生物の脳は、時に誤作動を起こす。
事故で失った筈の手足が痛んだり、初めて体験する事を以前にも体験したように錯覚したりと…原因は様々だが時偶引き起こされるその誤作動を、
「ドルファノン!」
魔本が輝き、目の前のゾフィスに向かって術が放たれる。
しかし、ゾフィスは動かない…
負傷と痛みによるものか?
────否
相手との力量差に絶望したのか?
───断じて否
ゾフィスはその場から一歩も動かずに、ただパチンと左手の指を鳴らした。
「な…っ!?何をしているバニキス!!
こんな距離で外す奴があるか!!?」
放たれた術はゾフィスのすぐ横を通り過ぎ、何本もの木々を薙ぎ倒しながら消えていった。
リオウは呆気にとられたように立ち尽くした後、我に帰ったようにパートナーを叱責する。
「えっ…!?い、いや……リオウ、今のは…お前が…」
バニキスもまた呆気にとられていた。
目の前で起こった事が、理解できないように。
「言い訳などどうでも良い!!
奴はもう動けん程の重傷なんだ…っ!
あんな奴に、オレの術が……躱せる筈が無いんだよ!!」
「ギ、ギガノ・ファノン!」
此処から小屋までは、およそ四百メートル…山道で帰りは下りである事を加味して───大体7分といったところでしょうか?
「ならばその420秒、なんとか逃げ
パチン、とゾフィスの指が鳴る。
すると、リオウはまるで自分がそうしたかったかのようにぐりんと天を仰ぐ。
リオウの術は常に彼の腹部にある口から放たれる…それは、彼の視線の先に放たれる事に等しい。
「なぜだ……っ!なぜ当たらんのだ…!!
奴は、さっきから一歩も動いていないんだぞ!!?」
血管が破れるのではないかと思う程に、怒り狂いながら牙を剥いて吠えるリオウ。
………それは、決して怒りのみではない。
自身の中に湧き上がる、ほんのわずか…しかし確実な──得体の知れないものへの恐怖を隠す為の咆哮であった。
「リオウ…お前、さっきから術が出る寸前に変な方向を向いて…」
「だまれぇ!!お、オレが……このオレがあんな死にかけの奴に…あんな奴に負けるなんて……っ!!
あるはずがねぇんだよーっ!!」
折れんばかりに握り締めた杖を振り上げ、リオウはゾフィスへ駆け寄る。
術が当たらずとも、あと一押しで倒れ伏すだろうゾフィスならば素の力で十二分。
素の身体能力でも下手な身体強化呪文を唱えた魔物を凌駕する
「くたばりやがれーーッ!!」
武器を持った者の相手は──容易い。
本来、人は多くの攻撃手段を持っている。
殴る蹴るは勿論、投げに
それが固有の能力を持つ魔物ともなれば更に多くなる事など言うまでもない。
だが……武器を持ってしまえば話は別。
棒切れ一本、ナイフ一振り、拳銃一丁…武器を持った相手はそれがなんであろうとも、武器を使った何かしかしてこないからだ。
遠距離からの投擲に怯える事も無く、近距離では絞めや耳を掴まれる心配も目潰しや金的、指を食いちぎられる可能性も無くなる。
なぜなら、それらは武器を使わない攻撃だから。
杖を手にしたリオウは今、その杖を振り下ろすか横薙ぎに振り抜くか…精々突いてくるしかない。
なんと読み易い事か…ゾフィスは内心でほくそ笑む。
(ゼオンさんと比べるのは……流石に可哀想ではありますがね)
まるで吊るした薄紙のように、ゾフィスはリオウの攻撃を紙一重で避ける。
必要最低限の動き…半歩下がり、首を傾け、身をよじる程度。
リオウの目にも留まらぬ攻撃が、たったそれだけで全て回避されていく。
「な、なぜだ…っ!どうして当たらねぇんだよぉっ!!」
リオウを支配していた怒りが、急速に冷めていく。
頭に上っていた血が、冷えて固まったようにどろりと身体の下へと落ちていく感覚。
ガチガチと、意思に反して歯が打ち鳴らされる。
「杖術なら…もっと上手な人を知っていますので」
渾身の横薙ぎを、上体を反らして平然と回避するゾフィス。
リオウの目に…顕著な恐怖の色が浮かんでいた。
「雷帝……ゼオン……か…?」
その『事件』をリオウは勿論知っている。
人間界へ来る一年程前の話…竜族の神童二人を含む四人の魔物の子供が王城へと攻め入り、警備兵を含む延べ342人の負傷者を出した世紀の大事件。
その目的は、現王ダウワン・ベルの息子であるゼオン・ベル。
ゼオンは当時5歳ながら、大人ですら相手が出来ぬ程の強さを持ち『雷帝』と呼ばれ恐れられていた。
そんなゼオンを、鼻骨が折れる程に殴り飛ばしたのだという。
王の子息を、それも王城に攻め入り殴り飛ばすというその大事件は…何故か他ならぬゼオン自身たっての希望で誰も処罰を受けなかったとか。
王族としてのプライドやメンツの為だと口々に噂されたが…問題はそこではない。
処罰こそ受けなかったが、襲撃を企てた四人の顔と名前は王城の前に大きく貼り出されていた。
大人ですら手も付けられない荒くれ者として有名な魔物、ヴィンセント・バリー
竜族の神童と名高いエルザドル、伝説の
そして…この大事件の首謀者にして、『雷帝』ゼオンを殴り飛ばした魔物───『爆炎』ゾフィス
今、リオウの目の前で涼やかに笑う男である。
「ふざけるな……オレは、王に……っ!」
──お前は一族の代表だ…必ず王に……
「誰が相手だろうと……!どんなことをしても……っ!!
必ずオレは王になるんだよぉお!!!」
リオウの咆哮と共に、目が眩む程の光が魔本から溢れ出る。
「この光…!!まさか、新しい呪文か!?」
バニキスは焦りながらもページをめくり、その呪文を読み上げる。
「いくぜリオウ!
ファノン・リオウ・ディオウ!!」
リオウから三つの首を持つ獅子がゾフィス目掛けて放たれる。
ゾフィスの催眠は、強い思いまでは操れない。
リオウの王になるという、強迫観念にも似たその使命感…そこから生まれたこの術もまたゾフィスにはどうしようもない攻撃であった。
空を飛べるゾフィスにとって、この攻撃を避ける事は不可能ではない…しかし、ゾフィスは唯一満足に動かせる左手を上げ構える。
此処から程近い場所に、石板がある…千年前の魔物を封じ込めた石板が。
石板が、そもそも破壊出来るかすらゾフィスは知らない…万が一を考えれば検証することすら躊躇われたからだ。
ファウードの内部にもあった魔力を遮断する物質のようになっている可能性はある…そもそも、千年前のものだというのに大した破損も無かった以上破壊に対する耐性がある公算も高い。
だが、パムーンは清麿が石板をブリで引っ叩いていた事を覚えていた。
例え石板が壊れずとも、例えこの攻撃が石板まで届かなくとも…子供達が怯えるかもしれない。
そんな可能性が、万に一つもあるというのなら──ゾフィスは死んでも動かない。
「ココ、貴女が読める中で一番最後のページを」
だからこそ、そんなゾフィスを…ココは助けたいと思ったのだ。
「第九の術、ディオガ・テオラドム!!」
瞬間、ゾフィスの手から迫りくる獅子を嘲笑う程に巨大なエネルギーの塊が放たれる。
「く…そ……!!クソォォオオオオ!!!」
ゾフィスの放った攻撃は、リオウはおろかパートナーであるバニキスすらも一切傷付ける事なく…的確に術と魔本だけを焼き払った。
「大丈夫なの!?ひどいケガ…す、すぐに救急車を…!」
リオウが魔界に帰ったのを見届けたゾフィスは駆け寄ってきたココを大丈夫だと手で制する。
「私は問題ありません、それよりも消防車を…攻撃の余波で山火事が起こるかもしれません
それと、警察にも連絡して……土砂崩れの危険も…ココ、貴女はまず避難を……」
………くらくらする。
血を流し過ぎましたね。
頭が痛い……こんなに痛いのはブラゴさんのアイアンクロー以来です……
でも、まだ倒れる訳にはいかない…
警察が来れば石板が証拠物件として押収されるかもしれませんし…戦闘の跡を隠蔽しないと爆発物でも持っているのかと疑われてしまう……
本が燃えた以上、無いとは思いますが
とにかく、まだ倒れる訳には………
ふらふらと、眠気をこらえるように揺れるゾフィスの肩を誰かが叩く。
「ココ…?」
ゾフィスが振り返った先には、全身を黒一色で纏めた魔物が牙を剥くように笑っていた。
「よぉ…随分と派手に暴れたな、ゾフィス」
というかブラゴだった。
「ひ、ひ、ひえぇぇぇ……」
ブラゴの顔を見た瞬間、ゾフィスは気絶した。
一応ゾフィスの名誉の為に、痛みや出血による気絶では無かった事だけは明記しておく。
ゾフィスは、突然ブラゴと出逢った恐怖…急性
これは、始まりの物語。
ゾフィスとココとの出会いの一幕。
そして、彼が自分を好きになる為の…始まりの一幕。
ちょこっと呪文解説
ファノン・リオウ・ディオウ
分類:オウ系
推定威力:上級中位(超ディオガ級)
類似呪文:バオウ・ザケルガ、スオウ・ギアクル、ラオウ・ディバウレン
ファウード編の中ボス、リオウの最大術。
呪文にしては珍しく本人の名前が入っているという特徴がある。
なにげにあの時点の未覚醒バオウ相手とはいえ二段階強化状態のバオウを三つも相殺している為並のディオガ級以上の威力はあると思われる。
相手が悪過ぎただけであって間違いなくファウード編の時点でも上から数えた方が早い強さ………のはず。
邂逅編リザルト
ゾフィス&ココペア
習得呪文数:9
最大術:マ級
次回はガッシュペア視点ですのでゾフィスはしばらく気絶しっぱなしです