【side:フジマル】
一度、人に聞いたことがある。
「アンジェリカさんは――――戦うことを、どう思っていますか?」
それはオケアノスから帰還してすぐのこと。あの船上での戦いで初めて霊基再臨を果たしてから、ずっと感じていたモノを誰かに吐き出したかったからかもしれない。
「質問の意味が良く分かりませんが……私は命令に従う為の存在です。その中で戦えと言われたのなら戦うだけで、何かを感じたり考えたりするようなことはありません」
「じゃあ……これは楽な方だとか、大変だなとかも?」
「遂行が容易か困難かを判断することはありますが、それ以上はないですね。……このことが、どうかしたのですか?」
「……いや、ちょっと気になっただけです。変な事聞いちゃってすみません、忘れちゃって大丈夫なんで」
「あなたがそう言うのなら、まぁ構いませんが」
アンジェリカさんは不思議そうに首をかしげているが、それ以上の追及はしてこなかった。そのことに感謝しつつも立ち去りながら、けれど胸の中の重みを感じ続けていた。
霊基再臨とは、相性がいいクラスカードを使用者が使い込むことによってもう一段階上の霊基として自分の身に宿すことだ。アンジェリカさんの話ではAチームの数人しか到達出来ていない領域にあの時の自分は足を踏み入れていた、ように感じる。
霊基再臨を果たせたのはいい。間桐シンジとの戦いを制することが出来たのもそのおかげだろうから。しかし問題は、その実感が感じづらくなっているからだ。
「あの時の自分は、本当に自分だったのかな」
霊基再臨が更に深く英霊の力を宿す事なら、それは英霊に自分の身を差し出す行為とも言えるのではないか。つまり力を引き出せば引き出すほど己が希薄になっていくような、そんな予感があの時したのだ。
――そこまでして、フジマルリツカが戦う理由とはなんだっただろうか?
☆
「……ここ、は」
意識が戻る。けれど見える景色があまりにも暗くて、微睡みから抜け出せているのか心配になる。ゆっくりと視線を動かして、松明の揺れる火しか明かりのない空間なのだとやっと気付いた。
「そっか、捕まったんだ」
そして目の前にあるのは僅かな隙間しかない鉄格子。そこで仕切られた場所の内側にいるということはそういうことだろう。気を失う前のことを思い出せばそれも当然だと分かる。
突如現れたAチームのマスター、ぺぺ。彼と戦い、そして敗北したという事実。身体に残る負傷の痛みもそのことを伝えてくるようだ。
「キャスター、大丈夫かな……。所長たちともまだ合流出来てないっていうのに……」
周囲にキャスターの気配、というか人がいるような気はしない。あの後逃げおおせたのか、はたまた別の所で同じように捕まっているのか。結局所長たちがどこで何をしているのかも分からずじまいだ。どこまでも後手に回っている現状に焦りが生じるのは当然だった。
「……カードはない。そりゃそうだよね」
金属製の太い手錠がついたままの手を動かして己の身をまさぐるも、大した物は出てこない。カードは勿論として通信礼装、回復アンプル等の装備品も漏れなく没収されていた。ダメ元とはいえ、やはり現状は厳しいようだ。
「でも、まだ動ける。なら何とかここから出ないと」
何も分からないままだが、ここでこの先も壁のヒビを数え続けるのが正解ではないことは確かだろう。まずはもう少し周囲を調べようと立ち上がろうとして。
「…………」
いつの間にか、目の前に
「……タイミングが悪いなぁ!」
恐らくどこかへ連れていくつもりで扉を開けにきたのだろう。ちょうどそのタイミングで立ち上がっていたみたいでばっちり目が合っている。いや黒い靄の所為で相手の瞳は見えていないけども、互いに戦闘の意思があることは明白だった。
先ほども言ったがカードはない。よって体術による肉弾戦を仕掛けるしかないのだが、今の右手を素手と呼ぶには適さないだろう。手錠の鎖を一息で破壊出来たのがその証明だ。そのまま真っすぐに拳を振りぬいた。
「■■!?」
おおよそ肉と骨の塊からは出ないはずの鈍い音が響く。ロンドンで受け取った義手による一撃は相手の予想を上回っていたようで、敵の身体が少し大きくぶれることで隙が生じる。その瞬間を逃がすことなく追撃を入れていく。
「くっ!」
けれど優勢だったのは最初の数撃だけ。黒化英霊といえどその程度でやられるはずはなく、元々持っていた武器でリーチを保つことで簡単に状況は逆転した。
「これ以上義手で受けるのはまずいかも……!」
ただでさえ狭い牢獄では回避することすら困難であり、逸らすか受けるかの二択を何度も迫られる。けれど相手の獲物は素手で逸らすのが厄介な鈍器の類だ。なので義手で受けること数回、それだけで右手から軋むような音がした。
「がはっ!?」
その末路として、牢獄の壁に背中から激突する。受け身として飛んだのならまだ格好がつくのだが、残念ながら敵の横振りがまともに突き刺さった結果でしかない。ずるずると落ちていく身体に引っ張られそうな意識を必死に保ちながら前を向くも、そこにあるのは追撃しようと構える黒化英霊の姿だ。あと数秒で、この思考も断ち切られてしまうだろう。
「……また、負けるのか」
その結末を、受け入れたくないと叫ぶ本能があった。けれど覆す手はないと悟る理性があった。
使わない持っていないは関係なく、クラスカードがなければこのざまか。所詮借り物の力しかない自分では、望みをかなえることは出来ないのか。そしてまた辛酸を舐めるのか。
「…………それは駄目だ。それは、嫌だ」
そんな強がりを力に変えて足に籠める。余った分は手に回す。もはや考える暇なんてなかったから、ただ決断だけを済ませることにした。
――失わないために、勝つ為に。何を手にして、何を手放すかを。
その答えが、黒い刃となって場に現れた。
☆
「……!」
声こそないが、今度こそ黒化英霊は驚愕を露わにした。白い金属の右手よりも理解の埒外にあるモノがそこにあったからだ。
牢獄に放り込まれて何も持たないはずの少年が、いきなり武器を出した。それ自体は不思議なことではない。英霊の力、魔術にどうやってを問いても意味はない。だから異質だったのはその武器そのものだ。
それは棒状に伸びた影の剣。黒化英霊たちと同じ、黒い靄のかかったナニカを剣として振るったのだ。それが何か分からずとも、同じ性質のものだと黒化英霊の彼は直感した。それを目の前の人間が
けれど今度はつけ入る隙にはしないとばかりに武器を構える。多少獲物が変わっただけで、敵の数や力量に変化があったわけではない。依然追い詰めているのはこちらだといわんばかりの黒化英霊は、されど。
「宝具、疑似
それはフジマルにとっては非常に馴染みのある構えだった。両手で剣を身体の後ろに置き、半身のまま接近する。そこから振り下ろされる■つの斬撃が、黒化英霊の見た最後の光景になった。
「
既にフジマルは黒化英霊の背後に移動しており、その剣も仕事を終えたかのように手元から失せている。それに斬られた黒化英霊も、自身に何が起こったのかを知るまでもなく消滅した。
「…………っ、はぁ、はぁ……!」
他に敵はいないことを確認して、ようやく息を吐いた。倒れこみこそしなかったが、膝をつき呼吸を整える時間が必要なくらいの疲労があった。考えるまでもなく、さっき使ったあの力の所為だろう。
「…………いや、使いどころにだけ注意しよう。もう出し惜しむ余裕はない」
今の自分はカードを持っていない。なのに何故あんな力が使えたのかという問いに心当たりは、ある。加えてきっと追加召喚以上に代償を必要とする行為だという直感もあるにはあった。でも決断を済ませた後なのだから、そこにもう時間と思考を割くことはないだろう。
「きっとすぐに騒ぎになるから、その前になるべく動かないと」
本調子とは言えない身体に鞭打って、牢獄から抜け出す。
そこは洞窟を改修して作られた牢獄だった。やはり窓のようなものはなく、ここが地下か地上かも分からない。他にも幾つか鉄格子のハマった小部屋があったが、自分以外に収容者はいないようだ。それを確認してからひとまず通路が伸びている先に進もうとして、それが間違っていたことを知った。
「待て。お前、この時代の人間ではないな」
「っ、誰だ?!」
誰もいないはずの牢獄から、男の声がした。そちらの方を改めて注視して、何故最初見落としたのかが分かった。
第一印象は黒。黒い髪、黒い瞳、首元に毛皮が付いたロングコートの色も黒。松明の光が届いていない牢獄の暗闇に溶け込むように、その男はいた。
「先に言っておくが敵対するつもりはない。俺もお前と同様にこの時代の人間ではないからな」
「……じゃあなんで牢の中にいるんだ。あいつらに捕まってるってことは、相応のことをしたんじゃないのか」
「ただ潜入しているだけだ。出ようと思えばいつでも出られる」
論より証拠だとばかりに、男が牢屋から抜け出してくる。思ったより身長差はなかったが、その眼光の鋭さはまだ警戒を余儀なくさせるものだった。
「捕虜を必要としないはずのケルト軍がアルカトラズ島に向かったという話を聞いて一応覗きに来た。尋ねるが、お前が件のカルデアのマスターだな?」
「だとしたら?」
「別にどうもしない。俺は俺の目的が達成されるのなら別に誰でも構わないからな。ただ早いか遅いかの違いがあるだけだ」
こちらと違って、目の前の男はあまり自分を敵視していないらしい。或いは例え戦闘になってもどうにか出来る、そんな余裕の表れかもしれないが。
「取引がしたい。見たところ、お前はこの島から出たいのだろう? なら俺が助力してやる。既に下見は済んでいるから、迷うこともないだろう」
「……それは有り難いけど、何が望みなんだ? 生憎手持ちがないから大した返しは出来そうにないんだけど」
「心配するな、幾つか聞きたいことがあるだけだ。先に言った通り、別に断ってくれても構わん」
「うーん……」
言うべきことは言ったとばかりに閉口した男を吟味しながら、応じるべきか否かを考える。
恐らく腕は立つのだろう。何だかアンジェリカさんと近しい雰囲気を感じるし、もしその気なら声をかけずに後ろを取ればいいだけだ。勿論これが信頼を得る為の一手という線もあるにはあるが。
加えていうと、現在こちらの戦力が絶望的だというのも痛い。カードもないままにこの牢獄、彼の言うアルカトラズ島を脱出出来るのかという不安。それを払拭する為に、取引に応じるのはアリだった。
「……分かった、力を貸してほしい。こっちも知っていることは話すようにするから」
「いいだろう。では付いてこい、こっちだ」
「その前に一つだけ」
承諾してすぐに動こうとした男を呼び止める。首だけをこちらに向けた彼に向けて簡潔に、自分のことを話した。
「自分はカルデアのマスター、フジマルリツカ。改めて、ここからよろしく」
「……存外律儀なようだな、お前は」
一瞬目を丸くした彼も、名を名乗っていないことに気付いたらしい。利害が一致しただけの関係なら名を知ることに意味はないかもしれない。けれどこちらの意を汲み取ってくれたのか、彼もまたシンプルにこう告げた。
「ユリウスだ。好きに呼べ」
今回は少し短めですが、ここで北米編は折り返しとなります。次回辺りから決戦です。
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