魔界第七中学校、魔界でも多くの子供達を育む其処で変わり者と称される子供が居た。
「グワッハッハッハ!よぉゾフィス!どうだ、今日も俺達と狩りに出ないか?」
「おはようございますエルザドルさん、魅力的なお誘いですが…今日は生憎と
まるで山のような巨体を豪快に揺らしながら笑う深緑を思わせる緑色の鱗を持つ竜。
竜の名はエルザドル、竜族の神童と呼ばれる魔界でも屈指の実力者の一人。
そんなエルザドルが気軽に笑い掛けながら行動を共にしようと提案する相手…それが、どれ程異様かをその相手はまるで理解していない。
「先約…まさかまたベルのガキの所じゃないだろうな?
あの時は俺とエルザドルにヴィンセントの小僧も居たからなんとかなったが…【雷帝】とやり合うのはもう勘弁だぞ」
先約、という言葉に顔を顰めながら問い掛けたのはエルザドルと並び神童と呼ばれる竜…アシュロン。
アシュロンは木のジョッキを一息に呷るとふぅ、とため息混じりにじとーっと睨む。
「ははは…その件は本当に申し訳ありませんでした
安心してください、今回はソレと関係ありませんよアシュロンさん」
「……だったらいいがな」
アシュロンの視線に冷や汗をかきながらも目を逸らす事無くしっかりと見つめ返す。
アシュロンはその眼に嘘は無いと断じ、もう一度大きくため息をついて去っていく友の背を見送った。
「ふぅ…アシュロンさんは勘が鋭いですから、下手な事を言えなくて困りものです」
とぼとぼと歩きながら周囲に誰も居ないかをざっと確認する。
魔力感知…と言えば聞こえは良いが、残念ながら彼のものはそこまで精度が高くはない。
精々が隠す気のない魔物の魔力か、膨大過ぎて隠し切れない魔力を感知するのが精々である。
しかし、この場合はそれで十分。
なにせ今から会いに行く相手は魔界でも屈指の魔力感知能力を持つ相手だ…万に一つも感知漏れなどしないだろう。
だからこそ、彼は『隠れ潜む誰か』ではなく『たまたま居合わせた誰か』をそれとなく遠ざける為に探知しているに過ぎない。
とぼとぼと、普段よりもゆったりとした歩調で待ち合わせ場所である山の麓に辿り着くと…大きく大きくため息をつく。
「はあぁぁ……行かないと怒るんでしょうね…
でも…………行ったら戦うんでしょうね………」
退けば地獄、ただし進んだ先もまた地獄。
どうしようもない状況に彼…ゾフィスは頭を抱えて蹲る。
どうしてこんな事になったのだろうか?
彼の脳内をそんな疑問が埋め尽くす。
………まぁ、わかりきっている。
ゴマすりを続けた結果、相手から言われるがままにはいはいと元気良く答え続けたせいだ。
「こ、殺される……人間界に行く前に…始末されてしまう…!!」
昨日、ついに人間界に降りる百人の魔物の子供が発表されたばかりだというのにもう脱落者が出てしまう……ゾフィスは恐怖と緊張で真っ青になった顔でブツブツと呟く。
「こ、こうなったらいっそのこと人間界に行く日までなんとか逃げ切って……」
「ほう……俺から逃げ切る気か?」
ひゅっ、とゾフィスの口から声にならない絶叫が漏れる。
正直、下から漏らさなかった自分を褒めてやりたいくらいにはビビり散らかしていた。
振り向かなくともわかる。
後ろに……居る。
「面白そうだ、そっちでも俺は構わんぞ」
振り向かなくともわかる。
絶対に笑っている。
それも……滅茶苦茶怖い顔で。
「い、嫌ですねブラゴさん…軽いジョークですよ!
この私がブラゴさんとの約束を放り出した事など今までに一度だって無いではありませんか!」
恐怖に引き攣る表情筋達に喝を入れ、満面の笑みを作り振り返るとそこには小柄ながら恐ろしいまでに鍛え抜かれた肉体をもつ黒い魔物の子供が立っていた。
…………というかブラゴが立っている。
これは余談だが、どうやらブラゴさん家は魔界でも屈指の軍人家系で先祖代々将校を輩出してきた名家だとか…もちろん、インテリとかエリートとかじゃなくバリバリゴリゴリの武闘派家系だ。
もうビビったね…ブラゴのお父さんとかもう私の顔の位置に膝あったもの。
笑っちゃうよもう、手の指が私の腰周りぐらい太かったもの。
「───ゾフィス、お前はどうする気だ?」
「…………はい?何の事ですか??」
ブラゴが真剣な面持ちで尋ねるも、ゾフィスはぼんやりとクソデカかったブラゴの父親を思い浮かべていたせいでほとんど聞き取れずにいた。
「……良い機会だ、俺は楽しむとする」
「は、はぁ…ブラゴさんが楽しめるなら素晴らしいと思いますが……」
話が見えてこないが故の、適当な相槌。
ゾフィスはこの数ヶ月後、この適当な相槌のせいでとんでもない地獄を見る事になる。
「ああ、なにせ一度きりだからな…全力で楽しむさ」
「そうですね、人生一度きりと言いますし…」
やけに上機嫌なブラゴを不審に思いながらも、下手に指摘して襲い掛かられでもしたら最悪だとゾフィスは当たり障りのない返答をしていく。
…………彼がこの選択を死ぬ程後悔するまで、あと数ヶ月である。
「ふぅ、人間界……ですね…」
フランスの片田舎、それも人の手が入っていない森の中でゾフィスはぐっと身体を伸ばす。
「此処は…フランスでしょうか?多分そうだとは思うんですが…
ふぅむ、前世を含めてもフランスなんて行ったこともないので判別がつきませんね」
とりあえず川を探し、魚を獲りつつ(ガッシュが捕まえてたあのデカい魚が普通に泳いでてテンション爆上がりした)今後の計画をざっとおさらいする。
「とりあえず、石板集めからですね…うーん……とりあえずとは言ってみたものの、これが一番時間が掛かりそうで嫌ですね」
流石に頭からかじるのは現代日本人的衛生観念から躊躇われたので焚き火で焼いてから切り分けて食べてみる。
うん、美味しい!!でも絶対にブリじゃないですね…なんでしょうかこの魚……
「余裕があればイギリスでジェムさんの家族を助けたりとかしたいのですが……時期が全然わからないんですよね…」
予想以上の脂の乗り具合に若干胸焼けしつつもなんとか完食したゾフィスは苦々しい表情で蹲る。
「そもそも百人の魔物の子って全員同じタイミングで人間界に来たんでしょうか…?
だとしたらクリアとかがパートナーを見付ける前にアシュロンさんやゼオンさんを消しに動く気がするんですよねぇ…
そもそも感知能力持ちの魔物が大人しくパートナーを見付けるまで行動を起こさないなんてありえるのでしょうか?」
原作でもそこそこ出てきた感知能力を持つ魔物達、モモンやコーラルQならそりゃまぁわかるのですが…ゼオンさんやブラゴさん、そしてクリアがパートナー探しを優先するのでしょうか?
だって3人とも殴り合いで他の魔物の子に負けるイメージ全然わかないですもの、なんならパートナー持ち相手でも初級術しかない相手ならやっぱり素手で勝てる筈だ。
「ですが、原作ではそうなっていない…」
……厳密に言えば我らがガッシュ・ベルが兄であるゼオン・ベルに襲撃されてはいるが、あれはガッシュが森から動かずにいたからだと思われる。
「………魔物の子供達は、ある程度の時間差で人間界に送られている」
恐らくですが、この考え…大きくは間違っていないはず。
強さ順か、感知能力順か、あるいは危険度順か…そこまではわかりませんがそうでなければ説明できない事が多過ぎる。
千年に一度の王を決める戦い、誰がどうやって行っているかすらわからないこの現象は…しかし魔界の為に行われている事に違いはない。
ならばこそ、魔物の子がパートナーと出会う事すらなく脱落する可能性をいたずらに増やすとは考え難い。
「では、今はいったい『いつ』なのでしょうか?」
私が此処に来た今は…果たしてゾフィスがフランスに来た時間と同じなのか?
「…………だとすれば、パートナーとの合流は諦めた方が良いですね」
ゾフィスがパートナーであるココと出逢った時、同じくブラゴもパートナーであるシェリーと出逢っているから…というのも勿論ある。
あるが…それだけでもない。
ココは優しい娘だった、原作での描写は多い訳ではなかったけれどそれでも間違いなく善人で幸せになるべき人間だった。
別に王を決める戦いに巻き込まれた人間が必ずしも不幸になるとは言わない、高嶺清麿やデュフォー…魔物の子と出逢って幸せになったパートナーなんて幾らでも居る。
だけど、不幸になった人間だって居るのだ。
苦しく辛い戦いだ、百人の魔物の子供が王の座をかけて戦う以上…血なまぐさい場面も多い。
そんな戦場に心優しい少女を飛び込ませて何も感じない程に、私は強い願いも理想も無い。
要は中途半端なのだ…ゴーレンとの約束は果たすつもりだし、できれば原作で起こった悲劇は回避したいと思っているが──それは別に、誰かの人生を背負ってまでしたい訳ではない。
優しい王にも、強い王にも、守る王にも…私は成れない。
だから、ココには会わずにいよう。
別に石板を集めて月の石を造るぐらい私一人で十分だし、他の魔物の子に出逢わないように注意していればそうそう戦いに巻き込まれる事もない筈だ。
掲示板で相談した時は売り言葉に買い言葉でああ言ったが、やっぱりこの程度が
私が人間界に到着してから2週間が経った。
石板探しは意外にも好調で、既に8枚もの石板を発見している。
………しかし、想定外の問題もある。
「車が…!」
「キャー!!」
「駄目だ!轢かれる…っ!!」
ゾフィスは目の前で車に轢かれそうになっていた少女の前に立つと、歩道に突っ込んで来た居眠り運転の車の前輪を蹴り飛ばし無理矢理に軌道を変える。
ゴムのタイヤと路面とがけたたましい音を立て煙を上げる。
少女が痛みに備え固く瞑った目を開けると、そこには強烈なスリップ痕と街の人から責められる運転手の姿しか無かった。
「…………まさか、
実を言うと、こうなる気は多少していた。
原作でも戦いを嫌い呪文を読まなかったペアが居た…ガッシュ・ベルが優しい王様を目指すきっかけとなった魔物、コルルとしおりペアが。
彼女達のように、呪文を読まざるを得ない状況に私が陥る可能性を考えてはいたが…まさかココに危険が訪れるとは本当に予想外だ。
「先に見付けるだけ見付けておいて正解でしたね」
パチン、と指を鳴らして周囲の人間達へ簡易的な催眠を掛ける。
軽い暗示だが、これで周りの人間の認識は私が車を蹴り飛ばしたから暴走車がギリギリでココを避けたになった筈だ。
こうしてゾフィスやってるとこの催眠能力がマジで便利で助かる…まぁ、これが有ったとて作中最上位層の化け物達には勝てる気しないですが。
「また……また、
ココは周囲を見回しながら、呟く。
「誰か、誰か居るの!?」
その声に答える者は…居ない。
だが、ココは確かな確信と共に周囲を探る。
「居るなら答えて…どうして私を助けてくれるの?
どうして……顔も見せてくれないの!?」
フランスの片田舎、少女はただ答えの返ってこない質問だけを悲しげに繰り返すのだった。
なぜかこんな前に投稿した作品の続きを求める声があったので続きました