再教育センター脱出 With スウィンバーン 作:Jeep53
独房から出てきたスウィンバーンは関節をコキコキと鳴らし終わった後、私に向かってこう言った。
「ところでレイヴン、貴様脱出するためのACはどうする気だ?」
「……」
言われて気づいた。この世界の建物、しかも収監用のものである再教育センターからの脱出が生身で行えるはずがない。うすら寒いものが背筋を駆け抜けた。
「貴様…まさか無策で牢の外へと出たのか…!?ACがなければ脱出など不可能ということくらいわかるだろう!?」
「ちょっと…気が逸っちゃって…」
「貴様ァ!…私のACは本社のドックにつながれたままであるし…ここは大人しく独房に戻って機を…」
スウィンバーンが後ろ向きすぎる意見をぶつぶつと呟き始めた時だった。エアが息をのんだような気がした。
『レイヴン、暗号化されたメッセージが今届きました。解読します。差出人は…!?ウォルターです!』
「ウォルターから!?」
「うおっ、どうしたというのだ!少しは静かにせんか!今私がーーーー」
彼が何か言っていた気がするが今はそれどころではない。ウォルターからのメッセージ、もしかしたら彼は無事なのかもしれない。
わずかな望みをかけて開いたメッセージの内容は、その望みを絶たんとするものだった。
『621、これは ある友人からの…いや… この俺からのごく私的な依頼だ。お前は気付いているだろう、コーラルの潜在的な危険性を。アイビスの火で焼失したはずのコーラルは しかし生き残り、集まり…ゆっくりと自己増殖を続けていた。集積したコーラルは指数関数的に増殖を速め、やがてはルビコンから溢れ… 宇宙に蔓延する汚染となるだろう』
(こんな時に依頼…?まさか…)
『その前に… コーラルを焼き払う必要がある。それが かつて星系を飲み込んだ大火を、再現することになったとしてもだ』
(ウォルター…もう…?)
『これは ハンドラーとしての指示ではない。俺が死んでいった友人たちから受け継ぎ、お前に託さんとする…ひとつの依頼に過ぎない』
『621』
『火を点けろ。燃え残った全てに』
『…俺の最後の仕事として、お前を自由にしよう。…今までのことに、感謝している』
そこでメッセージは途切れた。しかし、収録を終えたというよりかは、中断されたような形だった。メッセージの最後の方は背後で何らかの音が鳴っていた。扉が壊されたような音に聞こえた。
ウォルターの現状を嫌でも分からされたメッセージだった。何かが胃の中からこみ上げる感覚に襲われ、思わず口を押えてうずくまる。目からは涙が勝手に流れてくる。
「うおっ!?ど、どうしたというのだレイヴン?貴様やはり本調子では…」
『レイヴン、レイヴン!大丈夫ですか!?』
ウォルターは、もう…。この世には、いないのかもしれない。
「レイヴン!説明しろ!」
「…メッセージが来たの。ウォルターから」
「貴様の飼い主か。それでその反応…あぁ、死んだのか。まぁ、貴様がここにいるならば道理だな」
スウィンバーンはそういって少し考えるそぶりを見せた。
「…その、なんだ。この星では人が死ぬなんてことは日常茶飯事だ。強化人間でないならばなおさらな。だから、無理な話ではあるとは思うが、あまり気にしない方がいいぞ。それに友人などではなく上司なのだろう?そこまで…」
「お前に、ウォルターのッ、何が分かるッ!?何も知らないくせに!!」
私は感情のままに彼の服を掴んでドアに押し付ける。身長は足りずとも強化人間ゆえ大の大人でも動かすことができた。彼は驚いたように目を見開いた。
大したダメージにはなっていない。だが押し付けた場所が良くなかった。金属の扉はガシャン!と、小さくない音を立ててしまったのだ。その音はこの暗い空間に良く響いた。
「誰だ!?何が…。な、お前らどうやって外に…!?応援を…」
そして、その音を運悪く近くまで来ていた看守が聞きつけてしまったのだ。看守は今にも無線機で連絡を飛ばしそうだ。
(まずい…えっと、どう、したら…)
度重なる事象の連続に私の頭は真っ白になる。
そんな時、動いたのは彼だった。
フリーズした私を無理やり押しのけ、足元に落ちていた石(床の欠片)を拾って看守に投擲、その石は無線機を的確に打ち抜き、粉砕した。
「レイヴン!そこを動くなよ!」
そう言って彼は強化人間特有の爆発的な加速をもって看守へと肉薄した。看守は銃を乱射するが、彼はそれを体のスペックにモノを言わせ回避していた。流れ弾はこちらへは来なかった。どうやら彼は私の位置を把握したうえで、回避をやってのけているようだった。
彼はとうとう看守を捕まえる。銃を落とさせ、そのまま組み伏せた。
「さては貴様…強化人間じゃないな?その程度でヴェスパーの第7隊長だった私に勝てるとは思わないことだ」
「う、ぅ…」
そう言って、彼は看守を絞め落とした。それを確認したスウィンバーンはこちらに急いできて、私の肩を掴んだ。
「いいかレイヴン。考えたいことはいっぱいあるかもしれないが…今は脱出することだけを考えるんだ。分かるな?」
私はその気迫に首を縦に振る。
「脱出できなければ私たちは死んでしまうのだ。私は死にたくないぞ?」
…気迫がどこかへ行った。だがおかげで緊張は解けた。
『…レイヴン、メッセージの中に位置情報がありました。どうやらウォルターはこのような事態を想定して脱出用のACを用意していたようです。位置情報をマーカーに…そうですね、彼にも送りましょうか』
程なくして視界にマーカーが映る。距離は、そこまで遠くはない。
「今の銃声でさらに応援が来るはずだ。その前に…うおっ!?なんだこの位置情報は…!?レイヴン、貴様か?」
「脱出用のACをウォルターが最後に用意してくれた。この情報で場所は分かる?案内して」
「!それは本当かレイヴン!でかした、この位置は…地下下水道だな。ここと同じ階に点検用ハッチがある。そこからはいれるだろう。ついてこい」
そう言って彼は先ほど看守が来た通路とは違う通路に入っていった。慌ててその後を追う。
そうして案内されること数分、私たちは無事に位置情報が示す場所へとたどり着くことができた。そこには、BAWS社製の旧型AC。壊れかけだ。
「なんだこのACは…解放戦線のモノに似ているが…。レイヴン、貴様操縦はできるか?私は旧型を操ったことがないのだ」
「任せて。旧型ACは初めてじゃない。スウィンバーンは武器管制を手伝って。旧型だからコパイロット用の座席もあるはず」
『レイヴン…本当にその人助けるんですか?』
(…悪いことにはならないと思うよ)
何とか乗り込み、ジェネレータを起動させる。旧型の内燃ジェネレータがうなりを上げ、ACに火が入る。外見のひどさに比べて中身は意外としっかり動くようだ。性能は低いけれど。
機体が起動すると、目の前のスクリーンに外の景色が映し出される。神経接続の新型と違い旧型は手足で操縦するフライバイワイヤ方式である。一人で操縦することも可能であるが、武器管制などの操作は一人でするには難しいため、このタイプのACには副操縦士席がある。彼にはそこで武器の管制を頼むつもりだ。
「レイヴン、私はここに座ればいいのだな?武器は…マシンガンにジャミング、拡散バズーカか。なんともまぁ…お粗末なものだ」
「ないよりはマシだけどね」
『レイヴン、この機体には何も入力されていないようです。脱出ルートでも入っていればよかったのですが』
位置情報はなし、つまりここから脱出するためには…。
「レイヴン、そこの配管に入るんだ。上階に通じている……なんだその目は」
「いや、なんでも。ありがとうスウィンバーン」
「ふん、ここから出るには貴様の協力が不可欠だからな、仕方なくだ」
彼の協力が必要不可欠になる。Win-Winという関係だ。利害の一致とも言うけれど。彼はそっぽを向いた。
『レイヴン…彼、照れてます。背けた顔がちょっと赤いです』
(やめてあげなよエア…)
彼の指示通り、ACがすっぽりと入るほど大きな土管の中を滑走し、支持された場所へと飛び移る。その先には敵と思しきMTの姿が見えた。
〈…下水にまで目を光らせろとはな〉
〈そう言うな、ここでは何があってもおかしくは…?なんだ、この反応は〉
まずい、気づかれた。ほぼ反射でABを起動し、MTとの距離を一気に詰める。
「スウィンバーン!バズーk」
「馬鹿か貴様は!閉所で爆発兵器を使うんじゃない!」
そう言って彼はジャミング弾を発射、ロックが外れたところをマニュアルエイムのマシンガンで殲滅した。
「旧型は使ったことないんじゃないの?」
「馬鹿を言うな。構造さえわかればこの程度造作もない…次の敵だぞ、機体を向けろ、閉所ではジャミングとマシンガンで行く」
『レイヴン、彼は意外とやるようです。残弾が気になるところではありますが…まぁ、大丈夫でしょう』
〈用廃機が動いて… これも技研の技術なのか!?〉
困惑するアーキバスのMT部隊を着々と殲滅しながら進んでいくと、レーダーにこれまでとは違う大きな機影が映った。四脚MTだ。
「レイヴン!右だ!四脚はマズい」
『レイヴン、分が悪い相手です。迂回を…』
「スウィンバーン、ジャミング用意」
「はっ?」
『えっ』
一方的に告げ、アサルトブーストを起動。一瞬にして四脚MTとの距離が縮まり、目の前に迫る。
「…今っ!」
「ええい!もうどうにでもなれ!!」
〈ECM!? ロックオンが…どこへ行った!?〉
四脚MTのパイロットの困惑した声を後目に上空を飛びぬける。ギリギリの行動ではあったが、何とか成った。思わずホッと一息つく。
「一息ついている場合はないぞ!もうすぐ外に出る。上昇推力は…足りるか?」
『レイヴン、上昇推力はなんとか、なんとか足りそうです。』
「大丈夫、足りるってさ」
「…?どういう…まぁ足りるならばいい」
地上へと続く縦穴に到着し、上昇を開始する。何とか最上部の端に着陸する。目の前には、アーキバスのMT部隊。
『敵確認、多数です!極力戦闘を避けるのが…』
「レイヴン!アサルトブーストだ!さっさと逃げるぞ、この数は無理だ!」
『…スウィンバーンに同意です。残弾数からしてこの数は…』
〈友軍…ではない!?なんだこの機体は!?〉
《こちらV.VI ペイター、警備部隊各員に通達します。再教育中の独立傭兵レイヴンが脱走したとの報告が入りました。それと同時に再教育中のV.VIIスウィンバーンも脱走したようです。両者ともに技研都市周辺に潜伏している可能性があります。各員は警戒を厳としてください》
広域放送で聞き慣れた声が響く。傭兵起用担当だったV.VIIIペイターだ。どうやら昇格したらしい。
「ペイター…あの人格破綻者めェ…!」
AB中の機体の中でスウィンバーンが呟く。どうやら普通に仲が悪いようだ。
「レイヴン!この都市の脱出を目指す、位置情報は…このあたりだ、分かるな?」
彼は慣れない手つきでパネルを操作し、マーカーを表示させた。
「分かった。極力戦闘は避けるけど何があるかわからない。武器の用意はしておいて」
「そんなことは分かっている!いいから早くせんか!」
「スウィンバーンうるさい」
「うるさいとはなんだ!?」
その時、正面のビルの角からMTが姿を現した。
〈独立傭兵レイヴンか!?排除する!〉
AB中の機体は急に止まることができず、MTの前を通過する。MTがこちらに向けて射撃、普段なら気にしないような一撃だが、この機体にとっては致命の一撃だった。途端、エラー音が鳴り響きコックピット内の赤いライトが点灯する。
「何事だ!?」
『…レイヴン、マズいです!今のでアサルトブースト用の回路がショートしました。メインブースターが使用できません!!』
「アサルトブースト、できない」
「メインブースターがイカれたというのか!?狙ったか、MTめっ!よりによってこんな場所で…!」
現在ACがいるのは大通りの端っこ、普通に追いつかれる可能性のある場所であるし、見通しもよい。このままではいけない。
「脱走して捕まるなど…認められるわけないだろう、そんなこと!」
そう言って彼は件のMTに拡散バズーカを叩き込み、粉砕した。明らかなオーバーキルだ。
『レイヴ…』
「レイヴン!側道に入れ!ここからは敵の目をかいくぐりながら行け!」
『私は話を遮るこの人を嫌いになりそうです』
(しょうがないよ、聞こえてないんだから…)
苦笑しながら言われたとおりにする。今このACで使えるのはメインブースターを使わないしょぼいQBだけだ。姿勢制御はギリギリできるというくらい。勿論推力は激減している。
なんとか段差を超えながら目的地を目指す。なんとか四脚MTなどの強力な敵に見つかることなく進めているが、いつ出てくるかわからないという状況はだいぶ精神にくる。
『…!レイヴン!この先にビーコンを発見しました。アーキバスのものではありません』
「スウィンバーン、この先にビーコンがあるみたい。アーキバスのものじゃないみたいなんだけど…」
「そんな罠かもしれないものに突っ込む気か!」
そう言った途端、右後ろの方から四脚MTのバズーカと思しき砲弾が着弾した。彼は肩をびくっと震わせた。
「…ビーコンをめざせ!ゆっくりかつ迅速にだ!」
「矛盾してるよ」
「黙れっ!いいから行け!」
四脚MTから飛んでくる砲弾をかいくぐりながらなんとかエアに示された座標へと到着した。ビーコンは背の低いビルの屋上に設置されているようだった。よかった、もし背の高いビルの上とかだったら無理だった。
『解析を開始…完了、信号を発信しました』
「どうなるんだろう…」
通信が入る。
〈緊急ビーコンの発信を確認。…久しぶりだな、ビジター。暴れる元気が残っていたようで何よりだ。ボスが迎えに行く。合流地点まで移動してくれ〉
「チャティ?これRaDのビーコンだったんだ」
「RaD?あぁ、ドーザーの技術者集団か…。知り合いなのか?」
「カーラ…RaDのトップがウォルターの知り合い」
『ここでRaDが出てくるということは、ウォルターの使命とカーラには…やはり何か関係が...?』
(かもね)
指示された合流地点は幸いにもすぐ近くだ。メインブースターが使えないこの機体でもそう時間はかからないだろう。すぐに機体をそちらに向け、動き出す。
「…嫌な予感がする。回避の用意をしておくんだ、レイヴン」
「ん、わかった」
指定座標に到達、その途端、ロックオンアラートが鳴り響いた。反射的に機体を回避させると、今までいた場所には砲弾が着弾し、爆炎を上げていた。
〈独立傭兵レイヴンを発見! 包囲する!〉
「MT部隊…追いつかれたか!」
『レイヴン!応戦を!』
〈V.VI ペイターより通達!スネイル閣下よりご指示を頂きました。抵抗が激しい場合は、殺害も許容されるとのこと。撃破は必達です。各員奮闘を!〉
「レイヴン!残弾が心もとない!回避に集中するんだ、分かるな?」
「わかってる!でもそろそろ限界かも。サブブースターとスラスターの応答がちょっと怪しい」
本来はメインブースターがその任の大半を担うはずの挙動を無理やりしているため、サブブースターたちにかかる負担はかなりのものとなっている。
「ええい!キリがない!…ここだ!」
遠方に構えている四脚MTがバズーカを発射するタイミングを読んで彼はジャミング弾を発射、狙いを逸らして機体を動かすことなくその砲弾を回避する。しっかりと機体を気遣いながら戦闘しているのだ。
「レイヴン!ジャミング弾が残り2発だ。つまり四脚MTの砲撃を避けられるのはあと2回ということだ。分かるな?マシンガンはラストマガジン、これが終わったらパージだ!バズーカは残り5発、いいな!?」
「了解、やれるところまでやる」
迫りくるMTを回避、背面にマシンガンを叩き込むことによって少ない弾数でMTを葬り去る。だが、それでも限界というものは来る。
「マシンガン弾数なし。パージ…次が来るぞレイヴン!」
第何波かわからないMT部隊を退けたところでついにマシンガンの弾が切れる。彼がパージしたマシンガンを手でキャッチし、MT部隊の先頭のやつに投げつける。そのMTはバランスを崩して倒れる。1機無力化だ。
「…さすがだなレイヴン。少し上昇しろ、数メートルでいい」
言われた通りに上昇、すると彼は拡散バズーカを部隊の真ん中に叩き込んだ。その一撃で部隊の大半のMTが行動不能に陥ったのが見て取れた。
『レイヴン…さすがにこの数は…このままでは…!待ってください、新たな機体反応!!』
〈苦戦しているようだね、ビジター!〉
〈RaDか?こちらは限界だ、助けてくれ!〉
彼が公開回線で叫ぶ。
〈おや?ビジターじゃないのかい?〉
〈カーラ、私もいる。彼は協力者〉
〈なるほどね、ウォルターから…あんたの世話を頼まれている。助太刀させてもらうよ〉
近くに着地したカーラのACはMT部隊の掃討を開始する。
〈増援!? ACがもう1機!識別は… RaDだと!? ドーザーのジャンク屋がなぜ…〉
『カーラがACで…増援です!レイヴン!』
「これでようやく…」
「気を抜くな!まだ終わってはいないのだ!」
そう彼が言った瞬間、遠くで発射炎が煌めく。私はそれに気づいてから回避を行おうとする。
「…!ブースターが、動かない!?ジャミングは?」
「ジャミングは間に合わ…いや、やってみよう。三時方向に離脱、まだ歩けはするはずだ!」
そうだ、ACはブースターが使えずとも歩くことはできる。幸いにバズーカの弾は進みが遅い。ジャミング弾と組み合わせれば回避が可能かもしれない。私は必死に操縦レバーを前に倒す。上下に揺れるコックピットの中で祈るように。
バズーカの弾は、私の背後数メートルの位置を通過し、背後に着弾した。
「もう一発来るぞ!次は反対に歩け!」
「わかってる!」
そう言って彼はまたジャミング弾を放つ。発射前に撃つという本来のジャミング弾使用方法ができるタイミングがない。それほどまでに敵の攻撃がひっきりなしに来るのだ。
「これでジャミングは弾切れだ!パージ…」
「かして!」
私はパージされたジャミング装置を迫りくる砲弾に当て相殺する。その間にACを建物の影に避難させ、射線を切る。
〈カーラごめん、こっちはもう限界だから隠れてる〉
〈任せな!RaDの頭目は操縦もそこそこやる。そいつをお見せしようか〉
そう言うや否や、レーダー上にあった敵正反応が次々と消えていく。こっちの安全が確認できたから、暴れ始めたのかもしれない。
〈ボス。敵は多いが所詮はMTの集まりだ。俺が出るべきだったな。あんたを危険に晒すのは組織にとって悪手だ〉
〈分かってないねえ、チャティ。あのビジターの大脱走だよ。劇場で見ないでどうすんだい〉
これほど頼もしい増援はいないだろう。レーダー上の敵性反応はほぼすべて掃討されて…
『レイヴン!』
「…レイヴン!真後ろだ、早くしないか!?」
スウィンバーンの叫びでハッとなる。いつの間にかMTが1機、後ろに回り込んでいたようだ。クイックターンなんて洒落たものはこの機体にはない。急いで操縦レバーを左右逆に倒す。
なんとかMTを照準に捉えた瞬間、彼がバズーカの引き金を引く。それは、MTがこちらに向けて引き金を引くのと同時だった。
相手のMTは爆散したが、こちらは被弾時にガァン!という音と断続的な電子音が響き渡る。ACS負荷限界に陥ったときのサインだ。
『レイヴン!機体がもちません!爆発します!』
「えっ、どうしたら…」
これまで私は機体が限界になることはなかった。アイスワームや、アイビス戦でも余裕をもって切り抜けられていたのだ。だから、この瞬間、何をすればよいのかが一瞬判断できずに止まってしまったのだ。
そんな時だった。副操縦席の彼がシートベルトを外してこちらの座席の脇にあるレバーを思いっきり引いた。その勢いで彼は私の膝の上に滑り込む。
瞬間、コックピットの天蓋が吹き飛んで座席が射出され、ACはジェネレーターが爆発し、四散した。
〈まずい ビジターが…!このパターンは考えてなかったよ…!〉
地上へと落下した脱出シートの上で彼の手に握られていた携帯無線機からカーラの声が聞こえる。彼はそれを聞くと少し震える手で無線をつなげた。
〈こちらは二人とも無事だ。ベイルアウトに成功した〉
〈…!そうかい、それを聞いて安心したよ。チャティ、ヘリを回しな!〉
そう言うと彼は私の上からどいて、立ち上がり背を向ける。
「…ありがとう。スウィンバーン。助かった」
「……勘違いするんじゃあない。脱出レバーが主操縦席のほうにしかなかった、それだけだ」
そうなのか、と納得しかけた時、エアから交信が入った。
『レイヴン…。射出レバーは席ごとにありました。一つだけなら二席射出されるはずですが、現に射出されたのは主操縦席、あなたの席だけです…』
(……あ…)
もし、彼が私を気にすることなく脱出していたのなら、私は死んでいたに違いない。思わず身震いし、彼の背中を見上げる。その背は、どこか大きく見えた。
「…レイヴン、貴様は脱出訓練をしておいた方がいい。こういうことがないとも限らないからな」
「……うん、ありがとう」
よく見ると彼の足は震えていた。彼なりの勇気を振り絞ってくれたのかも、しれない。
〈当該地域に到達。待たせたな、ビジター。機体は取り戻してある〉
〈こっちは片付いたよ、ビジター。一息ついたら話そうか。ウォルターのことさ〉
チャティが回してくれたヘリの爆風をその身にうけながら、今自分が生きていることをかみしめ、目を瞑った。
脱出は、成功した。
あれ、おかしいな…。スウィンバーンがかっこいい…。