砦中に降り注ぐ。あっという間に轟音と瓦礫と悲鳴が量産されるが、こちらも周囲の安全を確保するので精一杯だった。

 握っていた槍を回して降りかかる火の粉を文字通り薙ぎ払う。時間にして数秒に満たない攻撃だが、周囲の状況が様変わりするにはあまりにも十分だった。

 砦の壁や床にはいくつもの穴が空いており、それを隠すように燃え尽きた火矢から燻る黒煙が上がっている。更に倒れて呻く何人もの影が合わさってその惨状は完成していた。

 

「あなたたち、動けるのなら返事をしなさい!」

 

「私は何とか凌げました。ですが近くにいた数人しか庇えませんでした」

 

「とっさに庇えるだけでも大したもんだろ。俺の方も傷はないが、それで無事とはいえないぜこりゃ」

 

 アンジェリカとBチームリーダーが返事をしただけで、やはり他に立っている者はいない。先ほどまでの戦勝ムードが夢だったのではと思うほどだった。

 

「ここまでやってくれるとはね。随分な挨拶じゃない!」

 

 キッと目線を向ける先はやはり上、空に鎮座する太陽を背にした謎の人影だった。掃射をしてきた以上アーチャーかと思ったが、その手にあった鋭く巨大な人工物は槍兵のそれを思い起こさせた。

 

「――なに、ファーストコンタクトは重要だろう? ならばと私の出来る最大のカードの一つを切ったまでさ。ジョーカーとまではいかなくともね」

 

「――――なん、で」

 

「おいおい何の冗談だこれは……!」

 

 ゆっくりと下りてきて明確になっていくシルエットを見て驚愕が露わになっていく。

 その身に纏う金の鎧に負けず劣らずの輝きを放つ長い金髪。マシュのと似た黒い仮面に覆われても分かる、女性と見まがうほどに白い肌と整った顔立ち。

 そして何よりも、鼓膜を震わせるだけで私に焦燥をもたらすその声の持ち主は、たった一人しかいない。

 

「まさか、彼なのですか?」

 

「あぁ、あなたとは殆ど顔を合わせることがなかったね。なら改めて以後お見知りおきを、アンジェリカ顧問」

 

 二の句を告げないでいる私たちに代わって、アンジェリカの疑問にその男は答える。彼を知る私たちにとってもあまりに決定的な事実と共に、彼は名乗りを上げた。

 

 

「私はキリシュタリア・ヴォーダイム。カルデアAチームのリーダーであり、今は君たちの敵となる者だ」

 

 




問い:特異点に立った所長の前に立ち塞がるのは?
答え:この人。
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